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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
85/199

85.耽溺

よろしくお願いします。

レイ・メギド


自分の仕える主人であり、自分の想い人。

<ヴィアインフェルヌス>どころか<メギド慰霊国>から存在が消失した時は柄にもなく狼狽し、泣いてしまった。

しかしこの世界に真っ先に呼ばれたことがその悲しみに勝る悦びになった。

周りの配下たちへの優越感、主人としばらく2人きりでいられると言う幸福。

ただその幸福感と共に以前の、メギド慰霊国にいた頃のレイとずっと2人きりと言うのは流石に難しかった。

自分の中で最も大切で、愛している方ではあるが、それとともに王としての風格を兼ね備えていた。

国民のためにさまざまなことに取り組み、繁栄をもたらしてくれた。

そんな主人と共にずっと一緒にいることが出来る喜びはあったが、それと同時に何かミスをして失望されないかと言う不安も常に傍についてきた。


しかしこの世界にきて主人は変わった。

王としての風格は感じられず、場当たり的な行動も目立つ。

ただ召喚された当時に感じたように、主人からは以前の主人同様の気配を感じる。

混じり気が存在しているという説明は受けた。

ただその混じり気一つであそこまで変化するものなのだろうかという疑問もあった。

だからルノは今のレイを王というよりも1人の個としてのレイだと考えた。

そして皆が集まればまたレイは王として皆を導いてくれるだろうと思ったためさほど問題視しなかった。


そんなルノはこの世界に来てから初めて1人でいる。

これまでずっとレイと一緒にいたために寂しさを感じている。

かに思われたが、只今ルノは絶賛睡眠中だった。

ルノはレイがいる間ずっとレイの抱き枕として使われていた。

光栄でしかないことだが、ルノは緊張のあまり一睡も出来ていなかった。

そのためレイがいない、1人の時間が出来たことで睡魔に襲われたのだ。

それから数時間してルノはハッと目を覚まし、仕事をしなければと準備を始める。

事前に針珠蟲を街を囲うように配置した。意思がなく風に乗ることでしか動けない針珠蟲だが、ルノほどの実力になれば糸を自在に絡ませ合いながら街を覆うように配置することも容易に出来る。そしてその針珠蟲をもとに計測地点の目安をつけ、空間内に光が入ってこないように自作した特殊な糸を束ねて部屋を覆い始める。

部屋全体を黒い糸で密閉し、今度は白い普通の糸で一辺25cmの正方形の箱を用意する。


    特殊技術『黒糸天蓋』


ルノの特殊技術が発動し、正方形の中にベニートの街が作り出されていく。

ルノはレイに命じられたように、まず情報を収集していく。


「人口は75万人と少し。そのうち8割が竜人で残りが別種族。」


部屋の中に篭りながらルノは自分が滞在している街の規模、そして人口を正確に把握していく。


仕事帰りに酒を呑むもの、爬虫類のような交尾を行う竜人、1vs3で戦闘を行うものなど街内の様々な動きが頭に流れ込んでくる。しかし今ルノが欲しいのは誰かの動向ではなく情報。

ルノの中に流れ込んでくる映像を切り離し、一人一人の発する言葉を拾う。

その中からレイに命じられた内容に即した情報を取捨選択していく。

しかし得られた情報の9割以上は命令に関係のない、くだらないものでルノは顔を顰める。

収穫もあることにはあったが、その対象をどうすればいいのかルノは判断できない。

実際この黒糸天蓋はリアルタイムの情報収集能力はあり得ないほど高いが、過去のことなどを調べるには運よく黒糸天蓋の中にその内容を話しているものがいないと情報は得られない。


そのためレイはドラコのことなどについてはそこまで期待していなかった。

それよりもむしろルノの能力限界がどの辺りなのかを把握しておきたかった。


しかしルノは1割の情報だけではレイの命令に応えられていないと考え、そのまま情報収集を行う。それから30分ほど黒糸天蓋を発動させ続けたが目ぼしい情報は得られずに断念した。


黒糸天蓋を解除した後、ルノはベッドに倒れ込み全然情報が集まらなかったことに対して自分の能力不足を呪った。

帰ってきたレイに対してどう言えばいいのか懊悩している間にルノの手はいつの間にか自身の下腹部に伸ばされていた。

昨日までレイが使用していたベッドの上でレイに対して思いを巡らせていたら自然と手は動いていた。


「レイ様、、、んん、、、、レイ様、レイ様、、、、、」


黒糸に包まれた空間内に艶やかな声が響く。

レイに怒られることすら自身の妄想でご褒美に昇華させたルノは、この世界に来てから初めてということもあってかなり激しく手を動かし、主人の名前を呼んでいた。

しばらく嗅覚と触覚をレイに支配され、恍惚としていたルノだったが、聴覚までもレイに染められた瞬間一気に血の気がひく。


「ルノ?」


ルノは聞こえるはずのない主人の声を聞いてしまった。

蕩けた顔は一気に青くなっていた。

慌ててベッドから起き上がる。

汚したベッドなど言い訳のしようがない現状に流石のルノもレイからなんて言われるのか分からない。

仕事も完璧にこなせなかった上に、愛する人に自分の醜態を見せてしまった。

ただただ泣きたい気持ちだった。


「ルノ?・・・やっぱり気のせいか」


しかし聞こえる声音はどこか遠くにいるようで、怒気や失望といった気持ちを声から感じ取ることはできなかった。

遠くに、というよりも脳に直接語りかけてくるような声に違和感を覚え、下げていた顔を上げてルノはレイの姿を探す。その結果、黒糸で覆われた空間にはレイは存在しなかった。


「え?」


ルノはどういうことか分からず困惑していた。


「あれ、やっぱりルノ?声が聞こえるんだけど、どうして?」


「レイ様、でしょうか?」


「そうだよ」


再度あたりを見回すが、やはりレイはどこにもいない。

レイの方も困惑しているため何か想定外のことが起こっているようだ。


「ルノって何か念話系の魔法や特殊技能って持ってたっけ?」


「いえ私は、、、、」

持っていないと答えようとして突然ルノの脳内に自身の職業と能力が浮かぶ。

これまた突然の出来事に驚くが、今度は理解不明な出来事に対して驚いたのではない。

自身の能力を忘れていたことに驚いたのだ。


「すみません。おそらく私の魔法が勝手に発動してしまっていたようです。」


「そんな魔法使えた?」


「はい。専属メイドLv10で覚える特殊技術『天降り』によるものだと思われます。

主人に対してのみ使用可能な念話のような魔法で、誤発動してしまったようです。

申し訳ありません。」


「いや大丈夫だよ。何かあったらまた連絡して。」


「あ、レイ様。一つご報告が。」


「ん?」


「黒糸天蓋を使用してこの街を調べたところ、ドラコの存在は確認できませんでしたが、ミュー・ミドガルを発見いたしました。どう対応すればいいでしょうか。」


レイの復讐対象に対する殺意を生身で浴びたことのあるルノは念話とはいえ、レイの殺意を発露させることに躊躇いがあった。そのためレイに伝えるか非常に迷ったが、念話をただ誤作動させただけというのも決まりが悪い。

そのためルノは意を決して念話越しでレイに復讐対象の発見を報告した。

しかしレイからは「うん、放っておいていいよ。」というなんともあっさりしたものだった。

一体どうしたのかと思い不思議に思ったルノだった。


「わざわざ伝えてくれてありがとう。でもさっき偶然出会ったんだ。

ちょっと想定外のことだったからひとまず放置でお願い。」


そんなルノの疑問を感じ取ったのか穏やかな声音で説明をしてくれる。

普段なら愛する人の優しい声音に聞き惚れるはずだが、その時のレイの声は殺意が含まれているようでなんとも恐ろしかった。


レイとの『天降り』が終了するとルノは自身の現状を思い出し、見られなかったことに安堵すると共に続ける気は失せてしまったため糸を剥がし処分し始める。

そうして扉前の黒糸を取り外した時にガン!という物音が聞こえる。


ルノは先ほどの念話の件でうっかり忘れてしまっていたが、扉の外で何かしているものがいることは黒糸天蓋の発動中に気がついていた。

そのため黒糸を張った状態で放置していたのだが、掃除のために自分からその糸を回収してしまった。

それにより外部からの接触が可能になり、扉を壊して武装した竜人4名が部屋に入ってきた。


「おい!エルフ!貴様扉に何をした?!

とにかく、貴様を捕まえる!大人しくついてきてもら・・・・・・・・・・・」


主人との愛の巣に土足で踏み込んできたものに対する慈悲をルノは持っていなかった。

そのためリーダー格の竜人が何かごちゃごちゃ話している間にルノは四人を全身糸で巻き付け、窓から放り投げる。

そしてその瞬間糸の拘束を強め、外に血の雨を降らす。

一時的とはいえ主人の住まう場所に侵入者の血を流すことなど許せないため、外に血をばら撒いたルノだったが、その後特に行動することなく扉と窓を高強度の糸で覆った後に再びベッドに横になった。


そして再びルノはレイの香りに包まれて眠りに落ちていった。


ありがとうございました。

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