82.Cランク試験開始
よろしくお願いします。
どうにか殺意を抑え込むことに成功したレイは周囲を見渡す。
試験を受けに来た者たちの視線が全て自分に向けられているのを感じる。
やってしまったと反省するが、突然の遭遇に一体誰が対応できようかとも思う。
それよりもあれだけ濃密な殺気を垂れ流したにも関わらず、魔法をかけてくれたザーロには感謝しかない。
「すみません。ありがとうございます。」
「お、ようやく落ち着いたか。
大丈夫なのか、兄弟?」
皆がレイから飛び退き警戒をしたにもかかわらず、ザーロはそのままの場所でレイに精神が安定するように魔法までかけてくれた。
イクタノーラの殺意を直接受けていないし今も汗を滝のように流し、息も絶え絶えの様子。
「ええ、なんとか。
すみませんでした、突然。」
「いいって、いいって気にすんな。
アルアの嬢ちゃんの礼だと思ってくれ。」
レイが今の殺気をどう説明しようか頭を悩ませていると離れていた少女がレイに向かって歩み寄ってくる。突発的な出会いだったためレイはまだ復讐プランを考えていなかった。そのため一旦距離を置くか、それとも折角向こうからやってきてくれたのだから今すぐにでも殺してしまうか悩む。
少女とレイの距離が机一つ分ほどにまで近づき、レイが殺そうと決心したその瞬間、再び会議室の扉が開けられる。レイは一瞬そちらに視線を向けるが、すぐに少女を見る。少女は立ち位置的に扉を見るには後ろを振り返らないといけないため、レイをじっと見つめていた。
周りは強烈な殺気を発した狐人とよく分からない小柄な少女から目を離し扉の方に向く。
「わりーな、遅れて。試験始めるぞー。」
たるんだ腹をした赤い竜人が気だるげな様子で、頭を掻きながら部屋に入ってくる。
多くの視線はその太った竜人に向けられる。
向けられる視線にはどれも憧れが強く滲み出ており、太った竜人の体型に触れるものはいない。レイへの警戒など一切を投げ出し、ここにいる竜人は皆その男を見ている。
そんな異様な熱気に包まれる中、太った男は数多ある憧憬の視線に臆することなく、部屋の周囲を適当に見渡す。
「おい、ミュー。
何してんだ。早く試験の説明してくれ。」
太った竜人からそう呼びかけられたことでようやく少女の視線はレイから外れる。
一色触発の雰囲気は既に消え、踵を返し太った竜人の方に行ってしまう。
ここで殺すことにならなくてよかったのかどうか分からないがレイはその後ろ姿、復讐対象であるハーフエルフのミューをじっと感情のない瞳で見つめていた。
「それじゃ、Cランク試験についてミューが説明するから聞けよ。
ごちゃごちゃ文句言うな、お前らなんかよりもよっぽど強いからな。
とりあえず俺の名前はシゼレコ、元Aランク冒険者だ。
今は引退してちょこちょここうしてギルドの手伝いをしているおっさんだな。」
太った男、シゼレコはそう言うと近くにあった椅子に腰掛け手に持っていた酒瓶を呷り始める。
「シゼレコさんから、紹介してもらった、ミューと、言います。
一応、Bランク、冒険者、です。
あなた、たち、より、強いし、格上、です。
これから、試験について、私が、説明したいと、思います。」
ミューはおどおどとした様子で、言葉を発する。
先ほどまで握りしめていたハテナカーボンの杖は腕で抱え込み、代わりにどこからか用意してきたと思われる資料をペラペラとめくりながら、自信のない様子で説明をしている。
受験者たちは本当に大丈夫なのかという不安を感じていたが、よほどシゼレコに対する信頼が厚いのか大人しくミューの説明を聞いている。
Cランク試験を合格するには主に二つの手段があった。
一つはベニートから半日ほどの場所にあるB級ヘルハンツ迷宮の5層まで潜り、その場に出現する『飢餓鳥ブラットファウル』3体の討伐。討伐証はブラットファウルの左乳房。期限は試験開始から3日間。
そしてもう一つがシゼレコとの模擬戦だ。
模擬戦の内容はギルド横に併設されている訓練場を使って、シゼレコと受験者が戦うというシンプルなものとなっている。
基本的に禁止事項はなく、剣も魔法も問題ない。
それにパーティで試験を受けに来たものは、パーティを一つの単位としてみなすため、複数人でシゼレコと戦うことも許可されている。
どちらを挑戦するのも自由で、受験者が好きに選ぶことができた。
どちらもメリットデメリットのある試験だと思いながら、レイは考える。
時間的に考えるならば、シゼレコと戦ってさっさと合格できるに越したことはない。
しかし、ミューと一緒にいる点からシゼレコの人間性に信頼を持てない。
それならば多少時間がかかるとしても魔物を殺す方が面倒ごとは起きなそうだと考える。
「ザーロさんはどちらを選ぶんですか?」
「俺はシゼレコさんとの戦闘だな。」
「元とはいえ、Aランク冒険者の方ですよね?
Bランク迷宮に潜った方が受かる可能性は高くないですか?」
「なんだ、兄弟。知らねぇのか?
別にシゼレコさんとの模擬戦は勝たなくてもいいんだよ。」
「は?」
「シゼレコさんと俺らじゃレベルに開きがありすぎるからな。
シゼレコさんが戦ってみてCランク相当だと認めてくれたらそれで合格なんだよ。
迷宮にいくよりも断然命を落とす心配もないし、なんたって憧れのシゼレコさんに指導してもらえるんだからな。」
ザーロも他の竜人同様にシゼレコに対し尊敬の念を抱いている。
なんでも、シゼレコは高位冒険者でありながら、後進を育てるためにまだまだ現役なタイミングで冒険者を引退した。個人の武を尊ぶ竜人としては珍しい行動だが、同族のための行動に敬意を払われている。そのためオセアニア評議国内でもかなり知名度があり人気らしい。
今回の試験も無理に高難度の迷宮に潜り危険な目に遭う必要はないと考えたシゼレコの案で模擬戦が選択肢に加えられたそうだ。
レイはその話を聞き、ミューの知り合いだからと言って疑いすぎたかと反省した。
しかし結局レイは、ミューと関係があることがしこりとなり、迷宮に潜ることに決めた。
迷宮と模擬戦の割合は、迷宮4、模擬戦6といった感じで、シゼレコとの模擬戦を求めるものの方が多かった。
受験者が試験システムを選択したことで、試験は開始となった。
火竜人であるシゼレコは酒を呷りながら立ち上がると、模擬戦を選択した冒険者たちに訓練広場に集まるように指示を出す。
30分後に試験が開始されると聞いた6割の冒険者たちは慌てて会議室を後にする。
「じゃ、俺も準備してくるか。
兄弟も頑張れよ。」
そういってザーロも行ってしまった。
模擬戦の試験官であるはずのシゼレコは今も会議室に残っており、誰かを探しているのか視線を彷徨わせている。一体誰を探しているのか、そう思って見ているとシゼレコと目が合う。
シゼレコは酒により覚束ない足取りでレイの元までやってくる。
レイはこちらに来ていると分かっていても試験官である彼には周囲の目があるため下手な態度は取れない。
椅子に座るレイの前までくると、酒気の帯びた吐息をレイに吹きかけながら、話しかける。
「お前が、あの黒狐か?」
「あのが、どれのことを指しているのか分からないですけど、黒狐なら多分俺だと思います。」
「そうか。それで、今日はあのエルフはどうした?」
「エルフ?ルノのことですか。ルノなら宿にいると思いますけど、何か?」
レイが疑問の表情を浮かべたままそのことを伝えると、シゼレコは酔いとは関係なく笑みを深め、レイに近づき、耳元で「ありがとな」とだけ言って会議室を出て行ってしまった。
わけがわからず困惑していたが、試験が開始されたことを思い出す。
周りも試験のことを思い出したのか、残りの4割の視線はもう1人の試験官であるミューに向けられる。
ミューは会議室の視線が一気に自分に集まったのを感じたのか、体を震わせる。
「あの、それでは、今、こちらに、残って、いる方、は迷宮、に、挑む、ということ、でよろしいですか。
それでは、ただいまより、試験を、開始、するので、準備、できた方、からヘルハンツ迷宮に、向かって、ください。期限は、今から、3日間です。
帰還の、際は、討伐部位、を持って、再びこちら、までお越し、ください。
私は、ここで、待機して、います。」
そう言って一礼したのち、ミューの視線は一瞬レイを捉えたように見えたがすぐに視線を外される。
何とも言葉に表しにくい嫌な感じがする試験だなと思いながらレイはヘルハンツ迷宮に向かう準備をする。
会議室を出て、階段を下る。
一度宿に戻り、ルノに最長3日ほどこの街を離れることを伝えに行こうかとも思ったが、『黒糸天蓋』を使用していた場合邪魔になると思ったためやめた。
それにレイには事前に指輪の形状をしたルノの分身体を装備している。
『遊人形』はもう1人のルノを糸で形成するスキルだ。
完璧に仕上げれば能力値や行使できる魔法やスキルはもちろん装備品ですらルノと同じになる。またレベルや能力の半減などのデメリットなく使用できる破格のスキルだ。
その代わり、『遊人形』は一体しか存在できず、制作時間に応じて能力にも差が出てくる。ルノの完全体を作成するには半日以上の時間が必要となり、活動可能時間も96時間と限定されている。またHPは本体に影響を受けるため、ルノ本体が瀕死の損傷を受けると『遊人形』は消失する。
今回は時間のなかったため、『遊人形』でルノ本体ではなく簡易指輪を作った。
指輪は短時間で作成できる一方、効果はレイの居場所とHPを把握することしかできない。
1人であることの寂しさを感じながらもレイはその指輪を左手の小指にはめ、ベニートを出発した。
ありがとうございました。




