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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
65/198

65.愛しのNPC配下たちは(前)

よろしくお願いします。


統一歴XXXX年XX月XX日X曜日。

メギド慰霊国、国民全体が一斉に謎の喪失感に襲われた。

国民にはその喪失感の正体が分からなかった。

喪失感を感じつつも彼らはそのままいつもの決められた日常に戻って行った。

しかしただの喪失感で済ませられなかった者たちもいる。


あの喪失感から1ヶ月後


メギド慰霊国 慰霊教会 <慈天の間>


「ローチェ様!緊急事態です!至急お戻りください!」


広い礼拝堂の中に男の声が木霊する。

男は地面に膝をつく。

白と黒の4枚ある翼はどれも元気なく萎れている。

さらに頭を床に擦り付け、組んでいた両手を掲げたまま男は目の前に鎮座する巨大な仏像に懇願している。

一見、切羽詰まった男が神的存在に縋っているようにも見える。

そんなヒステリックな男の声、礼拝堂の中心に鎮座する巨大な仏像。


「マリク、静かに。

それと、ローチェも変身を解いてこっちに来てくれないか。」


遅れてやってきた和服姿の小柄な男性が、先に礼拝堂に来て騒いでいた男を嗜める。

その言葉に反応したのはその男と、もう一人。

先ほどから男が懇願している巨大な仏像だった。

仏像はグニャグニャと形を崩し始め、次第に仏のフォルムから遠ざかっていく。

サイズも段々と小さくなり、最終的に黒いローブを羽織った小柄な少女になってしまった。


「どうしたの?慚愧。」


その少女が和服男性の元までタッタッタというようなテンポで駆け寄り疑問を投げる。


「マリクが指揮権を使い、緊急招集をかけたんだ。

もうすぐここに他の奴らも来る。」


「え・・・また?」

慚愧という男が少女にそう説明すると、可愛らしい顔を歪め、嫌悪感を露わにする。


「まぁね。でもマリクがまた不穏なこと言い出したからな、俺が許可した。」


しかし慚愧はそんなローチェの嫌悪感を気にすることなく話を続ける。


「不穏なこと?」


ローチェはローブで見えないながら首を傾け疑問を体で表現する。

しかし慚愧はその問いには皆が集まってから言うと一言告げ、腕を組みその場に佇む。


「ザ・フームは呼ぶ?」


「いや、呼んだのは七冥王たちとマリク、ハファザ、それにルノだけだ。

意思疎通できない奴らを色々と呼んでも厄介になるだけ。収拾がつかなくなる。」


長椅子に腰掛けたローチェと、腕を組み仁王立ちしていた慚愧の元に再びヒステリックな男の声が聞こえる。


「あぁローチェ様!!!」


頭を地面に擦り付けていたこの男、マリクはローチェの変身が解かれたことに今気づいたようで、二人の元に寄ってくる。


「マリク、どうしたの?」


「それが、それが、おお!!!」


何があったのか聞かれ、嘆いていたマリクは突然黙り、無表情になると、ローチェから視線を外し先ほどまでローチェが仏の姿で鎮座していた方を向く。


そこには何もない。


しかし次の瞬間何もなかった空間に切れ目が入り、徐々にその時空の切れ目が広がる。

その中から軍服姿の女性と杖をついている翁が現れた。

この二人が現れた瞬間、礼拝堂の空気が一変した。

先ほどまで、礼拝堂に仏というアンバランスさに神々しさを感じられたこの場所が戦場のように殺伐とした雰囲気を帯び始めていた。


「慚愧、今度は何の用だ?」


姿を現した途端、軍服の女が荒々しい口調で慚愧に問いかける。

しかし慚愧はローチェに伝えたように皆が揃ったら話すと言いうだけで全く口を開こうとはしない。

その様子に軍服の女は舌打ちをしながらもあっさりと引き下がる。

集団からは距離を少しあけ、左肩に下げていた銃剣を下ろし礼拝堂の長椅子に腰掛ける。


軍服の女は慚愧の意見に悪態をつきつつも一応の理解は示したが、翁は違っていた。


「おい、若造。はよう話さんか。下らない理由じゃったら殺すぞ。」


杖をつきながら慚愧に近づく翁。

一見、翁は好好爺然としている様に感じるが、その身から漏れ出る悪意は凄まじい。

翁の様子を見ればすぐ、この礼拝堂の雰囲気を変えたのがこの翁だということがわかる。

それでもやはり慚愧は泰然とその場に立ち、翁に何か言うことはなかった。

翁はその様子に別の笑みを深め、一歩前に進み出る。


その一歩は慚愧の間合い丁度だった。

慚愧はここで初めて閉じていた目を開く。

翁は醜悪な笑みを浮かべて一歩、また一歩と近づいていく。

もう一歩、翁が踏み込めば戦闘が開始される。


そんなタイミングだった。


一発の銃弾が上空に向かって発射される。

礼拝堂の天井は先が見えないくらい高く、弾が当たった様子はない。

銃口から出ていた硝煙が消えたくらいにカラの薬莢が礼拝堂内にカランと音をたて転がり落ちる。

皆の視線がその銃声の発信源と思われる軍服の女に向けられる。

その視線を軍服の女はさほど気にした様子もなく、タバコを蒸しながら、面倒臭そうに翁を訓告する。


「少しくらい黙ってらんねぇのか?」


「なんじゃ小娘。貴様から殺されたいか?」


年下の小娘に注意されたのが気に食わなかったのか、今度は慚愧ではなく軍服の女に照準を変える翁。


「うるせぇ。元から戦う気ないくせに殺気出してんじゃねぇよ。気持ち悪りぃな」


その言葉で今度は軍服の女と翁が一触即発の空気になる。

しかしここにいる面々は何も口を出さない。


意図してなのかは分からないが、その一触即発の空気は外部からの乱入者によってまたしても霧散させられる。

2人よりもより強烈で粘着質な悪意によって。


「なあぁに?誰と誰が殺りあっているのぉ?

いいなぁ。わぁたしも混ぜて〜

ねぇルノ〜?これ解いてぇ〜私もイキたい〜」


先ほど軍服の女と翁が現れた空間が再び歪み、そこからからまた二人、現れる。

1人はこの空気の元凶であり、誰が聞いても不快さを感じる甘ったるい声の主であるゴスロリ姿の女性。

もう1人はそのゴスロリ女の半歩後ろに控えている目つきの鋭い褐色肌の少女だ。


「おい、オーフィリアなんだその糸?」


この凄まじい空気には誰も言及せず、軍服の女がゴスロリ服の女の両目、両手を縛っている糸に興味を持つ。


「あぁ、その声はシャナァ?久しぶりだね〜。さっきの楽しそうな空気はシャナ?と誰ぇ?」


「相変わらず話の通じねぇ女だな。

おい、ルノ。その糸お前のだよな。なんでオーフィリアの両手、両目を縛ってるんだ?」


会話が成立しないと思った軍服の女、シャナはオーフィリア半歩後ろにいる褐色肌の少女ルノに話しかける。


「慚愧様にそう命じられました。」


褐色肌の少女、ルノは一言だけ説明する。


「お前も相変わらずだな。

聞いたことは返さねぇオーフィリア。

聞いたことしか返さねぇルノ。

まぁまだルノの方がマシか。

それで?慚愧、なんでそんな指示したんだ?」


「今の様子から見てもわかるだろ。

絶対に俺らを見たらあの女は問答無用で攻撃してくる。」


シャナはオーフィリアが攻撃してくる様子が想像できたのかゲンナリとした表情を浮かべる。


「え?うわぁもしぁして慚愧もいるのぉ?わぁもしかしてシャナと慚愧の喧嘩ぁ?いいないいな私も混ざりたぁ〜い。」


「ほらな。」


慚愧はしたり顔とうんざりした表情をうまく合わせた顔を浮かべる。


「ヒッヒッヒ。ワシも興醒めさせられたわ。」


その殺る気全開の姿に、先ほどまで殺気を垂れ流していた翁ですらオーフィリアの様子に気勢を削がれている。


しかし翁が声を出してしまったことでさらにオーフィリアの殺る気は上がってしまったようで、今日一番の圧迫感が彼女から溢れ出す。

流石にこの圧力を無視することができなかったのか、慚愧、シャナ、翁はオーフィリアの間合いから飛び退る。

オーフィリアは現在、両手、両目をルノの糸で縛られているため動き出しはしない。

しかしオーフィリアという怪物を知る彼らからしたらそんな糸、あってもなんの意味ないものだと理解している。そのため4者間には今日一番の緊張感が生じる。


「おい、慚愧。猖佯のやつ暴れ回って全く話が通じなかったぞ。」


そんな膠着状態を変えたのはまたしてもこの場にいない者の登場によってだった。


「やはりそうか。わざわざすまないな、オーキュローム。」


慚愧は臨戦態勢を解き、今この場に現れたオーキュロームという女性に礼を告げる。

そのオーキュロームという名前を聞いた途端に、この場の面々の戦意は薄れていく。

最もその戦意を落としたのが、今まで一番殺る気のあったオーフィリアだけに部外者がその様子を見たら驚くに違いない。


「えぇ〜オーキュロームもきたのぉ?つまんなぁいな〜。」


「来て早々ひどい言われ様じゃないか。なんで私が来るとオーフィリアのテンションが下がるんだ?」


出会って早々のひどい言われようにオーキュロームが嘆息する。


「ダァってぇ、オーキュロームって攻撃されるの大好きだから殴っても全然反撃してこなぁいしぃ、みんなの受けるダメーじもぜんぇんぶ取っちゃう欲張りさんなんだも〜ん。」


「そんな私をダメージを受けるのが好きな変態扱いをするな!

それに私が防御特化なのもセントールとしての種族ゆえだ。

別に誰彼構わず攻撃されたいわけではないぞ。私が攻撃されたいのは・・・」


「とりあえず、全員集まったことだし、マリクに話してもらおうか。」


慚愧は後半、顔を赤らめ4本足をモジモジさせながら何かを言おうとするオーキュロームの言を遮りここに集まった目的を果たそうとする。


「慚愧、ハファザは?」


4者間の殺り合いから距離を置いていたローチェが尋ねる。


「彼なら最初からここにいるよ。

左奥の長椅子に座って、俺らの会話一言一句記録している。」


「そっか。」


ハファザがいることを確認したローチェは再びこの場にいるのを忘れてしまうほどに気配を薄くし、皆の話に聞き耳を立てることにした。


「それではお忙しい皆様にわざわざ集まってもらって恐縮なのですが、私から少し話をさせてください。」

戦いは静観していたマリクが、いつの間にか聖堂手前の講壇に立ち、集まった者たちを見渡している。


ここに集まったのは<七冥王>である『慚愧』『ローチェ』『シャナ』『翁』『オーフィリア』『オーキュローム』、そして『ルノ』『ハファザ』。それに加え今講壇にいる『マリク』を含め9人。


「猖佯様には後で私がお話できる状態か確認に行って参ります。

それで今回集まっていただいた本題なのですが、私の敬愛する主、レイ様がお隠れになられた可能性について皆様の意見をお聞きしたいのです・・・が・・・」


マリクがレイの話を出した途端に、ここにいる面々の表情は固くなる。

死んだかもしれないとマリクが口にした瞬間に、彼は無数の殺意に当てられる。


「マリク、お隠れといったか?」


シャナや翁の威圧にもどこ吹く風といった様子で流していた慚愧が目の色を変えてマリクの言葉を遮った。


「可能性の話です。

確かに今までレイ様は何度か姿をお見せにならないこともありました。

しかし今まで、これほど長い間、我々が放って置かれたことはありましたか?」


「ヒッヒッヒ。小童。さっきから黙って聞いておれば、ワシらがお館様から見捨てられたとでも吐かすつもりか?」


「わかりません。しかし私としてはレイ様がお亡くなりになることなど考えられないのです。実力は言うまでもなく、ご年齢的にも。だから皆様にレイ様がお隠れになられる可能性をお聞きしたいのです。」


「たぁしかぁに〜。レイ様が敵に負けて死ぬなんて〜考えられないわぁ〜

でもぉそおなるとぉほぉんとおに〜私たち〜見捨てられちゃったのかもねぇ〜?」


オーフィリアだけは周りの面々と異なり、先ほどと同じような飄々とした態度を崩さない。


「お隠れになられてないから、ワシらは捨てられたと?」


「他に何か考えられますか?老公。

あの日感じた痛みは紛れもなく事実だったのです。」


マリクは以前も今日のように慰霊教会内のメンバーを集めて話し合いをした。

その内容は突如感じた胸の痛みについて。

何もダメージを受けておらず外傷もない。

けれどメギド国のものが皆同じタイミングで受けた痛み。

そしてそれからレイは姿を見せなくなった。

それゆえ、あの痛みはレイとの決別であり、マリクはレイに捨てられたのではないかとこの1ヶ月で思う様になっていた。

そして今日その答えが欲しくて、また皆を集めていた。


「何いってんだ、そこのクソ信者。レイ様が私らを見捨てるなんてある訳ないだろ?」


「ではどうしてレイ様は我々の前に姿をお見せになってくれないのでしょうか。

あなたなら分かると言うのですか、シャナ様?」


「知るか。レイ様が取った行動だ。間違っているわけがねぇし、死んでいるなんてありえねぇ。それなら何か理由があるに決まってんだろ。レイ様をバカにするのもいい加減にしろよ、エセ信者。」


「私のレイ様に対する忠誠を疑われますか?それはたとえあなた様がレイ様から<七冥王>の地位を授けられているとしても許せませんよ?」


「あ?だったらなんだ?レイ様の死を勝手に想像してこの後の話をしようとしているお前に忠誠心なんてあんのか?」


その言葉がマリクの逆鱗に触れたのか、マリクは激情を曝け出す。

その姿からは常に冷静で、敬虔なレイの信徒といった様子は見られず、ただ親に見捨てられ泣きじゃくる幼子にしか見えない。


「ならばなぜ!あの時、行動を起こさなかったのです?!

レイ様が姿を消したあの日。

あの日に痛みの原因に気づけていながら、私たちは何も行動を起こしませんでした。

あの日に、もし行動を起こしていれば現状は変わったかもしれません。

それなのに、レイ様が信頼し、認めた七冥王ともあろうあなた方がレイ様を探すどころか、現時点でレイ様に捨てられた可能性すら直視できていない。

ただ漫然と日々を繰り返しているなんて信じられません!!!」


マリクの怒りは次第に悲痛な叫びに変化しており、それに呼応するかのように礼拝堂にいる皆の表情も変化していく。

慚愧とオーキュローム、シャナは悔しげに表情を歪め、翁は頭を抱えて震えている。

飄々と話していたオーフィリアも何を感じたのか本当に珍しく無表情で、ローブで頭まですっぽり覆われているローチェの表情は確認できないが隣でルノがローブの背を摩っていた。


マリクは皆もまた自分と同じ痛みを負っていることを思い出したため一言詫びを入れた後、気落ちした様子で話を続ける。


「私たちはあの日にレイ様の捜索隊を組んだりして何か行動を起こすべきでした。

しかし事はもう後の祭り。

こうなれば私たちは今後のことを考えなくてはならないのでしょうか?」


「今後のこと?」


「はい。レイ様直々に生み出された方々には関係のないことかもしれませんが、私のようにレイ様に救われ、レイ様の力に、レイ様の知略に惚れ、私の力を使って欲しくて、忠誠を誓った者もいるでしょう。

それゆえレイ様に生み出された者以外は、元を辿れば私たちには元いた場所があります。」


「おい、マリク。まさかそこに戻るなんて言うのか!?」


「いえ、違います。私の忠誠は一生レイ様に、そしてレイ様の国、メギド慰霊国にございます、オーキュローム様。ただ、私たちはレイ様と出会った場所がそれぞれにございます。

その場所にレイ様の影を求めに動いてはいけないでしょうか。レイ様からこの場の指揮権をいただいておりながら、身勝手な振る舞いをしてしまいます。ですが、私は僅かな希望に縋って、何かレイ様につながる行動をしていないと気がおかしくなってしまうのです!!!」


マリクはついに講壇から崩れ落ち、号泣していた。

狂信者らしい様子といえばそうだが、少なからず皆同じ気持ちだったため、立ち上がりマリクを糾弾しようとしていたオーキュロームだけでなく皆がマリクの様子に言葉を失っていた。


そんな時だった。


「え・・・?」

シャナに話しかけられた時以外、この場で言葉を発していなかったルノの声がやけに鮮明に響く。いつも無表情でクールな印象の強いルノにしてはかなり間の抜けた声だった。

突如、彼女の体は淡い光に包まれ、体は浮遊する。

隣にいるローチェが上をむき、ローブの中の涙顔を晒してしまうほどにルノの体は浮いていた。

そして困惑する皆をよそに、次の瞬間彼女の体は消えていた。


再び皆にわずかばかりの喪失感を与えて、ルノ・ヴィネマイは姿を消した。


ようやく、大好きな彼らを登場させることが出来ました。

今回も読んでいただきありがとうございました。


ゴールデンウィーク中には(後)を投稿します。


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