第4話 思い
俺たちが店内から出ると、すっかり日は暮れていて、肌寒さを感じる春の夜風が吹いていた。
りのっちが運転手に電話をかけてくれていたため、すぐに迎えが来た。
「真白、りのっち、俺は二人の助けになる存在になりたい」
俺は唐突に二人に向けて話す。
「どういうこと? みなっち、今日のこと気を遣っているなら別に気にしなくても」
「二人は俺を助けてくれた。ただ、今の俺は二人に何もできないんだよ」
りのっちは震える俺の手をだまって握りしめ、真白は俺から視線を逸らし外を見つめる。ドアガラスに映る真白の顔は、どこか浮かない表情をしていた。
「だから、俺が二人のそばで二人の格を下げることのない、完璧な教養とマナーを持つ男になるよう俺を指導してくれ……いや、ご指導いただけますでしょうか」
「湊……それなら、私が湊のこと教育してあげるわ。一流としての心得を身につけなさい」
「さんせーい! うちは、みなっちに武術教えて何かあった時に守ってもらおーっと」
二人はすんなり俺のお願いを受け入れてくれた。正直、調子に乗らないでとか言われることを覚悟していたが、これからは俺を救ってくれた彼女たちのためにできることを全てやろうと決意した。
「りのっち、真白、今日はありがとう。こんな体験味わわせてくれて。でも何で俺を誘ってくれたの?」
俺は純粋な疑問を投げた。
「ましろんから聞いたの。みなっちは大切な幼馴染だって。みなっちがボロボロのペンケースを持ってあんな顔して逃げ出しちゃったから、うちは何かしてあげたいって思ったんだ」
真白の俺を思ってくれている気持ちと、りのっちの優しさがあるから、今日という一日があったのかもしれない。
もし、真白がりのっちに俺のことを話していなかったら? もし、りのっちが俺のことをどうでもいい人だ、と思っていたら?
俺は今頃、一人しかいない寮で一日を終え、次の日もまた一人で過ごしていた。真白とは教室内で話す程度だったが、りのっちとはこうして一緒にいるどころか、会話すらないまま。
そんな想像をしていたら、視界が歪み、大粒の涙が頬を伝う。
「湊、どうしたの?」
「みなっち!? 何で泣いているの? うち、何か悪いこと言っちゃった?」
二人は俺の背中をさすりながら、持っていたハンカチで俺の涙を拭く。
「違う……二人が優しくて……よかったなって……」
俺はすすり泣きしながらも、詰まった言葉を押し出す。真白とりのっちはお互いに顔を合わせて柔らかい笑みを見せた。
「大丈夫だよーみなっち、うちらはみなっちのことを一人にしないからねー」
「そうよ、湊、困ったことがあったら私たちを頼りなさい」
入学して約三か月、友達どころか話せる人が真白しかいなかったのに、今はりのっちと真白の二人が俺のことを気にかけてくれている。
一人にしない、頼りなさい、その言葉は俺の強がった無駄なプライドを壊してくれた。
(そうか、俺は頼れる相手がほしかったんだ)
一度崩壊した涙腺の制御はもうできなかった。そのあとはどのくらいの時間泣き続けたのか分からない、体の水分が全て涙で流されたのかもしれない。泣き疲れた俺は赤ちゃんのように眠っていた。
◇◇◇
みなっちが、うちの膝で寝息をたてている。みなっちが、今までどんな気持ちで学園生活を送ってきたのか、あの涙を見て分からないほど鈍感ではない。
ずっと一人で悩みを抱え込んだのだろう、ましろんにすら相談ができないほど。
「まずは、みなっちのメンタルケアしてあげたいよね……」
「ええ、そうね。できることはやりましょ。湊には苦しい思いをしてほしくないわ。私が招待をしなければ湊はこんな状況にならずに済んだかもしれないのに」
みなっちをこの学園に招待したのはましろんだ。クールでほとんどのことに無関心な彼女だけど、昨日の夜、ホシメイトで通話していた時、うちがみなっちのことを聞いた時は反応が明らかに違った。
彼の性格はねーとか、嫌いな食べ物はねーとか、いつものましろんからは想像もできないほど早口だった。
人柄、思いやり、性格、ましろんから聞いていただけで、全てにおいて聖人だと思えるような人だった。
そんな彼が不遇な扱いを受けているのは間違っている。
みなっちがこの学園で普通の生活ができるようにしないと、高級スイーツ店に一回連れていったくらいでは、心の傷は癒えないだろう。
「ましろん、クラスや学校が敵になってもさぁ、うちらだけは絶対にみなっちの味方でいようね」
「当然よ、何があってもね」
普段は冷静な彼女の口から、熱が込められた言葉がでた。
「ましろん、見て、みなっちの顔。赤ちゃんみたい」
「あれだけ泣いたのよ、今はそっと寝かせておいてあげましょ」
制服のスカートが彼の顔にずっと擦れていたため、頭の位置を直してあげる。
彼の無防備に眠った顔は、庇護欲を掻き立てられるほど幼く見えた。
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