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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
79/198

79.ラールとマーハ

よろしくお願いします。


ギルドに依頼を出してから数日経過した。

毎日仕事に追われてこのところ、その日中に仕事が終わらない。

サーシャも手伝ってくれてはいるがまだ出来ないことも多い。しかしゆっくり教えている時間もない。

今日も昨日の仕事の残りを終え、床に着いたのが2、3時頃。そして朝は6時前には起きないといけない。

レイ成分が不足するところか、純粋に睡眠時間が足りない。

どうにか化粧で隠しているが、こんな隈だらけの表情、レイには絶対に見せられない。

そんなことを思いながらラールは1人、朝食で使用した食器を洗っていた。

誰もいない食堂に、食器がカチャカチャなる音だけが響く。

白山羊亭は一泊単価が銅貨8枚で朝食付きだ。

常連の冒険者や商人の人たちは大変なら朝食抜きでも良いと言ってくれる。

優しさから言ってくれていると分かるが、申し訳なさからその言葉を素直に受け入れられない。

それに、レイに昔みたいな白山羊亭に戻したいと公言した以上、制度を変えることはその約束を破るようで嫌だった。


黙々と仕事をこなしているのは割と好きだった。

以前はゴンゾや借金のことで頭がいっぱいになるため、嫌いではあったが、今はレイのことを考える時間になっていて、疲れを感じなくなるほど幸せだと感じられる。

そんなふうにレイのことを考えながら仕事をしていると、入口の方から女性の声が聞こえてくる。

聞いたことのない声に、新しくお客様が来てくれたと思ったラールは食器を洗う手を止め、タオルで水気を拭い、入口へ駆け足で向かう。

満面の笑みで、歓迎の挨拶をする。


「いらっしゃいませ。白山羊亭へようこそ。

宿泊をご希望ですか?」


白山羊亭は食堂もあるが、基本的に夜しか営業をしていない。

朝は借金があったため、一時的に宿泊客以外も利用できるようにしていたが、今は元通り宿泊客のみ利用できるように戻している。

現在は朝というには遅く、昼というにはまだ早い時間。

そんな時間に訪ねてくる女性をてっきり宿泊客だとラールは思っていた。

しかし女性は違っていた。


「すみません、ギルドで依頼を見たものなんですけど、まだ募集はしていますか?」


まさかギルドで依頼を見てくれた人がわざわざ宿まで訪ねてくれるとは思っていなかったラールは面食らってしまう。しかし募集を見てきてくれた嬉しさもあった。


「あ、はい。募集しています。

食堂の方でお話をさせてもらっても大丈夫ですか?」



「はい、よろしくお願いします。」


食堂に案内したラールは急いで台所に向かい、2人分の飲み物を支度する。

誰か偉い人をもてなしたり、今日みたいにこれから一緒に働くかもしれない人と話す機会などなかったため、ラールはこの間ギルドでメルラにしてもらったことを見様見真似で行う。当然暖かい紅茶や菓子などはないため、差はすごいが、そこは気にしない。

ラールは飲み物の入ったカップを面接にきた女性に渡す。

向かいの席に座ったラールは女性をまじまじと観察する。

年は30代前後で、ややくすんでいるものの綺麗な白のシフトドレスに草色のコルセットを着用している。

同色のペティコートはくるぶしまで隠れており、とても落ち着いた雰囲気だ。

しかしそんな結婚して子供を産んだお母さんみたいな格好をしているにも関わらず、飲み物を飲む際など動きの端々に艶みたいなものを感じられる不思議な人というのがラールの第一印象だった。


「ギルドの応募を見てくださったんですね。ありがとうございます。

私は一応ここ、白山羊亭の主人をさせてもらっています、ラールと言います。」


「よろしくお願いします。マーハと申します。」


「働いてもらうにあたって、色々と炊事、洗濯、掃除など行ってもらいたいんですけどその辺り大丈夫そうですか?」


「はい、一通り経験しています。」


「失礼だとは思うんですけど、年齢と働こうと思っている期間を教えてもらえませんか?」


「年は29で、1年ほど働かせていただけたらなと思っております。」


「お住まいはウキトスのどの辺りでしょうか?」


淡々と話は進む。

話ぶりに怪しい箇所はないし、この調子なら家事技能次第では即戦力になりそうだ。

そうラールが思っていると、会話のラリーが突然止まる。

マーハは陰鬱な表情を浮かべる。


「すみません、そのことでお願いがありまして、私、先日1人で他の街からウキトスに来たんです。家と仕事を探している時にギルドでこの依頼を見つけまして、できれば空き部屋などを貸していただけはしないでしょうか?」


「わかりました。ただ働いてもらう前に、2日ほどどれくらい仕事ができるのかを確認したいので、その期間の宿は自費でお願いしてもよろしいですか?

その後、正式にお願いする場合、空き部屋をお貸しいたします。

宿はここでもどちらでも構いません。」


「はい、それで構いません。

ちなみに、ここに部屋を借りるとなると、一泊どのくらいしますか?」


「通常1泊朝食付きで銅貨8枚です。

ただマーハさんの場合、お試しとはいえ、ここで働いてもらうので銅貨3枚で結構です。


「ありがとうございます。ではそれで2日分お願いします。」


話がまとまりラールはマーハを一階の空き部屋に案内する。

自分達の部屋からさほど離れておらず、すぐに到着する場所だ。一通りの生活用品は揃っているため不自由はないはずだ。

ラールはマーハに鍵を渡すと早速今からやることをつきっきりで伝えていく。

まずは途中まで行っていた食器洗いを終わらせ、食堂の掃除。

その後、宿泊終了のお客様がいた場合その部屋の掃除、そして洗濯を行う。

日によってはウキトスの表通りにまで買い物に出かける。

そのほかにも宿泊客から要望、例えばベッドのシーツを変えて欲しいと言われた場合はとり変えたりと色々とやることがある。食料品は毎回クノンやナチュラなど大量消費するものは知り合いの商人から仕入れていたが、お金の都合上それ以外は市場に出て安いものをその時々に買いに行っていた。


マーハは教えると、そのどれもかなりの高水準で仕事を完遂してくれる。

マーハに教える仕事で残りはご飯作りだけになる。

基本的にウキトスの表通りで安売りしているものからメニューは考えるため、レストランのように常備しているメニューなどは数少ない。

そんな今日は軍職カレーを作ることになった。

カレーヤヌクを夜に出すことで翌朝も自動的カレーヤヌクに決定する。

そのため疲労がピークの時は割と夜、朝とカレーを出して少し手抜きをしてしまう。

その他には表通りで安いお肉を購入し、唐揚げに。

そしてハナクキなど酒のつまみを用意する。

基本的に冒険者が多いため、夜はお酒とつまみを求める人が多い。

そのため夜はメインで一品準備しているが、お酒とつまみばかりを提供している。

最後の詰めでミスるように、マーハは料理が全く出来ないみたいなオチかと思えば料理もしっかりできる。


ラールは完全にマーハと働く姿を思い描けるほどに、家事技能が高かった。


ありがとうございます。

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