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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
94/198

94.シゼレコと男爵

よろしくお願いします。


11/5夜 試験後


シゼレコは元々赤い鱗で覆われた顔を酒で上気させた上、さらに怒りによって顔はこれ以上ないほどに赤くなっていた。

それこそ梅干しに手足の生えたあれくらい、真っ赤になっていた。

その怒りの原因は先ほどの試験である。

試験はシゼレコにとって運動不足解消のために行う軽い運動だった。

合格者は事前に金を融通させることで7割ほど決まっており、あとは適当に戦ってみて良さそうなやつを合格にする。

金ももらえて、剣錆を落とすのにもちょうどいい最高の日。

そんな日にシゼレコは、遥か格下に自分の切り札であるブレスを使用するという最大の恥辱を味合わされた。

魔法の発動、体術、思い切りの良さなどCランクの基準をある程度満たしており、シゼレコも初めはその男を合格にする予定だった。

ある程度の実力差を見せつけ、自分には絶対に勝てないと思い知らせた上で合格と言い渡す。


「たったそれだけでよかったのに、あいつは苦し紛れに目眩しなんか汚い戦法をとって俺の視界を奪いやがった。」


思い出すだけで怒りが再熱する。

目眩しという雑魚の行う行為に、元Aランク冒険者の自分が食らってしまう。

そしてその目眩しに慌ててブレスを吐き出してしまった。

全てシゼレコの不注意が原因だった。

しかし怒りに燃えるシゼレコにはそんな判断を取れるわけがなく、問答無用で不合格を言い渡した。

ポーションを渡したのも自分に恥をかかせた相手に対しての意地の悪い復讐だった。

きっと目が覚めたらあの男は、竜人の最大の切り札であるブレスを使用させた。そのため合格だと思うはず。そんな喜びを不合格と告げることで一気に叩き落とす。

自分の受けた恥辱に対してそれくらいしてやらないと気が済まなかった。

殺してしまっては次回の試験監督者としての資質も問われかねないため、ポーションを渡して不合格を伝えることがあの男にとって最大の復讐だとシゼレコは考えたのだった。


腹の奥から沸々と燃え上がる怒りをどうにかして収め、シゼレコはある邸宅に訪れていた。


「呼ばれたから来たが、どうしたんだ?」


「おお、シゼレコ殿。待っておりましたぞ。」


そう明るめな声音で話しかけるのはシゼレコの護衛対象であるミャスパー男爵。

元々、シゼレコはAランク冒険者を目指すただの竜人だった。

確かに駆け出しの頃から名声などを強く欲する野心家だったが、冒険者は基本的にそうした者が多い。ただ竜人は純粋に強さを求める者が多いため、そんなシゼレコの精神はやや異質だった。その野心が功を奏したのかは分からないがBランク冒険者まで上がることができた。しかしシゼレコにはそこが限界だったようで何年経ってもAランクに上がることはできなかった。

そんな時、ボーモス侯爵がシゼレコの野心に目をつけ、Aランク冒険者に無理やり昇格させた。それによりシゼレコは引退したあと、ボーモス侯爵の駒となり命令に従っていくようになった。

Aランク冒険者になるという、半ば諦めかけていた夢を実現させてくれたボーモス侯爵には感謝をしている。

だから今回のように、いくら捨て駒とはいえ公爵自身が直接指示を出したミャスパーという男が何か問題をしでかさないか監視するという命令でも素直に従った。


「それで要件は?」


「いえ、売りに出そうと画策していた狼型の獣のことなんですが。」


「ああ、あのデカい2匹か。それがどうした」


「その飼い主の娘がどういうわけか、我々が使った洗脳魔法に気づいたみたいで。」


「なに?」

その言葉にシゼレコは酒によってとろけさせていた瞼をカッと見開く。

洗脳魔法を使用していたことがバレれば、ニーベルン・ベニートは流石に動き出す。誤魔化しきることは難しいだろう。余計な仕事を増やしやがってと内心でミャスパー男爵に悪態をつきつつ、話を促す。


男爵の話はこうだった。

その娘は今日の昼頃に狼獣1匹と突然屋敷を訪れミャスパーに直接会いたいと言ってきたそうだ。そんな無礼を許せるはずがなく、ミャスパーはベニートから借り受けている衛兵たちに対処をさせた。獣は強力な睡眠魔法で眠らせ、C地下に。娘は縛り上げてそのままA地下牢に連れて行った。

そこでミャスパーは突然、父にかけた洗脳魔法を解けと言ってきたそうだ。

ベニートに借りた衛兵たちがいる以上下手なことを漏らされても困るため、A地下に放り込んだままにしたそうだ。それでシゼレコの指示を仰ぐために待っていた。


「それじゃ、その娘がどうしてその洗脳魔法に気がついたか理由はわからないままなんだな?」


「はい。」


「無能が!!!」


突然怒鳴ったシゼレコに対して驚きと恐怖のあまり腰を抜かすミャスパー男爵。


「その娘が何かしらの力を持っていた場合、A地下に入れるだけでは足りない。

人種には恩恵という訳のわからない力があることを忘れたのか?

それにその娘をずっと放置したままのことも問題だ。

意志が強化された父親が騒ぎ立てた場合、どうするつもりだ?

早く、その父親も捕まえさせろ。」


「は、はい!

おい!私の兵を呼べ!それとお前たちは今日私の家に土足で踏み込んだ娘の父親を捕まえて来い!」


シゼレコの怒声を恐れたミャスパーは自慢のカイゼル髭が乱れることも構わず屋敷を警備する衛兵たちに命令を出す。


「おい、男爵様、その娘の元まで案内してもらえるか」


「りょ、了解した。」

ミャスパー男爵はベニートの監視兼衛兵を命令を出して追い払った後に、シゼレコと小娘を放り込んだ場所に向かう。

地下室に向かうにはいくつかの隠し扉から、その場所専用の鍵がないと入ることができない。当然入れる人は限られる。しかし入室可能かどうかが問題になるのではなく、地下の存在自体を知られることが問題であるため二人は迅速に行動を起こす。


人型の奴隷を収納するA地下牢についたミャスパーはシゼレコにここにいますと言って一つの牢屋を指差した。

しかしその牢屋には誰もいなかった。


「は?」


ミャスパーは意味がわからず、間の抜けた声が漏れる。


「おい、どういうことだ?」


「私にも想定外のことだ。どうしてあの娘がいない?

確かに今日ここに閉じ込めたはず。そして無駄な反抗をさせないために、必要最低限の飲食しか取らせていない。とても動けるような状態ではなかった。」


そうミャスパー男爵が必死に自己弁護しているとすぐ近くで何かが壊れた音が聞こえた。

ミャスパー男爵はギョッと驚き硬直したが、シゼレコはすぐに音のした方に向かって警戒をする。


「おい、男爵様、話は後だ。

この音が聞こえた方は確かC地下牢の方だよな?

そしてその牢屋には今、その娘と一緒に捉えた狼型の獣がいる。

間違いないな?」


「あ、ああ。確かにそのはずだ。

だが昼に与えた傷がそのままでとても動ける状態ではないはずなのだが、、、」


「だがこの音はその獣がいる牢の方からした。

俺は様子を見てくる。男爵様は早く私兵を、最悪衛兵でもいいから周りに配備させておけ。

いいな?」


ミャスパー男爵の了承を聞く前にシゼレコはさっさとA地下牢を後にした。


ありがとうございます。

ブクマやポイント数が44や66という数字が並んでいてむず痒いので、少しでもいいなと思ってくれた方がいらっしゃいましたら評価してほしいです。わがまま失礼しました。

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