狭間(ダンジョン) 4
★
迫るトカゲの口の中には、常闇の焔がせり上がる。
危機!?
されど、恐れは無用。
生死の瀬戸際においても、鍛え抜い抜かれた筋肉は自然と最適解を導き出す。
トカゲの立ち姿は、不安定な片足体幹。
正中線が定まってない相手など、恐るるに足らず。
この状況であろうと、スペースを造るのは容易いッッ!!
「喝ッッ!!」
短い発気と共に、鋭い爪で掴まれた両の腕を強引に外螺旋へ捻り、ワザを繰り出す。
ズッヌリリュッ!
腕の方は、少々強引が過ぎたようだ。
トカゲの鋭い爪が、俺の両腕の肉を引き裂く。
表皮に浅からぬ裂傷が走り、生ぬるいモノをあふれさせたが、無視。
真上からトカゲの鋭い牙と、常闇の焔が迫る。
腕の裂傷を代償に、トカゲとの間に強引に作った領域は充分。
”右上段前蹴り”
迫るトカゲの顎を迎え撃つべく蹴り上げた右上段蹴りが、ヤツの顎下へ着弾。
ガチッッ!!
足指をL字に立てた足前底が、迫りくるトカゲの顎をカチ上げた。
トカゲの鋭い牙が粉砕され、飛び散るのを確認。
ヤツは目を回し、棒立ちになった。
俺の目の前には、トカゲの右脇腹が、その肉体を覆う常闇の鬼気ごしに曝されている。
確認するよりも先、筋肉は最適のワザを繰り出していた。
”抜き手”
「噴んッッ!!!」
発気。
左手を手刀に変え、必殺の抜き手が走る。
ズジュリュリュリュゥゥゥゥ~んッッ!!
トカゲの鬼気を切り裂いた左抜き手は、羽毛の薄い右脇腹の皮膚を紙のように貫くと、あばら骨の隙間を通り肘までもを潜り込ませた。
ガッッ!
トカゲの体内で俺の左手は、肉に包まれた堅いモノに触れた。
生き肝ッッ!!!
ヤツの生き肝を、ガッしっと掴む。
激しく暴れるトカゲの肉体が、急に大人しくなる。
力まかせに、生き肝を引きずり出す。
…ブブチッブチブチブチブチチッチッッ……
引きずり出された臓ノ腑が、ちぎれる音。
体外にまで飛び出した太い血管から、真っ赤な生命が湯気をたてたて噴出する。
と同時、トカゲの全身を包む鬼気がかき消えた。
……ドサッ!
トカゲの身体が、脱力して倒れる。
トカゲの脇腹に空いた傷口から流れ続ける血は、最初ほどの勢いはない。
痙攣しながら、しぼみ続けるトカゲの肉体。
トカゲの肉から、急速に生気が離れていく。
常識ならば、反撃の心配は無い……だが目は離さない。
構えを解かず、トカゲを睨み続ける。
”残心”
例え敵が倒れても、油断はしない。
最後の瞬間まで心を残すのだ。
残心の姿で、トカゲを睨み続ける。
……と、その時だ。
ブフワッ!
突如トカゲの全身から、常闇色した鬼気が沸き出す。
鬼気は、トカゲの頭部に有る二本のツノへと吸い込まれた。
鬼気が吸い込まれると、それは起きた。
二本のツノが、飛礫のように飛び出し、俺へと襲いかかったのだ。
だが……
俺は焦らなかった。
ナゼだかは解らない。
大丈夫だと思ったのだ。
その証拠に……俺の肉体は自然と動いた。
”孤拳受”
バチンッッ!!
破裂音!
すくい上げる様にまとめて叩かれた二本のツノは、体積の大半を爆飛ばす。
鬼気の最後の足掻きは、楽々と俺の孤拳受により阻まれたのだ。
爆ぜ飛んだ残りカスもまた、急速に形を崩しつつ、トカゲの中へ戻ろうと足掻いていたが、その企みは果たせず、居所を無くした子猫のようにトカゲの周りを彷徨いながら、最後に何かを呟いた。
「アナウラメシヤ……」
呟きを最後、形を崩し続けるツノは霧散した。
”終わった”
謎の確信が、終了を肯定する。
生き肝をひき剥がされたトカゲの死骸からは、邪悪な鬼気が失せている。
現世に残されたのは、トカゲの肉だけであった。
眼前の危機は去ったようだ。
ここに来て、やっと自分の左手に握った物が気になった。
「……ん?」
何だこれは? 生き肝の中に何か入ってるのか!?
血まみれの生き肝が裂け、中身の一部が見えていた。
生き肝の中に、何か堅いモノがある。
さらに、生き肝の裂け目からは、さっきの鬼気とは違う薄緑に光る雲が蒸気のように湧き出している。
何が入ってんだ?
俺は、生き肝を強く握って中身を押し出す。
ブリュッ!
圧力をかけると、生き肝の裂け目から何かが飛び出した。
飛び出した物は、俺の顔の高さで高速回転する。
鷹眼のごとき俺の動体視力は、余裕で回転する物の正体を見極めた。
生き肝の中から飛び出したのは、大人の握り拳大はある球状の石。
石の表面は、ツルりとした薄緑色の光沢を放つ。
そして、石の中心には、反対側まで貫通する大きな穴が開いている。
俺の動体視力は、穴から光雲が湧き出すのを視認。
トカゲの全身を覆っていた鬼気とは違う、清浄な光雲が、石から湧き出している。
飛び出した石を落とさないよう、同じ左手でキャッチする。
ゾッ……ヌルッ!!
石を握った瞬間、俺の全身が総毛立つ。
穴から湧き出す光雲が、爆発的に増えた。
湧き出した光雲は俺の腕へ絡まりつき、ゾヌズズズッッと体内へ侵入した。
石を直接握っていたため、光雲を避けることができない。
不安? そんなモノはどうでも良い。
光雲が俺の体内に入ってきた瞬間から、俺の中で何かが弾けるように渦を巻く。
戦いの直前に腹の奥に残っていた名の残滓と良く似た力だ。
残っていた名の残滓は使い果たしたが、新しく別の力が補充されている感覚。
熱い。
新たな力に身体が反応し、内部から熱がせり上がる。
下半身が、グラグラと熱い。
俺の一部が、激しく怒張する。
視線は、握ったままの石から離せない。
……滾っていた。
ギラギラとした目で、手に握った石を睨み続ける。
全身の血潮が沸き立ち、全身の生命が滾るのを止められないのだ。
滾る……
滾る…滾る滾る滾る滾る滾る滾る滾る滾る……ぬぅうッッアアアアアアアア……
ドスンッ!
気がつけば、倒れたトカゲの背を踏みつけていた。
もう我慢できなかった。
3、2、1と、臨界点へのカウントダウンが始まる。
堅い石を握った腕を、天に突き上げる。
滾り狂う魂から迸る衝動に身を任せる。
凄まじい雄叫が喉から唸り出された。
「ダッァァァアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……」
ビリッッ!!…ビリビリビリ……ザッザザアアアアアアアアアアアアアアアアア……
突如、森の中に突風が吹き荒れ、俺の真上へと突き抜ける。
突風により、広場に渦巻く瘴気が討ち祓われ、まばゆい陽光の柱が広場へと差し込む。
狭間が怯えていた。
狭間が震えていた。
あちこちで、戦いを覗き見していた獣が怯え、震え上がっている。
暗い森の中、光の中に立つのは、天に拳を突き上げた俺一人。
この狭間を支配した王者は倒れた。
俺は勝ったのだ。
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※10万文字程度書き進めているので、17時頃に毎日更新