番外編4
本当にすみません。一年越しのエピソードです。読んでいただきありがとうございます。
気づけば朝日が地平線から登り始めていた。
すべてが壊れた戦場に、まばゆい日の光が当たり始める。
さっきは興奮していてわからなかったが、いざ対峙してみるとわかる。
この龍は限りなく強い。
『災い』『災厄』『天災』、そう揶揄されるのも納得の強さだ。
シェリーが万全の状態だったとしても勝てるかは五分だろう。
正直、今の俺が相手取るには荷が重い。
だけど、こうして向かい合ってしまった以上、俺はこの龍を狩らなければならない。
俺はシェリーと反対側に走り込み、挟み込む形での攻撃を続ける。
シェリーが正面、俺は龍の背後といった形だ。
尾での攻撃は注意していればそれほどの脅威ではない。
しかし、俺の攻撃ではこの龍の硬い鱗を破ることができなかった。
シェリーを見てみると、龍の猛攻を防ぎながら確実に傷を負わせている。
これでは、俺がシェリーの足を引っ張っている。
二人になった意味がない。
「くそっ!」
こんな時にシェリーとの実力の差を感じる自分が情けなくなる。
この龍は自分の親の仇だというのに、俺はかすり傷一つも負わせられない。
龍もそんな俺のことを脅威と思っていないのか、シェリーに殺意の意識を集中しているように見える。
俺は確かに強くなったのかもしれない。
あのシェリーから一本だって獲れるようになった。
それでも、本当に守りたい存在がいる時に俺は無力だ。
大切な存在を守ることができない。
今だってそうだ。
大切な人が危険に晒されている。それなのに、俺は何もできていない。
くそっ! どうすれば―――
「おい! 顔を上げろ! バカ弟子ぃぃぃいいい!!」
俺の中を黒い思考が埋め尽くそうとした時、シェリーのいつもの声が聞こえた。
この戦場の中でもハッキリと届く、彼女の声だ。
俺は思わずハッとする。
俺は今、何を考えていた?
自分が弱い? 自分は無力? 笑わせるな。そんなこと、エルが居なくなった時からわかっていることだ。
だから俺は強さを求めた。この世の理不尽に屈しないための強さを求めた。
もう二度と、大切なものを失いたくないから。
俺は自分が弱いことを知っている。
弱者が生き抜くためには、必死に活路を見出すしかない。
俺はそれをシェリーとの修行で学んできたはずだ。
一見、弱点はないように見える。だけど、完璧なものなんてこの世には存在しない。強者とは、その弱点を限りなく小さくした者たちのことだ。
だから探せ。
俺が生き抜くため、この龍を屠るための道を。
俺は今までのように龍を一点ではなく、全体で見るように視界を切り替える。
幸い、シェリーが龍の攻撃をほとんど引き受けてくれているので、その余裕は十分にあった。
「………………………………あった」
そして、見つけた。
龍の首元。その部分に深い傷跡があるのを。
よく見ると、龍はその傷を庇うように戦っているようだった。
ならば、あの傷はこの龍の弱点になりうる。
「シェリー!」
「なんだ!」
俺は一度シェリーを呼んで離脱させると、龍の弱点について説明した。
龍が迫ってきているため、長くは説明できなかったがシェリーには伝わったようだ。
「俺が龍の攻撃を受け流す。だから、とどめは―――」
「とどめはお前がやれバカ弟子」
前言撤回。全く伝わっていなかった。
そうこうしているうちに龍は来ている。
「は? 聞いてたのか? 俺だと攻撃が通らないんだよ!」
「うっせぇ! 気合だ。気合で攻撃しろ! ありったけの魔力を剣にのせろ!」
もう何も言葉が出なかった。
こうなった彼女は梃子でも動かないと俺は知っている。
もうやるしかない。
俺は覚悟を決める。
思えば、いつだってこうだった。
俺は彼女に振り回されてばっかりだ。
「攻撃は私が抑える。だからお前は迷わず突っ込め。あいつはお前の親の仇なんだろう?」
彼女はそう言うと、俺の前に出る。
迫りくる龍の炎を切り伏せると叫んだ。
「いけぇぇぇええええええええ!!」
俺はそれと同時に龍に向かって最短距離を疾走する。
爪、炎、振り払い、様々な攻撃が飛んでくるが、そのすべてを俺と並走しているシェリーが受け止める。
あと、10m。もう目と鼻の先。
シェリーが龍の最後の攻撃を防いだ。
龍の傷が俺の間合いに入る。
その傷は近くで見ると、大きな二つの傷からできていた。
―――ありがとう。父さん、母さん。
俺は剣にありったけの魔力を込める。
これで終わりだ。
すべての無駄を排したかのような一閃。
まさに剣の理想とも言うべき太刀筋。
だが………………………………パキンッ。
世界は理不尽だ。
まさに絶望の音。
「―――なっ!」
剣は確かに肉を断っていた。なら……………………くそ、骨か!
ここから立て直す? だめだ、もう遅い。
視界の隅に龍の爪が迫ってくるのが見えた。
武器を失った俺にそれを防ぐ方法はない。
死んだ。これは避けられない。
エル。君にもう一度だけ―――会いたかった。
頭の中に一瞬にして、エルとの記憶が蘇る。これが走馬灯ってやつなのか。
俺は死を覚悟した。
その時。
「アーサー!!」
背後からの衝撃と共に、俺は前に吹き飛ばされる。
シェリーが俺の背中を押して、突き飛ばしたのだ。
「シェ―――」
目の前でシェリーの体がまるで紙のように一瞬にして吹き飛ばされた。
その光景に思考が止まりかける。
しかし、足元に落ちているシェリーの愛剣がそれを許さなかった。
俺はそれを拾い上げると一歩踏み込む。
地面が割れる音がした。
「がああああああああああああああああ!!」
肉を断ち、その奥の骨をも砕いた感触が伝わった。
ドバッと龍の血が俺に降り注ぐ。
直後、耳を塞ぎたくなるほどの龍の咆哮。
俺はそれに構わず、突き刺した剣をそのまま薙ぎ払った。
龍の声が聞こえなくなる。
「はっ、はっ、シェリー………………」
龍の体がぐらりと傾いたのと同時に、俺の目の前には地面があった。
もう体に力が入らない。視界もなんだかよく見えない。
『―――我を討ち倒し人間よ。最高の賞賛と共に最高の呪いを貴殿に与えん』
そんな声が頭に鳴り響いた瞬間。
俺の意識はそこで途絶えた。
◇◇◇
「もう行くのか?」
「はい。剣聖として戦場に召集されました。それに………………」
俺はそう言いながら自分の体を見る。
そこには禍々しい入れ墨のような紋様が刻まれていた。
あの龍との戦いから約一か月が過ぎた。
あの時の戦いの代償は大きく、シェリーは右足を失い、俺は龍の呪いを受けてしまった。
その結果、シェリーは剣聖を引退。そして、その剣聖を俺が受け継いだ。
あの邪龍――ファフニールを倒したことと、前任のシェリーの推薦が大きかった。
そして、俺が受けたこの呪いはこの世界の魔法技術では解呪できないのだそうだ。
しかし、抑えることはできる。だがその方法が………………。
「俺は血で汚れなきゃいけない。シェリー、俺はやっぱり怖いよ」
「バカ弟子。何回でも言うぞ、お前が殺めるのはお前が殺められそうになった時だけだ」
「だけど!」
「確かに殺しは不幸しか呼ばない。だがな、世界はそうやってできている」
そうやって言う、シェリーの顔はいつもより真剣だった。
だけど、フッと表情を緩める。
「お前は強い。きっともう大切なものを守れるぐらいには強くなった。そんなに嫌なら私のことを守ってくれ」
「冗談。シェリーは自分で守れるだろう?」
「はははっ。師匠に向かって酷い弟子だな」
さて、そろそろ行こう。
こうやって別れを伸ばしていたら、別れたくなくなってくる。
それに、俺達にはこんな別れは似合わない。
「今までお世話になりました。師匠、お元気で」
「おう、いつでも帰って来いよ」
俺たちは別々の方向に歩き出す。
『いつでも帰って来い』、その言葉に俺は胸が熱くなった。
俺は前を向いて歩く。
これから、どんな苦難が俺を待っているのか。
楽しみだなんて馬鹿なことは言わない。
だけど、そのすべてを切り伏せて進んでいこう。
数年後、エルとの再会を果たすことを彼は当然知る由はなかった。
たぶん読んでいただけたらわかると思いますが、文が全然違ったかと思います。自分も自分の成長を感じられて嬉しいです。この物語はこれで完全におしまいです。いつか、時間があったら書き直してみたいなと思っています。最後まで読んでいただいた皆さん、本当にありがとうございました。この機会に、まだ評価をしてないといった方は、評価してくださるとうれしいです。
それではまた、次の物語で。