74.イカれた主従
よろしくお願いします。
宿を出て入り組んだ道を進み、冒険者ギルドまで向かう。
冒険者ギルド内はウキトスとはまた違う活気に溢れていた。
冒険者ギルド内に人種が多いウキトスはビールジョッキ片手に酒盛りをしてワイワイ騒いでいる印象が強い。
一方、ここベニートにいる冒険者たちは皆ワイングラスでお酒を嗜んでいる。尻尾が理由なのか立ち飲みスタイルが主流だ。会話の声はもちろん聞こえて適度に騒がしいのに、なぜか気品を感じる変な雰囲気だ。
ガヤガヤ騒がしくないけれど、竜人たちは皆、1日の終わりを満足そうな顔で迎えている。そのために活気が感じられるのだろうかと考えながら、レイはこの間の口調の軽い受付嬢の元まで向かう。
列に並んで黙って待つレイに対し、ルノは油断なく警戒糸を張り巡らせている。
何もそこまでしなくてもいいのではないかとレイはここにくる道中でも何度かルノに言った。しかしルノは配下として、メイドとして、そして今はたった1人の護衛として手を抜くわけにはいかないとキッパリと断言した。そのため放ってはいるが、どうしても糸が気になって仕方がない。ルノは索敵や諜報など情報を扱う能力に長けている。その主な理由は糸や針を扱う職業についているためだ。そして今もレイに危険が及ばないように張り巡らせている『糸網』は同レベル帯でも早々気がつくことのできない不可視の糸である。
そんな不可視な糸だが、主人であるレイには全て見えてしまっているためにずっと煩わしさを感じていた。
ただここに来るまでに糸を解いてほしいと頼んでもダメだったため、何も言わずにレイは黙って列に並ぶ。
並んでいる人たちが一歩、一歩と進むのに合わせてレイも動く。
前には2人しかおらず、要件も大したことはないようで5分もせずにレイの番になる。
「はーい、次の人―」
あの時の青竜人の受付嬢はあの時と同じように笑顔で手を降っていた。
そして同じようにレイを見て表情を引き攣らせる。
レイはその原因がわからず、訝しげな様子を浮かべながら近づく。
「ご、ご用件は?」
「冒険者登録をお願いしたいんですけどお願いできますか?」
顔の引き攣っていた受付嬢はレイの声を聞いた途端、不思議そうに眉間に皺を寄せ、何かをぶつぶつと呟き出す。
「あの、すみません。」
レイが心配になり、声をかけると受付嬢の大きな感嘆詞を漏らす。
上品にガヤついていたギルド内の声全てに受付嬢の声が被さり、多くの視線が受付嬢に向けられれる。受付嬢はしまったという表情を浮かべながら、四方八方360°に頭を下げている。
しばらく頭を下げ、皆の視線がその受付嬢から外れたことでレイは再び声をかける。
「すみません。」
「あ、兄さん、どうもっす。」
急にこの前と同じ態度に戻ったと思いながら、どうしていきなり声を上げたのかを聞く。
なんとも馬鹿らしい理由だった。
レイのことをすっかり忘れていた受付嬢は、受付の仕事をしていたら自分の目の前に獣人がいる。当然竜人と獣人の中は険悪であるため、顔を引き攣らせたが、声はどこかで聞いたことがある。ない頭を絞りに絞ってようやくレイの存在を思い出したとのことだ。
そんな頭で大丈夫なのか受付嬢と思ったレイは苦笑する。
「でもそれなら竜人と獣人の中が険悪になり始めた時なんか普通に話しかけて失敗しませんでしたか?」
「あー、もうそりゃボコられ犯され大変だったんすよ。
それでようやく覚えたと思ったら兄さんみたいな優しい獣人がいるんすもん。
一回会ったくらいじゃ覚えられないっすね。あたし頭悪いんで。
怒ってるなら、兄さんもズポズポしてきま・・・」
聞かなければよかったと本気で後悔し、レイはかなり本気で引いた。
受付嬢がそんなこと言ってもいいのかよと。
ただなかなかハードな経験をしていそうな受付嬢に何もいうことができなかったレイはただ黙っていた。しかし、後ろで控えていたルノは違ったようで、竜人の受付嬢の口を左手で鷲掴みにして体を持ち上げている。フードをかぶっているため表情は確認できないが、モゴモゴと何か訴えていた竜人受付嬢の顔色が青くなっていることから、ルノがよっぽど怖い表情をしていることが窺える。
それなのにギルドの職員は何も言わずに竜人の受付嬢を見て見ぬふりをしている。
流石に可哀想だと思い、ルノに声をかけやめさせる。
ルノはレイの命令に従い、素直に手を離す。
そして竜人の受付嬢は重力に逆らうことなく椅子に落下する。
「うー痛てててててててて・・・
ひどいっすよ。兄さん。こんな幼気なあたしに暴力を振るうなんて。」
「すみません。でもそれなら俺じゃなくて彼女に言ってください。」
腰をさすりながら文句を言う受付嬢だったが、ルノを一瞥すると慌てて姿勢を正し話を進めようとする。
「な、なんでもないっす。
それで兄さんどうしたんすか?確かCランク試験を受けるとかって言ってなかったす?
それなのに冒険者登録するってどういうことっすか?
まさか冒険者登録する前に先走ってCランク試験の内容聞いちゃったすか?それは笑っちゃうすよ?」
「違いますよ。俺の仲間の登録をして欲しいんです。」
隣のルノに怯えながらもレイには気軽に話しかける竜人受付嬢。
ルノはレイに止められているため受付嬢に手を出すことはないが、ピリピリと焼き付くような雰囲気を感じるためだいぶ頭にきているのだと思う。
「登録ってそのお隣のおっかない人すか?」
「おっかなくはないですけど、はい。」
「なんか長くなると嫌な感じがするんでさっさと済ませるっすね?」
それはこっちのセリフだと言ってやりたくなったレイだったが、ルノの様子を見て諦める。
受付嬢は机の下からレイも一度見たことのある用紙を一枚取り出す。
「代筆は必要っすか?」
「俺が書くのは大丈夫ですか?」
「カードの持ち主がいいって言ったら大丈夫っすよ。」
「それなら俺が書くので、代筆は必要ありません。」
レイは受付嬢から書くものを借りて、用紙に記入を済ませていく。
伏せたい内容や、書きにくいことなどは何もないためさっさと記入し、竜人の受付嬢に渡す。
「確認するっすね。
名前 ルノ・ヴィネマイ
性別 女
年齢 159
職業 暗殺者
ランク F
何か間違っていることはあったすか?」
「大丈夫です。」
「それなら登録をするっすから、ローブをとって顔を見せて欲しいっす。」
「見せないとダメですか?」
「一応そうすね。登録する時に確認するようにギルド長から言われてるす。」
レイはせっかくルノに視線が集まらないようにローブで隠したが仕方ないかと思い、ルノにフードを取るように命じる。
ルノがフードを下ろすと竜人受付嬢は感嘆した声をあげ、周りの視線もルノに向けられる。
「フードはもうかぶってもいいですか?」
ルノの美貌に目を奪われていた竜人受付嬢はレイに声をかけられたことでようやく意識が戻ってくる。レイの問いに問題ないと答え、難しそうな表情を見せる。
「年齢を見た時から思ってたすけど、エルフすか・・・。
兄さん、彼女のこと気をつけてあげて欲しいす。」
「ん?エルフだと何か問題があるんですか?」
「エルフというか、竜人以外が危険す。
この街だとよくエルフとかドワーフとかこの辺にいない、珍しい種族がよくいなくなるんす。
竜人たちは同族でない他人のことなんて知らないって言って全く気にしないすから問題にならないんすけど、とにかく危険なんで気をつけてあげて欲しいす。あたし的にルノさんめっちゃ綺麗でだから絶対狙われると思うす。」
竜人的に見てもルノは綺麗だという言質を受けたレイは鼻高になりながらも不穏な話を聞いてしまったなと気分が下がる。
「ちょっと、アルア?!いい加減その獣の対応終わらせてくれない?
あんたのせいで私のところまで成り損ない共が来て迷惑なんだけど?」
突然竜人受付嬢の後ろからヒステリックな声がギルド内に響く。
アルアと呼ばれた竜人受付嬢は体をジャーキングが起きた時みたいに跳ねさせる。
アルアはギギギと音が鳴っているのではないかと思うくらいゆっくりと首を後ろに回し、そしてさらにまた体を跳ねさせる。
「げ、ケルィナ先輩。すみませんす。
でもどうしてケルィナ先輩がここにいるすか?」
「いつになったらその汚い話し方が治るのかしら?
あなたのせいで私まで仕事が回ってくるのよ。
ほら、見てごらんなさい?」
そう言ってアルアに自分のいた場所、レイたちから見て左側の受付カウンターを見る。
どこのカウンターにもそれなりに列はできていた。しかし左端だけ人が少ない。そして左端の受付カウンターに受付嬢はいない。
つまり今ケルィナという全身鱗のヒステリック受付嬢は冒険者を放って、後輩に文句を言いに来ているのだ。それも自分の仕事量が増えたというくだらない理由で。
基本的にスルー体質のレイもこの対応には流石に眉を顰める。
しかしギルド内では誰も彼女を責めるものはいない。
放って置かれた冒険者ですら大人しく待っている。
そのギルドの異様さを薄気味悪く感じていると、文句はレイにまで飛んできた。
「大体、そんな獣の相手なんて適当に済ませればいいでしょ。
獣なんて物事を考える脳すらないんだから。まぁ確かにあなたも脳なしだとは思うけど、流石にそこの狐っころには負けないでしょうね?もしそんなことがあるなら流石にあなたも」
口が回ってきたのか得意げな顔で暴言を吐きまくるケルィナ。
マーナたちと一緒にいる時に受けたお高そうな態度はイメージ通りであり、そこに性根の汚さが追加された。
そもそも全身鱗竜人の表情は人種と異なるため見分けがつきにくいのだが、ケルィナの表情は分かりやすかった。
そんなケルィナが突然、視界から消える。
「あーあ。」
レイは色々な思いの篭った声を発していた。
せっかく問題を起こさないように流していたのに、ルノが我慢しきれずに糸を出してしまったようだ。レイですら視認できるギリギリの速さで、ルノはケルィナをグルグルに簀巻きにし、カウンター奥の床に転がした。
その直後、悲鳴とも取れる絶叫がギルド内に響き渡る。
流石にカウンター越しに倒れるケルィナの状態がわかるほどレイは全能ではない。
ただ倒れただけでは出ないような凄まじい汚い声。
ルノに何をしたのか尋ねる。
レイの一歩後ろにいるルノに尋ねようと振り返ると、アルアを鷲掴んだ時以上の青筋を浮かべていた。
それでもレイが話しかけると即座に満面の笑みで受け答えをする。
その様子にレイは苦笑していたが、ルノの行いを聞いて一歩引いてしまった。
「はい、レイ様を獣呼ばわりする口などいらないと思い糸で縫おうと致しました。
ただあの爬虫類の口の位置がよくわからなかったので、まず分かりやすくするために口元の鱗だけを剥がしています。
結構楽しいですよ。レイ様も如何ですか?」
あまり触りたくないと思ったレイはルノの申し出を拒否して、アルアに話しかける。
ギルドにいる者は皆ケルィナの様子を心配し、駆け寄っているが完全に近づこうとはしない。
「ちょ、ちょっと兄さん、何したすか?」
話しかけられたアルアはレイとケルィナを交互に見る。
レイを見る目にははっきりと恐れを孕んでおり、口周りを手で隠しながらレイに問いかける。
「冒険者カードの手続きはもう終わりそうですか?」
アルアは意味がわからないと言った視線でレイを見る。
しかしその視線こそレイには意味が分からなかった。
アルアが糾弾されているときは無視していた連中が、ケルィナに何かあった時は一大事といった感じで近づき心配する。同じ受付嬢であるにも関わらず存在に優劣が付けられている。レイはムカついていた。確かにアルアは記憶力が乏しく、お世辞でも口調が綺麗だとは言えない。しかしそれでもケルィナと同じ受付嬢だ。
それなら同じ受付嬢が仕事をサボり、アルアに文句を言っているときだって誰かしらケルィナを諫める者がいてもいいはずだ。
だからレイはもがき苦しむその高慢な受付嬢を無視する。
いい気味だとまでは思わないが、かといって同情心など全く存在しない。
「いや、その女の人が地べたでもがいていても俺には何も関係がないことなので、冒険者カードの登録ができているなら受け取りたいんです。」
「何言ってるか分からないす。心配にならないんすか?」
「でもその人は仕事をしているだけのあなたを意味もなく、仕事を放ってまでわざわざ大勢の前で責めた人ですよ?」
「そんなこと関係ないす。あんなに痛がっているのに放って置けないす。悪いすけど、冒険者カードはまた明日取りに来て欲しいす。あたしはギルド倉庫から回復薬を探してくるす。」
レイはため息をつく。
自分の考えは間違っていないと思う。
それでも、アルアの慈悲深い考えに自分の狭量さを感じずにはいられない。
仕方ないかと思い、レイはアルアを呼び止める。
カウンターに片手をつき、両足を抱え込むようにして飛び越える。
職員側のカウンター手前にルノの証言通りケルィナは両手両足をルノの糸に拘束され、口周りの鱗を剥がされていた。
口周りの鱗が剥がされたことで、深緑の血が流れ出しており、ジタバタもがいたせいで汚い血があたりに飛び散っている。鱗が剥がされたことで口は綺麗に見える。しかし言葉を発そうとすると何かに上下固定され、言葉を発すことができず、モゴモゴうめき声をあげている。話が進まないと思ったレイはルノにもう糸で鱗を剥がすことをやめるように視線で命じる。
アイテムボックスから低ランクの回復薬を取り出し、もがき苦しむケルィナの顔面に向かってジャバジャバと液体をかける。もちろん優しく介抱し飲みやすいように上半身を起こすことなどしない。直立の状態で床を転げ回るケルィナに液体をかける。
鱗を剥がされることが止まったため、呼吸を荒くしながらも落ち着くケルィナ。
しかし突然液体をかけられたためにケルィナは呼吸ができず、回復薬を避けようと身を捩る。しばらくして回復薬の効果が現れ始め、痛みがひいたのか悶絶動作は止まる。
このまま元気になって騒がれるのも面倒だと考えたレイは魔法でケルィナの意識を刈り取る。
「これでいいですか、アルアさん。」
「はい!ありがとうございますっす。」
周りの竜人たちはレイに敵意のこもった視線を向ける。
それもそのはずで、レイは確かにケルィナに回復薬を与えて彼女を苦痛から解放した。
しかしその手段は荒っぽく、怪我人にするような行動ではなかった。
そのためギルド職員や冒険者のレイに対して向ける視線には敵意が篭っていた。
しかしアルアからするとレイがケルィナを治療したという事実に重きを置いていたためレイに屈託のない笑みを浮かべて礼を告げた。そのことにも竜人たちは不満があるようでレイを見る視線と同じ目でアルアを見ている。
アルアはその視線に気づかないまま、笑顔でルノの冒険者カードを作成している。
「生きにくそうだな。」
レイは誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
ルノは鱗を剥がし、悶絶する姿を見て満足したのか怒りは治まっている。
カウンターでしばらく待つと、アルアがルノの冒険者カードを持ってきてくれた。
「ルノさん、これ新しく作った冒険者カードっす。どうぞ。」
ルノは興味のない様子ではあるが、一応の礼儀として軽く会釈して受け取る。
「ケルィナさんは大丈夫そうですか?」
「あーきっと大丈夫すよ。兄さんに回復もしてもらいましたし。」
「いえ、俺が気になっているのはケルィナさんが目覚めた後に、アルアさんが何かされないですかということです。」
「んーそれもきっと大丈夫すよ。多分10分、20分文句を言われて、知らない男に使われるだけっすから。」
あまりにあっけらかんとした物言いにレイは唖然とする。
自分も大概だが、アルアも壊れていると。
そんな仕打ちをされるとわかっていながら、どうしてあの女を助けようと思えるのか。レイには全く理解できなかった。
だからこそ
「アルアさん、このギルドで働くことは辛くないですか?」
レイは思わず聞いてしまった。
仮にアルアが涙を流しながら辛いと言ったとしてもレイにはどうする力もないのに。
どうにもこの場から浮いているアルアを見て疑問に感じた。
たったそれだけの理由でかなり踏み込んだ話を振ってしまった。
しかし答えはレイの想像とは異なり、アルアは楽しいと断言した。
「楽しいっすよ。あたし覚えも悪いし、竜人として優れているわけでもないから、働き口がなくて困ってたんす。そんな時にここで雇ってもらえて、それで今なんとか生きていけてるんす。物覚えが悪くて仕事が次の日の朝になってようやく終わる日もあるっすけど、それもあたしが悪いんで、どうにか頑張らないとって思うんす。」
「そうですか。」
レイは聞いて後悔した。
自分も両親を亡くし親戚間をたらい回しにされていた一時期、親族から好かれないのは自分に何か問題があるのではないかと苦悩した時期があった。
レイは今の彼女にその状態に似た何かを感じた。
経験からレイは知っている。
こうした自覚のなく、自分が頑張れば何かが変わると思っているパターンはいつか精神的に崩壊する。
聞かなければよかった。
レイにはこの話を聞いてもアルアを別に救い出せるわけではない。
どうして聞いてしまったのか。
「そうですか。変なことを聞いてすみません。ルノ、行くよ。」
結局、胸に重いしこりを残したままレイはルノをつれ冒険者ギルドを後にした。
ありがとうございました。
やっぱり1週間は無理でした。
眠いです。おやすみなさい。




