66.愛しのNPC配下たちは(後)
よろしくお願いします。
ルノ・ヴィネマイが姿を消してから数拍。
「今のは・・・?」
かろうじて正気を保っていたオーキュロームが今見た光景に言葉を発する。
しかし、他の皆は目まぐるしく変化する状況に頭が追いついていないのか彼女の言葉に反応する者はいない。
先ほどまで号泣していたマリクですら、涙でぐしゃぐしゃにした顔をあげ、ルノの消えた宙をただ茫然と眺めていた。
しばらくしてようやく慚愧が平静を取り戻したのか、隣にいたオーキュロームに問いかける。
「今の光、見間違いなんておちじゃないよな?」
「この場にいるみんなが目撃してるはずだ。それはあり得ないんじゃないか。」
「この場にいる、みんな・・・」
慚愧がオーキュロームの言葉を反芻し、何か思案する。
一秒にも満たない思考時間だったが、慚愧は即座に小柄な体躯からは想像できない程の力でセントール種の中でも特に大型なオーキュロームを蹴り飛ばす。
その突然の攻撃に吹き飛ばされるものの、咄嗟に防御姿勢をとっていたオーキュロームは吹き飛ばされた先で埃を散らしながらも慚愧に抗議する。
「おい、慚愧!いきなり何をするん・・・だ・・・」
しかし抗議する彼女の声は、自分が先ほどまで立っていた地点を見たことで、尻すぼみに小さくなった。
なぜなら彼女が先ほどまで立っていた場所は無数の槍が突き刺さっていたのだ。
誰がこんなことをしたのか。
そしてなぜ慚愧はこの攻撃に気がついたのかと疑問が浮かぶがその答えはすぐに判明する。
甘ったるい声が礼拝堂内に響き渡ることで。
「あぁ〜あぁ。外れちゃったぁ。せぇっかくいい目が出たのに。
慚愧ぃ邪魔しなでよぉ。相手なら後でしてあげるからさぁ。」
声の発信源であるオーフィリアに視線が集まる。
オーフィリアの影から180cm~190cmはありそうなアンティークの時計が出現していた。
その時計にオーフィリアはもたれかかりながら、慚愧に文句を飛ばす。
仲間を攻撃したことへの謝罪はない。
攻撃が当たらなかったことを安堵するわけでもなく、むしろ残念がっていた。
その様子にようやく状況が飲み込めた慚愧、オーキュローム、シャナはオーフィリアに警戒をする。しかしその一方でマリクとローチェはまだ茫然とルノのいた宙を茫然と眺めており、翁も変わらず頭を抱えて小刻みに震えている。
「もぉ〜せっかぁく攻撃を無効にしちゃう邪魔なオーキュロームから消そうと思ったぁのに〜。相手なら後でしてあげるからぁ。」
警戒する3人にそう告げるオーフィリア。
「ルノがつけた糸はどうした?」
「ん?わかんなぁ〜い。ルノと一緒に?消えちゃったぁ。
あの子ほぉーんとーにめんどうだったから私としてはうれしぃんだけどー、引っかかることもあるのよねぇ〜。だから早くルノを探して殺したいから〜オーキュローム、シャナ、ローチェも殺させてよぉ〜。」
慚愧の問いにオーフィリアはわからないと返す。
「俺はいいのか?」
「ん〜闘いたいけど〜レイ様の配下だし〜傷つけるのはレイ様に申し訳ないなぁ〜って。」
「随分と舐めたこと言ってくれるじゃないか。それにどうしてその4人なんだ?ここにはマリクも翁もいるぞ?」
「だぁって〜ここにいるメスども揃いも揃ってみぃ〜んなレイ様に惚れてるじゃん〜。確かにレイ様はカッコぉいいけどぉ、私ひとりいれば他にはいらなくないかなぁ〜って思うのぉ。
ずっと殺したかったんだけどぉレイ様が見てたしぃ。
だから殺るなら今がチャンスかなぁ〜って。ルノも消えたしぃ。」
オーフィリアのとんでもない言葉に慚愧は表情を曇らす。
しかし臨戦体制に入っていたシャナとオーキュロームは顔を真っ赤にして何か叫んでいる。
そこに我に返ったローチェも全力で首を振っていた。
その様子に戦意を削がれそうになる慚愧だが、オーフィリアが時計を動かす瞬間を見逃すことはなかった。
オーフィリアの視線が自身の影から伸びる時計に向いた一瞬を見計らい、攻撃を仕掛ける。
「指揮権限を使用し、命令します!!!」
慚愧の突貫と共にいつの間にか講壇に再び立っていたマリクが左手を掲げ、礼拝堂にいる皆に聞こえるように声をあげる。
その様子を見た慚愧は急停止し、攻撃をやめる。
オーフィリアもゲンナリした表情になり、時計を影の中にしまう。
「指揮者権限を使用し、オーフィリア=キングスレーに命じます。
レイ様が戻るまでの間、揺曳の間からの外出を禁じます。」
マリクが宣言すると左手に記されていた紋様が輝く。
その途端にオーフィリアの背後に鋼鉄の両開き扉が出現し、彼女の手足を鎖で拘束する。
オーフィリアは抵抗することなく、「つまぁんなぁ〜い」と呟きながら、扉の中から現れた鎖に引き摺られて礼拝堂から姿を消した。
両開きの扉はオーフィリアを引き摺り込むとミシミシと音を立てながらゆっくり閉じていく。
完全に扉が閉じ、この場から消えたことで慚愧もようやく一息つけた。
「マリク、正気に戻ったのか。」
「はい、慚愧様。先ほどはお見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。」
「いや、構わない。
あのまま戦っていたら本当に面倒なことになっていたからな。助かる。」
「そうですね。七冥王であるとともにあの方々はレイ様の皇后候補でもあられます。
そんな方々がレイ様を求めて殺りあったなど、レイ様の耳に入って仕舞えば、お優しいレイ様のことです。きっとお心を痛めてしまうでしょう。それにそもそもここにいる全てはレイ様のものです。レイ様を独占しようなど不敬です。そうならないためにも今の命令は指揮を預かるものとして当然の行動です。」
どこか話が食い違っているような気がしながら、慚愧はマリクの言を訂正しない。
断じて面倒臭かったと言うわけではない。
ただマリクの言うことも一理あると思っただけのことだった。
それに今はマリクとオーフィリアの暴挙について話し合っている場合ではなかった。
監禁したオーフィリアと後方に控えているハファザを除いた6人は話し合う。
「それで、ルノが消えた現象についてだが、心当たりのある者は?」
「明確に断言はできませんが、」
「おい、いいのか?翁のやつはまだ頭を抱えているぞ?」
マリクが話そうとしたタイミングでオーキュロームの声が重なる。
マリクはオーキュロームの指摘した方向に、顔をむけ、翁を見る。
そしてため息をつく。
「老公、もう芝居はおやめになっては?
いいかげんほんとに耄碌されたのかと心配になってしまいます。」
「言ってくれるじゃないか、小童。」
声をかけられた翁は震えを止め顔をあげる。
いつ見ても気味の悪い醜悪な笑みを浮かべていた。
「せっかく汝等が潰しあってくれると思って見ておったんじゃがな。
いらぬ邪魔をしおって、狂信者めが。」
「そんなことよりも今は一筋の光明がさしたのです。
そちらについて話し合いませんか?」
「なんじゃ?あの森娘が消えたことの何が光明だと?」
「老公もその笑顔。分かっておいでじゃないですか。」
マリクは狂信者特有の薄っぺらい笑みを浮かべる。
翁は怪訝そうにマリクを見るが彼はその翁には対応せず、他の4人を見て悠然と話し始める。
「みなさん。私たちは感じた喪失感の大きさから、レイ様を失ったかもしれないと考えておりました。いえ、失ったではありませんね。レイ様から捨てられてしまったのだと思ったのです。」
マリクは他の者たちからの避難めいた視線にも臆せず、より作り込みの感じられない満面の笑みを深める。
「出なければ説明できなかったではありませんか?
レイ様は文武ともに非常に優れたお方でした。
とても誰かに殺されたなど考えられません。
そしてレイ様はまだお若いです。
それゆえに老衰なんて論外です。
そもそも種族的に老衰なんて有り得るのか疑問ですが。。。
その結果から、私たちはこう考えてしまった。
私たちはレイ様に捨てられてしまった。と。
そんなこと考えていないなんて否定はさせません。
それは考えていなかったのではなく、現実から目を背けていただけなので。
しかし結果はどちらも違うかもしれない。」
痛いところを指摘されて沈む彼らの表情に変化が起きる。
マリクの言っている意味がまだみんなはっきりと理解出来なかった。
そんなみんなの納得などお構いなくマリクは話を進める。
「今し方の出来事を思い出して見てください。
ヴィネマイが謎の光に包まれて姿を消しました。
キングスレイ様の暴挙が先立ってしまい、感じにくかったかもしれません。
それにこの間ほどでもないです。しかしそれでも私たちは外傷のない損傷を負いませんでしたか?」
マリクのその問いにローチェが深く首肯する。
「確かに、私今すごく悲しい。」
「他の皆様もローチェ様ほどではないにしろ感じているのではないですか?
そして私の考えでは今ローチェ様の様子で確信に変わりました。
レイ様を失った喪失感は、私たち配下にとって計り知れない悲しみとなって押し寄せてきました。しかしルノは?確かに悲しみを感じます。しかしレイ様の時ほどではありません。
しかしローチェ様は悲しんでおられる。
つまりこの光に包まれ消えた方と関係が深いほど大きな喪失感に襲われる可能性がありませんか?
そしてルノの様子から見てこの光は自分の意志で出せる類のものではありません。
そうなれば考えられる可能性としては2つ。
1つ。レイ様は今と同じ光に包まれどこか別の場所に連れて行かれてしまった。
2つ。レイ様に何かあり、私たち配下が必要となり、召喚する能力を身につけられた。そしてレイ様の元まで私たちを呼んでくださっている。
こうは考えられませんか?」
マリクの言ったことを皆が黙って吟味する。
「確かにルノが消えた時に受けた喪失感はレイ様が姿を消してから受けた痛みと通ずるところがある。でも、マリク。謎の光が2人を連れ去ってしまった可能性は考えられるが、2つめのレイ様が何かしらの手段でルノを呼んだのは少しお前の希望が混ざっていないか?
それに言いたくはないが、2人がその光でどこかに連れ去られた可能性よりももっと考えられることがないか?」
じっくり考えた上でオーキュロームがマリクの発言の問題点を指摘する。
「確かにオーキュローム様のお考えもわかります。
しかし今は、レイ様の意志で私たちから離れられた可能性がなくなっただけでも私は嬉しいのです。それにレイ様と同じ場所に行けるのならどういった形でも私には関係ありません。生きていようが死んでいようがレイ様に付き従うのみです。」
マリクの意見に納得し、頷くオーキュローム。
ローチェも首を縦に振って首肯する。
「それならこれからどうするんだ?」
シャナは先ほどの勢いある荒々しい口調はなりを顰め、顔を俯かせながらマリクに尋ねる。
「ルノが消えたのは私たちの意思ではありません。
それなら考えられるは天の意志、もしくはレイ様の意志によるものです。
そして我々にとって天の意志はレイ様の意志です。
レイ様のために私たちが出来ることはメギド国の維持になります。
レイ様がお姿を消して1ヶ月してルノも姿を消しました。
希望的な考えですが、1ヶ月後に何か起きるかもしれません。
今はそんな希望を糧にするのではダメでしょうか?」
マリクの言葉を聞いたシャナは集団から離れる。
1人離れて長椅子に腰掛ける。
右手でペンダントを握りしめ何かをつぶやく。
その呟きを耳にしたものはいない。
シャナが話し合いの場から離れ、皆黙る。
マリクの言葉を真剣に考えているようだった。
「マリク、結局今は何もわからないってことでいいんだな?」
「いいえ、慚愧様。確かにどうしてレイ様が姿を消されたのか、そして今になってルノがなぜ消えたのかはわかりません。しかし私たちはレイ様の意思で見捨てられた可能性は限りなく低くなったのです。
これ以上に喜ばしいことなど、レイ様がメギド慰霊国にお戻りになられること以外にありましょうか?」
尻上がりで興奮していくマリクの言葉。
それを聞き、皆が納得したことで今日の集まりはお開きになった。
余談ではあるが、ローチェが壊された床を懸命に修理していたのはまた別のお話。
ありがとうございます。
昼夜逆転気味な生活になりつつある今を変えたいです。
次回更新は5/4or5/5を想定しております。




