第6話 頼りになる方
西園さんに二階にある空き部屋に案内された。元々は来客用の部屋だったが、つい先日、来客用の部屋は別室に移ったらしい。
「こちらが本日から湊様が過ごされるお部屋です」
壁も床も天然石でできており、学園寮の五倍以上広い。中央には大の字に寝ても余裕のあるベッド、すぐ横にはエレガントな佇まいのデスクが、高雅な雰囲気を漂わせていた。
「ベッドは職人の手によって作られた完全オーダーメイドのベッド、デスクはウォールナットを使用しております。ご就寝や勉学の際にご自由にお使いください」
ウォールナットといえば、高級デスクの素材として使われている、なかなか手が出せない代物だ。そのようなものを自由に使っていいとは。
「こんなに良いものを使わせていただけるなんて、ありがとうございます。莉乃さんのお父様とお母様にもご挨拶をしないと」
「お待ちください、湊様、一つだけお聞きしたいことがございます」
西園さんの鋭く冷たい声が俺を呼び止める。
「あなたは莉乃様と、どのようなご関係で? 莉乃様はこれまで多くのご学友を招いていましたが、男性は初めてです」
その質問に俺は答えに窮する。しかし、パティシエさんには俺のことを友達だと紹介してくれていた。落ち着いて胸を張って答えよう。
「莉乃さんの友達です」
俺の口から出てきた言葉に、西園さんは困惑と安堵が混ざったような複雑な顔をしている。
「さようでございますか、安心しました。変な虫を連れてきてしまったのではと、案じておりましたので」
変な虫という言葉は、俺に刺さるが言い返す言葉がない。この邸宅には、りのっちのお父様以外の男性がいないため、そもそも男性と関わる機会が少ないのだ。男性を警戒するのは不思議ではない。
西園さんの信頼を得ることに成功した俺は、西園さんとともに、りのっちのお父様がいる書斎へ向かう。書斎は三階の奥にあるため、俺の部屋からは少々遠い位置になる。
「着きましたよ、湊様、ここが政信様の書斎になります。私は食堂でのお仕事が残っておりますので、これで失礼いたします」
西園さんは足音を立てない程度の駆け足で去っていった。
天然石でできた扉を三回ノックすると、中から野太く落ち着いた声が返ってくる。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
扉を開けると、スーツから普段着へ着替え終わった、りのっちのお父様――政信さんがこちらに視線を向けた。年齢は大体四十歳だろうか、顔つきが理想の大人の男性像に近い。
「お、君が莉乃の言っていた新しい友人かな? たしか……黒橋くんだっけ?」
「はい、黒橋湊です。本日よりお世話になります。ご厚意に感謝いたします」
「はっはっは! そんなにかしこまらなくていいよ。堅苦しいのは苦手でね」
政信さんは下あごを親指の爪でポリポリとかきながら、目を細くして笑った。
「それより湊くん、ホシメイトはインストールしているかね?」
俺はホシメイトをインストールしていない。自分のスマホにはインストールしていたが、明聖学園に入学するには学園から支給されたスマホを使用するしかなかった。
そのため自分のスマホは実家にある。この学園で友達と呼べる人も真白くらいだったし、その真白も学園で話す程度のためホシメイトが必要なかった。もちろん放課後に連絡を取る相手などいなかった。
「やっていないです、今まで連絡を取り合う人がいなかったので」
俺は政信さんの顔を見て恥ずかしがりながら笑うと、政信さんは大きく口を開けて腹の底から笑う。
「はっはっは! やはり君だったのか、ホシメイトを使っていなかったのは! 正直でいいな」
「やはり?」
「莉乃から黒橋という名前を聞いて、明聖学園のホシメイトのユーザーを調べたんだがいなくてね、生徒数とユーザー数が一人だけ合わなかったんだ」
そういうことか、世界ではもうホシメイトを使っていない人のほうが珍しい。それは明聖学園でも例外ではなかった、ということ。
「どうかね、黒橋くんと会えたのも何かの縁かもしれない。どうだい、ホシメイトを使って私と連絡先を交換しないか?」
「いいんですか!? お願いします!」
俺は政信さんの連絡先を手に入れた。
ホシメイトが人気な理由は、ユーザーが毎日アプリを見るようになる仕組みがあること。
例えば、一日一回ルーレットが回せて、一円、五円、十円、百円のいずれかを獲得できる。これによりユーザーはホシメイトを開けばお金が手に入る、という感覚がつく。
気づけばルーティーンの中に入ってしまうアプリ。
「何かあったら連絡しなさい。助けになろう」
「はい! ありがとうございます!」
株式会社HSMYの社長の連絡先、情報関連で困ったことがあれば、間違いなく頼りになる方だ。
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