中編 2ー1
読んでいただきありがとうございます。
「きゃあああああああああ!」
森で狩りをしていると突然女の子の叫び声が聞こえてきた。
俺はすぐさま声のした方へと走りだす。
今の時期はレッドグリズリーの繁殖期だ。
興奮している彼らは、人間の女の子一人すぐに殺して食ってしまうだろう。
しばらく走ると、女の子を見つけた。
やはりと言うべきか、レッドグリズリーに襲われている様子だった。
女の子は大木に背をつけ、追い込まれていた。
「ガッアアアアアアア!」
「誰か!誰か助けてっ!」
「っ!」
レッドグリズリーが手を振り下げた瞬間。
俺は女の子を間一髪突き飛ばした。
しかし、レッドグリズリーの爪が俺の顔に当たって出血した。
どうやら女の子は無事みたいだ。
俺は早く町へ逃げろとジェスチャーを送る。
女の子は走り出した。
女の子が逃げたのを確認するとレッドグリズリーに顔を向ける。
俺の血の匂いでさらに興奮している様子だ。
「早く殺らないとまずいな」
右目の視界は血で真っ赤に染まっている。結構な出血量だった。
このままでは出血多量で倒れてしまう。
レッドグリズリーが襲いかかってくる。
興奮しているせいかひどく単調な動きだった。
「ガッ!」
がら空きになった心臓を剣で一突き。
レッドグリズリーは即死した。
「・・・・ふぅ」
倒れるレッドグリズリーを横目に俺は座り込む。
さすがに疲れた。
瞼が重くなってきていることに気づいたが、俺はそれに抵抗することができなかった。
目を覚ますと目の前には女の子の顔があった。
「うっ、うわっ!」
「あっあはははは!」
女の子は俺の反応が面白かったのかお腹を抱えて笑っている。
「君はさっきの?」
「うん。森を散歩していたらあのでっかい熊に襲われたの。あの時は私を助けてくれてありがとう」
上等な生地に繊細な刺繍。
彼女の服を見るに、どこかの貴族に違いがなかった。
じゃあそれならなんで、一人で山に?
「どうして一人で山にいたんだ?」
「んー・・・・ストレス発散のために」
「そうか」
「ところで。あなたの名前はなんていうの?」
「俺の名前?アーサーだ。それじゃあ君の名前は?」
「んーと、エルミナ・・・はダメよね。だったら、エルミナだから・・・・。そうだ!エルにしよう!私の名前はエル!よろしくねアーサー」
エルの笑顔は太陽のように眩しかった。
これがエルと俺の最初の出会いだった。
◇◇◇
エルは週に三日程のペースでこの町に来ていた。
俺は彼女を見つけるたびに山で遊んだ。
彼女と出会って一ヶ月が経ったある日のこと。
「ところでさ。アーサーの家族はどこにいるの?」
山から出た野原で二人並んで寝転びながらエルが聞いてきた。
きっとエルは、ここ一ヶ月で気になっていたことを聞いただけなのだろう。
俺は起き上がりながら軽く答えた。
もう、このことには自分で決着をつけていたから。
「死んだよ。両親は冒険者をしていたんだ。丁度エルと出会う一週間前だ。ギルドから死んだと連絡が入った」
「え?」
エルは起き上がりながら驚きの声を上げる。
そしてその顔はだんだんと焦りに変わっていく。
「ごっ、ごめんなさい!私・・・」
「いいんだ。エル。冒険者という仕事なんだ。いつかこうなることはわかっていた。それが今だった。それだけのことなんだ」
「アーサー・・・・・・・」
俺は遠くを見つめながらそう言った。
風が野原を吹き抜ける。サワサワと植物が揺れる音が広がっていく。
優しい両親だった。
冒険者という仕事柄、旅が多かった。
世界でいろいろなところを回りながら、二人は俺にこの厳しい世界で生きる術を教えてくれた。
狩りもその一つだ。
実際、俺はそれで今も生きている。
俺は幸せだった。
しかし。この世界は残酷だ。
幸せな時間は一瞬で終わりを迎えた。
この町につく直前。ここにはいないはずの龍が姿を現した。
龍は厄災だ。一匹で大きな町が滅ぶ程の圧倒的存在。
両親はすぐさま俺を逃した。
逃がし際に見せた父さんと母さんの笑顔。
それが最後に見た両親の顔だった。
少し、前のことを思い出したな・・・・。
もう日が落ちてきている。
俺は町へ帰ろうと立ち上がろうとして―――
「泣きたい時は、泣いてもいいんだよ?」
エルに抱きしめられた。
とても温かい抱擁だった。
人間の体温をここまで近く感じたのはいつ以来だろう?
「別に、泣きたいだなんて・・・・・」
「うんうん。アーサーのことだから、ご両親が亡くなってからは一度も泣いてないんでしょ?きっと心では泣きたいって思ってるよ」
ギュッと。さらに強く抱きしめられる。
確かに俺は両親が死んでから一度も泣いていない。
だって一度でも泣いてしまえば・・・・・・・・
「ご両親が亡くなったことを認めたくないんでしょ?」
「っ!」
俺は怖かった。
一度でも泣いてしまえば、両親の死を認めるような気がして。
だから俺は強がりという名の殻に閉じこもった。
しかし、今それがこじ開けられようとしている。
もう俺は目の前で失いたくない。
大切な人たちを。
「大丈夫。私はいなくならない」
どうして。
どうして、彼女は今、一番言ってほしくて一番言ってほしくない言葉を言うんだろう?
そんな言葉を言われたら俺は―――
「あっ、ああああああああああああああああああああああ!」
信じれなくなったものを、もう一度信じてしまうじゃないか。
夕日が見守る野原に、一人の少年の泣き声が響き渡った。
まだまだ物語は続きます。
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次回投稿は1月31日10時予定です。