71.溢れる想い
よろしくお願いします。
落ち着いた体制、そして適度な距離を置くことに成功したルノ。
レイ自身は大好きな配下たちと触れ合えないためやや不満ではあるもののルノが望んだため納得し、話し合いは再開した。
「話はだいぶ戻るけど、ルノはダイイングフィールドって言葉に心当たりはある?」
「はい。えっと、心当たりといいますか、私たちの住んでいる世界のことですよね?」
「住んでいる・・・?」
ルノの話をまとめるとこんな感じだった。
ルノたちNPCにとってダイイングフィールドとはゲームの名称ではなく、世界の名前だった。おそらく泰斗にとっての元いた世界のような認識だろう。そして自分達の暮らす国がメギド。そして自分の居場所はレイのいる慰霊教会。仕える主人がレイ。といった感じだった。ルノは以前偶発的に生み出してしまった猖佯とは異なり、メギド慰霊教会のメンバーのこともはっきりと覚えていた。しかしレイの知らないレイとの思い出も持っていた。
そのためわずかばかりの謎はあるが、ルノは本物だとレイは確信した。
そして本物と確信した以上、NPCのルノに、どこまで話すべきかレイは考える。
ゲームやNPCのことは当然伝えるつもりはない。
ここにいるルノはプログラムされて動いているわけではない。
1人の人間としてレイに仕えてくれている。
そんな大切な配下にわざわざ自分の存在をぐらつかせることを言う必要はない。
だからレイはそれ以外の掴んでいる情報を伝えることにした。
「あまり驚かないで聞いて欲しいんだけどここはダイイングフィールドとは別の世界なんだ。」
「別の世界・・・ですか?」
「うん。多分、だけどね。
俺も気がついたらこの世界に飛ばされて?いたから詳しいことはまだわからないけどこの世界にメギドはない。」
「そう、なんですね。
なるほど。だから。」
ルノはレイの説明で何かに合点がいったのか神妙な面持ちで頷くルノ。
もっと驚いたり疑ったりされると思っていたレイはどうしてそんな反応をするのだろうとルノに尋ねた。
「数ヶ月前から慰霊教会は大変なことになっていたんです。」
「大変なこと?」
「はい。ある日を境にみんなの中から突然レイ様が消失したんです。
それで慰霊教会のみんなはレイ様はどうしたのか、今後どうするのかと色々大変なことになっていたんです。レイ様はお隠れになられたとか。レイ様は私たちを捨てられたとか。
レイ様を探すべきだ。慰霊教会内でレイ様に与えられた仕事を行い、レイ様の帰りを待つべきだ。色々な意見が出ました。慚愧とマリクを中心に話し合っていたんですけど、なかなか話し合いはまとまらなくて。」
ルノは話している途中で再び涙を流し始めた。
レイの知らないレイとの思い出があるルノの話を聞いてもしかしたらと思ったが、どうやらNPCたちにはNPCたちの、レイの知らない空間があるみたいだ。
しかしそんなこと、今はどうでもいいと思えるくらいルノの話はレイへの想いで溢れていた。
それが幸せで、でもルノたちを不安にさせてしまっていることへの罪悪感をレイは感じていた。
「何度も申し訳ありません。」
しばらくすると平静を取り戻したルノはレイに謝罪し話を続ける。
「そんな話し合いをしていた時でした、私が謎の光に包まれて意識を失ったのは。
そして次に意識が覚醒したのはつい先ほどのことで、レイ様に召喚していただいた時です。」
「大丈夫。
ただ、そっか。大変なことになっていたのか。
もっと早くみんなの元まで帰ることができればよかったんだけどごめんね。
こっちでも色々と問題があったり、そもそも帰る方法が分からないままでさ。」
「いえ、レイ様に問題など何一つござません。
私たちがレイ様を信じられなかったこと、それが一番の原因です。
レイ様が私たちを見捨てることなどあり得ないのに、心の弱さからそんな愚かな考えに至ってしまいました。即座にレイ様がどこか別の世界に連れ去られたことを考慮し、救出部隊を整えるべきでした。申し訳ありません。」
あまりに背負いすぎな責任の感じ方をするルノ。
流石にそれは無理だろと内心でツッコミを入れながらも、先ほどまでの不安げな態度がなくなりつつあるルノに安堵するレイ。
「慰霊教会の状況はわかったよ。
出来るだけ早くみんなをこちら側に呼べるといいんだけどね。」
「こちらに?ですか。
レイ様が戻られるのではダメなのでしょうか。」
「あれは召喚陣だから向こうの世界に行くのは難しいみたい。
逆のものを作れればいいんだけどね。
それにあの召喚陣はこっちの世界に来て得た能力を使って作ったから、ダイイングフィールドの世界に戻るために力が使えるのかはまだ分からない。
こっちの世界でもやりたいことがあるし、こっちの世界に来てもらった方が早いのかなって思ったんだ。」
「失礼しました。レイ様がわざわざ私たち配下のいる場所に戻られる必要はありません。
レイ様のいる場所こそが私たち配下のいる場所なのです。
だから改めて礼を言わせてください。
まず初めに私を呼んでいただいてありがとうございます。
より一層の忠誠を誓います。」
涙を流すような不安定さはなくなったルノだったが、その代わり圧倒的に堅苦しい態度になってしまった。目を輝かせながらレイを見つめている。
「レイ様の目的とは一体何なのでしょうか?
この世界でも“覇王”の名を轟かすことでしょうか?」
覇王とは一体なんなのか。そんなわけないだろうとツッコミをしたいのだが、ルノからはとても冗談を言っている雰囲気を感じない。本気なのかと呆れると共に、その発言をスルーして話を続ける。
「今は髪色が変わったり、仮面をつけたりしているんだけど、ルノはどうして俺だってわかったの?」
「私がレイ様を見間違えるはずはありません。確かに何かが混じっているような不思議な感じはしますが、レイ様の醸し出す雰囲気は、配下ならば皆わかります。わからない愚図がいるとしたら私が殺します。」
「そ、そう。」
ルノが言うにはレイには特有のオーラが出ているらしい。
本人には全くピンとこないことだし、そもそも誰かに指摘されたこともない。
そのためレイはNPCが主人を識別する際の機能的な何かなのだと考える。
ただ何かが混ざっていると言うのはどういうことなのだろうか。
ルノの怖い申し出を無視し話を続ける。
「何かが混ざっているってのはどういうこと?」
「感覚の話ですのでうまく伝えることはできないのですが、あえて言葉にするのならこれまでのレイ様に何かが加わった、もしくは欠けた感じといったところでしょうか?」
何かが加わった。レイには思い当たる節があった。
おそらくイクタノーラのことだろう。
しかしそんなことも一目見ただけでわかるというのは流石に驚きだった。
そして不安を覚える。その混じり気を持つ今の自分はダイングフィールドのレイでいられているのか。レイがあの猖佯を偽物だと感じたように配下たちもレイをレイだとは思ってくれないのではないかと僅かに不安を感じる。
「ルノはその混じったものについてどう思う?」
そのため、答えを聞きたくないと思いながら、恐る恐るその混じり気について尋ねてみる。
「羨ましいです。」
「は?」
「レイ様の一部になれたその混ざり物を私は羨ましいと思います。」
ルノの答えはレイの理解を超えたものだった。
レイの中に混ざる。
レイはその混ざり物が原因で配下から拒絶されるかもしれない。
そんな不安を覚えた。
しかしルノはその混じり気をマイナス的に捉えるのではなく羨ましいという。
自分でなくなる感覚を何度も恐れたレイにとってその言葉ほど勇気つけられるものはなかった。
「そっか。ありがとう。」
「い、いえ。私は素直に思ったことを口にしただけですので。
それで、その、レイ様。レイ様の目的を聞かせていただいてもよろしいでしょうか。」
「そうだね。まずルノも今のレイに混じり気を感じているように、この体はレイのものなのかがわからない。というのも、俺もダイイングフィールドの世界にいたのに気がつけば急にこの世界にいたんだ。」
「でもそれはレイ様のお体がこの地に転移されたことになるのではないでしょうか?」
「俺も最初そう思ったんだけどね。」
レイは目を覚ましてから今日ここに至るまでの濃い日々をかいつまんで説明していく。
レイが出会った人たちについての説明というよりもこの世界とダイイングフィールドとの差異を、レイが感じたことを中心に話していく。
そしてこの体が誰のものか分からない最もな理由として転移直後に流れ込んできた無数の記憶についてルノに話す。そしてその記憶に体は反応するため、問題となる復讐などを済ませたいと。
一連の話を黙って聞いていたルノはレイの話を聞き終えると得心した顔で話し出す。
「レイ様の目的は身の程を弁えずレイ様と私たちを引き離したゴミを殺すことが目的なのですね。そしてその目的を果たすために私の糸の力が必要だと。なるほど。精一杯頑張らせていただきます!」
あれ?話聞いてた?と思わず口に出してしまいたくなるほどにルノの考えは穿っていた。
確かにゆくゆくで機会があるならばレイをこちらの世界に呼び寄せた存在について知りたいとは思う。
しかしことはイクタノーラのことだったり、この世界のことだったり色々とあったはずだ。
どうしたて後半部分を全無視してそうした結論に至ったのだろう。
「いや、えっと。」
否定しようとするが、ルノの溢れんばかりのやる気を前にレイはその言葉を飲み込む。
「まずは俺の中にある混じり気の問題から頼みたい。
今から俺を除いて10人の記憶を『リフレクト』を使ってルノに見せるからそいつらを探し出してほしい。出来ればそいつらのいる場所だけじゃなくて詳しい情報もあると助かる。」
「かしこまりました。
レイ様のお心を煩わせるそのゴミたちは発見し次第殺してもよろしいでしょうか?」
レイは絶句する。
あれ?なんか話通じてなくない?と。
どうしてそんな歪曲して話が伝わるのだろうか。
レイはルノの顔を見る。
ルノは笑みを浮かべている。
しかし完全に目は笑っていなかった。
その目を見て納得する。
狂気を孕んだその目は自分とそっくりだったから。
レイがNPC配下たちと引き離されて発狂したように、ルノもレイと離れ離れにさせられたことに相当怒っている。レイは怒りよりも悲しみや他者の記憶が先にきて自分をここに連れてきた存在にまで頭が回らなかった。しかしルノは違う。レイをここに連れて来た存在が気に食わないのだ。
そしてそのレイに入り込んだ存在すら、レイの意志で取り込んだものでないと理解したためそいつが持つ復讐という感情をレイのものだと考えていない。だから後回しにしたのだ。
ルノにとって大切なことはレイの気持ちであり、レイと共にいること。
そしてレイの命令だから従っている。
本当に扱いにくい。
しかしそんなレイの思考とは裏腹に頬は緩み切って、ルノへの愛が溢れそうになっていた。
どこまでも自分を最優先に考えてくれる彼女が愛おしくてたまらなかった。
早く他の配下たちにも会いたい欲求も高まっていく。
「ダメだよ。俺が殺すから。」
レイは思い出したかのように黒狐の仮面を外し、満面の笑みでルノに答える。
そんなレイの不気味な笑みにもルノは顔を赤くしながらも了解の意を告げる。
「ごめんね。復讐相手に生きていることがバレないように仮面をつけていたんだけど、すっかり慣れちゃって外し忘れてた。」
「でもそれはLv70,80程度のゴミにしか効かない幻惑系のアイテムではありませんか?」
「あ、そっか、その辺の説明もまだだったね。俺もまだ詳しくは分からないんだけど、この世界のレベルはダイイングフィールドにいるものよりも低いのかもしれない。
といっても今まで俺がこの世界で出会った人たちを参考に考えているからまだ断言はできないけどね。」
「それはLv70程度でもこの世界では強者に部類されるということでしょうか?」
「多分ね。俺は今冒険者をやっているんだ。
冒険者にはランクがS~Gまであって、俺は今Dランク。
Cランク冒険者の人とも仕事をしたけどこれが仮面だって気づいている人はいなかったよ。
俺がこの世界にきてLv200近そうな人は1人しか会ってないと思う。」
「わかりました。では早速目的の人物を探したいと思うので、レイ様の記憶を覗かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「頼むよ。
でも、今日はもう遅いし、色々話しこんじゃったからまた明日からにしない?」
「かしこまりました。
ただいま寝具の支度をいたします。」
「いやいいよ。それよりこっちきて。」
レイはルノがアイテムボックス的な何かを開くと悟り、開く直前で彼女の手をとり、年季の入った備え付けのベッドにルノ共々倒れ込む。ルノに頼まれたため我慢していたレイだったが、ルノの言葉や態度から感じられる自分への忠誠や愛にとうとう耐えられなくなった。
離れていた分、近くにいて欲しかった。
そのためレイは嫌がられようともルノを抱き枕にして眠ることにした。
ルノは当然レイの腕の中で恥ずかしさのあまり身悶えている。
しばらくして落ち着いたことで再びレイに抗議したが、無下なく却下される。
そして結局一睡もできぬままレイの寝顔を見て、この世界最初の夜を越す事になった。
ありがとうございました。
次回更新は6月の、、、、6月です。




