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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
77/198

77.狼の森2

よろしくお願いします。


扉が閉まらないよう片手で抑えながら、パノマイト念願の持ち店に足を踏み入れる。

店の中はお洒落な骨董品屋の様相を呈しているが、店内に骨董品は一切陳列されていない。

店にあるのは大量の本。

ここに来る途中馬車の中で大量の絵本があったからなんとなく予想はしていたが、どうやらパノマイトは本屋を開いたらしい。

紙やインクなどから香る独特な香りが鼻腔を掠める。

木材は木の素材を最大限に生かすためか、インクなどの塗料は全く使われておらず、樹木の濃淡だけで空間をきれいにまとめあげている。


「お父さんー!レイお兄さんが来てくれたよ!

あ、お姉さん扉閉じないと開けっぱになっちゃうから閉めておいてください。」


リオが扉を開けると同時に大きな声で中にいるパノマイトに伝える。

レイはリオに続いて中に入り、パノマイトを探す。

店内には客は誰もおらず、本屋であるのになぜか設置されている丸テーブルの席に3人は腰掛けていた。


「パノマイトさん、それにリダイオさんにマーナさんも」


先日別れためしばらく会うことはないだろうと思っていた二人がいた。思わず驚いて名前を声に乗せるとテーブルに肘をつき、がっくり項垂れていた3人は揃って顔を上げる。


「お、レイじゃねーか。久しぶり、いや、二、三日ぶりか。

どうしたんだ?」


リダイオは笑みを浮かべながらレイに手をふる。

そして視線はレイの後ろにいる、見知らぬ女、ルノに向けられている。

冒険者として見覚えのない全身ローブ姿の人に視線が行ってしまうのだろう。

そんなリダイオの様子を気にすることなく、パノマイトは椅子から立ち上がってレイの元に近づいていく。


「こんにちは、レイさん。

今日は一体どうしたんですか?」


「いえ、特に理由はないんですけど、この間ベニートに到着した時、リオちゃんから店に来て欲しいと言われていて。時間があったので来てしまいました。」


「リオがそんなことを。わざわざありがとうございます。

お茶を入れてきますので、かけていて下さい。

えっと、レイさんの後ろの方の分も用意してもよろしいですか?」


「すみません、紹介が遅れました。

俺の仲間でルノと言います。」


レイは僅か後ろに立つルノの腰を片手で軽く押し出し、自分よりわずか前に立たせる。

ルノはレイにされるがまま、前に出て、フードをとり一礼する。

そして再びフードを被る。

パノマイトは若干瞠目したが、ルノについては触れずそのまま店の奥に行ってしまう。

レイとルノ、そしてリオが席に着くとまず言葉を発したのはリダイオだった。


「Cランク試験の方はどうだったんだ?」


「まだ始まっていないです。

予定より早く来ることが出来たので今はこの街をぶらぶらと観光して時間が経つのを待っています。」


「そうだったのか。

でも、俺らとここに来た時、お前1人だったよな?

どこでそんな綺麗で珍しいエルフつかまえたんだ?」


リダイオは早速ルノについて問いかけてきた。

レイはウキトスでソロとして活動していた。Aランク冒険者パーティのハーモニーに勧誘され、蹴ったと噂が立つほど有名なことだったために、急に仲間ができたことに対する疑惑を覚えるものもいるだろう。しかしリダイオの問いにレイは純粋な興味しか感じられなかった。

と言っても本当のことを話すわけにもいかずレイは事前に考えておいた適当な嘘を伝える。


「ウキトスでは別行動をしていたんです。

たまたまベニートで再会して、今は一緒に行動しているんです。」


「そーなのか。それにしても美人だな。

そんな美人と一緒なんて羨ましいわ。

あれ、でも獣人だとその辺の感覚も違うのか?」


リダイオも何かを探るというより世間話感覚で聞いたために、話の真偽はともかく詳しく追求してくることはなかった。


「リダイオさんにだってマーナさんがいるじゃないですか。」


「いやいや、もうこっちは10年以上一緒にいんだぜ。流石に、痛っ!!!」


リダイオに最後まで言わせることなく、マーナは盗賊の技能を生かし、リダイオに攻撃する。そんなやりとりをしているとパノマイトがお茶を入れて戻ってくる。

丸テーブルにパノマイト、リダイオ、マーナ、レイ、ルノの5人で座る。

リオは店内の落ち着いた雰囲気が合わないのか、外でベムとペスと遊んでいた。


「パノマイトさんのお店は本を売っているんですよね。

どうしてこんなところにテーブルが?」


部屋の内装は、壁面収納の本棚を入り口の突き当たりと右側の壁にL字型に並べ、空いた場所にソファや丸テーブル、机などが配置されている。元いた世界にあるブックカフェを想起させる店の作り。そんな場所だからこそ、冒険者の格好をしているパノマイトとリオ以外の4人は浮いていた。レイとルノはまだ地味なローブを身に纏っているためそこまで気にはならない。しかし、リダイオの革鎧に片手剣、マーナの動きやすさを重視した盗賊(シーフ)の格好は非常に違和感を感じる。


「ここは絵本や本を買うだけでなく、本を読む場所も併設しているんです。

本は非常に高価で、購入するのは躊躇う人もいます。

そんな人に貸し出す形で本を提供するんです。

ここでは飲食もできます。本を読みながら、ゆったりガーフィーを飲む。

最高で、とても画期的だとは思いませんか?」


パノマイトの説明はブックカフェそのものだった。

確かに本は紙やインク、そして表紙に革などを使うために大量生産ができない。

魔法の技術体系が確立されたこの世界だが、『本』がどういった扱いをされているのかは冒険者ギルドでの資料や今のパノマイトの話を聞いていたら高価なことくらいわかる。

そしてそんな高価な本を買わずに、借りる形で読むことができるのは非常にありがたい話だ。しかしそれはいくらなんでも話が飛びすぎではないかとレイは思う。

今、ゾユガルズでは本を量産する技術はない。それゆえ、本は量産品というよりも一点物、その内容の記されている書物は一冊しかないという認識の方が強い。

そんな貴重な情報を一時、借りて学ぶというシステムはこの国の人に受け入れられるのだろうか。

そんな疑問を抱いたレイだったが、答えを聞かずしてこの店の客足の少なさを見て理解する。


「でもどうしてか、お客さんは来てくれないんですよね。

それでどうしたらいいか、リダイオさんとマーナさんにも尋ねてみたんですけど、さっぱりで。レイさんはどう思いますか?」


「パノマイトさんはそもそも、本を売り歩く旅商人だったんですか?」


「いえ、元々は雑貨屋ですよ。

本集めは私の趣味みたいな物です。」


「では、どうして雑貨屋ではなく、本屋を開いたんですか?」


「それはやっぱり、自分の好きなものでお店を開けたらいいじゃないですか。

ただ竜人の国に私の流通ルートは確立できていませんでした。それで本は売るというよりも貸し出すことをメインにして、今の形になりました。

少なくとも一定量の本を安定して入手できるようになるまではこのままで行こうと決めたんですけど、そもそもお客さんが来ないので売るも貸すもできていないんですよね。」


「マーナさんはどう思ったんですか?」


意外と考えのないパノマイトに驚いたレイは、マーナに尋ねる。

しかしマーナは冒険者として魔物の生態を調べる以外、あまり活字に目を通さないという。

それ故、このブックカフェスタイルの可否が分からないという。それはリダイオも同様だった。

レイは色々とツッコミどころのあるパノマイトの店にどういったらいいか思案する。


「パノマイトさん、失礼な質問なんですけど、需要はあるんですか?」


「それはもちろんありますよ。この場所を貸し出してくれたミャスパー様も本は需要があるとおっしゃっていましたし、現に私が旅商人としてベニートに来て売ったものの中で一番売上が高かったんです。だから本に絞って店を出したんです。」


「そう、ですか。

それなら貸し出すという仕組みが竜人に伝わっていないとかは考えられませんか?」

レイは僅かに疑問を残しながらも、店に人が訪れない別の理由を挙げる。


「仕組み、ですか?」


「はい。パノマイトさんも言っていたように、本は高価です。

本は複数作ろうとするとそれだけ、紙とインクが必要になります。

だから本はよほど有名で人気のある本以外はまず量産されません。

でもそれが逆に本の価値を高めているんです。

一点物。一つしかないからこそ価値がある。

そんな本を貸し出す。

一つしかない本の内容を購入もしていない人が知ることができる。

少し怪しいと思いませんか?」


レイの意見に皆、確かにと納得の表情を浮かべる。

それに加えてレイは一番の問題ではないかと思われるベムとペスについて言及する。

ここはブックカフェと言う珍しい工夫がされているが、結局は本屋である。

そんな本(知識)を求めにくる客にとって店前にいる二匹の巨大な獣は、危害を加えられないと言われていてもやはり近づき難いのではないか。


「でも竜人は武を尊ぶ種族です。ベムとペスが受け入れられないまでも、そこまで影響するとは思えません。ですがその件についてはリダイオさんとマーナさんからも言われたことではあります。人種と獣人種の方がどちらともそう言うのでしたらそうなのかもしれません。ただ、あの二匹を店前に出すことが今回、土地を貸してくれる条件として提示されていることなのでどうすることもできないんです。困りました。」


そのパノマイトの言葉にレイは訝しげな表情を浮かべる。

確かに強いものが好きだという竜人ならばベムとペスを求め、その家族であるパノマイトをこの地に定住させようとするかもしれない。

けれどどうして店前に居させることを条件として出したのか。

気になったレイはルノに視線を送る。

するとルノは了承の意味を込めて、コクリと頷く。


「ミャスパー様がベムとペスを大変気に入られて、見に行きたいから店前にと。

厩舎に入れるのは流石に大きさ的に難しかったので、その条件を呑んだんですけど何かうまく、この店を宣伝する方法はありませんかね。」


パノマイトの視線がレイに向けられる。


「あー分からん。パノマイトさん、俺たちは全く手伝えそうにないし、これからギルドに行かないといけなんで今日はこの辺でお暇させてもらいます。また明日も来るんで何か手伝えることがあったら教えてください。

じゃ、レイは昇級試験頑張れよ。またな。」

「試験頑張ってね。」


リダイオとマーナはこのまま自分達が残って話に参加していても何か良い案は出そうにないと言って店を出ていってしまった。

立て付けの悪い扉を開けた状態にして。


ありがとうございました。

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