98.ザーロvs Bランク冒険者
よろしくお願いします。
試験が終わった翌朝、ザーロはシゼレコを探していた。
前日、シゼレコのブレスを受けて意識を失ったザーロは、目覚めた時に同じランクの冒険者から不合格だということを告げられた。しかしザーロはその判定に納得できなかった。
自分の中ではそれなりに戦えた方だし、自分よりも明らかに劣っていた冒険者が合格する姿も見た。それに不合格ならばその不合格の理由もしっかり試験官であるシゼレコから直接聞きたいと思っていた。
「カッー、ほんとどこにいるんだシゼレコの旦那。
ギルド職員は誰も知らないっていうし、副官のあのエルフの嬢ちゃんもいないしよー」
まずは朝イチで冒険者ギルドに向かい、情報収集。
それからギルドの周りを探し、そこから円を広げるように街内を虱潰しに探すが全く見当たらない。
「いい加減諦めて次回の試験のために迷宮にでも潜るかな〜」
そんなことを考えている時だった。
路地を曲がったザーロは何かに足を引っ掛けて躓きそうになる。
「おっとと、、、ん?」
一体何に躓いたのかと見てみると、物では足から大量に血を流している人種の男だった。
「お、おい!あんた!大丈夫か!?」
ザーロは急いで人種男性に乗っかっていた自身の尻尾を退けて息があるかを確認する。
「息はあるか・・・。でもこの血は今さっき出たって感じだな。
何があったんだ?」
男性の足から流れる血はまだ凝固していない。それどころか足からどんどん新鮮な血液が空気に触れている。
ひとまず、意識を取り戻してもらうためにザーロは常備している回復薬を男性の足に垂らす。そこまで高位の回復薬でないため、即座に傷が完治することはないが、傷は徐々に塞がっていく。
それから数分し、男性は意識を取り戻した。
「おい、あんた大丈夫か?」
「リオ!リオ!!!!」
意識を取り戻した男性にザーロは話しかけるが、目覚めた瞬間から男性はただひたすら、同じ単語を連呼する。
正気を失いかけているその様子に若干引きながら、何か嫌な予感がしたザーロは根気強く男性に話しかける。
「リオが、娘が攫われたんです!!!
早く追いかけないと!!!」
「リオ」という単語だけ連呼する状態からどうにかことの内容を聞くことができたザーロはなんとなく事情を察した。
「おい、俺がその娘さんを探してきてやるからあんたは大人しく傷を回復させてろ。」
しかし男性はザーロの話を聞かずに、娘の名前を叫び、痛みに顔を歪めながら立ちあがろうとする。
その居た堪れない様子にザーロは魔法を唱える。
『我神に祈らん 主よ我が魔力を以て 知音に安げ無き身の憂い払い給へ 母なる救済』
その途端男性の体から力が抜け、再び意識をなくす。
「相当焦っていたみたいだな。痛みを無視して動こうとしたから反動で意識を失ったのか?とりあえず、時間は経ってないとは言ってももうこの辺りにはいないだろうからな。どうするか。まずはこの辺を軽く見て、この人の容体を第一にするか。」
そう行動方針を立てたザーロは見つからないと思いながらも攫われた娘の捜索を開始した。
そして捜索開始から数分で目的の人物らしき人を発見した。
シゼレコ探しには昨日を合わせて約一日かかっているのに、これほど早く見つかるのかと思いなんとも言えない気持ちになると共に重要なことを聞き忘れていたことを思い出す。
「やべ、性別しかわからねえ」
意識をなくした父親からは攫われた娘の特徴を聞くことができなかった。
しかし意識のない人種の少女を抱えている人を見つけた。
これはもう、別件で似たような誘拐が起きていない限り確実にその娘のはずだと考えたザーロはどのように救出しようかと考える。
そしてまた問題が発生した。
ザーロには意識のない娘を運んでいる少女に見覚えがあった。
基本的に竜人以外の顔の判別が苦手なザーロだが、種族ごとの特徴ははっきりと覚えている。人種なら鱗がない。獣人なら体毛が濃い。ドワーフなら背が低いなど。
そして誘拐犯は耳が他種族と比べると長い。
人種に見えなくもないがおそらくエルフに属する種のはずだ。
そしてそのエルフは昨日、ザーロが試験を受ける前、試験説明を行ったミュー・ミドガルという女性に見えた。
「え?あれ、昨日の試験監督だよな?なんでこんなところに?」
そう思ったザーロは言葉を思わず口から出してしまった。
そして中途半端に長い耳はそんなザーロの呟きすらも鋭敏に拾い上げる。
「あの、確か、昨日、試験を、受けに、きた、人、ですよね?」
存在を気取られ先制の機会を無くしてしまう。
近づいてきたエルフに問われたザーロはそのエルフがミューであることに確信を抱く。
「はい。ザーロと申します。それでミドガルさんはどうしてこんなところに?
それにその子供は?」
「それは、知らない、方が、いいと、思います。
あと、男爵様の家まで、の、道を、教えて、もらえますか?」
パノマイトはミューを撒くためにただただ単純に分かりにくい、入り組んだ道に逃げたのだが、ミューは風属性魔法を使ってパノマイトを追ったため全く道に迷うことなく、すんなりリオを確保してしまった。
しかしミューの使用した風属性魔法は相手の残滓を追う類の魔法で、元来た道を示してくれるものではなかった。
そのため入り組んだ道を進んだミューは道が分からなくなり、先ほどから同じ道を行ったり来たり繰り返していた。風属性魔法で空に出ればいいのだが、捕まえた少女に暴れられでもしたら厄介であるため路地をうろちょろしていた。
そんなこと恥ずかしくて言えないが、早く男爵家に少女を運ばないといけないため、ミューは泣く泣く見覚えのある竜人に道を訊ねたのだった。
「男爵様の家までですか?この辺は分かりにくいですからね。俺が案内しますよ。」
「ありがとう、ござい、ます。」
そして当然ザーロは男爵の家まで先導しない。
相手は昨日受けた試験の副試験官であり、先輩のBランク冒険者。
だが、相手は尊敬する相手ではなく、もしかしたらただの誘拐犯かもしれない。
だからザーロは道を案内するどころかどんどん入り組んだ道に進む。
そうして曲がり角が多くなり、ミューの意識がザーロから離れたタイミングで魔法を発動する。
『大地に満ちたるマナよ 我魔力を媒介に 沈め 土砂陥没』
魔法発動と共にミューの拘束が緩んだ少女を奪い逃走をはかる。
しかし相手は現役のB級冒険者。
何かしらの魔法器を発動させたのか、沈下した地面に落ちることなくその場に浮いている。
「うわ、マジかよ!
やっぱB級以上の相手には通じないのか!?」
ミューから少女を奪って全力で逃げるザーロは後ろを振り返り、ミューが自分の魔法を完全に無効にしている姿を見て声を上げる。
「なんの、真似?ですか?」
突然の攻撃に対し困惑したミューは訳を聞こうとする。
ザーロの魔法が直接的にミュー自身を害する魔法でなかったことと、ミューが非常に慎重で臆病ゆえに即座に戦闘に発展することはなかった。
だからザーロは一瞬、適当に言葉を並び立てて時間を稼ぐ手を考える。
しかし即座にその案は自分の頭の出来を思い出し却下となる。
「あんたが女の子を拉致しているから助けて欲しいって倒れている男に頼まれたんだよ!」
そう伝えた途端にミューの表情が変化する。
先ほどまで相手に対してオロオロしていた様子が一気に消え、面倒臭そうな表情を浮かべる。
「はぁ、余計なことを。やっぱり殺しておいた方が良かったのかな。
でもそのせいで復讐されても怖いし。でも生かしておいたことで逆に復讐されることもあるのか。はぁ、怖いなぁ、さいあく」
ミューから逃げようと距離を離しつつあるザーロにはその呟きは聞こえなかったが、ミューの様子が変化したことは竜人の硬い肌でも感じ取ることができた。
再度後ろを振り返るとミューは飛行状態のままこちらに接近してきている。
どこから出したのか分からない杖を両手に抱えながら飛行する様子は可憐ではある。
しかし追われているザーロは全くそんなこと思う余裕はなかった。
たとえ入り組んだ路地を右へ左へと逃げていてもザーロは少女を抱えている。その上、相手は飛行をしている。そのため距離を離すどころかどんどん迫られてきている。
一体どれくらい飛行の魔法器、もしくは魔法が効果を発揮できるのかも土属性の魔法しか使えないザーロには検討がつかない。
『大地よ 上下左右 隆起し 障害となれ 壁人形』
だからザーロはさっさと距離を離そうと努力する。
入り組んだ道にさらに自分の魔法で障害を作成する。
飛行して進むミューの進行方向に、上下左右の壁からランダムに出現する土壁にミューは速度を落とさざるを得ない。
「もう!邪魔!」
次第に避けにくくなり速度を落としたミューは文句を言いながら魔法の詠唱を始める。
『大気よ 我が身に 集え 風廻盾』
風を流れを操り、自分の周りに幾重にも風で鎌状の刃を作り纏う。
そうすることにより、ザーロ魔法でできた人形たちはミューが近づく前に風の刃によって粉々にされる。
それにより飛行の速度も上昇し、ザーロとの距離が狭まる。
「これもあっさり対処されるのかよ、すげーなさすがはB級。
シゼレコの旦那よりも対処速度早くねぇか?やっぱ現役との差なのか?
っとやばい、今はそれよりも逃げないと」
ザーロは自分から入り組んだ道にミューを誘い込んだが、入り組んだ道は基本的にスラム街的な場所で基本的に見ているものは少ない。街中で大々的に魔法は行使できないが、この場所は人が消えてもさして気にされない。そのためこの場所では魔法の使用にそこまで気を使わなくてもいい。
だからザーロは地面を陥没させたり、壁から土人形を作り上げて相手の妨害をした。
その場所に被害が出ると分かっていながら。
しかし、しかしだ。
今ミューは直接ザーロに向かって攻撃魔法を放ってきている。
「『我が魔力を以て顕現せよ 風を纏い 抉れ 風弾』」
「おいおい、街中でこんな直接的な魔法を放つのかよ、
エルフってのは野蛮人なのか!?」
「『我が魔力を以て顕現せよ 風を纏い 抉れ 風弾』」
ザーロの叫びに対して返事は言葉ではなく魔法だった。
「おい!俺以外の誰かに当たったらどうすんだよ!
あんた本当に冒険者か!?」
そう言いつつザーロも自分と少女を守るためにいくつかの魔法を発動させながら逃げる。右、左、時には家屋の屋根から屋根へと逃走する。
そうしてどうにか間一髪の連続だが、Bランク冒険者のミュー相手に逃げることができていたザーロだったが、状況が変わる。
「ンン、、、、」
「うわ、まじか。目覚ましちまうのか?」
ザーロが全力で上下左右動き回ったことで、意識を刈り取られていたリオが目を覚ましてしまった。
「え?なに、誰?」
竜人に抱えられながらなかなかに早い速度で移動しているリオは状況が全く掴めず、困惑していた。
「おい、嬢ちゃん、大丈夫か?」
「え、あ、はい」
「とりあえず、今あの飛んでるエルフの嬢ちゃんから逃げてるんだ。とりあえず舌噛まないように気をつけてくれ」
そのエルフを見てリオは自分を追いかけてきた相手だとわかり、それから逃げている竜人ということでひとまずザーロは信用された。
しかしエルフを見たことで父のことも同時に思い出し、ザーロの腕の中で慌て始める。
「あの!お父さんが!お父さんが!血を流して、、」
「嬢ちゃんの父さんなら一応回復薬をかけておいたからひとまず大丈夫だ。
俺はその父さんから嬢ちゃんが拐われたって聞いて、今こうなってるんだが、どうして追われているのかゆっくりでいいから教えてくれ。」
そう言ってザーロは走りながら魔法を使い、ミューから逃げるという難しい作業の中に子供の話を聞くことを加えさらに難易度を上げるのだった。
話を聞き終えたザーロはなるほどなと走りながら頷く。
前々から竜人以外の種族がこの街に訪れると消えると噂があった。
それに日頃のミャスパー男爵の私兵が好き勝手にしていることなどを知っている上に、先ほど助けた父親の危機せまる様子に何かしらの魔法がかけられている可能性があったと思い至ったために、リオの話はすんなり受け入れられた。
「とにかく今はどうにか逃げられているけど、魔力はそのうち無くなっちまう。
誰か頼れる相手とかいるのか?」
ザーロが話に納得し、完全にリオ側に着くことにしたが、リオを抱えたままではどの道魔力切れでミューに捕まってしまう。
だからタイミングをみてリオから注意を逸らし、誰かに預けるつもりだった。
「んー・・・。」
しかしリオにはすぐに思い付かないようで、しばらく頭を悩ませる。
「いるけど、どこにいるか、分からない。」
「そうか。ここに来たばかりって言ってたもんな。それなら領主様の家は分かるか?」
「多分?」
「今から領主様の家の近くまで走って逃げるから、俺があいつの注意を引く間に領主館に逃げ込みな。男爵が誘拐をしているって話が本当なら領主様も嬢ちゃんを助けてくれるはずだ。」
領主様ももしかしたら男爵と結託している可能性を考えたが、領主であるベニート伯爵はミャスパー男爵とあまり仲がいいという噂を聞いたことがない。
今は取れる手段が領主に頼ることしか出来ないため、一か八かで信じることにした。
「まぁそれしか方法がないってだけなんだけどな。
もし兄弟がいてくれたらな」
そう呟きながら、もしレイがいたらどうするのかとザーロは考えていた。
兄弟と自分が勝手に呼んでいるだけの相手だが、半ば迫害まがいのことをされている受付嬢アルアの傷も簡単に治し、その相手に怒りを覚える心優しいレイならどうこの理不尽な状況を打破するのかとザーロは期待してしまう。
出会ってまだ数日しか経っていないし、実際一緒に冒険をしたり、迷宮に潜ったわけではない。そのためレイの実力をザーロは詳しくは分からない。
しかし考えずにはいられなかった。
入り組んだ道を逃げ進む。
相手はどれほどの時間、飛行できるか分からないためこのまま逃げ続けることは悪手だ。
そのためザーロは思い切った作戦を立てた。
慎重に相手に気取られないよう幾つもダミー行動を混ぜながら、そして
『大地よ 隆起し 形を造れ 瓦礫家屋』
魔法を発動した。
ありがとうございました。




