96.1vs3
よろしくお願いします。
敵意むき出しの声が出口の方から聞こえてくる。
視線を出口に向けると、そこには酒瓶を持った見覚えのない赤い鱗の竜人が1人。
声には自分達を害する気が乗せられていたにも関わらず、その竜人は完全に自然体で酒を煽っている。
その態度がいつも通りなのか、リダイオたちを油断させるためなのか、その竜人を知らないために判断がつかない。
リダイオは剣を構え、ペスとマーナはリオを庇うために一歩前に出る。
「突然なんだよ、やる気か?」
自分から敵意をぶつけておきながら、構えをとる面々をシゼレコは鼻で笑う。
そして仕方がないといった様子で持っていた酒瓶を地面に置き、剣を抜く。
「そこに隠れているのが男爵様の家に入り込んで捕らえられていたガキでいいんだよな?」
突然敵意をぶつけられたことで抜剣したリダイオ。しかし相手が会話の姿勢を見せたためどうにか戦闘を行わずに交渉で進められるのではないかと思い、構えを緩める。
「確かにこの子が男爵様の家に入り込んだのは間違いがない。
だが、子供のしたこととして大目に見てもらえないだろうか?
かなり衰弱していて休ませてあげたい。」
「随分勝手なこと言ってくれるじゃねぇか。人種風情が。
そこのガキは捕まえる。そんでお前らは殺す。それだけだ。」
竜人、シゼレコは剣を抜いているが特に構えることもなく、鋒を地面に引きずりながらリダイオたちに千鳥足で向かってくる。
武装さえしていなければ完全に酔っ払いの動きにリダイオは困惑しながらも、最初にぶつけられた敵意から自分よりも格上の相手だと想定し、油断はしない。
ゆっくり、だが確実に近づいてくるシゼレコに対し、リダイオの緊張は高まる。
そしてリダイオと数歩の間合いに入った瞬間、シゼレコは酔いなど吹き飛ばしたかのように一直線にリダイオに肉薄する。突然のことに一瞬硬直したリダイオだったが、そこはCランク冒険者。
長年の経験によって体が自然と動いていた。
シゼレコが右斜め下から振り上げる剣をリダイオは逆に右斜め上から剣を振り下ろすことで防御する。同程度の実力ならば上から剣を振り下ろすため重力が加わる分リダイオの防御動作の方が優勢に思える。しかしシゼレコの逆袈裟斬りの威力は簡単にリダイオの剣を弾く。
「なっ!!!」
驚き、声が漏れるリダイオ。
剣が弾かれ、腹部が無防備にさらされる。
シゼレコは人種のリダイオにすら分かるほど明確に笑みを浮かべる。
「まず1人」
そう言って凪払いから剣自分の胸元まで戻し、ガラ空きになったリダイオの腹部目がけて刺突を放つ。
しかしシゼレコの剣は突然力を加えられ軌道をずらされる。
それにより、リダイオの脇腹をわずかに掠める程度に終わり、リダイオを戦闘不能にすることは出来なかった。
剣の軌道をずらされたシゼレコはわずかに体勢を崩した。
そこを今度はリダイオが上段から剣を振り下ろすがリダイオの剣が当たる前にシゼレコは後ろに飛び退っており、リダイオの剣は空を切った。
「チッ、飛び道具か。邪魔すんじゃねぇよ。」
そう言うシゼレコの視線の先、地面には短剣が転がっている。
先ほど、シゼレコの刺突の軌道がズレたのはこの短剣によって外側から突然力を加えられたためだった。
「前衛を援護しない後衛なんていないでしょ、何言っているの?」
リダイオたちがシゼレコについて知らないのと同様にシゼレコもリダイオとマーナについて詳しくは知らなかった。パノマイトの件で懇意にしている冒険者がいることは聞いてはいたが、どんな戦闘をするかなどは知らない。
そもそも相手が人種であるため、なめていた。
そのためシゼレコは悪態をつきつつも女の方が厄介だと考え、標的を変える。
シゼレコの考えを察したのか、マーナの前にペスが割って入る。
それにより、マーナがシゼレコの視界から消える。
「でっけえ犬が邪魔で女は狙いにくいか。
それならさっきと同じで男の方から殺すだけだ」
シゼレコは再び舌打ちをしながら、リダイオに接近する。
先ほどよりもやや速度を落とし飛び道具などの邪魔が入っても回避出来る余力を残しながらリダイオと剣を交える。
先ほど同様下段からの袈裟斬り。
その流れのまま一文字斬り。
そうして一合二合とリダイオとシゼレコは剣を切り結ぶ。
「少しはやるじゃねぇか!」
まだ自分は本気ではないことを伝えるため、斬り合いの最中だがシゼレコは笑い、相手に話しかける。
実際シゼレコはマーナの攻撃を避けるために余力を残しているのでリダイオとの戦闘には余裕がある。
しかし先ほどの全力の踏み込みと違い、リダイオに防がれる程度の力しか出すことができない。それを強者の驕りのようにみせながら、シゼレコはどうすれば相手に致命傷を与えられるか思案する。
「褒めてもらってるとこ悪いけどこっちはギリギリだよ!」
一方リダイオはリダイオでシゼレコの驕りをより引き出すために、必死に食らいつく演技をする。そのために息をいつもより荒く、それでも強がり、口では本当のことを告げる。
程度の差はあれど両者ともに余力を残しながら、接戦を演じる。
シゼレコはマーナを仕留めないことには本気を出しにくく、リダイオは反撃できるほどの条件をシゼレコから引き出せているわけではない。
そのため長時間、剣戟の音が地下牢の中に響きわたる。
こう着状態が動き出したのは、ペスの参戦によってだった。
ペスはリダイオとシゼレコの勝負がなかなか決まらないことに、獣ながら焦りを覚えたのかマーナを庇うことをやめ、シゼレコに突貫してきた。
2vs1の接近戦が開始されるかのように思われた。
しかしシゼレコはペスが突貫した途端に、全力で地を蹴り、翼を利用して守りの居なくなったマーナに斬りかかる。
身軽さに定評のある盗賊職のマーナだが、自分よりも明らかにレベルが上のシゼレコの全力の突撃よりは遅い。
そのためマーナは避けることが出来ずに剣で斬られてしまう。
「マーナ!!!」
吹き飛ばされるマーナを見てリダイオが駆け寄ろうとするが、それより早くシゼレコが翼を利用し方向転換し、リダイオに向かって突貫してくる。
そのためリダイオは慌てて右に転がり、攻撃を回避する。
リダイオが回避するや否や、シゼレコは再び翼を使った無理矢理の方向転換をしようとする。
しかしその方向転換をする前に、シゼレコを噛み砕こうとペスが大きく口を開けて、勢いよく上下の歯を搗ち合わせる。
「チッ、犬は大人しくお座りでもしてな!」
翼の風圧でペスの口内から間一髪で逃げたシゼレコはそのまま宙返りを行い、ペスの眉間に尻尾を勢いよく叩き落とす。
「グギャウ!!!」
ペスは変な声を出しながら地面に突っ伏せられる。
『斬鉄線!!!!!!!!』
ペスが攻撃された隙を縫って、リダイオは剣士職で習得した特殊技術を繰り出す。
上段から勢いよく振り下ろしたその刃がシゼレコの竜鱗を僅かに削る。
「グハッ、、、、」
正面からの攻撃は受け流すことでダメージを最小限に抑えた。
しかし背中にそれなりのダメージを受けた。シゼレコの背後に生きている人はいないはずだと衝撃を覚え、吹き飛ばした女に視線を送る。
「バカな!!」
シゼレコはマーナに対して手加減なく剣を振るった。
そしてマーナは吹き飛んだ。
それなのにマーナはダメージを受けてはいるが普通に立ち上がっていた。
攻撃した場所から出血も見られない。
「吹き飛ぶ?」
シゼレコは斬りつけたにも関わらず、マーナが吹き飛んだことに今更ながら疑問を覚えた。
「ケホッ、ケホッ。気づいたようね。
流石にあんたの剣で普通に切られたら HPの低い私は耐えられないだろうからね。
斬撃から殴打にダメージを変換させてもらったよ。」
マーナは盗賊職のため敏捷などのステタースは高い。
しかしHPやMPなどの数値は低い。喰らうだけで耐えられるか怪しい攻撃に斬撃という、切られた場所から出血するダメージをただもらうのはまずい。
そのためマーナは事前に殴打耐性のある防具を身につけダメージを一定時間、殴打ダメージに変換する魔法器『殴打転換の秘薬』を使用していた。
殴打にしてもどうにか耐えられるといった程度のものだったが、そのおかげで吹き飛び、追撃を逃れることが出来た。
そしてリダイオはこの手をマーナがよく使うことを知っていたため、慌てて駆け寄るふりをしてシゼレコの隙をずっと狙っていたのだった。
「クソが!」
シゼレコはまんまと相手の思惑通りに動いていたことを悟り、苛立たしげに尻尾を地面に、そこに倒れているペスに向かって叩きつける。
しかしシゼレコの尻尾が捕らえたのは地面だけで、ペスはすでに起き上がり、後退していた。
『三空斬!!!』
シゼレコがペスに気を取られている間、リダイオは次から次へと攻撃が繰り出す。
頭、腹、足を狙う斬撃が離れた場所に立つリダイオから放たれる。それをシゼレコは再び、空中宙返りを行い回避する。
「飛び出た腹の割に身軽だな」
攻撃を避けられたリダイオが思わず言った言葉。
本当につぶやく程度のものだったが、シゼレコには届いていたようで、シゼレコは背中に攻撃を食らった時以上に激昂する。
「貴様!絶対に殺す!
『我魔力を以て 周囲を焼き払え 火炎の息吹』」
シゼレコはあの娘を生かしたままにするために遠距離攻撃は控えていた。
しかし背後から攻撃を受け、なんだかんだで気にしていた身体的特徴を突かれ、理性は吹き飛んだ。そのため第一目的を失念したまま、シゼレコは魔法を放った。
この時幸いだったことに、シゼレコが事前に竜人特有のブレスではなく、それを模倣して作られた低威力の魔法を使ったことだろう。仮にシゼレコがブレスを放っていた場合、地下空間が崩落して生き埋めになっていた可能性すらあった。
ザーロが試験に落ちた結果起きた幸運だが、それを知る者は誰もいない。
かなり離れた場所にいるマーナはともかく、中距離攻撃の届く場所にいたリダイオはこの広範囲魔法を避ける術がない。
どうにか耐えるしかないと腹を括る。
『魔法耐性(少)』
特殊技術を発動し、少しでもダメージを軽減させようとする。
「・・・・??!!!!!?」
しかしリダイオにシゼレコの魔法が届く前にペスがその間に割って入る。
「グゥ・・・!!!!」
「ペス!」
うめき声を上げるペスに対して、リダイオは驚き名前を呼ぶ。
しかしペスはリダイオを一瞥し、ダメージを耐え、攻撃が止むのをただ待つ。
攻撃が止んだ頃にはペスは立つこともままならない状態に陥っていた。
しかしリダイオを最後まで守り斬り、リダイオに攻撃の機会を作った。
リダイオは反対側にいるマーナと目配せを交わす。
マーナが先に投擲などを行い、シゼレコの注意を引く。
リダイオは体力MPともに限界に近かったため発動できる特殊技術もこれが最後になる。
そう思って自分の最大の特殊技術を発動させる。
『上級斬撃!!!!!!!!』
『硬質強化(少)!!!!!!!!』
しかしそのスキルの発動と同じタイミングでシゼレコも特殊技術を発動した。
攻撃は完全に防がれ、リダイオは絶望から表情を歪め、シゼレコは勝ちを確信しニタリと笑う。
しかしその笑みは自分の腹部から感じた鈍い痛みによってすぐに驚きへと塗りつぶされた。
「ペス?!」
リダイオは驚き、正面のシゼレコを無視し、後ろで倒れているはずのペスを見る。
ペスは腹部を焼け焦がし、瀕死の状態で倒れている。
しかし正面にもペスは存在し、シゼレコの腹部を噛み砕かんとしている。
「ベムか!」
リダイオはベムの存在をようやく思い出し、そしてシゼレコがダメージを負ったという事実をあらためて認識する。
自分はもう特殊技術を発動させることはできないが、シゼレコも背中と腹に傷を負った。
このまま押し切れるのではないか。そう思った時だった。
シゼレコの姿が変化したのは。
少し遅くなりました。
読んで頂き、ありがとうございます。
時間軸的には「85.耽溺」でルノが黒糸天蓋を発動させたあたりです。




