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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
80/198

80.悔恨の行方

よろしくお願いします。


ギルド到着後、ルノとは別行動になる。

ルノは配下として主人が1人で行動するのを見過ごせないと終始不満を言っていたが、最終的にルノの分体を作る『遊人形』をレイが指輪として装備することでなんとか解決した。

レイは『盲従針』のことをルノに任せて、アルアのいる受付カウンターまで向かう。

何度も見た光景だが、冒険者の朝は早い。

そのため9時近い今現在、ギルドにいる冒険者は少ない。

ベニートのギルドはカウンターが5つあり、レイから見て一番左側に高慢な全身鱗の受付状、一番右側にアルアだった。

しかし今日はその一番左の高慢受付嬢の席は空席だった。

そしてアルアのカウンターには人が誰も並んでいない。

左右のぞいた3つの受付カウンターには二、三人並んでいる。けれどその誰もがアルアの元へは向かおうとしない。

レイは先日の一件が原因かと思い、もう少し穏便に済ませるべきだったかと思案する。

しかし自分としての対応はあれが最大の譲歩であり、何かを内省する点はない。

そう思ってレイは、アルアの元まで向かう。


「あ、やっと誰かきたっすね。

はい、こちらへどうぞー。」


わずかしか会話をしたことはないがレイの中で、アルアはバカで能天気なポジティブ竜人という印象だった。

けれど先の件で流石に少しは元気をなくしているかと思った。しかし声を聞く限り全くそんなことはなかった。

数日前と同じ口調でカウンターにきた冒険者を迎える。


しかしその直後レイはアルアの姿を見て絶句する。


アルアは両目に包帯を巻いていた。

カウンター越しに見える上半身部分には剣や鞭などさまざまな武器で痛めつけられた傷の痕が生々しく残っている。

竜人の回復能力の高さ故なのか、その傷は回復薬を使わなくてもいい段階までは治っている。

しかしその傷が逆に生々しく、痛々しい。


「すみません、どちら様っすか。

目を怪我しちゃってて見えないっす。

名前を教えてくれないすか。」


レイが唖然とし、言葉を失っているとアルアが声を発する。


耳が優れているのか、自分の目の前には誰かいることを確信している様子で話している。

そして普通に受付業務を行おうとしている。

レイは無言で、アルアの両目を覆おう包帯に手をかけ、剥がす。

アルアの焦った声が聞こえるが、レイは聞く耳を持たない。

そしてそのまま両目部分に右手をかざし、聖属性魔法『ブーガナル』を発動する。

アルアの目の周りに可視化できるほどの魔力が集約していき、淡い温かみのある光にが目を覆う。細胞ひとつひとつが再生を繰り返し見る見ると傷が治っていく。アルアが自分の体に起こった変化に驚いている間に、レイはさらに聖属性魔法『ガオナル』を発動させ、全身の裂傷を治癒していく。


ものの数秒で、アルアの体は数日前の状態に戻る。

目が回復し見えるようになったアルアは、目を瞬かせながら驚いている。


「あ、兄さん。おはようございます。

今の魔法すか?兄さんが治してくれたんすか?ありがとうございます。

それで今日はどういったようすか?」


怪我には一切触れずに話を進めようとするアルアにレイは苛立ちを募らせる。

自分と境遇が似ているというだけで手を出さないと決心したのにも関わらず、そんな決心が軽く飛んでいきそうになる。レイはどうにか逸る気持ちを抑えようとした。

しかし無理だった。レイはカウンターに勢いよく手をつくと、多少語気の荒い話し方でどうして怪我をしたのかを聞き出そうとする。


「うわ。どうしたすか。急に。いや、ちょっと今回はお仕置きが厳しかっただけなんで、いつもはこうじゃないっすよ。だから大丈夫っす。」


レイの気迫に押されたのかアルアは的の外れたことをあれこれ早口で捲し立てる。


「ケルィナですか?」


あれだけ早口で話していたアルアの口がレイの一言を聞いた途端に塞がれる。

どう答えようか、それとも答えられない内容だからか、分からないがその態度が雄弁に答えを語っていた。


「ケルィナはどこですか?」


レイはあたりを見渡すが、ケルィナは見当たらない。

アルアは閉口してしまう。

しかしそれはケルィナの居場所を知っていて庇っているというよりも、本当に知らないためにどう言えばいいのか悩んでいる様子だった。

だからレイは言い方を変える。


「ケルィナは今日、ギルドに来ていますか?」


「ケルィナ先輩は今日はギルドに来ていないす。

だからあたしもどこにいるか知らないっす。

でもケルィナ先輩を探してどおするつもりすか?」


アルアは確実にあの日、ケルィナに危害を加えたのがレイだと確信を持っている数少ないギルド職員である。

ケルィナを除けばギルド職員で唯一かもしれない。

皆薄々レイが犯人だとは思ったが、どのように手を出したか分からないため黙っていた。

実際はレイの悪口を聞き、それを耐えられなかったルノがとった行動ではあるがそんなことは些事でしかなかった。アルアにとって重要なことは今目の前にいる冒険者がかなりの実力者で、ケルィナの居場所を教えても良いことになりそうにないということだけである。


怪我を治療した者と治癒してもらった者の関係などとっくに消え去り、緊迫した空気が流れる。

レイがあからさまな敵意をここにはいないケルィナに対して見せてしまった以上、ケルィナに徹底的に痛めつけられているにも関わらずアルアはケルィナの場所を吐きはしない。

自分がされた仕打ち以上のことを目の前にいる獣人は簡単にすると理解しているために。

自分を守り、治療してくれた相手に対する印象ではないが、アルアはレイを怖いと感じていた。どうして自分を守ってくれた、傷を癒してくれたなどの疑問を全て棚上げして、自分を傷つけたケルィナの身の安全を確保しようとしていた。


レイはアルアの行動がやはり分からなかった。


自分が全て原因だと思うが故の行動なのだろうか。

それとも何か他に理由があるのだろうか。

脳裏に昨日のパノマイトが浮かぶ。

アルアにどう尋ねれば口を開いてくれるのだろうかと考えていると、後ろから声をかけられる。


「よぉ、兄弟。どうしたんだ?朝からそんな好戦的な空気出しちゃってよ。」


突然声をかけられたことに加え、妙に馴れ馴れしいその声をどこかで聞いた気がしたレイは後ろを振り向く前に思い出したいという無駄な葛藤を抱え、気を取られる。


「お?アルアの嬢ちゃん、傷治ったのか?

流石、若いってのはすげーな。」


レイが記憶をたぐっている間に、レイの隣にやってきて肩をくみ、アルアに声をかける男。

肩を組まれたことでようやくレイは思い出した。茶褐色の鱗、翼はないが立派な尻尾を持つ竜人。

お隣さんだ。

本当に突然声をかけられたためにレイとアルア、2人の緊迫した空気は弛緩する。


「ザーロさんっすか。今日は遅いんすね?

兄さんともお知り合いっすか?」


「そうそう。宿が同じでよ。」


未だにレイに肩組んでいる竜人、ザーロはアルアとも顔見知りのようで言葉を交わしている。


「それでどーしたよ、兄弟。

アルアの嬢ちゃんの怪我を治してくれたんだってな?

俺も見た時は回復薬でも渡そうかと思ったんだけどな、すぐ治るって頑なに薬を受け取ろうとしないから困っていたんだよ。俺は治癒系の魔法は使えないしよ。」


ここまでするのかというケルィナに対しての怒りから勝手に治癒魔法をかけただけだった。

アルアに対しての心配はそこまでしていない。

レイはまだケルィナの居場所を聞くことができていない。

そのため、ザーロには引っ込んでいて欲しかった。

それにレイはアルアを治療したとはまだ一言も言っていない。

ザーロも初めは自然治癒で治ったのかと声をかけてきた。

実際にレイが魔法を使った場面を見たのか、傷の治りから魔法を使用したと判断したのか分からない。飄々としてはいるが注意した方が良さそうだと認識する。


「兄弟?2人は獣人と竜人っすよね?」


しかしレイがザーロにお引き取り願おうとする前にさらに話はややこしい方向に進む。

ザーロはレイを兄弟と呼ぶに至った理由を熱く語っている。

しかしレイとザーロは部屋前の扉でぶつかりそうになった一件でしか会話するどころか顔を合わしてすらいない。

ザーロの人との距離感が自分とは全く違うなと要らん感想を抱いている間に、ザーロは説明を終える。

その熱量には流石のアルアもやや引き気味で、ため息のような相槌しか打てていない。


「それでザーロさんはどうしたっすか?」


「あ、そうだそうだ。今日Cランク昇給試験があるだろ?

それを受けに来たんだけど、どこに行けばいいんだ?」


「あ、それなら兄さんも試験受けるって言ってたすよね?」


「兄弟も俺と同じでDランクだったのか。ますます兄弟だな。今日は試験頑張ろうな。」


「Cランク試験についてまず内容の説明が2階の会議室でされるっす。

10時から説明が始まるっすからそれまでに、会議室にいないと自動的に失格になるっす。

ザーロさん、兄さんは最近このギルドに来たっすから一緒に連れて行ってあげてほしいっす。」


「そうか。それじゃ、いくか兄弟。

アルアも仕事、頑張れよ。」


レイが口を挟む間も無く、2人は高速で会話を済ませ、レイはそのままザーロに連れて行かれた。


ありがとうございました。

どうにか1週間。。。

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