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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
78/198

78.狼の森3

よろしくお願いします。


リダイオとマーナが帰宅し、店内にパノマイト、レイ、ルノの3人になったが話はそのまま続けられる。


「それにしてもリダイオさんとマーナさんはどうしてここに?よくお店を手伝ってくれているんですか?」


「ええ、ここにある棚や机を運ぶのを手伝ってもらったり、今日みたいにどうやったらお客さんを呼べるかを話し合っているんです。」


旅の途中でリダイオは何度かパノマイトの依頼を受けたことがあると言っていた。

さすがに商売の相談をするほどに関係が深かいとまでは思っておらずレイは驚く。

その様子を見たパノマイトはふっと微笑み、2人との関係を教えてくれる。


「彼らとはもう出会って10年以上になるんですかね。

私が旅商人になりたての頃、初めて訪れた街ウキトスで出会ってからの付き合いなので。」


「10年、、、、。てっきりここ2、3年の付き合いかと思っていました。

それならウキトスで10年くらい前に起きた事件のことって知っていますか」


10年という言葉に、行きの道でリダイオからイーリの昔話を聞きそびれたことを思い出し、何気なく聞いた問いだったが、レイが10年前の出来事を訪ねた瞬間、パノマイトの笑みが消える。

一段落とした声音で誰からその話を聞いたのかと問われる。

レイは旅商人のパノマイトがどうして冒険者の話に表情を消して話しかけてくるのかが分からず、困惑する。


「ウキトスは冒険者の街だと言われながら、高ランク冒険者の人が少ないじゃないですか。

その理由が10年前にあるってことをリダイオさんから聞いたんですけど、詳しいことを聞く機会を逃してしまって。

10年前からウキトスにいたならパノマイトさんを知っているかと思って。」


「そっちのことですか。

ええ、まぁ詳しくは知りませんけど、なんとなくでしたら。」


「そっち?」


「いえ、なんでもありません。

10年前、ウキトスにはAランクだけでなくSランク冒険者の人もいたんです。」


パノマイトは曖昧な笑みを浮かべ、触れられたくない話題を避けるように昔のウキトスで起きた事件について教えてくれた。

なんでも10年前のウキトスにはSランク冒険者パーティが二つ存在していたと言う。

一つが『モルフォニ』。

そしてもう一つがイーリ達の『ハーモニー』

そんなSランク冒険者パーティが突然、ウキトスで破壊活動を行ない始めた。

イーリ達はその活動を止めるために『モルフォニ』の3人と街内で壮絶な戦いを繰り広げた。

Sランク冒険者を止めるために冒険者ギルドは『ハーモニー』だけでなく、他のAランク冒険者も招集し、事にあたったと言う。そしてそれ以外の冒険者は街の人の救助という命令が緊急依頼という形で発令された。結果的に『モルフォニ』の暴走は3人を殺すことで収まったが、戦闘に参加したAランク冒険者達はほとんどが死んだ。さらに戦闘が始まる直前に『ハーモニー』の連中が『モルフォニ』の1人と接触していたことを市民が多く目撃しており、『ハーモニー』も事件に何かしらの形で関与しているとされ、Aランクに降格。多大な犠牲を生み、原因を突き止めきれなかったギルドは、責任としてギルド長の首を差し出した。


「そんな大事件の時にリダイオとマーナに助けてもらって、その時からの付き合いなんです。」


パノマイトはそう言って話を終える。

レイは10年前にそんなことがあったなど全く知らなかった。

それにイーリは色々な街を転々としているとも言っていた。

レイはそのスパンが半年から1年ほどだと考えていたが、まさか10年以上の単位での旅だとは思っても見なかった。

それだけ長く滞在するのならあの屋敷を購入したのも納得がいく。


「話が逸れてしまいましたけど、レイさんは何か店が繁盛しそうな案はありませんか?」


レイはもう少しこの件について聞きたかったのだが、パノマイトの表情は早くこの話を終わらせたがっていた。

そのためレイもパノマイトの話に合わせる。


「パノマイトさん、これも失礼な質問なんですけど、ミャスパーという貴族は信頼できる方なんでしょうか?」


「多少胡散臭さや気位の高い所はありますけど、それなりに良い方だと思っています。

旅商人なんかの私に声をかけてくださり、場所も貸していただけるんですから。」


「それはベムとペスを求めてですよね?

ここの土地代はタダなんですか?」


「いえ、毎月金貨1枚です。ですが、この立地でこの土地代は破格の安さなんです。

本を1、2冊も売れればすぐに支払える金額なので。」


「でもそれは売れたらの話ですよね?」


「ま、まぁそうですけど、いいじゃないですか。

なんとかなりますよ。

それで何かいい案ありませんか?

もし思い浮かんでいて勿体ぶっているのなら、言い値でその案を買いますよ?」


ここで流石にレイは訝しく思う。

パノマイトはここまで頭が回らない人だっただろうかと。

ベニートにくる途中で聞いた話では彼はどこかの商家の三男だと言っていた。

いくら三男で、店を継ぐ機会がないとしても兄弟を手助けするために商売に関する一般的なことは教わるはずだ。

そしてその教え通りなのか、パノマイトの才覚なのか分からないが彼は10年間、旅商人として生きてきている。

そんな男が商売未経験のレイですら怪しく思う、上手く行かなそうな話に食いつくのだろうか。


「ルノ。」


呼吸のやや荒いパノマイトを無視し、レイはルノを呼ぶ。

そして特殊技術『盲従針』を使うよう命じる。

『盲従針』はターゲットの体にルノの生成した針を差し込むことで能力を発揮する。

針を打ち込まれた人間は意識を無くし、ルノに命じられるままに動く。

レベルが近ければ近いほど抵抗力が上がるため1VS1ではほとんど役立たない死にスキルだが、何かしら情報を集めるときや情報を吐かせるときにこれほど便利なものはない。


ルノはレイに命じられた瞬間に圧倒的な速さでパノマイトの後ろに回り込み、頭のてっぺん目掛けて針を打ち込む。

頭に針を刺した瞬間、体の中心から一本の線が抜かれたかのようにパノマイトは脱力する。

それでも椅子から崩れ落ちることなく、じっと俯き黙ってルノの命令を待つ。


「それじゃまずは何か魔法が使われているか聞いてみて。」


「かしこまりました。

お前は私以外に今、精神的もしくは肉体的に操られているか?」


無機質な声音でパノマイトは首肯する。

そこからいくつか質問をし、パノマイトの現状を大まかに把握する。

パノマイトにかけられている魔法は非常に効果が実感しくいタイプのようだ。

これだけ話して、ようやくレイも違和感を感じたことだし、普通に話すだけではパノマイトが精神操作されているなど全く気がつかないだろう。

ここで問題になるのは一体どんな魔法をかけられているのかということだ。

ダイイングフィールドにあった魔法ならばレイは大抵解除できる。

しかしそれがゾユガルズオリジナルの魔法だった場合、レイの解除魔法が効果を発揮するのかわからない。また、下手に解除することで相手に魔法を解除したことを知られたり、そのまま正気を戻したパノマイトが即死するような仕組みがかけられている可能性もあった。

そのため今はこのまま放置するしかない。

パノマイトを正常に戻すには時間が欲しいが、今日はもう時間がない。

いつ精神操作を受けたのかわからないが、精神操作していることに気づかせない工夫がされている。あまり大事にはしたくないのだろう。

そのため相手は今日、明日に何かをするわけではないと考えられる。

『盲従針』は相手の体を支配し、情報を簡単に抜き取れるという点で非常に優れている特殊スキルだが、だからといって今その体が受けている精神操作の魔法を取り除けるわけではない。魔法の名前を知らないのなら答えようもない。

ルノに『盲従針』を解除させ、帰宅する旨を伝える。


「すみません、いい案は思いつきませんでした。

また今度思いついたら伝えにきますね。

明日はギルドの昇格試験があるので俺たちももう帰りますね。」


「そうですか。ぜひ何かいい案があったらお願いします。

今、リオを呼んできますね。少し待っていてください。」


この普通に受け答えできているパノマイトを見ては、とてもではないが精神操作をされているなんて考えられない。相手に見当はついている。しかし目的が分からない。

厄介だなと思いつつ、レイはリオとパノマイトに挨拶をして帰路に着く。


「レイ様、どうなさいますか?」


宿に戻るなり口を開き、先ほどの件についてレイに意見を求めるルノ。

帰路では誰かに聞かれている恐れがあったため、念を入れ無言でいた。

この宿は事前にレイが色々と結界を張っている為に安全だと判断し、ルノは言葉を発したのだろう。


「今日放った針珠蟲はどんな感じ?」


「この街、ベニートの地理把握は終了致しました。

今いる地点がこの街のほぼ南端で、東側には教会がございます。

教会を北に進むと冒険者ギルドがあり、その西側に領主館、さらに奥にはこの街に入るためのそれなりに大きな門がございました。

領主館がこの街のほぼ中心にあり、少し先の方には今し方行っていた本屋。

さらに奥にはまた別の教会があり、牧草地帯が広がっておりました。

レイ様が宿泊される場所としてはどこも落第ですが、大きく譲歩して領主館が適当かと。

御命じいただければすぐにでも場所を確保しに参ります。」


ルノは片膝をつき顔を上げた状態ですらすらと今日仕入れた情報を報告する。

そもそもルノが今日あまり会話に参加しなかったのは、街に放っていた針珠蟲から情報を集めていたためであった。レイとパノマイトの話を聞きながらも、会話に参加することを避け、情報を精査していた。だからこそ、今これほど完璧にすらすらと街の情報をレイに伝えられている。

ルノの報告を聞き、レイはどのようなプランでルノは情報収集を行っているのかを理解する。


針珠蟲の使い道は主に二つある。

まずは針珠蟲を敵陣地に送り込み、そこから拾った情報を利用することだ。針珠蟲は非常に小さい生き物であるため、肉眼での視認が困難だ。そのため、敵の作戦場などにも容易に潜り込むことができる。しかし針珠蟲の弱点として自らの意志を持たないが為に自分で移動することができない。針珠蟲の移動方法は一つしかなく、空気の流れに乗ることしか出来ない。その為、多く針珠蟲を放ち敵の本部に紛れる確率を上げる。もしくは針珠蟲を生み出せる者が敵陣地に入り込み情報を盗む。などして情報を得やすくする工夫が必要になる。


そしてもう一つの使い道は地理の把握だ。

針珠蟲を生み出した術者は針珠蟲がどこにいるかを把握できる。

どれだけ多くの針珠蟲を生み出し、情報をまとめて把握できるかは術者の技量によるが、使いこなすことで自分のいる地点から針珠蟲までの距離を合算し地図を作成することもできる。

また針珠蟲の視覚を記録できるために、どの地点に何があるのかも簡単に知ることができる。


そして黒糸天蓋は指定座標内の情報を全て得ることができる能力だ。

術者は1人、閉じ切った空間に一辺25cmの正方形の箱を用意する。

箱の蓋を外し、黒糸天蓋を発動させる。

すると指定範囲内のミニチュアが作成され、その中の情報が全て頭に流れ込んでくる。

そんな諜報系の能力で最強クラスの黒糸天蓋には回数制限と使用条件がある。

回数制限は使用時の効果範囲によって変化するが、基本的に日に3度が限界だ。

そして使用条件は種族が混沌精霊であり、専属メイドの職を習得していることだ。

混沌精霊はそもそも『ルノ・ヴィネマイ』しか存在しておらず、そんな貴重な種族でありながら専属メイドという戦闘向けでない職を取るものはダイイングフィールドにはいるはずがない。そしてレイもそんな職を取らせていなかった。正確には覚えていないが正しいのだが、そのような職を選んだ記憶はない。おそらくこの世界に来て、修正された職によって得た能力なのだろう。

針珠蟲といった能力などは元からあった特殊技術なだけに、取得条件の変更など一つ一つ目を通さないと変化を知ることができないのは正直面倒だ。


とまぁ、そんな理由のため、ルノは事前に針珠蟲で地理を把握することで、確実にベニートの情報全てを得ることができるようになる。


「パノマイトさんの方もお願いしたいんだけど行けそう?」


「はい、問題ありません。」


「それならミャスパーって貴族のことを詳しく調べておいて。

おそらく犯人はそいつだから。

ただ目的がはっきりしてなくてなんか気持ち悪いんだよね。」


「あの獣を見せ物にして金を稼ごうとしているのではないでしょうか。

もしくは土地代を払えなくして、担保としてその獣をいただくとか。」


「店前よりももっと見せびらかせるような場所を用意したんじゃないかな。

担保の話は俺も少し思ったけど、それなら土地代をもう少し高くするべきだよね。

パノマイトさんも蓄えはあるだろうし、担保なんて入れなくても普通に支払える額だと思うし。」


「出過ぎた発言、失礼いたしました。

本屋とドラコの件、優先順位はどう致しますか?」


「ドラコさんの情報は拾えたらラッキーくらいにしか思ってないから、パノマイトさんの方をお願い。それと冒険者ギルドの受付を1人『盲従針』刺したいんだけどいける?」


「『盲従針』を刺すことは問題ありません。しかしなんと命じればよろしいのでしょうか?」


「報告書を書かせて欲しいんだ。アルアについての。」


「アルア・・・あの品のない受付嬢ですか?」


レイがその名前を出すとルノの表情は曇る。

出会い頭のアルアに対する印象は頭の悪そうな女だった。

そしてレイを寝屋に誘った時点でルノの評価は最下降していた。


「うん。彼女がギルドでどんな扱いを受けているのかを調べ尽くしておいてほしい。

頼めるかな?」


「かしこまりました。明日、レイ様と共にギルドに向かってもよろしいでしょうか?」

しかし自分の感情とレイの願い。どちらを優先するかなんて答えは決まりきっている。

ルノの願いをレイは了承し、明日の昇給試験に備えて床についた。


ありがとうございました。

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