中編 2ー2
読んでいただきありがとうございます。
エルと出会ってから二年の月日が流れた。
俺とエルは十二歳になった。
元々可愛かったエルは最近大人びてきて、さらに可愛くなったと思う。
二年も月日が経ったんだ。
変わらないものなんてない。
「おーい!アーサー!」
エルの声を聞くだけで、自分の胸が高鳴るのを感じる。
変わったものは、俺の気持ちも例外ではなかった。
最近。エルの顔が暗い気がする。
本人は気づいていないかもしれないが、明らかに暗い。
『大丈夫か?何か悩みでも・・・・・』
『うんうん。大丈夫だから』
しかも、いくら聞いても理由は教えてくれなかった。
だけど。今日こそは絶対に聞き出してやる。
今日は、夜にこの町で豊作を祝う大きな祭りが開かれる。
そこで、いい感じの雰囲気になったらエルから悩みを聞き出す。
それが俺の作戦だ。我ながらに中々妙案だと思う。
後は夜を待つだけだ。
◇◇◇
「わぁ!アーサー見て!美味しそうなものがいっぱい!」
「あっ!走るなよエル!」
エルの表情はいつもの明るいものになっていた。
どうやら祭りに誘ったのは正解だったようだ。
今は二人で祭りの出店を回っていた。
串焼きや氷のお菓子など様々なものが並んでいた。
というか。どんだけ食うんだ?
あっちこっちに食べ物を求めて走り回るエル。
俺はその姿を見て・・・・・少し勇気を出してみることにした。
「エル」
「ん?何アー・・・・ふえっ!?」
俺はエルの左手を握った。
恐る恐るエル顔を見ると真っ赤に染まっていた。
どうしてか。言わなくても良いことを言ってしまう。
「えっ、えーと!ほらっ迷子になると危ないから!」
「そっ、そうだよね!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人の間に沈黙が降りる。
今は自分の顔も熱かった。
勇気を!少しの勇気を出すんだアーサー!
「さあ。行こう」
「・・・・・うん」
握り返される右手。
そこから伝わる体温が、今は何よりも心地よかった。
◇◇◇
「あっ。見てアーサー。ダンスしてるよ」
「そうだな。エルは踊りたいか?」
「んーそうだな。記念に踊っちゃうおうかな」
町の中心部に当たる大きな噴水がある場所ではダンスが行われていた。
見た感じ、参加は自由だ。
エルは俺から繋いでいた手を離すと、走って先に行く。
「ほらっ。早くアーサー!」
まったく。こういうところは全然変わらないな。
俺は急いでエルの元へと向かう。
そしてエルに右手をゆっくりと差し出した。
正しい作法はわからない。だが、俺達はこれでいいんだ。
「俺と踊っていただけませんか?」
「はい。喜んで」
エルが手を添えたことを確認すると、俺たちはステップを踏みながら動き出す。
時間がゆっくりに感じた。
目に見えるものがすべてスローモーションで。たくさんの人々が笑っているのが見えた。
俺は視線を落とす。
いつもよりも近い位置にエルの顔があった。
やはり、綺麗だった。
俺の視線に気づいたのか顔を上げるエル。
出会った頃はあまり変わらなかった目線は、今では俺の方が高くなった。
エルは俺と目が合うと微笑む。
俺もそれに微笑み返す。
二人だけの時間がそこにあった。
何分か経ったところで曲調が変わった。
エルはそれに難なくステップとリズムを合わせる。
それはまるで普段から学んでいるような身のこなし。
そんな”慣れ”を感じた。
俺はエルに身分を聞いたことがない。
出会った時に聞けなかった時点でそれは諦めた。
だって、もし聞いてしまったらもうエルとは会えない気がして・・・・・・
「アーサー」
「エル」
俺たちは見つめ合いながらダンスをゆっくりと踊り続ける。
エルの動き一つ一つに俺は見惚れてしまう。
今はエルのことしか目に入っていなくて、周りの様子なんて全くわからない。
それはとても幸せな時間だった。
ああ―――
「この時間が、ずっと続けばいいのに」
気づくと、そんなことを呟いていた。
それと同時に突然エルの動きがピタッと止まる。
「エル?」
「どうして、どうして今、その言葉を言うの?」
エルは涙を溢しながら俺に聞いてくる。
俺は突然のことで何も返せない。
「どうしてよ。どうしてっ!今日で終わらせようと思っていたのに。どうして・・・・」
エルは俺の胸板に飛び込んで拳を握る。
俺はエルが何を言っているのかわからなかった。
だけど、ここでやるべきことはわかる。
「大丈夫。大丈夫だから。俺がいる」
俺は、あの時エルがしてくれたようにそっとエルを抱きしめる。
なんでエルが泣いているかわからない。
少なくとも、ここ最近表情が暗かったことに関わりがあるはずだ。
だけど、今はそのことをエルに聞ける状況ではない。
『泣きたい時は、泣いてもいいんだよ』
昔エルに言われたことを思い出す。
俺はエルの肩に手を置いて、そっと引き離す。
エルの顔が不安で曇る。
「そんな顔するな」
エルは俺にいなくならないと言った。
傍にいてくれると言った。
俺はその言葉に救われたんだ。
だから今度は俺がエルを救う番だ。
「エル。俺と一緒に来てくれ」
そう言うと、俺は右手を差し出す。
エルはその言葉を聞くと、肩を一瞬上げ、大きく目を開いた。
数秒の沈黙。
それを破るようにエルは微笑んだ。
そして―――
「ごめんね。アーサー」
エルは俺に背を向けると走り出した。
「待っ―――」
その遠ざかる小さな背中に手を伸ばす。
走り出そうとして、足も踏み出す。
でも、どうしてだろう?
伸ばされた手を下ろす。
俺はあの微笑みを思い出すと、エルを追いかけることができなかった。
それから、エルは二度と俺の前に現れなかった。
◇◇◇
私は走り続ける。
彼が追いかけてこないことを祈って。
人目を集めているがそんなこと関係ない。
今、立ち止まってしまうと、彼の元へと戻ってしまいそうだ。
「ハー、ハー、・・・・・ごめんなさい」
町を出るところまで走って、私はようやく立ち止まった。
立ち止まってなお、私は彼に謝ってしまう。
彼は私を救おうとしてくれた。
私はそれを裏切ったのだ。
自分の義務一つで。
十二歳になって、私の婚約が正式に決まった。
相手はこの国の王太子様。公爵令嬢の私は生まれたときからそのことが決まっていた。
当然ながら、将来王妃になるのだ。
幼少期から父の教育は厳しかった。
私にはとてもそれが苦痛だったんだ。
そして、我慢の限界を超えた十歳のある日。家を飛び出した。
その先でレッドグリズリーという大型の魔物に襲われて、殺されそうになった。
そこで私は出会ったんだ。
初恋の人と。
彼に助けられた私は、彼に興味を持った。
名前を聞くと、「アーサー」と彼は答えた。
私は彼に名前を聞くと、助けられたその日のうちに屋敷へと帰った。
父には一晩中叱られた。
だけど、父の言葉は一切耳に入ってこなかった。
私は、アーサーという少年の姿がどうしても忘れられなかった。
それから、私は週に三日程アーサーと遊ぶようになった。
不思議なことにアーサーと遊ぶようになってからは勉強がとても捗ったのだ。
父もそれに満足して、午後は私に自由時間を与えていた。
アーサーのところに行く時は、決まって『剣術の稽古に行ってきます』という嘘を言っていた。
遊ぶようになってからしばらくすると、アーサーに家族がいないことがわかった。
あれほど人を想ったことは初めてだった。
私は泣くことができていなかったアーサーのことを抱きしめた。
私はアーサーの傍にずっと居たいとその時から思うようになった。
そして現在に至る。
婚約が正式に決まった私は、”明日から”ここから遠く離れた王都の学園に通わなければならなくなった。
だから今日は、今日こそは絶対にアーサーに言わなければならなかった。
でも言えなかった。
これまでたくさん言う機会はあったのに。
しかもそれを彼に気づかれる始末。
「本当にっ情けないっ・・・・・」
だけど、彼は歩み寄ってくれた。
こんな私に。
告白までしてくれたのに。
私は答えることができなかった。
彼の手じゃなく、背負った義務をとった。
私はこれまで、彼に自分の身分を話してこなかった。
聞かれなかった。と、いうこともあるが一番は言ってしまうと今のこの関係が崩れてしまうと思ったから。
「私を連れ出して」
あの時、この言葉を言ってしまえばどれほど楽だっただろう。
でも私は言えなかった。
言えば彼は必ず私を連れ出したはずだから。
「あなたが好き」なんて私には言えない。
言えば彼を私の事情に巻き込んでしまう。
だから言う資格が、私にはない。
私は彼にふさわしくない。
「ごめんなさいっ!ごめんっ・・・・・な・・・・さい・・・」
ここにいては彼が追いかけてくるかもしれない。
そうしたら私の決意が揺らいでしまうかもしれない。
私はまた走り出した。
もう絶対に後ろは振り返らない。
それが私の彼に対する償いだから。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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後編は2月1日10時投稿予定です。