89.両手の花1
よろしくお願いします。
剣呑な空気の原因は分からないが自分の余計な一言で相手を警戒させてしまったと悟ったレイは両手をあげ、自分に敵意がないことを示す。しかし相手はエルフ。復習対象のアグラエルを想起してしまい、自分の中に蠢く殺意が表に出てこないか不安だった。
いつでも聖属性魔法『白癒』を使えるように準備をする。
相手もレイが何もする気はないと見たのかやや態度を軟化させる。
ハンマーを構えた女性エルフが何かを口にしようとした時、エルフ女性は後ろから声をかけられていた。
「アルシア?大丈夫?何があったの?」
ハンマーを構える女性エルフの後ろから、そのエルフにそっくりな容姿をした女性エルフが現れる。レイは思わず女性の顔を交互に見てしまう。
その間に2人は何かを話し合っていたようで、ハンマーを持った方がレイに近づいてくる。
「助かった。ありがとう。
ただ、敵か味方かわからないから武器は構えさせてもらうぞ?」
相手のハンマーがレイを殴れる射程に入るほど近づいたにも関わらず、イクタノーラの殺意は反応を示さない。レイは安堵と疑問を感じつつ、聞かれたことに素直に答える。
「はい。構いません。」
それはそうだ。
レイだって普通、迷宮内で魔物と戦っている時に現れた者を同じ言葉を話すからと言って警戒心なく近づくことは出来ない。
「私には見覚えがあるんだが、昨日ベニートの冒険者ギルドにいたか?」
レイは首肯する。
レイを目撃したということはレイもまた相手を目撃しているはずだ。
そのため、レイは昨日のことを思い出そうと頭を巡らせる。
これほど綺麗で、そっくりな女性エルフを見かけたらなかなか忘れることは難しいだろう。
そう思って記憶を辿るが思い出せない。
「私も昨日、ベニートのギルド、Cランク試験の説明会場にいたんだ。
その時あんたを見た。」
レイの悩んでいる様子が伝わったわけではないのだろうが、相手は丁寧に説明をしてくれる。
そして武器を構え、警戒している理由にも納得がいった。
レイは昨日、復讐対象であるミューと偶然出会い、殺意を抑えることが出来なかった。
そのため昨日、Cランク試験の説明会場にいた者たち全員に程度の差はあれど殺気を垂れ流してしまったのだ。
だから相手はレイを警戒しているのだろう。
「昨日、ですか。
それなら昨日は申し訳ないことをしました。」
「ということはやはり、あの殺気を出していた黒狐でいいんだな?」
「はい。でもあの殺気はちょっとした持病みたいなもので、周りの皆さんを威嚇するために出したものではないんです。」
昨日あれほどの殺気を浴びせてきた人物の言動とは思えないため、相手はポカンとした間抜けな表情を浮かべる。しかしレイとしてはあの殺気は一種の持病で、発作のように捉えており、イクタノーラのことを話せない相手にはそう伝えるしか方法はない。
そして後方で大きな爆発音が鳴る。
呆けていた相手はその音により意識をはっきりさせ、味方のいる方に気を配る。
そしてその爆発音が誰のものか理解したためにレイに対して武器を構える。
「なんのつもりだ?!」
その問いに答えたのはレイではなかった。
「待って、アルシア!」
爆発音のした方向からアルシアの元に向かって似た顔のエルフが駆け寄ってくる。
「ナンシア、大丈夫か?」
アルシアと呼ばれた女性エルフはレイに視線を向けたまま仲間の安否を問う。
「うん、私は大丈夫。」
「私を油断させてこの黒狐は魔術師であるナンシアから狙った。
気をつけろ。」
「いや、多分違うと思うけど、、、。」
その言葉にアルシアはナンシアとの温度差を感じた。
冷水を浴びせられた気分になったアルシアは落ち着いて状況を考える。
そしてナンシアから何かを言われる前にハッとしてナンシアがかけてきた方向に目をやる。
そこには飢餓鳥ブラットファウルたちの死体が転がっていた。
二層に上がるための道を妨げていた奴らだ。
黒狐との会話に気を取られナンシアの後ろにいるこいつらに対して警戒を怠ってしまった。
それをこの黒狐は助けてくれた。
状況を理解したアルシアは完全に武器の構えを解き、レイに頭を下げる。
「すまない、誤解してしまったようだ。」
レイは何かを言う前に全て自己完結されてしまったため何も言うことはない。
「いえ、大丈夫です。俺も声をかける余裕がなかったのですみません。
まだ魔物も沸いていきそうですし、外に出てから話しませんか?」
レイの提案に2人は納得を示す。
ただ互いに信頼を築けていないために迷宮を別々に出た後、共にベニートに戻ることになった。
「それで、お二人は昨日試験の説明を受けたと言っていましたよね。
それなら飢餓鳥ブラッドファウルを?」
迷宮に潜っていたために気づかなかったが、もう既に日は落ちかけていた。
そのため行き同様に馬車は既に運行を終了していた。
だが今日中にベニートに戻りたい3人は夕日を眺めながら帰路に着く。
「ああ。あの試験官と戦うのはどうにも嫌な感じだったからな。」
「試験官との戦い?」
アルシアが答えた内容に、ナンシアが疑問符を浮かべる。
そしてその様子を見てレイも疑問符を浮かべる。
昨日ギルドにいたのなら、試験方法を聞いているはずだからだ。
2人から疑問の視線を向けられたアルシアは口を開く。
「昨日の説明は私1人で聞いていたんだ。
試験は迷宮に潜るだろうと思って、ナンシアには回復薬とかの支度をしてもらっていたんだ。」
レイは納得する。
これだけ綺麗でそっくりなエルフを竜人の国で目撃したのに自分は忘れてしまったのかと内心自分の記憶力を不安に思っていた。
しかし昨日、アルシアは1人でいたという。
それならば、昨日レイが会議室で目撃した他種族の中にアルシアがいたのだろう。
ローブを被っているものも何人かいたため何も不思議はない。
それにナンシアがレイのことを全く警戒していないのも、昨日の殺気を受けておらず、ただの同業者だと考えているためなのだろう。
レイの疑問は解消されたが、ナンシアの方はまだ不思議そうにアルシアを見ている。
アルシアは伝えていなかったことが後ろめたいのかなかなか口を開こうとしない。
「説明していないんですか?試験方式のこと。」
「ああ。」
「試験方式?」
「実は、この迷宮に潜って飢餓鳥ブラッドファウルを討伐する以外にもう一つ試験を選べたんだ。」
「え?そうなの?」
「試験監督が元Aランク冒険者のシゼレコってやつだったんだけどな。
そいつと模擬戦をして認められれば合格になるってのがあったんだ。
ただ、昨日の説明の後すぐに開始だったから関係ないと思って言ってなかった。悪い。」
「認められたらって判断基準もあやふやだし、昨日の夜は私先に寝ちゃってたからこっちで全然問題ないよ。ただ教えては欲しかったなー。」
ややジト目のエルフの女性。それと同じ顔のエルフの女性が申し訳なさそうにしている。
何だか面白いなと完全に傍観者気分でいると突然、レイに話は振られる。
「それで、私を見た時にエルフと言っていたけどどう言うことなんだ?
私は見ての通り、人種なんだが。綺麗だと褒めてくれたのか?」
先ほどまで申し訳なさそうにしていた表情は消え、アルシアはレイに尋ねる。
ナンシアのジト目は含んだ意味が変化し、レイに向けられている。
「俺にはその耳はエルフにしか見えないんですけど。」
人種だと主張されたところで、レイには2人はエルフにしか見えない。
正直にレイがそう答えると2人の空気は変わる。
アルシアは再び剣呑な空気をおび、こちらに比較的好意的だったナンシアもアルシアと似たような感じになっている。
「それは私、だけか?」
「え?ナンシアさんもですよ?
双子に見えるくらいそっくりじゃないですか。」
その言葉に2人は黙り込む。
レイはいよいよ意味がわからず、頭の上の疑問符を目に見えるくらい大きくして2人に投げ続ける。
「こんなところで接触してくるなんて何が目的だ?」
ただ、レイの特大の疑問符は相手に届かなかったようでさらに意味のわからない質問をされる。
「は?すみません。意味が分からないんですけど。」
本気で困惑するレイに対し、2人もその様子を見て取ったのかそっくりな顔で互いを見つめあって首を傾げている。
しばらく謎の沈黙が流れた後、ナンシアが話かけてくる。
「すみません、質問しても大丈夫ですか、えっと・・・」
「はい大丈夫です。
こんなタイミングで、あれですけど。
俺はレイって言います。」
「あ、ありがとうございます。
私はナンシアです。こっちのハンマーを使っているのが、私のパーティメンバーでアルシアといいます。
質問なんですけど、レイさんはベニート出身の冒険者の方ですか?」
「いえ、都市国家連合国のウキトスという街が主な活動場所です。
都市国家連合の方のC ランク試験に間に合わなかったので、今回ここに来たんです。
でも、どうしてそんなことを?」
「アルシア。多分違うと思うんだけど、どう思う?」
「ああ、私も違うと思う。第一逃す気がないなら迷宮で襲えばいいし、エルフってことに気がついているなら街での方がよっぽど簡単だ。」
「そうよね。それならある程度話してもいいかな?」
「その辺は任せる。」
2人で数事会話したのち、ある程度結論が出たのかレイに向き直る。
どうやら説明はアルシアではなく、ナンシアがしてくれるようだ。
魔術師ゆえに、普通に言葉を扱うのもナンシアの方が得意なのだろうか。などとレイは思考しながら話の続きを待つのだった。
ありがとうございました。
少し長いので分けました、ご了承ください。




