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第3話 ル・ノスカポーレ

 学園の門を出ると目の前には漆で塗ったように黒く光っているリムジンが停まっていた。側には運転手と思われる人が立っている。


「星宮さん、もしかして車ってこれのこと?」


「うん、そうだよ。いつも登校するときに乗っているよ」


 リムジンをいつも使う家庭がこの世に存在するものなのか。数千万するような超高級車を前に謎の緊張感が走る。


「ほーら、早く乗ってよー!」


 星宮さんは、いつの間にか車内におり、左隣をポンポンと叩き俺を誘う。その誘いに乗り、続いて真白も乗る。三人乗ってもまだ車内はまだ広い。

 

 腰を掛けると一瞬で普通の車とは違う、一線を画した乗り心地が俺を包む。

 まるで雲の上に座っているかのようだ。この乗り心地に慣れてしまうと、他の車に乗れなくなってしまいそうになる。


「湊、顔がとろけているわよ」


「こんなに乗り心地のいいものに座ることなんて、人生で一回もない可能性もあるんだ。堪能しないと後悔する」


 音を立てることなく滑らかに走るリムジン。外と世界が切り離されたかのように静かな車内。寮の硬いマットレスなどとは比べものにならない心地よさ。


「星宮さん、今から行くスイーツってどんなところ?」


「湊くん、うちのこともましろんみたいに名前で呼んでよ。莉乃って名前があるんだから」


 星宮さんは俺の右腕に手を回し、頭を預けてくる。その顔は先ほどまでの陽気な顔つきとは違い、親に甘える子どものようだった。


「り……」


「り?」


「莉乃……さん」


「やり直し。んー、りのっちって呼んでよ、うちもみなっちって呼ぶから」

 

 莉乃さん、いや、りのっちの距離の詰め方は、相手との間合いを考えてのものか。


 本人が意識していないのならば、まさに天性の才能というものだろう。今、この場においては少し厄介な相手ではあるが。


「り、りのっち」


「うん! 何、みなっち!」


 りのっちは、名前を呼ばれて声を弾ませ、あどけない笑顔をこちらに向ける。そんな顔をしないでほしい、惚れてしまうから。


「今から行くスイーツ店ってどこなの?」


「ル・ノスカポーレっていうところだよ、知っているかな?」


「知っているも何も超有名店じゃん! 世界各国の首相レベルしか入店できないところでしょ?」


 俺の問いにりのっちはあっさりと頷く。


 世界大会で十年連続で世界一に輝いた、値段や住所すらも公開していない、まさに幻と呼ぶのに相応しい店。


「ここのチョコレートケーキが、世界で一番美味しいの! ね、ましろん!」


「ええ、間違いないわね」


 日本が誇る企業の令嬢である二人、良質な料理を食べてきた二人の言葉は信頼に値するだろう。


「着いたよ、みなっち」


 ドアガラスから見える景色の先にあったのは、うす暗い路地裏だった。大道路とは違い、人通りも全くなく、ただ暗いだけの道が続いているだけだった。


「えっと……路地裏?」


「最初はその反応になると思うわ。でも、この先にあるのよ」


 真白の言葉と同時に運転手がドアを開け、俺たちは外に出た。

 

 路地裏を歩くと、ル・ノスカポーレと小さく書かれた看板が右側に見える。店舗は地下へと続く階段の先にあった。あの幻の店が今、目の前にある。路地裏にあることで見逃し、さらに看板の小ささで見逃してしまいそうになる。


「ほらね、みなっち、ここにあるんだよ」

 

 ウッド調の店内に入ると客は俺たちだけだった。


「ようこそお越しくださいました、星宮様、白銀様」


 店内にいるパティシエさんたちが一斉にりのっちに頭を下げる。俺を見る目は明らかに戸惑っていた。


「それから……」


 俺のことを疑惑をうかがわせたような目で見た。それもそうだ。大企業に携わってもいない、芸能界に関係があるわけでもない一般人の俺のことを知るはずがない。


「うちらの友達、黒橋湊くんだよ。ここには初めて来た子」


 りのっちのフォローにより、パティシエさんは姿勢を正し、深々と頭を下げる。俺も慌てて頭を下げる。

 

「ようこそお越しくださいました、黒橋様。では皆様、こちらへ」

 

 パティシエさんは俺たちを円形テーブルへと案内した。椅子の座面はふかふかでお尻を守ってくれる。卓上にはナプキンと二つ折りにされた黒いメニュー表があり、表面には『星宮様御一行』と書かれていた。


「二人とも、今日はうちの奢りだから好きなもの何でも頼んでいいよ!」


 りのっちは、両手を広げ、俺と真白に手のひらを向ける。真白は、小さくガッツポーズをした。


(何を頼もうかな、チョコレートケーキは二人におすすめされたから頼むとして……)

 メニュー表を開いた次の瞬間、俺は自分の目を疑った。


「真白、りのっち、これ値段間違えているのかな、それとも俺の目がおかしくなっちゃったのかな」


 何を頼むか悩んでいる二人に、開いたメニュー表を見せ、何度も瞬きをして確認するが、二人は顔色ひとつ変えない。

 

 俺は目を擦り、もう一度メニュー表を確認する。

 

 ショートケーキ 一ピース三万五千円、チョコレートケーキ 一ピース三万六千円。ここだけ円がインフレしたかのような値段になっていた。


「間違っていないよ。みなっちー、ここのケーキならそれぐらいするよ」


 ケーキが一ピース三万円を超える。二人があまりに平然としているせいで俺の金銭感覚がおかしいのではと思ってしまう。


 俺はチョコレートケーキとコーヒー、真白はチョコレートケーキとミルクティー、りのっちはショートケーキとレモネードを頼んだ。追加で何品か頼んでいたりのっちに合計金額を聞こうと思ったが、野暮っていうものだ。


「お待たせいたしました。こちら、ご注文の品です。ごゆっくりどうぞ」


 俺と真白の前に運ばれてきたチョコレートケーキは、艶やかなグラサージュが全体に薄くコーティングされ、ケーキを見る俺を反射していた。


 りのっちのショートケーキは、雪のように白いクリームと赤く光沢のある苺が頂点を彩る。

 

 どちらのケーキも素人でも極上の一品だと分かるほどだ。


「ん~♡ おいひい~」


 りのっちは、幸福感に満ちた吐息交じりの声を漏らす。真白は口には出さないものの、目を閉じてじっくり味わっている。


「いただきます」

 

 一口食べた瞬間に、これまでの人生で味わったことのない甘さが広がった。今までの疲れが甘さで溶かされていく。


 世界で一番美味しいチョコレートケーキを、学園トップの美貌を誇る二人のお嬢様と一緒に味わえているこの瞬間。一生このまま甘い時間が続けばいいのに、とひそかに願っていた。


「みなっち、どう? 世界で一番美味しいでしょ?」


「こんなに美味しいチョコレートケーキ、今まで食べたことないよ。連れてきてくれてありがとう、りのっち」


「いいの、いいのー!」


 りのっちは自分の財布から一枚のブラックカードを取り出し、近くにいたパティシエさんに差し出す。


 濃厚なチョコレートケーキの甘さをコーヒーがより引き立てる。コーヒーは、百グラムあたり一万円以上する豆を使っているらしい。


「美味しかったわ。ごちそうさま、莉乃」


 真白は、ナプキンで口元を拭い、汚れが見えないように軽く折りたたむ。


「ましろんも、みなっちも喜んでくれてよかった」


 彼女たちは近所の駄菓子感覚で何個もケーキを頼んでいたが、お嬢様というレベルを軽く超えている。


―――――――――――――――――――――


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