第2話 誘い
次の日、憂鬱な気持ちは抜けずに学園に向かった。政治家の子やお嬢様、お坊ちゃまたちは雇っている運転手、芸能人の子女たちはタクシーなどで登校してくる。
「湊、ちょっといいかしら」
教室に入った俺に真白がムッと頬を膨らませて声を掛けてきた。避けようとする俺の手を捕まえた。
「待ちなさい」
「昨日はごめん。見なかったことにしてほしい、星宮さんにも伝えておいて」
「見なかったことにできるわけがないでしょ!? 幼馴染がボロボロの状態なのに!」
教室内に響き渡る真白の声に、何があったのかとクラスメイトたちはざわざわし始める。
気にせず会話する者もいれば、いいネタを見つけたかのようにスマホでこちらを撮影する者もいる。
しかし、真白は構わず続けた。
「今日の放課後、教室に残りなさい。私と莉乃から話があるから。昨日みたいに逃げ出したら許さないからね」
真白は背伸びをして俺の耳にかかった髪をかき分けて囁いたあと、彼女はすぐに自分の席に着き、何事もなかったかのように読書を始めた。
星宮莉乃―― 株式会社HSMYのご令嬢。社員数は二十人。開発したメッセージアプリ『ホシメイト』は世界累計四十億ダウンロードを突破した。求人を出した際、SNSで世界トレンド一位を記録した。六万人を超える志望者が集まったが、誰一人として受からなかったらしい。まさに、少数精鋭という企業だ。
その令嬢の星宮さんが俺に話がある? 何かしてしまっただろうか。
今日の授業は全く集中できなかった。先生の話が理解できなかったわけでもないし、問題が特別難しかったわけでもない。
「湊、ペンが止まっているわ。何か困ったこととかあった?」
真白は俺の手の甲に手のひらを重ねて、いたずらめいた声で顔を覗き込む。
「朝言っていたことが気になって集中できていないだけ」
「私のことが気になって集中できていないのは大問題ね」
「そんなことは言っていない」
真白なりに俺を元気づけようとしてくれているのだろう。普段ボケにまわることのない彼女は、俺のツッコミに満足したのか口元がほころびる。
右斜め前に視線を向けると、周囲の子たちと談笑しながら授業に取り組む星宮さんの姿があった。彼女に気づかれて、慌てて会釈をすると、彼女は少し口角を上げて会釈した。
放課後、真白の言うとおりに教室に残った。しかし、緊急の用事があったらしくしばらくの間教室で待っていることになった。
あの二人から話があるということは、昨日の出来事が原因なのは確定だ。昨日何があった?思い返してみると、ひとつ予想がついた。
彼女から勢いよくペンケースを取り上げた。昨日のシーンが鮮明に頭の中に映し出される。
その時、二人が教室に戻ってきた。
「湊、ごめんね、少し外せない用事があってそっちの用事を優先しちゃった。待った?」
「ごめんね、湊くん、ましろんは悪くないの、うちの用事に付き合ってもらっただけだから」
「い、いえいえ、待っていませんよ」
迷惑だとも何とも思っていないし、この二人から謝られて許さない男子など、この学園に存在しない。
「よかったぁ、許さないぞ! なんて言われたらこの後の空気が地獄になるとことだったよ」
「この後、ですか?」
「そうそう! ましろんと一緒にスイーツ食べに行くんだけど……はっ!」
星宮さんは意気揚々と話し始めたが、急に自分の口を押さえる。俺は状況を把握できずに、口をぽかんと開けた状態になっていた。
「はぁ……莉乃、湊にサプライズとして準備していたはずじゃなかったのかしら」
「湊くんが興味を持ってくれたから、嬉しくて喋りたくなっちゃった、てへっ」
真白は星宮さんの両頬をつまむ。星宮さんは何か言っているようだが、むにゃむにゃ言っているだけで聞き取れない。
「すまん、つまりどういうこと?」
「つまりね! 湊くん、うちとましろんと一緒にスイーツ食べに行かない? 今日予約しているから!」
「そういうこと。だから、一緒に行きましょ、湊」
突然のお誘いに俺の中の時間が止まる。もしかして今、学園一・二の美少女たちから放課後の予定を組まれているのか?
行くか、行かないのか。そんなこと考えるまでもなく、口は勝手に動くものだ。
「お、お願いします」
昨日のペンケースのことではなかったらしい。俺は、二人から差し伸べられた手を取る。
「やったー! 外に車を用意させているから早く行こ行こ!」
星宮さんに腕を引っ張られながら門へ向かう。
「車で行くんだ。歩いて行くと思っていた」
「車以外って新幹線か飛行機で行くの?」
この人には、徒歩や自転車、電車などの選択肢はないのか。
こうして俺は二人と一緒にスイーツを食べに行くことになった。




