99.騙し合い
よろしくお願いします。
生死をかけた鬼ごっこ。
必死にリオを抱えて逃げるザーロであったが、ミューは二人に追い付きつつあった。
それはザーロが魔法を使用しなかったこともあるが、純粋にザーロの走る速度が落ちてきていたのだ。
ミューも飛行の効果時間がそろそろ切れるため、速度の落ちたザーロを見て、内心ほっと息をついていた。
相手がこのままずっと逃げるようでも、街中のため大規模の魔法を使えない。
そのためミューにはちまちま追いかけるしか方法がなかった。
しかしそうなると完全に魔術職であるミューには体力的に不利だった。
相手が魔法で土の家を作り、体力回復に専念しようとしたことはミューにしてみれば相手の限界が近いことを知る機会となった。ようやく面倒な仕事がひと段落つくと思い笑みが溢れる。
「今更、こんな場所で籠城?
意味ないから早く出てきてくれない?」
そう言葉を発するがミューの声は小さく、相手に聞かせるつもりはなさそうだ。
その証拠に、軽くため息をついた後にミューは詠唱を始め、土の家に向かって風弾を何度も打ち出した。
そして文字通り土の山ができた場所に目を向ける。
しかし目的である娘は愚か、術者であるザーロも生き埋めにされていなかった。
「え?!」
驚きながらも周囲を確認すると瓦礫家屋に隣接していた路地の右側の家には扉があった。
体力回復のために籠城したように見えて相手は家を通って別の場所に逃げていたのだ。
それを知ったミューは地面に杖を勢いよく叩きつけて怒りを露わにする。
そして飛行を発動し、家屋の上から俯瞰して相手を探す。
視界に捉えた瞬間、騙されたお返しとばかりにザーロに向かって風弾を叩きつける。
それをザーロは先ほどよりも身軽な身のこなしで魔法を避ける。
それにリオを抱えていた腕を開けていた。
「!?」
ミューは見失った瞬間に娘だけどこかに隠されたかと焦ったが、両手の空いたザーロの動きはぎこちなかった。魔法を止め、追跡に専念するとザーロはどこからかベビースリングのようなものを手に入れており、そこに娘を入れ、走っていた。
それにより両手が空いたザーロはミューの魔法を避けやすくなっていたのだった。
ただそんなことよりもミューは感心していた。
「土の家で体力回復を取るとともに、私の視線を外す。
それからあの家屋に忍び込んであんな紐を手に入れるなんて。
運はあるし、中々やるのね。」
ミューは自分が誘導されているとも知らずにそう独り言ちる。
休んだためなのかザーロの走る速度は初めの頃に戻りつつあった。
狭い路地からどんどん人気のない場所にミューを誘導し、再度瓦礫家屋を発動させる。
今度は魔法の力押しで壊されることなく、瓦礫家屋に隣接する家の扉を見つけ、ミューはその中に入ってくる。
そしてそこに、ザーロは仁王立ちで待ち構えていた。
「逃げるのは、諦めた、んですか?」
今度は相手に聞こえる声量で語りかけるミュー。
しかしその問いは返答をもらう前に、ミューの焦りを帯びた声によってかき消された。
「待って!、あなたが抱えているそれは何!?」
ザーロと正面切って対峙したことでミューはようやくベビースリングで抱っこされているのがリオでないことに気が付く。
ミューが考えた以上に、隠蔽のためにザーロが行った作業手順は多かった。
ただ土の家を作る魔法を行使するのではなく、効果を最大限に発揮するための布石を打つ作業を事前に行わなければならなかった。
そのため今更、土の家を作る理由、体力切れを相手に悟らせるために徐々に相手に距離を詰めさせる。しかし魔法が直撃しないように適度に距離を保つことも忘れないよう警戒した。そして次に、自分がよく利用していた店の裏口のある場所に逃げながら誘導する。
最後の締めとして魔法で簡易的な土の家を作り出し、相手の視界から隠れる。
都合よくベビースリングのようなものはないため、勝手にタオルを拝借し、体に巻きつける。そしてそこにリオではなく魔法で作成した土人形を詰め込む。
リオには領主館までの道を教え、100数えたら動き出すように伝える。
そして適度にミューの追跡を撒いてから、再度ミューに追われる演技を行う。
そのまま自分が決着をつけようと決めていた廃屋にミューを案内する。
当然、ただ建物に入っても警戒されて外から攻撃魔法を放たれてはひとたまりもない。
リオを捕まえることを目的にしているため、そこまで強行的な手段を取るとは考えにくかったが、素直にミューを廃屋に誘い込むために一度瓦礫家屋を壊させて失敗させる。
それによってもう一度同じ手を使われても今度も壊すわけにはいかない。
そうして土の家を維持した状態で廃屋にミューを誘い込んだのだ。
「これは俺が作った砂の人形だよ」
そう言ってザーロは体に巻き付けていたタオルを解き、砂を地面に落とす。
重さから解放された両肩や腰をコキコキと音を立てながら得意げな表情を向ける。
「まさか逃していたなんてね。
まぁいいわ。すぐ飛行で追いかければどうにでも・・」
ミューは顔を引き攣らせながらも強がってみせるが、話している最中に後方から何かが崩れる音が聞こえる。
驚きのあまり、敵から目を逸らし後ろに視線を向ける。
すると扉の先が真っ暗になっていた。
「瓦礫家屋の魔法を解除したんだよ。」
ザーロは1度目の瓦礫家屋を壊すことで失敗させ、2度目の瓦礫家屋を壊すことに心理的抵抗を与えた。その結果ミューは瓦礫家屋を壊さず、その中をくぐり、この廃屋に足を踏み入れた。つまり正面口は瓦礫家屋を解除すれば土に埋もれる。瓦礫家屋を壊したのは中にいる自分ごと建物を吹き飛ばされないようにするためでもあったが、ミューを中に誘導して簡単には外に出られないようにするための魔法でもあった。
そのことに思い至ったミューは唖然とした表情で出口だった場所を見る。
その隙にザーロは魔法を唱える。
『大地に満ちたるマナよ 我魔力を媒介に 隆起せよ 土壁』
魔法の詠唱に気がついたミューは咄嗟に振り返りザーロの魔法に対抗するために杖を構える。しかしその直後またしてもミューの後方、出口が土砂で塞がれている方から音が聞こえる。今度はザーロを警戒したまま、半歩体を捻り後ろを確認する。
すると扉は完全に土でできた壁によって覆われていた。
「これでもう簡単には逃げられないぜ。
まぁさっきまで逃げていたのは俺なんだけどな。」
そう言われてミューは視線を動かし、どこか出口はないかと確認する。
しかし先ほどの扉以外に外に出られそうな場所はなかった。
「念の為に言っておくけどよ、天井を壊して飛行で逃げるってんなら俺は全力で妨害するからな。ここから出たいならとりあえず俺を行動不能にするしかないってわけだ。
ご苦労様。」
ミューは完全に誘い込まれたことを理解し、上位者として関心していたことなど忘れ去り、してやられたことに憤慨する。
「とりあえず殺す。後のことはそれから。」
『吹き荒れろ 吹き飛ばせ 爆風 』
ミューは先ほどの風弾のような魔法と異なり今度は殺傷力のある魔法を放つ。
路地では流石に高威力の魔法を放つことを躊躇ったミューだったが、ここが人のいない空間であるため何かに配慮する必要はない。当たれば致命傷を免れない魔法を放つ。
しかしその時点でこの戦いはザーロの勝利だった。
ザーロの目的は格上のBランク冒険者であるミューに戦って勝つこと出来ない。
風属性と土属性のため、ややザーロが有利だが冒険者ランクはBとD。
超えられない壁が存在する。
だからザーロは流れでだが助けることになった人種の少女を助ける時間を稼ぐことが目的だった。
ミューをここに誘い込んだ時点でその目的はほとんど達成されていた。
そこにザーロはミューの冷静さを無くさせることで、自分を倒さなければリオを追うことができないとミューに思い込ませた。
入り口は魔法で塞がれ、飛行で逃げようにも天井を破壊しようとすれば、その下方からザーロに狙われる。故に進むにはザーロを倒すしかないという思考に陥いらせたのだ。
当然ミューはそう考えさせられたことに気がついていない。
ミューが冷静であれば、ザーロを倒す以外にもいくらでもリオを追いかける最善の策は思いついたことだろう。ザーロに向けて見せた高火力の攻撃魔法で壁に穴を開けるなどして戦闘の隙に脱出することは容易のはず。
しかしミューは怒りとザーロの思い込ませにより、殺すために魔法を放った。
ザーロは内心で笑みを浮かべながら必死に魔法の威力を減少させる。
「(危ねぇ、危ねぇ。でも外側から塞がっている扉をわざわざ土壁で塞いだ甲斐あって口調がおかしい嬢ちゃんの足止めは成功したか?
まぁこれから高威力の魔法は壁に穴を開けさせないために適度に受けながら戦わないといけないってのがしんどいけどな。)」
どうにか壁人形のデコイを作り、魔法を無効化させたザーロだったがミューはすでに他の魔法を唱え始めていた。
「マジかよ!こっちはもう魔力も尽きかけているってのに。
さっきあんだけ魔法撃ってたろ?」
ザーロはすでに2本もの魔力回復の薬を使用しながら戦っていた。
それなのにミューはまだ回復薬を使用している姿を見ていない。
純然たる魔法使いと、魔法も使えるが主に近接線が得意なものの差が見え始めていた。
魔法を詠唱するミューに向かって防御なしの状態でザーロは一直線に走り出す。
『爆風』
高密度に圧縮された風の塊はザーロ目がけて一直線に飛んでいく。
なんの防御もなく当たった場合、ザーロは即座に頭を爆散させていただろう。
『爆拳』
しかしザーロはその風の塊を右拳で打ち砕く。
ただの拳では魔法の威力に耐えきれず粉々になっていた。
そこをザーロは格闘家の特殊技術を応用し、魔法の威力を相殺させた。
魔法と特殊技術が衝突し、圧縮されていた風が土埃を上げながら周囲に霧散する。
驚くミューに対し、ザーロは左拳に特殊技術発動の準備をしながら突撃を再開する。
土埃が晴れた時にはすでにザーロの攻撃範囲内にミューは立っており、ザーロを視認したミューは慌てて距離を取ろうとした。
だがミューは完全に魔法職のため身のこなしはザーロよりも格段に悪い。
あっという間に間合いを詰められ、ザーロの『爆拳』がミュー目がけて繰り出された。
そしてザーロの左腕が吹き飛ぶ。
攻勢に出ていたザーロのはずが、気づけばカウンターを食らっていた。
まるでノックバックされたかのように左腕が後方に吹き飛び、痛みに襲われる。
さらにガラ空きになった左脇腹目がけてミューは杖で力いっぱいに叩きつける。
「グアア!!!!!」
ザーロは血が流れ出る左腕を抑えながら、ミューとの距離を開ける。
魔法職相手に悪手であることは理解していても距離を開けて冷静になる時間が欲しかった。
ミューはこれまでの悔しげな表情を一気に清算したかのような優越感の感じられる表情を浮かべている。
ザーロはどうして自分の特殊技術が打ち消されて自分にダメージが入ったのか全く分かっていなかった。
本来、風属性と土属性では四大元素の構造に基づいて考えると土属性が風属性に対して有利な属性であることには変わりない。
そして土竜系の血を引くザーロは土属性との相性がいい。
しかしそれは相手にも言えることで、エルフは種族全体が風属性の適性を持つ者が多い。
ハーフエルフであるミューもその適性を多少ではあるが受け継いでいた。
だからこれまで多少相性のいい風属性魔術師と完全に相性のいい土属性魔術師の戦いは、どうにかレベル差を無視して拮抗出来ていた。
しかし魔法職であるミューは風属性魔術師の上位職、緑系魔術師の職に就きカンストさせていた。
そして風属性魔法を使いながら、緑魔法『風廻盾』を並行して発動させていた。
特殊技術で強化したとはいえ、ザーロの拳は緑魔術に対して威力を相殺させるほどの力は持っていなかったのだ。
これまでの鬼ごっこで布石を打っていたのはザーロだけではなかった。
このことに気がついた訳ではないが、ザーロは悔しげな表情を浮かべていた。
右腕が再起不能になったCランク冒険者と魔力は減っているが特に目立った外傷のないBランク冒険者。
ここから戦いは一方的に進んでいった。
ありがとうございました。




