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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
73/198

73.ルノの役目

どうにか間に合いました、よろしくお願いします。

「それじゃ、話を始めようか。」


朝食を食べ終えたら始めようとしていた話し合いは、結局太陽が完全に昇り切ってから行われた。

着席起立論争は最終的にルノがレイの求めに応じ、座ることで決着はついた。


レイは現在、オセアニア評議国ベニートという都市にいる。

そしてそれ以前は都市国家連合ウキトスにいた。

ゾユガルズに来てからの行動を伝えるには地図が一番手軽なため、レイがギルドで見たものを参考にして自作した地図を机に広げて話したかった。

机に広げた地図を見る都合上、座った方が話しやすい。そのためルノは渋々レイの命令を受諾する。

ただ地図を見た瞬間、ルノもレイ同様にアバウトすぎる図解を見て思うことがあったのか、声にしないまでも顔が驚きを物語っていた。地図の完成度に申し訳ないと思いながらもレイは自分が学んだ範囲でゾユガルズでの一般的な知識を伝えていく。

この世界に存在する国、数多いる種族、そしてその種族の進化。

迷宮という未知なる場所、そしてそこに出現する魔物。

最後に恩恵(ギフト)という完全にダイイングフィールドには存在しなかった力。

恩恵(ギフト)は力を与えられるという意味で、似たような仕組みはダイイングフィールドにもあった。例えば人種ならステタースが均等に上がり易い、竜人系ならば飛行ができるといった様に種族によってできることが変わってきた。

しかしこの力がダイイングフィールドの能力と大きく異なるのはその恩恵(ギフト)が不規則に、そして多数の人間に与えられるということだ。種族事統一の特性を持つわけではない。それに人種だけが持てる能力でもない。恩恵(ギフト)を持つ種は確かに人種が圧倒的に多い。しかし他種に恩恵(ギフト)を持っているものがいないわけではない。そして恩恵(ギフト)を持たない人種も存在する。だから正直、恩恵(ギフト)というシステムはよくわからない。


そうして一通りのレイの話を聞いて、ルノは難しそうな表情を浮かべる。


「多いですね。何もかも。種族も、迷宮も、魔物も、そして恩恵(ギフト)とやらも。

レイ様が全てを支配するまでに相当の月日がかかってしまいそうです。

早く、メギドの皆を呼べるといいのですが。」


「前半は何を言っているのかわからないけど、後半に関してはそうだね。

ルノは自分のステタースは見れる?」


「申し訳ありません。ステタースとは何のことでしょうか?」


NPCはステタースの存在を知らない?

確かにプレイヤーが育成の時とかにNPCのステタースを確認することはあっても、その逆はない。それにNPCが自分のステタースを見る動作はダイイングフィールドでは存在しなかった。


「ステタースっていうのは自分のHPやMPを数値化してみることの出来るシステムみたいなものなんだけど。」


そう言ってレイは自分のステタースを表示し、向かいに座るルノに見えるように画面を表裏反転させる。レイはその欄を好きに動かせる。しかしルノはその画面の数値だけでなく、ステタースの存在すら知覚できなかった。

ではどのようにルノは自分の体力や魔力量を確認しているのか。

尋ねてみると、ルノのHPやMPは視界の左上に表示されているという。

そしてその他のSTR/DEX/VIT/AGIのような細かいパラメータは見ることができないそうだ。


「俺の場合そこに、恩恵(ギフト)値(GP)が新しく加わっているんだ。

GPは昨日ルノを呼んだ時に、体に違和感を感じて調べたことでステタースに追加されたのを知ったから、恩恵(ギフト)を使用すると一律で減るのか、その創造する内容によって減るのかどうかすらわからない。実験するにしても今は全体の1/3くらいしか残っていないから増やし方がわかるまではむやみに使えないかな。

だから申し訳ないけど、みんなを呼ぶのにも結構時間がかかっちゃいそう。」


「いえ、レイ様が気にされることではございません。

配下である私たちは命じられればすぐに主人の元に参り、役目を遂行するだけです。

私たちのことなどお考えにならず、レイ様の都合でお呼びください。」


「好きなタイミングで呼べるなら、今すぐに呼びたいよ。

目の届かない場所にいることは百歩譲って許容出来ても、存在を感じられないのは辛いからね。

だから急いでGPの増やし方を探さないと。」


レイの言葉に感動したのかルノは全身に鳥肌が立ったかのように身震いをする。

ダイイングフィールドでレイは配下たちから見たら本当に完璧で自分達などいなくてもレイさえいれば万事うまくいくと思っているものも少なくなかった。

ルノもその考えを持っており、今まで存在を必要とされているかわからず、それでも主人に付き従うのが作り出された自分の役目であり、自分が望むことだった。

そんな崇拝し、恋慕する主人から自分達が必要だ、側にいてほしいなどと言われて嬉しくないはずがない。ルノは必死に涙を堪えながら、さらにレイから求めてもらえるようにと気合を入れ直す。


「とりあえず俺がGPの回復の仕方を探している間に、ルノは昨日お願いしたように10人を探して欲しいんだ。」


「かしこまりした。」


レイは机に広げられた地図をアイテムボックスにしまい、代わりに黒地の布をテーブルに敷く。そして無属性魔法『リフレクト』を発動し、記憶にあるミャスト迷宮でイクタノーラを見捨てた10人の顔と映し出す。


「知っているのは顔と名前、それに出身国かな。

まず一人目はこの人。

名前はドラコ。出身は俺たちが今いるオセアニア評議国。

出来るだけ、優先で探して欲しい。」


「それは生きた状態でレイ様にお渡しした方がいいのでしょうか?」


「それはもちろんね。

この人だけは殺さないから。

イクタノーラ、記憶の主のことなんだけど、彼が感謝している相手だから会って話しておきたいんだ。だから危害を加えることは禁止ね。

それにここが彼の国、オセアニア評議国だから比較的探しやすいと思うんだ。」


「かしこまりました。」


この調子でレイは、リフレクトで移す画像を変え、人物の名前と出身を説明する。

しかし早速問題が発生した。それはイクタノーラの殺意である。

2枚目以降は皆、復讐対象であるためどうしてもレイの体は過敏に反応してしまう。

ドラコの次に映し出したエルフ種のアグラエルを視認した途端、レイは殺意を発し、ルノは怯えた。どうにも頭で思い出すこととその対象を実際に視認するのではイクタノーラの殺意の感じ方も変わるようだ。頭で思い浮かべるだけ、自分の中で完結する分には殺意は発動しない。しかし自分の魔法とはいえ、体外にあるそれを視認すると殺意は発動するようだ。

アグラエルの次、妖精種のファームルを『リフレクト』で映し出した時も同じ反応を体が勝手にしてしまった。

ルノはレイの殺気は対象が自分でないとわかっていても、主人に殺気を発させるほどの何かをしでかしてしまった思い恐怖を誘うようだ。

そんなルノの怯える姿を見たレイは罪悪感を募らせる。


仕方ないため、レイは目を閉じ視界から入る情報をシャットアウトする。

そうして『リフレクト』に映し出された画像の特徴をルノから確認して、名前と出身を伝える方法をとった。仮に『リフレクト』する対象が誤っていた場合、全く別の人物を探してしまう可能性があったためあまり取りたい手段ではなかったが、ルノを怖がらせたくないので仕方がないと割り切る。


「これで10人全員かな。

とりあえず、ルノの索敵がどれくらいの範囲まで効果があるのかわからないし、そもそもさっきの地図、縮尺も怪しいから、ゆっくりでいいよ。強いてお願いがあるとするならドラコさんを優先で頼む。復讐相手を探すのはその国に赴いた時でもいいかな。」


「かしこまりました。」


「それと出来れば耳寄りな情報があったら教えてほしい。その辺の判断はルノに任せるから。それじゃ、なんかもう日も暮れてきたし、どこかにご飯食べに行こうか。」


「わざわざレイ様が動かれる必要はございません。

ご命令いただけましたら、すぐにでも私が何かを調達して参ります。」


「ありがたいけど、今回はそれはなしかな。

ルノはこの世界に関して俺より知らないし、それに冒険者ギルドの方にも用があるから。」


レイの応えに、主人に夕食の支度をさせる自分を許せないようでルノは申し訳なさそうな表情を浮かべる。レイとしてはゾユガルズについて知らないことばかりのルノを案じた結果の言葉だったが、逆の効果をもたらしてしまったようだ。

仕方ないなと思いながらもレイはルノの様子を見て頬を緩ませる。


「そんな暗い顔しないでさ、行こう?」


レイはルノの頭を軽くなで、手をとり外にようとする。

項垂れていたルノは勢いよく顔をあげ、慌て出す。

扉を出る直前にレイは突然立ち止まり、アイテムボックスから一枚のローブを取り出しルノに装備させた。


『カリユガのローブ』


これはレイもこのゾユガルズに飛ばされ、ミャスト迷宮で糞尿垂れ流して以来ずっと装備しているローブだ。

カリユガのローブのランクは幻想級。

創世級の次に高位のランクアイテムのため相当に価値が高い。

ダイイングフィールドでのイベント『ヴィシュヌの化身』期間中のランキングに応じて配布されたアイテム。イベントアイテムのためゲーム内でのレア度は高いが、幻想級にしてはそこまで強いアイテムではない。

効果は低レベルの物理・魔法攻撃の無効化とレイからすれば意味があるか微妙なところだ。それでもレイがこのカリユガのローブを今までずっと装備している理由は自動殺菌消臭効果があることだった。風呂や洗濯機のないゾユガルズの世界で清潔さを維持することは結構面倒だった。聖属性魔法『クリア』は体を綺麗にすることはできるが、衣類は洗濯できない。無属性魔法『キャスト』では汚れは消せるが効果範囲の設定が面倒。下手すると服ごと消してしまうこともあり得る。

それゆえに簡単に清潔さを維持できるこのカリユガのローブは重宝していた。


着用者に合わせてサイズが変化する黒地の布に、胸元にちょっとした印があるだけ。

胸の印にはドーナツ型の円内に色々刺繍されている。面積の狭い外側には小さな曼荼羅模様がグルット一周分、多数描かれている。中心部はコスモスの花のように筒状花があり、そこから上下左右斜めと花びらのようなうちから外にかけて幅が広くなる剣が生えている。筒状花から伸びる剣の1/3部分には曼荼羅模様が描かれており、この刺繍の精緻さが窺える。シンプルなデザインでありながら、常に清潔な生地、そして精巧な刺繍。

見るものがみればすぐに一級品の品だとわかる。


そんなアイテムをルノに装備させる。フードを被せることも忘れない。


「竜人種が獣人種と険悪らしいんだよね。

ルノはエルフよりの種族だからわからないけど、竜人に絡まれても面倒だからフードかぶっておいてね。それに美人だから竜人以外からも絡まれそうだし。」


それにルノが綺麗であることに加え、ヘソだしのオーバーサイズのロンTと太ももを晒け出すようなショートパンツ姿は冒険者ギルドでは確実に絡まれそうな格好をしていた。事前に絡まれるようなことを防止するのも主人の務めだと考え、ルノにカリユガのローブを渡した。


「び、美人!?

それに、その、このローブって・・・」


「ん?ああ、俺と同じやつ。他に目立たなそうなローブなかったからこれで我慢してね。」


レイの言葉に顔を赤くさせていたルノだったが、レイとお揃いとわかるや否や頭から湯気が出るほどに照れ、しばらく行動不可になってしまう。

その様子を見てレイはまたやってしまったと反省する。

自分を異性として思ってくれていると理解しても、ついつい親しい家族のような接し方をしてしまう。

行動と認識のズレを治すことは難しいなと思いながら、ルノが回復するのを待つ。


「申し訳ありませんでした。」


「大丈夫。もう暗くなってきたし早く行こうか。」


今度はレイはルノの手を取らずにそのまま扉を開け、歩を進める。

ようやくルノはゾユガルズの世界に足を踏み入れた。


ありがとうございました。

おかげ様でPV2万を超えました。

私が覚えておくため、そして読んでくださる皆様にもストレスなく楽しんでいただけるように週に一度は更新したいのですが、なぜかあり得ないくらい忙しくて難しそうです。

遅くとも14日以上間隔が空かないよう努力いたしますので、今後ともお付き合いくだされば幸いです。

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