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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
58/198

58.人手不足の解消手段

よろしくお願いします。


「・・どうしよう」


都市国家連合国ウキトス内、白山羊亭の食堂に憂いの籠った声が響く。

頭を抱えながら悩みを口にする少女は、若干18にしてこの白山羊亭の主人。


「どうしたの?」


そんなラールの困った声を聞いて、向かいに座ってご飯を食べていた妹、サーシャは視線を茶碗から外し、姉に向ける。

サーシャは夜ご飯のクノンを食べていたようで、頬にはその食べ残しが付いてしまっている。


「ほら、口に食べかすがついてんぞ。」


隣からサーシャの顔目掛け、布巾が飛んでくる。

その布巾は上下左右サーシャの顔につく汚れをゴシゴシと落としたとこで再び来た場所に戻っていく。荒い口調ながらも優しげな表情を浮かべたカンズが隣でサーシャの隣に腰掛けている。

今、白山羊亭の食堂にある4人がけのテーブルにはラール、サーシャ、カンズが座っていた。

他の冒険者たちも何組かここに食事をとりに来ており、ラールの作った晩御飯を酒と一緒に楽しんでいる。

客である冒険者や宿泊者たちが食事を取っている中、宿の主人であるラールまでもが一緒に座っているのは普通だったらあり得ない。

客がどのような要望を出してもすぐに答えられるように支度をしておくべきだ。

他に従業員がいるのならまだしも、白山羊亭はラールとサーシャ、若い姉妹2人で切り盛りをしている。そのためラールも客がいる前で自分が休むなんて考えられないと思っていた。

しかし、ここ数週間のラールの多忙さを見ていた冒険者たちが強制的に休ませようと協力し合い、食事のタイミングで休ませていたのだ。

その結果冒険者達の食事時というラールが一番暇を持て余すタイミングである、今もラールはみんなから強制的に休憩を取らされていた。

食堂にいる皆が各々好きに話、一つ隣の机の声すらきちんと聞こえないけれどこの喧騒が心地よかった。数週間前の白山羊亭では見られなかったこの光景にラールは笑みを浮かべる。それと同時にゴンゾがいなくなったことで浮き彫りになってきた問題にラールは頭を悩ませる。


「手が足りない・・・」


頭を抱え項垂れるラール。

以前までならこんな姿も客の前では絶対に見せなかった。

そういった意味では今のラールの変化は、周りと打ち解けられてきたとみればいい変化なのかもしれない。

しかし取り繕う姿を見せられない程に疲弊し、その悩みを受け止めてくれるレイという存在がいないために今みたいな姿を客に対して見せてしまっているのかもしれない。

ラールはレイから受けっぱなしの恩をどうにかして返したいと思って、レイがオセアニア評議国に向かってからも毎日頑張ってきた。

しかし自分が思っていた以上にレイに依存していたらしく、レイがいない毎日が辛くて仕方がない。忙しくて体感時間は早く過ぎているはずなのに、レイが帰ってくるのを待つ時間の方が長く感じ、時間がゆっくり流れている気さえする。

レイがいた頃は夜通し語り明かすこともあり、睡眠時間自体は今の方が長い。

それなのにラールの疲労は募るばかりだ。


「ん?お姉ちゃん、腕ふえる~?」


ラールがボソっと漏らした言葉に反応したサーシャが木製のフォークを握りしめたまま驚き、固まっている。ラールは顔をあげ、そんな妹の様子に微笑みを浮かべる。


「違うぞ。手が足りないってのは、仕事がたくさんあって終わらないってことを言ってんだ。」


「あ、いえ。そういうわけじゃ。すみません、お客さんの前でこんなこと言ってしまって。」


カンズがサーシャの疑問を解消すると共に、客の前で言ってはいけないことを言ってしまったとラールは反省する。


「気にすんなよ。俺らは客としてここに来ることは出来ても嬢ちゃんたちの負担を片側ってやることは出来ねぇからな。あの兄ちゃんが早く帰ってきてくれるといいんだけどな。」


後半、ニヤニヤしていじってくるカンズに対し、そうした免疫のないラールは顔を赤くさせて俯いてしまう。その様子にカンズだけでなく、周りにいる客たちも微笑ましいものを見る視線を向けている。今この宿には、ゴンゾが来ている時から細々ながらも姉妹を支えてきた中堅冒険者たちが圧倒的に多い。そのため、食堂にいるものたちは皆ラールの幸せを心から喜び、今のささやかな幸せがずっと続けばいいのにと思っている。

しかし、白山羊亭のために金を使うことしかできない客である彼らは、自分達がラールの仕事量を増やしてしまっている現状も理解している。

ゴンゾがここに通っていた時、少数の客でやっと仕事を終わらすことができていた。しかし今は当時の3倍は客がいる。冒険者として客になることしかできない彼らは皆、どうしたものかとラールと同じくらい頭を悩ませていた。


「それなら1人、2人くらい働き手を募集してみたらどうだ?」


「働き手ですか?」


カンズの提案はラールからしてみれば目から鱗が落ちるほどに虚を衝くものだった。

ラールがというよりは、家族で経営をしている宿屋というものは普通外から迎え入れるのは客であって、従業員ではない。

そのためにラールは自分とサーシャでどうにかしなければと考えていた。

頭の隅ではレイとの・・・。なども考えていたが、それ以外の全く別の人を雇うことなど意識すらしていなかった。

こうした意見は依頼に応じて仕事をこなすという形態を取っている冒険者のカンズだからこそ出た解決策の一つなのかもしれない。


しかしラールはいくつも不安がある。


「でも、ここは表通りと比べると人通りも少ないですし、あまり呼びかけても効果がない気がするんです。それに色々とあってお金もたくさんは出せませんし。」


「冒険者ギルドで相談してみたらどうだ?

冒険者ギルドは冒険者だけの依頼を受けているって思われがちだが、結構普通の依頼もあるんだぞ。街の清掃だったり。報酬だって、払い方はたくさんある。その辺も受付で聞いてみたらいい。」


「そうですね・・。そうしてみます。」


ラールは冒険者ギルドに対してあまりいい印象を持っていなかった。

金羊樹ツーメンチの捕獲依頼の際も、受付嬢からは報酬金額の低さから露骨に嫌な顔をされた。そのため、今回みたいに大してギルドの得にもならない依頼をしたところで嫌な顔をされるのではないかと考えていた。しかしせっかくカンズから提案してもらったため、ラールは明日のお昼頃、仕事がひと段落つく時間を見計らって冒険者ギルドに足を運ぶことに決めた。


ありがとうございました。

次回更新は4/7を予定しております。


pv1万を超えました。

この界隈?の人の多さに今更ながら圧倒されました。

今後もよろしくお願いします。

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