番外編 1
読んでいただきありがとうございます。
これは、彼が”剣聖”になるまでの物語。
***
「おい。少年。大丈夫か?」
「…………」
人の声が聞こえる。
女の人の声だ。だけど、ノイズがかかったようにはっきりと聞こえない。
身体を動かそうとするけれどピクリとも動かない。
「こんなに傷だらけで……いつからここにいたんだ?」
そう、通りすがりの女は言うと倒れている少年の背後にそびえ立つそれを見上げる。
それは魔物の死骸だった。
ただただ大量の魔物の骸。
「一体、何匹殺せばここまでになるんだか」
女はため息をつくと少年を抱える。
しかし、その顔は台詞とは裏腹に歓喜に口角がつり上がっていた。
◇◇◇
『ごめんね。アーサー』
『待ってっ!』
遠ざかっていく小さな背中。
追いかけようとするけれど、その身体は鎖に縛られて動けない。
『クソっ!なんだよこれ。千切れろっ。千切れろ!』
俺は必死に鎖を引き千切ろうとするが鎖は千切れる気配がない。
『アーサー』
呼ばれて俺は視線を上げる。
エルは立ち止まって俺を見ていた。
『エル!』
俺は手を伸ばす。
だけど当然届かない。
『アーサー。いつか私を―――』
『待って!待ってくれ!お願いだから行かないでくれ。エル……』
エルの言葉が最後まで聞こえない。
自分の無力さに涙が出てくる。
再びエルが歩き出した。
『待って!』
エルが暗闇に消えていく。
姿が見えなくなっていく。
エルはもう俺の声に振り向くことはなかった。
「エル」
なんだか嫌な夢を見ていた気がする。
俺は伸ばされていた手を額に置く。
視界に映るのは知らない天井。
知らない天井?
そして気づいた。
ここは一体どこだ?
「痛っ!」
「おっ!やっと起きたか少年。丸3日寝込んでたぞ。しかも今日はうなされてたみたいだしな」
起き上がろうとして不意に声を掛けられた。
聞いた覚えのある声だ。
俺は声の主に顔を向ける。
それは綺麗な赤髪だった。
彼女の活発そうな見た目を象徴するかのような烈火の如き赤髪。
そして一目見て気づいた。
彼女は強い。
強者独特の雰囲気を感じる。
「あなたは?」
「開口一番がそれかよ。でも…まぁいいか。どうせ長い付き合いになるからな」
「どういうことだ?」
「お前はオレの弟子になるからな!」
「…………は?」
女は腰に手を合てて堂々と言い放った。
人は見た目によらないとは言うが、この女はそのままんまだな。
助けてもらったところ悪いが、俺はここで立ち止まっているわけにはいかない。
「悪いが俺は―――」
「強くなりたいんだろう?」
自分の心臓が跳ねたのを感じる。
今の言葉は俺の心を見透かしたような言葉だった。
「強くなりたなら私の弟子になれ。きっとお前の望みは叶う」
女は真剣な目で俺を見据える。
今の言葉には嘘も冗談もない。
それが当然かのようなそんな自信を感じた。
「本当に。強くなれるのか?」
「ああ。本当だ」
俺は目を瞑る。
きっとこの選択は俺の人生を大きく決めるものになる。
それほどの強さをこの女から感じる。
この女は今まで見てきた中できっと一番強い。
冒険者のトップだった両親の戦いを見ていた俺だからわかる。
この女はその両親よりも強い。
きっとあの龍よりも。
俺は目を開けると手を差し出した。
「俺の名前はアーサーだ。これからよろしく頼む」
「おっ!やっとその気になったか。私はシェリーだ。師匠と呼んでもいいんでもいいぞ?」
「わかったよシェリー」
「なんで!?」
「ははっ」
シェリーはそう言いつつも俺の手を握る。
それにしても笑ったのはいつ以来だろうか。
身体の強張りが解けていくのを感じる。
こうして俺は、シェリーの弟子になった。
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