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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
64/198

64.見え隠れする思惑

よろしくお願いします。


アウグスはゆっくりと立ち上がると、ウギルトルガの彫像のさらに奥へ進んでゆく。

てっきりその彫像が置いてある場所が、教会の突き当たり部分だと思っていたため、驚きを感じたレイはアウグスについていくのが一瞬遅れる。

ウギルトルガの彫像の裏には何もなかった。

レイの背が高いことに加えアウグスとの距離が空いていたために前方には壁しかないことをしっかり視認していた。

それなのにアウグスが近づくことでその壁に長方形状に魔法陣が浮き上がり、扉が出現した。


「人種以外、どの教会に置いてあると言っても魔法器であることには変わりありませんので。盗まれたり破壊されたりしないように幾重にも仕掛けが施されているのです。」


扉の魔法陣に感心しているレイに対してアウグスが笑って話す。

扉の先は細長い一本の廊下が続いていた。

その狭い廊下をレイが先頭になりながら進む。


「この通路突き当たり、扉の奥にある部屋に恩恵(ギフト)を調べる魔法器『シグナートス』は設置されています。シグナートスは同室空間内に人が二人以上いると反応しない仕組みになっております。私は扉の前でお待ちしておりますので、お一人でご確認なさって来てください。

使い方に関しては触れればわかるようになっています。」


アウグスの説明を聞き終わったちょうどのタイミングで通路の終わりは見えた。

扉に関しては先ほど魔法で隠されていた入り口を見た時のような驚きはなく、ただただ普通の木製扉だった。

レイは後ろのアウグスに振り返り、一礼したのちに扉のノブに手をかけた。

扉を押して開くと中の様子が少しずつ視界に入ってくる。


バチッ!!!


部屋に足を踏み入れた瞬間何かが弾ける音が聞こえる。

その音に警戒心を高め辺りを見渡す。

しかし何もおかしいことは起きていない。


部屋は円形の作りになっている。

そしてその円形の空間に沿って、一定の間隔で地面に円が描かれている。

その中には見たことのない文字のような記号のような、意味を持っているのかすら判断のつけられない印が円内に書かれていた。

円は部屋の中心に向かって徐々に小さくなっていき、部屋の中央、最も小さい円の中には記号の代わりに石材の支柱が設置されている。そしてその上にはバレーボールくらいの水晶が置かれており、そのガラス玉は薄黒く、中が見えそうで見えないという絶妙な加減をしていた。


レイはなぜかその水晶がアウグスの言っていた『シグナートス』であると思った。


部屋の中に入り記号を視認した瞬間にその記号は時計回り、反時計回りに交互に回転し始める。

円、全てが回りだし、文字列を識別できなくなる。円を形作る黒い線とその中の記号が回転によりグチャグチャに見え、最終的に地面は真っ黒い渦が蠢いているかのような状態になる。

気持ち悪いと思いながらも大した警戒心を抱くことはなかった。

ただ気持ち悪いエフェクトが発生するのなら事前に教えてくれてもいいのにと扉の外にいるであろうアウグスに対して思う。

そして何も疑うことなく水晶の元までゆっくり進む。


水晶の元まではあっさりたどり着いた。

結局渦が突然襲いかかってくるようなこともなく、ただただ今もグルグルと回っている。

水晶を支えている支柱はレイの腰ほどの高さまであり、水晶に手を置くのにちょうどいい高さをしており、自然とレイの手は水晶に伸びる。

すると眼前に自分のステタースがプロジェクターで画像を映し出す時のように表示される。


名前 who(郢ァ?ィ郢ァ?キ郢ァ?ェ郢??郢ァ?ケ郢晏現ホ晉ケ晢スォ郢ァ?「郢晏?繝イ」)

性別 1

種族 陷エ貅ス?・

レベル 200

称号 覇王(鬯イ逧ョ蝴願叉?鮟?クコ?ョ驍?距蜊?騾橸スエ邵コ?ョ鬯イ逧ョ隕)


情報量は膨大で一画面では収まらないため次ページが存在するようだ。丁寧に右下には1/∞とページ数が表示されている。自分の名前すらきちんと表示されていないこの魔法器に不安を感じながら、本題であった「恩恵(ギフト)」の欄を探すためページをめくる。

カーソルが表示されないため、ステタースを確認するように腕を宙で振ってみる。しかしステタース画面に変化はない。他に思いつく手段がないため、じっとステタース画面の中心に意識を集中させてみる。

意識を集中させるとカーソルのようなものが現れ、それと同時に自分のステタース欄にかぶさるように表示されるものがあった。


―警告―

他ページをご覧いただくには当人様である確認が必要になります。

つきましては確認するために、こちらのデータを本部に送らせていただきますがよろしいでしょうか?

YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/ YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/ YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/ YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/YES/ YES/YES/YES/YES/ YES/YES/ YES/YES/ YES/YES/ YES/YES/ YES/YES/YES/YES/


「うわっ!」

ずらっと並べられた「Y E S」に驚き水晶から手を離してしまった。


「一体今のは・・・?

18禁の警告文的なやつだったけど、こう言う時ってYES/NOの二択じゃ?

選択肢多そうに見えて、ただ単に一択。怖くて鳥肌立った・・・

それに一ページ目から既に文字化けしていたし。

ページ数やけに多かったし。」


突然現れたY E Sの恐怖を紛らわすために必死にぶつぶつと他の現象にツッコミを入れる。

どうにか冷静になれたが、今度は冷静すぎる故に今の状況の歪さが際立ってくる。


部屋に入った時の謎の音。

部屋に入ってから動き出した謎の円と記号。

水晶に手を触れた途端に表示されるステタース。

そして最後にその個人情報を“本部”に送るシステム。


明らかに個人のステタースを覗き見ようとしている何者かがいる。

レイは水晶が魔法器だと考えたが、それは何故か。

魔法器に該当するものがこの部屋には水晶しか無かったからなのか。

魔法器だとレイに思い込ませる魔法がこの部屋に術式として組み込まれていたのではないのか。そうでなければあれだけ変な術式が刻まれた部屋を魔法器だと思ってもいいのではないか。


仮に、今もレイの足元でグルグルと回る記号がその術式だとするならば、部屋に入った時になった音にも見当がつく。


『黒狐の仮面』


このアイテムには幻惑への耐性がある。

実際この部屋に入った時、何かを弾いた音が聞こえた。

部屋に入った時のあの音が催眠を弾いた効果音のようなものだったとしたら納得もできる。

しかし実際に水晶が魔法器であるとなんとなく感じたということは既に魔法の効果を受けていたことになる。

だが、黒狐の仮面は幻惑に対しての効果があるし、魔法を弾き返したような音も聞いている。


もしかしたらこの部屋にはいくつもの催眠、幻惑に関する術式が組み込まれているのかもしれないとレイは考えた。

それなら部屋に入った時に幻惑を弾き返した音と、水晶を魔法器だと思い込まされた話の食い違いも説明できる。

部屋に入った時に受けた誘因は仮面に引っかかるようなものだった。

しかし水晶を魔法器だと思い込むという、多少の意志の方向付けだと仮面は幻惑だと判断せず、そのまま効果を受けてしまうのかもしれない。

効果が微弱すぎるが故に黒狐の仮面ですら察知できなかった。


水晶が魔法器ならば、こんな部屋を作らずにただ水晶を触らせればいいだけだ。

恩恵(ギフト)を知るために水晶に触れた時点で目的は達成される。

この部屋の形、床に描かれた模様、そして水晶全てに意味があると考えるなら水晶は個人のステタースを映し出すもので、この部屋は催眠を誘発させる装置といったところなのだろうか。


ステタースを見るならば水晶があれば問題はないはず。

それなら一体何の催眠をかける目的があるのか。


水晶から映し出されるステタースは自分のもの。

これを相手に見せるには当人の同意が必要。

それをどうにかして無断で見るために「YES」を決定するような催眠をこの部屋にかけているとしたら、恩恵(ギフト)を持っているものを探している何者かがいるということなのだろうか。

それとも純粋に強いステタースを警戒、もしくは陣営に取り込みたい何者かがいるのか。


わからない。


今の段階では得られた情報が少なすぎるためにレイは背後に潜むものについて考えることをやめた。


今はそれよりもはっきりさせたいことがある。


アウグスは何か知っていたのか?


レイ個人としてはアウグスが何か知っていたとは思えない。

この水晶を触れた時にみた、“本部”がオセアニア評議国の中枢をさすのなら確かにアウグスもなにか関わっている可能性はある。

しかし、竜人冒険者ギルドの資料を確認した限り恩恵(ギフト)を知るための魔法器はどこの教会にも(人種以外の)設置されているという。

それに貴重な人材のデータを発見できる教会という場所を、年老いた司教1人で管理させるのだろうか。

ただ、他種族の教会にある魔法器が全くの別物なら疑惑は確信に変わり、アウグスを糾弾しなければならなくなる。


色々と思考を巡らせた結果、これ以上この魔法器に触れることはやめておく事にした。

それにレイは今の方法から恩恵(ギフト)を知る別の手段を思いついた。

レイは未だグルグルと回り続ける渦から抜け、扉を開いて外に出た。


狭い一本道にはアウグスがおり、レイの戻りをじっと待っていた。


「お疲れ様です。どうでしたか?」


アウグスの穏やかな口調からは先ほどの部屋の仕組みを知っていたようにはとてもではないが見えない。レイがアウグスのことを観察しているとアウグスは何かあったのかとレイを心配する。この様子から完全にレイはアウグスを白だと考えた。


「いえ、なんでもありません。

どうやら俺は恩恵(ギフト)を授かっていなかったみたいです。」


「そうですか。それは残念でしたね。

しかし、レイさんの意識がはっきりしていて良かったです。」


アウグスからの一言で払拭されたはずのレイの疑惑がすぐに戻ってくる。


「それは・・・どういう?」


「私は<竜神教>ベニートの司教としてこれまで何度か恩恵(ギフト)の使い方を求めにこられた方々に、今日のように付き添ったことがあるのです。その方々は皆部屋に入るまでは普通なのですが、部屋に入って出てきた時には放心状態になっている方ばかりだったので。

皆、恩恵(ギフト)がないとわかって気を落とされたのかもしれません。」


「なるほど・・。そうだったんですね。

ちなみにアウグスさんは恩恵(ギフト)を調べたことはないんですか?」


「私はありません。

恩恵(ギフト)は人種に与えられるもの。

つまり恩恵(ギフト)を持っているものは人種に近づきつつあるという考えもあるのです。

それゆえに私は幼い時より、仮に恩恵(ギフト)の力に目覚めることがあったとしても使うことを両親から禁じられていました。そうしたことがあってこれまで一度も部屋の中には入ったことがないのです。」


部屋に入ったことがないということを聞いてレイの疑いは今度の今度こそ晴れ、アウグスに礼としてお布施を渡しレイはベニートの借りている宿に戻った。


ありがとうございました。

何もなければ次回更新は29日を予定しております。

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