92.穢れなき行動力
よろしくお願いします。
11月5日昼
「お父さんを助けなきゃ・・・!」
リオはパノマイトが洗脳されている可能性があるというレイとルノの会話を偶然聞いてしまった。ベムとペスといつものように戯れていたら店の中からリダイオとマーナが出てきた。2人が帰る際、リオは2匹の間に埋もれていたため気がつかれなかった。
もちろん子供と動物好きのマーナはリオにも声をかけようと探した。しかしベムとペスに近づくことを許されていない彼女では2匹の間にいるリオに気づくことが出来なかったのだ。そして二人が帰った後リオは店の扉が開けたままであったことに気が付く。
元々他に利用していた借家のため建て付けはそこまでよくない。
そのため扉も開けたら自動的に戻るのではなく、開けたままになってしまう。
だから何度かリダイオとマーナには扉を閉めるように言っているのだが、二人は癖なのかなかなか扉を閉めてくれない。
「もーまた開けっぱなしにしてる!」
リオは怒り、扉を閉めるために近づいた。
中で三人は昔の冒険者の話をしていた。
リオには何の話をしているのかわからず、そして興味もなかった。
だからすぐ扉を閉めようと思った。
しかし「ミャスパー」という名前が聞こえてきたため、扉に手をかけていたリオの動きが止まる。
ミャスパー。
リオの中ではベムとペスに対して嫌な目を向けてくる変な髭をした緑トカゲという印象であった。流石にリオが10歳前後と幼い年齢でもそのことを口にしたらものすごい怒られる、最悪殺されると分かっているために口にはしない。しかし内心ではそう思っていた。
そんな奴について話をしているのだ。先ほどまでのよくわからない話と違って自分も少しは理解できる。だから興味を持った。
そしてルノと呼ばれるレイの仲間が父に何かをした時、頭が真っ白になった。
父の声から温かみがなくなり、レイの声音も絵本を読んでくれた時とは別人だった。
知っているのに知らない存在になった二人を怖いとリオは感じた。
(「あのルノって人がお兄さんに何かしたの?それでお父さんも・・・?」)
リオは怖かったが、大切な父を放っておくことは出来ず、息を殺して三人の会話を聞いた。
すると話はどんどん自分の考えていたこととは違う方に進んでいく。
(「お兄さんはお父さんを助けようとしてくれているの・・・?
でもあの女の人は、、、なんだか怖い・・・。」)
話の内容は難しく、全てを理解することはまだ10前後のリオには出来なかった。
しかし父は何かしらの魔法をかけられている、そしてその犯人がミャスパーだということはわかった。
実際はレイとルノはパノマイトに『盲従針』を刺し質問して、いくつか答えさせた。
その内容は何かしらの魔法をかけられているのかどうかということであり、その犯人については決して口にさせていない。
精神操作系の魔法や魔法器で精神を操られている場合、その魔法の効果や術者について聞こうとした瞬間に自害するような仕組みをとっている場合があるからだ。
しかしリオは幼いが故にその話の内容が理解できず、立ち聞きした話の内容『昔の冒険者、ミャスパー、精神操作魔法』というワードを勝手に何の根拠もなく組み立て、その結果ミャスパーという嫌な髭をしたトカゲに大好きな父親が何か難しい魔法をかけられているという些か飛躍した答えに辿り着いてしまった。
レイやミャスパーがそのことを聞けば飛躍した推理、そして大体内容が合っていることに顔を顰めたかもしれない。
だが、リオは誰にその話をすればいいのかわからなかったため誰にも話さなかった。
レイとルノ、それに父であるパノマイトは論外であり、リダイオとマーナに会えるのは店に来たタイミングしかなく、その時には絶対に父も共にいる。そのため相談相手が誰もいなかった。
だが、誰にも言えないということは誰も気づかず、助けてもらえないということでも合った。
困ったちょうどのタイミングで椅子が引きずられる音がした。
リオは慌ててそちらに視線を向ける。
すると父がいつもの優しい表情に戻っており、リオを呼んでくるとレイたちに声かけ立ち上がったところだった。
リオは慌ててベムとペスの間に逃げ込む。
「おーい、リオ!レイさんたちが帰るそだからあいさつしなさいー!」
父に呼びかけられてようやくそちらに気を向けたという体でリオは2匹の間から出てきてレイたちを見送った。
そしてその夜、父が本当に操られているのかを確認するためにジッっと父を観察した。
しかしリオにはなにが違うのかわからなかった。
だから次の日、リオは魔法をかけたと言われている本人、ミャスパーに直接話を聞きに向かった。
「私一人だと絶対入れてくれないと思うからベムかペスついてきてくれない?」
リオはそう言って朝ごはんを2匹にあげながら、そう話しかけていた。
2匹は人ではないため言葉を話すことはできない。しかし優秀であるために「進め」「待て」「戦え」くらいの簡単な命令になら、パノマイトとリオ限定にだが従う。しかし知性ある獣である2匹でも今のリオのお願いは理解することが難しすぎた。
ベムとペスはご飯を食べることを止め、互いに顔を見合わせて困惑する。
リオにはそんな様に見えた。
しかしお昼頃に外に出るとベムは寝ており、ペスが準備万端といったような表情でリオを待っていた。そのままリオを甘噛みして咥え上げるとそのまま自分の後頭部にリオを乗せる。そして動き出す。
「え?ちょっとペス?どこに行くの?」
首根っこを摘まれたリオは驚き、宙に浮いた足をジタバタとさせる。
しかしそんな抵抗虚しくポスっとペスの後頭部に着席させられる。
悠然と動く大型獣に活気に賑わっていた広場が別の意味で賑わう。
武装衛兵も何事かとペスの様子を近くで監視している。
目的地に到着したことを伝えるためかペスはリオを自分の体に乗せたまま数秒停止する。
リオは手足に力を入れ、ペスの上から落ちないよう体を右に仰け反らしたことで今いる場所を把握した。
「ガルノー男爵の家?!」
リオは先ほど冗談半分で言ったことが伝わっていたのだと理解し、そして既にどうしようもない状態にペスの体の上であたふたと慌てる。
「おい、そこの獣、止まれ!」
慌てるリオを他所にガルノー家の警備をしている門兵はペスに大声で怒鳴っている。
ペスの頭でリオの姿が隠れ、門兵には見えていないようだった。
ペスはそんな怒鳴り声を上げる衛兵を数段高い視線から一瞥したのち、ゆっくりしかし堂々とミャスパーの家に足を踏み入れる。
片方の門兵が剣を抜き獣に斬りかかろうとした。
「おい!ちょっと待て!」
しかしすぐ反対側に立っていた門兵に止められてしまう。
「何だよ!男爵様の家に無断で入ろうとしてんだぞ!」
「でも男爵様が新しく飼い始めた獣かもしれないし、それを傷つけたら俺らじゃ払えない額の金払わされるかもしれないだろ?」
その言葉に門兵の剣がやや下がる。
「どうせこいつは最近反対側に男爵様が貸し与えている場所にいるって噂の獣だろ?帰ってくる場所を間違える駄犬殺したところで何か問題あるか?」
「でもお前が剣を抜いても全く気にした素振りも見せないぞ?噂だとそこの獣は確か2匹いて、どっちとも近づくとすぐ襲いかかってくるらしい。そんな獣に見えるか?1匹しかいないし。」
「た、確かに。もし男爵様が新しく飼い始めた獣だったら傷つけるのはまずいな。」
「そうだろ?それに俺らがアレに勝てるか?」
そう言って同僚を諌めていた門兵は悠然と立っている大型獣に視線を向ける。
その視線を追って、諌められた門兵も確かにと納得し、剣を鞘に納め、大人しく退いた。
あまりに堂々とした様子にミャスパーの家の前に配置された門兵はその獣がミャスパーが新しく飼い始めた獣だと勘違いをし、そのまま道を開けて通してしまう。
そしてリオは男爵とはいえ、他国の貴族の家にあっさり侵入を果たした。
しかしうまく行ったのは入り口だけで、庭に出た途端すぐに衛兵に囲まれてしまう。
大勢の竜人衛兵に囲まれる。
兵士たちは特に何か言葉を発することなく、ただ獣が逃げないように周囲に槍を突きつけながら囲っている。
そして数分のこう着状態が続き、リオが声を発した方がいいかと思った瞬間ペスの顔に向けて何かが投げつけられる。ペスはそれを軽く顔をずらすだけで避けた。
しかし次の瞬間その何かは爆発し、ペスの顔全体を覆うほどの煙幕を発生させる。その途端槍を持った兵士たちが一斉にペスに攻撃を仕掛ける。
「やめてください!ペスが死んじゃう!」
煙幕にやられながらもリオは悲鳴のような声を上げるペスを心配した。
目を閉じていたとしても伝わるペスの苦痛にリオも心が痛くなる。
そしてそのままリオは意識を失った。
冷たい感触に寒気を感じ、目を覚ますと簡素な石作りの部屋にリオは転がっていた。
前後不確実な状態ながら起き上がり周囲を確認する。
リオのいる場所は3面が石壁で覆われており、残りの面も鉄格子が取り付けられていた。
「・・ケホッケホッ・・・ここは?」
空気を肺に流し込みながら言葉を発すると、形容し難いほどに空気が澱んでおり、上手く声が出せない。しかし意識が覚醒し、気を失う前の状態を必死に思い出そうとしたことでペスのことを思い出す。
「そうだ!ペス!ペスー!?」
急いで立ち上がり、鉄格子越しにペスは無事なのかと声を出す。
「お、ようやく目覚めたか」
しかしその声に反応したのはペスではなく、小汚い顔だけ人間の竜人だった。
そのため男性ということだけははっきり分かった。
「だれ!?」
リオは驚き、咄嗟に大きな声で素性を確かめるが、男は鉄格子に近づき、リオが意識を取り戻したことを確認すると、リオの言葉を無視し、すぐさまどこかに行ってしまう。
訳がわからず困惑する中、リオが泣き出さなかったのはペスへの心配がその不安に勝ったためか、旅商人の娘として様々な経験をしたためかはわからない。
そんなことすら考える間もなく、男が消えてから数分もしないうちに男は別の男を連れて戻って来た。
小汚い竜人と違い、その緑色の竜人には見覚えがあった。
この鉄格子のある空間に不釣り合いな綺麗な服装、それに嫌でも目に付くカイゼル髭。
ミャスパー・ガルノー男爵、本人だった。
パノマイトの商売活動を誘致した人物であり、父に対して何か危ない魔法を使っている犯人。
「目が覚めたかね。」
そう言ってミャスパーは偉そうな態度でリオを見下ろす。
リオは咄嗟に頭を下げ、貴族に対して礼をとる。
自分がどうして牢屋に入れられており、その外側にミャスパーがいるのかわからない。
またどれだけ自分がミャスパーのことを嫌っていたとしてもそれがミャスパーに対して遠慮のない態度をとっていい理由にならない。
なぜなら、種族が異なろうともミャスパーとリオには明確な身分差があるからだ。
他国間の貴族の位の高さなど知らぬリオだったが、自分の身分が平民であることは理解している。そして平民なのだから貴族に対して礼儀正しくするのは当然なのである。
少なくともリオはそう父に教わっている。
だからリオは今の状況でも頭を下げた。
その様子にミャスパーは気分を良くしたのか、若干高くなった声音で用向きを尋ねる。
「君は確かパノマイトの娘だったな。
牢屋に入れて悪いが、何分こちらも突然庭に侵入されたものだからね。理解してくれ。
それでどうして私の庭にあの獣と来たんだ?」
獣と聞いてリオはペスがどうなったのかを聞く。
「私と一緒だったペスはどこですか?」
「私は要件を聞いたのだが、、、まぁ子供だ。そこは私が大人な対応をしてやろう。
君の言う、ペスとはあの獣のことかね?ここにはいない。別の場所にいるよ。
それで分かったら私の聞いたことに素直に答えなさい。
どうしてここに来たのだ?」
自分の質問に答えろという圧が強すぎるあまり、リオは単刀直入に今日来てしまった要件を告げる、いや告げてしまった。
「お父さんに魔法をかけましたか。かけたなら解いてください。」
その瞬間ミャスパーだけでなく、後ろにいた小汚い男の顔までもが強張る。むしろ小汚い男の方が人の顔をしていたため変化が顕著だった。
しかしそんな変化を10歳の少女が見破れるわけもなく、ただただ沈黙の時が流れる。
「あの、、、、」
「誰から聞いた」
リオが恐る恐る声をかけると、先ほどの貴族然とした態度は一切ない無感情な声で尋ねられる。
「本当にお父さんに魔法はかかっているんですか」
リオとしてはいくら顔が生理的に受け付けない貴族だからと言っても父は商売相手としてミャスパーをそこまで嫌っていなかった。
そもそも何の魔法をかけたのかもレイの話からはわからなかった。
だから本当に魔法をかけていたのかと信じられない思いから言葉を発していた。
「貴様!私を騙したな!?クソガキ!!誰から聞いたか私は聞いているのだ!」
しかしその発言を、ミャスパーは鎌をかけてきたものだと勘違いし、怒鳴り声をあげ激昂する。
リオは突然怒鳴り声を上げられ体をびくりと震わせる。
「お父さんの様子が変だったから何かされたと思いました。」
しかしここでリオは嘘をついた。
レイたちの話は盗み聞きしたものであり、ここに来たのもペスが乗り気だったこと以外全て自分の意思だ。そのため関係のないレイに迷惑をかけてはいけないとリオは10歳ながらに思い、怖くても嘘をついた。
しかしその嘘はミャスパーにはバレていたようで、脅される。
「嘘は要らん。誰から聞いたかを話せ。話すまではここから出さない。いいな?」
「え。。。。?」
そう言って早々ミャスパーは小汚い竜人を連れてどこかに行ってしまった。
ミャスパーは今までこの魔法を利用し、半ば自動的に奴隷を作るシステムを確立していた。
そしてこの方法は誰にもバレてこなかった。バレたとしてもその存在は協力者によって始末されてきた。それだけに、10歳前後の人種の少女に魔法をかけていたことをバレた時の衝撃は大きく、内心の動揺を表に出さないように必死だった。
そのためこれ以上何か失態を犯さないように、誰からそのことを聞いたのか尋問、拷問するよりも先に部屋を出た。
仮にこの少女に入れ知恵した何者かが大きな組織だった場合、自分は対処できず、汚点を生み出したことを理由に自分はボーモス侯爵からトカゲの尻尾のように切られることを理解していたために動揺は相当だった。
そのため、少女に話を聞くことよりもまず先にボーモス侯爵の手の者であるシゼレコに指示を仰ごうとミャスパーは私室に籠ったのだった。
ありがとうございます。




