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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
84/198

84.ザーロvs元Aランク冒険者

よろしくお願いします。

11/5夜

Side:ザーロ


ザーロは試験を受けるためシゼレコの指示に従い、ギルド横にある訓練場に来ていた。

ザーロはソロだったためパーティメンバーと話し合ったりすることはなく、素手で戦うために武器を整備する必要もなかった。

そのためザーロは訓練場内で一番落ち着いていた。

なぜならすることがないから。

基本的だれと話す時も竜人に似合わない軽薄な口調をするザーロだが、ソロ冒険者であるために人と会話を交わすことは少ない。それに先ほどありえない殺気を滲ませていた獣人と一緒にいたのも理由となりザーロに話しかけてくる者はいない。

それどころか竜人の多くは彼と距離をとっていた。


30分ほどして訓練場にシゼレコがやってくる。

会議室に来た時同様に、顔は赤く(元から鱗は赤いが)、酒瓶を持っている。

しかし先ほどと違い、腰には長剣を携えている。

防具は着けていないものの、剣を携えたシゼレコの装備姿にDランク冒険者たちの憧れの視線は強くなる。

それはザーロも同様だった。


試験が開始され、受験者たちは一人一人シゼレコと模擬戦を行う。

時間にしたら5分から10分ほどの短い時間ではあるが、どの竜人もシゼレコの技術を一つでも多く自分の物にしようと目を皿にして他の受験生との模擬戦を観察する。

数合剣を打ち合わせたり、相手の魔法を受けたらすぐに合格をもらうものがいる一方、逆に数号の打ち合いで失格になるものもいる。

流石に酒を飲んでいたとしても元Aランク冒険者としての腕は確かなもので、次々と受験生たちの合否を仕分けていく。

ザーロからすれば合格でもいいのでは?あれ、これで不合格?などと思う場面もあったが、実際に対峙したシゼレコが相手の力量を間違えるはずもないので、ザーロは自分の見る目もまだまだだと思う。


そうしてぶっ通しで2時間ほど模擬戦が続けられる中で、ザーロの順番が回ってくる。


「よろしくお願いします。」


軽薄な口調は鳴りを潜め、礼儀正しく頭を下げる。

シゼレコはそんなザーロの頭から足までを酒気の帯びた目で眺める。

先ほどからシゼレコは戦いっぱなしでありながらも、模擬戦の合間合間に酒を飲んでいた。

竜鱗でわかりにくいが、汗は流れ、息も若干上がっている。

ザーロはそんな様子の男に本気を出してもいいのかと一瞬考えたが、そんな思考すぐに放棄する。

相手は遥か格上、胸を借りるつもりで全力で挑まねばかすり傷ひとつ負わすことはできないはず。

そう考えたザーロは、剣を構えたシゼレコに最初から全力で魔法を行使する。


『大地に満ちたるマナよ 我が魔力を媒介に 沈め 土砂陥没(アーススタンプ)


ザーロは近接戦闘と土属性魔法を合わせた戦い方を得意としている。

そんなザーロにとってこの訓練場は、地面が砂場であるためにかなり自分に有利な条件で戦うことができる。

詠唱を終え、魔法を発動した途端に長剣を構えるシゼレコの足元の地面が突然凹む。

ザーロは相手が魔術師など遠距離攻撃を得意とするものと対峙するときに、相手の足場をぐらつかせ、その間に距離を詰める戦法をよくとっていた。

シゼレコは長剣を使う近接戦闘を得意とする者だが、格上すぎるためただ無策で近づくのは無理だと判断し、この戦法を用いようと決めて魔法を行使した。

魔法が発動するとともにザーロは前進し、シゼレコとの距離を一気に詰める。

しかしさすがは元Aランク冒険者。

シゼレコはザーロが詠唱した段階で魔法の効果にあたりをつけ、翼を広げて羽ばたく事で魔法の効果範囲から脱した。

魔法を発動させても全くシゼレコを足止め出来ていないためザーロは突進をやめて急停止する。

しかしシゼレコはそれを許さない。

今度は自分の番だと言わんばかりの勢いで羽を羽ばたかせてザーロに向かっていく。

地面からわずかに足を浮かせた状態で滑空し、剣は飛行の流れに則り居合の形をとっている。

意図しているのか分からないが剣筋はシゼレコの太った腹が邪魔をして、攻撃のタイミングを掴ませないようにしている。

ザーロは慌ててもう一度魔法を発動する。


『大地よ 眼前に隆起し 障害となれ 壁人形(ウォールパペット)


ザーロとシゼレコの間に土でできた人形が形成される。

人形と言っても急ごしらえで作ったためか顔や体の輪郭などはぼやけてしまっている。

ただザーロはその魔法をシゼレコの突進を防ぐために使ったために出来栄えは関係なかった。

結構な勢いで飛んできたシゼレコはその人形を避けることはできず、咄嗟に現れた人形に対し、構えていた剣を抜き放ち人形を破壊する。

人形は剣で斬られた事で形を維持できずに崩れ去る。

しかし崩れ去る瞬間に人形の背後まで近づいていたザーロが人形の頭部に正拳突きを放ちシゼレコ目がけ人形の土をばら撒く。

目眩しにあったシゼレコは手で顔を擦る。

その隙にザーロはシゼレコの右サイドまで移動をし、ギリギリまで貯めた拳を突き出す。

目をくらませ、完全に気配を飛び散る砂に同化させたザーロの拳はシゼレコの横っ腹に綺麗に決まった、かのように思われた。


シゼレコは剣を手放すとそのまま右腕を横に振るってザーロの拳が当たる寸前で腕払いを行う。

そのままシゼレコはザーロに向き直り、口を大きく開けて炎のブレスをほぼゼロ距離でザーロにお見舞いする。

そしてザーロは後方に吹き飛ばされ、意識を失う。

これによってザーロのC級昇格試験は終了した。



近くで誰かが戦っているような、剣が撃ち合わさる音が聞こえた事でザーロの意識は覚醒する。体に焼けるような鈍い痛みが走り、ザーロはうめき声を漏らす。


「お、目覚めたか?」


知らない人の声が聞こえた。

ザーロはうすら目を声のした方に向ける。

冒険者の格好をしている知らない竜人がザーロを見ていた。

ザーロは身の危険がないとわかり、ゆっくりと体を起こす。

体は重く、ヒリヒリとした痛みが行動を制限する。


「あんたは?」


声を出すことも億劫だったが、どうにかして声を出す。


「あんたと同じ冒険者だよ。シゼレコ様と模擬戦をした、な。」


その言葉を聞いてザーロは思い出す。

先ほど自分もシゼレコと模擬戦をして、あっさり敗北をしたことを。

黙りこくったザーロに何を思ったのか、竜人は1本のポーションを手渡す。


「これ。目覚めたら飲ませろってシゼレコさんが。

体にポーションふりかけたけど、炎症がひどいから飲まないときついだろうから飲ませろって俺が言われたんだ。早く飲んでくれ。」


「おう。ありがとな。」


確かにザーロは体の節々が痛く、声も若干枯れ気味だった。

ありがたくそのポーションをもらい服用する。

効果は覿面ですぐに体の痛みは治まっていく。

その治りの速さに驚いていると竜人は説明してくれる。


「シゼレコ様はお前の咄嗟の攻撃に思わずブレスを吐き出しちまったらしい。

同じ竜人だ。シゼレコ様の、ブレスの強さくらいわかるだろ?

それで、シゼレコ様が悪いからって事で一番高級なポーションを買って、お前に与えてくれたんだ。感謝しろよ。」


竜人のブレス。竜人特有の能力で、24時間に一度使うことのできる強力な技だ。

元Aランク冒険者のシゼレコのブレス。威力は考えるまでもない。

そのブレスを食らって自分が生きていたことにも驚きだが、ザーロはシゼレコが高級なポーションを自分のためなんかに与えてくれたことも驚きだった。

もちろんザーロはシゼレコを冒険者として尊敬している。

しかし失礼な話ではあるが、竜人としてはそこまで惹かれなかった。

そんなことを言うと他の竜人たちに何を言われるかわかったものではないため、黙っていたが力以外どうしようもない大人だと考えていた。


そんなことを考えているとポーションを渡してくれた竜人は自分の役目は終わったからと言って何処かに行ってしまいそうになる。

もう一つ聞きたいことのあったザーロは慌ててその竜人を呼び止める。


「ちょっと待ってくれ。

俺の試験結果がどうなったかは知ってるか?」


「ん?ああ、不合格だとよ。

また頑張れよ。」


その言葉にザーロは信じられないと息を呑む。

確かに結果だけ見ればザーロはシゼレコに惨敗だった。

しかしザーロとシゼレコの差は元より知れている。

同じDランク冒険者たちだって、シゼレコに勝っていないのに合格したものもいる。

ザーロはシゼレコが油断していたとはいえ、竜人の切り札であるブレスを使用させた。

それなのに不合格。

この判断には納得がいかなかった。

ザーロは不合格の理由をはっきりと聞きに行こうと、先ほどまで武器の打ち合う音が響いていた訓練場に目をやる。

そこには既に誰もおらず、観客席にすら人は自分しかいない。

どうやら自分はだいぶ長い間意識を失っていたようで、目を覚ました時に聞こえた武器の打ち合いで試験は終わりだったみたいだ。


まだ僅かに痛む体を動かし、ザーロは慌ててシゼレコを探し始めた。


ありがとうございます。

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