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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
59/198

59.特別の捉え方

よろしくお願いします。


「それじゃ、これから冒険者ギルドまで行ってくるからここに居てね。

もし新しいお客さんが来たら、私が居ないことを伝えてくれる?」


気の抜けるような返事とともに、サーシャは入り口付近のカウンター席にお気に入りの人形を抱えたまま攀じ登る。

ラールは心配に思いながらも、従業員2人で毎日営業の白山羊亭には他に取れる手段がなかったため仕方がないと割り切り幼い妹に留守番をしてもらう。

急いでギルドに依頼をして帰ってこなければとラールは急いで冒険者ギルドに向かった。


かなりお昼を過ぎているということもあって冒険者ギルド内に人はあまり居なかった。

それでも各列の受付には4、5人は並んでおり、冒険者以外の商人的な格好をしている人から自分のように一般市民の服装をしている者もちらほら見かける。

そんなギルドの様子を確認しながらラールは右から三番目のカウンターに向かう。

受付カウンターは計4つあり、3つには列ができている。しかしラールから見て一番左側には誰1人として並んでいない。

前回来た時は誰も並んでいないということで、ラールはそのカウンターに向かおうとした。しかし、直前で別の列に並んでいた人からカウンターの仕組みについて教えてもらった。


受付利用者から見て右端が低ランク冒険者、その隣が中堅冒険者、そして一番左端が最高位冒険者専用。

なぜか最高位冒険者専用の右隣が冒険者以外の人用の受付になっているらしい。

その説明を聞いたラールは慌てて右から三番目の冒険者の人以外の列に並び直した。


そんな経験をしたため今回はすんなりと自分の列に並び順番を待つ。

順番を待っている間に、昨日考えた依頼内容とその報酬について問題がないか改める。

そして依頼についての要望を再度確かめたことで手持ち無沙汰になったラールは一向に人のこない最高位冒険者専用のカウンターをぼんやりと見ていた。

そこのカウンターに座る受付嬢は同性のラールから見ても目を惹かれるほどに綺麗だった。

年はおそらくラールよりも4、5歳ほど上で大人っぽい色香がある。そんな色香が見え隠れするのにミルキーブロンド色の髪はハーフアップにまとめられており、受付嬢としての清麗さも兼ね備えている。

確かに冒険者ギルドの受付は女性が、それも綺麗な人が多い。

しかしその誰よりもその受付嬢は綺麗だった。

そんな視線をずっとラールが向けていると、その受付嬢がラールを見た。

見ていたことがバレたことでやましい気持ちになったラールは慌てて視線を外した。しかし見返してきた受付嬢が視線を下げたであろうくらいの間を空けてから再び、ラールは受付に目をやる。

なぜか受付嬢はずっとラールを見ていた。

そして再びラールと視線が交差する。

ラールは頭を下げるか、それともまた目を逸らすか悩んだ。

しかしラールが行動を移す前に受付嬢はラールに向かって手招きをしてきた。


ラールは左右を見渡した後、自分自身を指差し、首を傾げる。

そのジェスチャーを見た高ランク冒険者専用のカウンターにいる受付嬢はにこりと微笑む。

自分の行動に何か気を悪くさせたのかと恐れながら受付嬢に近づくと、清麗な見た目とは少し似合わない可愛らしい声が聞こえる。


「もしかして、ラールさんですか?」


名前を知られていたことに驚いたラールは白黒させる。

その様子を見て受付嬢は楽しそうに笑う。


「突然すみません、私ここ冒険者ギルドで高位冒険者の受付業務を担当しています、メルラと申します。」


「いえ、はい。えっと私は、ラールといいます。

どうして私のことをご存知だったのでしょうか?」


「金羊樹ツーメンチの依頼を出して行かれた方ですよね?」


そう言われたことで納得した。

ラールはギルド内で依頼を適正金額よりも低く払う顧客として認識されているのだと考えた。マイナス的な理由から認識されていることが恥ずかしくてこの場から逃げ出したいと思ってしまう。

しかし受付嬢から続けられた言葉で思考が違う方向に進んでいく。


「レイさんが持ってこられた依頼だったのでよく覚えているんです。」


「レイ、さんが?」


「はい。あの時ギルドには金羊樹ツーメンチの捕獲依頼が二件貼り出されていたんです。

その片方の依頼主がラールさんで、レイさんが知人だとおっしゃっていたので。」


「そうだったんですね。

でもレイさんってAランクの冒険者の方だったんですね。全然知りませんでした。」


レイは表に出したくないような暗い過去をラールに対して教えてくれた。

ラールはレイに助けられてばかりだったため、レイの暗い過去を伝えられたことが、自分への信頼と、少しでもその負担を共に背負えたような気がして嬉しかった。

しかしよくよく考えるとレイのこの街に来てからの行動を詳しく知らない。

目的があるとは言っていたがレイがどうして冒険者になったのか。

あれだけ強くてどうしてソロで活動しているのか。

レイの冒険者ランクすら知らなかった。

ラールは少し残念に思いながらも、レイと話したいことがさらに増え、レイの帰還がさらに待ち遠しくなった。


「どうしたんですか、急に笑顔になっていますけど・・・。」


レイのことを考えて無意識のうちに頬が緩んでしまっていたらしい。

そのため、ラールは急いで表情を引き締める。

それでもラールの頭の中ではレイでいっぱいだった。

受付嬢の一言が聞こえるまでは。


「レイさんはS,Aランクの冒険者ではありませんよ。

先日までFランクで、最近Dランクに上がって、今ベニートの方にCランクになるための試験を受けに行っているんですがご存じありませんでしたか?」


「試験があることは聞いていましたが、何ランクかまでは知りませんでした。

ただ、ここが高ランク冒険者の方専用で、出発前にレイさんが昇格試験に行くと言っていたので、てっきりAランクだと思っていました。あれ?でもメルラさんはレイさんの依頼を受注したって仰っていませんでした?メルラさんは日によって担当する受付が変わるんですか?」


「いえ、私はここ数年はずっとここが担当場所です。」


「・・・?」


「レイさんは特別なんです。」


メルラは人差し指を口に軽く当て楽しげに笑う。

その言葉と仕草にラールは後頭部を鈍器で殴られたような衝撃に襲われる。

自分よりも圧倒的に綺麗な人がレイと普通ではない関係であるとはっきりと公言した。

自分でも理解していたはずだった。

レイは強くて、優しくて、それに仮面を外すと多少細身だが顔立ちも整っている。

はっきり言って自分の好みだ。

それに比べて自分は客観的に見てそこそこ顔立ちは整っているとは思うが、大して自慢になるようなものではない。別に権力があるわけでもないし、お金だってない。むしろレイに借金をしているくらいだ。

レイは自分は愛されたことがないと言っていた。

だからラールだけはレイを愛す、逆に言えばラールだけが今のレイを独占していると心のどこかで思っていた。多少の優越感はあったが、それがレイの成長のためにならないと思ってラールは色々行動することをレイに薦めた。

しかしそれはレイの思い違いだと思う。

惚れた欲目を差し引いたとしても、あんなにも素敵な人を誰もが放っておくはずがない。

だからメルラがレイに並々ならぬ感情を抱いていても何もおかしくはない。

むしろ自分なんかよりもよっぽどしっかりしているし、レイと並んで立っても釣り合いが取れている。

それでも2人が並んで歩く姿を想像すると胸が締め付けられる。


レイとメルラが楽しそうに笑っている姿を想像したラールの表情はどんどん暗くなっていく。


「・・・さん、ラールさん、ラールさん。」


知らぬ間に周囲の声をシャットアウトしていたラールは、目の前にいるメルラの声すら何度か呼びかけられるまで気が付かなかった。


「あ、すみません。少し考え事をしちゃっていました。」


「暗い顔をされていましたけどどうかされましたか?」


「いえ、なんでもありません。」


同じ土俵にすら上がれていない気がするが、メルラは謂わばラールの恋敵。

そんな原因である相手に対して、相談なんてできるはずがない。


「そうですか?それならいいんですけど。

それで今日はどう言ったご用件なんですか?

よかったら私がお伺いいたしますよ?」


「え、でもここは高ランク冒険者の方専用なんじゃ・・・」


「ラールさんも特別です。」


その言葉にラールは一瞬、メルラの嗜好について考えを巡らせるが、失礼だと思い即座に考えを止める。


「どうして私が特別なんですか?」


「それはレイさんの知り合いの方だからです。

まぁそれは一応の建前で、この街に今、このカウンターを利用できる冒険者の方が誰もいなくて、それなのにずっと座っていないといけなくて退屈なんです。」


「あの、それってもしかしてレイさんも同じ感じなんですか?」


「ん?そうですよ。

少し前まで、この街にいたAランク冒険者のイーリさんって方がレイさんを紹介してくれたんです。それで、わざわざ列に並ぶのも大変だからということで私が担当することになったんです。」


メルラがレイに対してどう言った感情を抱いているのかもまだわからないのに、ラールは特別の意味が自分の思っていたものと違ったことに安堵する。


「それにしてもレイさんのことになるとよく表情が変化されますね。

もしかしてあれですか?」


受付嬢は変なところに気を回し、好きという言葉を口にしなかった。

そこまで気を回せるのならもう少し婉曲的な聞き方もできるはずだろうがメルラはそうしなかった。

そこにメルラという女性の性格が出ていた。

顔を赤くするラールに対し、メルラは目を輝かせながらレイのどんなところが好きなのか、いつ知り合ったのかなど恋バナを進めようとしてくる。


そんなメルラの質問攻めを止めるため、そして宿に残してきたサーシャの元に早く帰るため今日ギルドに来た要件を伝える。


「あ、あの、その話はまた今度でもいいですか!?

今日来た要件を聞いてもらいたいです。」


「失礼致しました。

ご用件を伺ってもよろしいでしょうか。」


流石は高ランク冒険者専用の受付。

先ほどまでの目の輝きは瞬時に消え、今は仕事を淡々とこなす表情に切り替わる。

ラールはそのギャップに驚きながらも宿の人手不足に対しての相談を始めた。


「白山羊亭の従業員を中期から長期にかけて雇いたいため、働き手募集の依頼をギルドに掲示して欲しいということでよろしいですか?」


「はい。」


「条件は如何いたしますか?」


「家事技能は欲しいので、経験豊富でまだ働き盛りな女性が来てくれると一番嬉しいです。」


「年齢や性別、能力について詳しく条件を絞っていただけますか?」


ラールは特段この人と仕事がしたいと思って応募をかけたわけではない。

手が回らない部分をその人が代わりに行なってくれることを求めて募集している。

そのため、明確な条件は決めてこなかった。

極論、適度に家事ができればそれでよかった。


「お悩みでしたら、最低限の条件をつけて、応募のあった方からラールさんが話してみて決めると言う形にしてはいかがですか?」


「あ、はい。それでお願いします。」


「それとギルドには市民依頼の掲載費用が別途で月に銅貨5枚ほどかかってしまうんですが、報酬の支払いはどう言った形に致しますか?」


「掲載費用と別途で報酬は月に銀貨5枚でお願いします。」


「かしこまりました。内容の確認をさせていただきます。


依頼 白山羊亭の従業員募集

条件 家事技能、女性

仕事内容 宿内の基本的な仕事全般

報酬 月銀貨5枚


こちらでお間違いないでしょうか?」


「はい。それでお願いします。

それと、募集期間は2ヶ月でお願いします。

決まった場合と、集まらなかった場合は依頼書を外してください。」


「かしこまりました。

応募があった場合、ギルドから連絡する形でもよろしいでしょうか?」


「すみません。私自身があまり時間を取れないので、ギルドではなく直接白山羊亭に来てもらえたりってできますか?働いてもらうと決まった場合、後日私がギルドに報告に行くので。」


「ご依頼承りました。

それじゃ、依頼についてもひと段落ついたことですしレイさんの話聞かせてください!

あ、今お茶とお菓子持ってきますね。」


依頼についての話が終わるや否やメルラの口調はやや砕け、声のトーンも少し高くなる。

席を立ち、せっせとお茶の支度をしている。

ラールも当然レイの宿以外での話を聞きたいし、自分の思いを誰かに聞いて欲しかった。

しかし、ラールは営業中の白山羊亭に妹を1人残してきてしまっている。

そのためいい香りのするお茶とお菓子を前にラールは何度も頭を下げて、冒険者ギルドを後にした。


ありがとうございました。

次回更新は今週の日曜日を予定しております。

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