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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
75/198

75.安酒場にて

よろしくお願いします。


場所は打って変わってウキトスの場末の酒場。

店内の雰囲気は陰鬱なもので、空気はひどく澱んでいる。

店内が暗いため、どのような客がいるのかは分からない。

そんな店内で若い冒険者が5人で酒を、それも酔うためだけの味など関係のないアルコールを勢いよく煽っていた。


「つまんねーよな。」


そんな5人のうち誰が口にしたのかは分からない。

だが、その言葉が5人の総意だった。

彼ら5人は冒険者になってからの付き合いで、互いの詳しい過去なんてものは知らないし興味がない。

どうせ皆似たような境遇で、生きていく道がなくて冒険者になったものばかりだった。

他国にいる村民のように貴族が税収として村で育てた作物ほとんど全てを持っていってしまうなどの被害は貴族のいない都市国家連合では起きることはない。

しかし村で畑を耕すには農具が必要で、畑に栄養を与えるためには肥料が必要。

家畜を育てるにも小屋や餌が必要になる。何の知識もない農民にそれらの道具全てを自給自足で賄えるはずもなく、月に何度かくる行商人が村には必要だった。

もしかしたら行商という存在を知らなければ、村人はどうにか自分達だけの力で生きていたのかもしれない。


しかし一度、あの便利さを知ってしまったらそれなりに高価な品物があったとしても生活を豊かにするために購入してしまう。あくまで行商人の商品は自分達の生活を豊かにするために必要なものだったのに、いつの間にか購入すること自体が目的となってしまう。

誰も不満を漏らさぬまま、互いの合意のもと行われる物々交換によって無知な村人は搾取されている。これでは結局貴族に税収を大量に搾取されることと大差はない。

むしろ気がつきにくい分貴族から搾取されることよりもたちが悪いのかもしれない。

そんな畑を耕すだけの生活に嫌気がさした若者は、大きな街に期待を抱いた。

だが畑を耕していただけの存在にできることは何もなく、結局日々を生きるために冒険者になり、危険度の低い、その代わり得られるものなどほとんどない報酬でその日を過ごす羽目になる。


そんな彼ら5人の楽しみが、白山羊亭に通うことだった。

彼らはウキトスに来るにあたり、家族とはほとんど縁を切っている。

それにより彼らは結婚適齢期をすぎているにも関わらず恋人すらいなかった。

娼婦を買うことはあっても、低ランク冒険者ということもあって継続的に誰かを養うことなんて出来ないため嫁は愚か恋人もいなかった。

そんな彼らにとって、ラールは娼婦やギルドの受付嬢とは異なり、客や冒険者としてではなく1人の男として接してくれる、謂わば“女子”だった。

ラールも当然、宿を経営している以上、この冒険者たちのことを客と思って接しているのだが、元気で気さくなラールの態度が仕事感を与えないため、勘違い素人童貞が5人出来上がってしまう。そんな彼らは低ランクで力もないためゴンゾが来ている間はゴンゾを避けて夜は一切白山羊亭には近づかない。しかしラールと関わりたいために朝の食堂には足繁く通っていた。

そんなちっぽけな幸せを噛み締めていた時にラールに男ができたと宿内で噂になった。

自分達みたいなラール目当ての若い冒険者はそれっきり白山羊亭に通うことはなくなり、こうして場末の酒場で安酒を飲み、娼館でその日稼いだ金を使う生活を送っていた。


「あの黒狐の野郎、少し前まで俺らと同じFランクだったくせによ、あんなに俺らのラールちゃんにベタベタしやがって。」


ラールの恋人と噂される黒狐の情報は冒険者ギルドに行けば簡単に手に入る。

それくらいウキトスで黒狐は有名だった。

まず冒険者ギルドの登録時から注目を浴びた。

何せ街に一つしかいないAランクパーティ『ハーモニー』それもリーダーであるイーリの紹介で登録をした。そして登録場所も低ランク冒険者専用の混雑した受付ではなく、ほぼイーリらの専用になっていた高ランク冒険者専用の場所。メルラという最高に美人な受付を自分の担当にしたいがためにAランクを目指す冒険者はかなりいたため、やっかみがひどかった。

そしてそんな黒狐は『ハーモニー』に勧誘されていながら、その誘いを断り、ソロで活動を開始した。その話を聞いたものはあり得ないと嘆く者、自分の実力を過信、もしくは勘違いしている大馬鹿だと言う者に二分された。

実際はパーティ参加を断られただけなのに自分の評価を守るために黒狐自身が勧誘を断った形にしたなどと言う者もいた。しかし無鉄砲な若手の冒険者が事の真偽をイーリから直接聞き、形式的にはレイの方から断ったことを知った。

高ランク冒険者のお気に入りである黒狐に関わろうとする事はウキトスギルドではいつしかタブーになっていた。


そしてそんな可愛げのないFランク冒険者は登録から半月ほどでDランクに昇格した。

これはかなり異例のことで、本来ランクを上げるのには長い年月を要する。

リダイオが10年経ってようやくCランク冒険者であることからもわかるように、冒険者ランクというのは冒険者の能力に加え、信頼などいろいろな要素が必要になってくる。

それなのにいきなりDランク昇格。

さらにCランクの昇格試験を受けに別の街に行っているという噂がある。

解体所の連中は黒狐が『血啜りサースエグマ』の死体を持ってきたと騒いでいた。

中、低ランク冒険者には関係のない魔物のため、一体何のことを言っているのか分からない者も多かったが、それに付随して出現する『金羊樹ツーメンチ』『銀羊樹ローエイツ』について詳しい連中がサースエグマについて知っていたために噂は加速度的に広まっていった。


「結局、女はどいつもこいつも力と金を持ってる男に惚れるんだろ。」


「俺らだってラールちゃんのために毎日通ってやったってのに、俺らのことなんて簡単に放り出しやがって、あの売女め!!!」


「おい、酔いすぎじゃないか?」


「あ?うっせーな。お前だって考えてみろよ、俺らが死ぬ気で毎日働いた金をあの黒狐は簡単に稼いで、あの売女(ラール)は黒狐と乳繰り合ってんだぞ。飲まなきゃやってられねぇよ。第一あんな狐のどこがいいんだよ。」


男たちはラールとレイの情事を想像し顔を顰める。

自分達はゴンゾという男に恐怖して逃げておきながら、黒狐にはあれこれと文句を垂れる。

ゴンゾが巨漢で気性の荒い性格に対し、黒狐の細身で未だ問題を起こした噂がないことから自分達は黒狐にならば何を言っても構わないと錯覚している。

言葉にすればするほどに、黒狐に対する嫉妬が募り、ラールという眩しい存在がどんどん霞んでいく。


「黒狐の野郎にどうにかして一泡吹かせてやりたいよな。」


ゴンゾ以上の強者にこれだけ強気な態度でいられるのも、彼らがレイの実力を測れないからなのだが、彼らはこの意見に賛同の声をあげる。だが、結局これは酒の席で少し気が大きくなっただけの発言に過ぎなかった。

実際にこの言葉を実現させるために動くはずはない。

あの女に話しかけられるまでは。


「ねぇ、私にもその黒狐の話聞かせてくれない?」


5人で囲む酒の席に見知らぬ女が現れる。

男たちは突然話しかけられたことに気分を悪くし、女を睨み付ける。

女はお世辞にも顔がいいと誉められない。

しかし出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるメリハリのある体をしていた。酒に酔っていた男たちは女の体に釘つけになり、顔に似合わず妖艶な雰囲気を醸し出す女に、5人の警戒心はすぐに氷解する。

5人の頭の中は、今日は金を払わなくてもいいかもしれないという、汚い考えでいっぱいだった。

女はゆったりとした足取りで男たちに近づき、色っぽく品のある動きをしながら男たちの間に座る。


「私にその黒狐について聞かせてちょうだい?」


女はそう言って隣にいる男の耳元でボソリと言葉を囁く。

男はこそばゆそうに体を震わせ、周りの4人はその様子を羨ましげに、自分の番はまだかと視線を送る。

自分を羨む視線を感じて調子に乗った男は女の肩に腕を回し、ベタベタと体を弄る。

女はその男に嫌な顔ひとつせず、話を聞きたがる。


「ねぇ、みんなで私の宿に来ない?

そこで話しましょ?」


みんなでという言葉に女の体を弄っていた男だけが顔を顰めるも、残りの4人が勢いよく立ち上がり賛成を示したことで一行は安酒の代金を払い酒場を後にする。

酒場から少しした場所に女の宿はあり、男たちは部屋に入るや否や、我先にと女の服を脱がす。鼻息荒く服を脱がせ、男たちは女の一糸纏わぬ裸体を見て息を呑む。

それから2時間ほど女の楽しげな嬌声が辺りに響き渡る。


「それじゃあ、またね〜」

布で体を隠した状態の女は扉から半身を出した状態で冒険者たちに手を振る。

冒険者4人はその女の様子を気に留める間も無く、何もかもを出し切った虚な表情をして宿を出ていった。


ありがとうございました。

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