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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
57/199

57.リオと絵本

よろしくお願いします。



レイは今1人、森の中にいる。


事の始まりはゴブリン襲撃に対処した後だった。

ベニートに到着してゴブリンの討伐報酬を貰おうと、討伐証明部位である特徴的な菱形の耳を回収しているときにパノマイトからお願いされた。


「レイさん、少し大丈夫ですか?お願いがあるんですが」


レイは短刀でゴブリンの耳を剥ぐ作業を止め、パノマイトに視線を向ける。

「どうしましたか?」


「これから通る道で、カラサゴという大きめの街があります。

オセアニア評議国の国境を跨ぐ前最後の都市国家連合国内の街なので、色々と買い足しをしたいんです。」


「はい。」


レイはそこに寄るために少し時間を使っていいのか聞かれているのだと思った。

しかし、それならば一応今回の護衛を仕切っているリダイオに話を通すべきではないかとレイは考える。


「それで今回の時間的にもカラサゴに宿泊したいと思っています。」


パノマイトの発言に話はレイの考えていない方向に進む。


「でも昨日宿泊は、ベムとペスがいるから難しいって言ってませんでしたか?」


「はい。ただリオの調子があまり良くないようなんです。

回復のためにゆっくり野営に時間をとることは商談があって難しくて、それにこのまま野営をしていてもリオの調子が悪くなる可能性の方が高いので、今日はしっかりした場所で寝かせてやりたいんです。」


「そういう事なら大丈夫ですよ。それでどうして俺におねが・」

レイの言葉は言い終わる前にパノマイトの弾んだ声によって遮られた。


「本当ですか?ありがとうございます。

この分は依頼料とは別に支払わせていただくのでよろしくお願いします。

いや、ほんと助かりました。

ベムとペスがレイさんに懐いてくれて。」


「い、いえ」

何か違和感を感じた。


その言い方だとまるで・・・。


そう思いはしたが、まさかなとこの時のレイは1人取り残される想像を捨ててしまい、パノマイトに詳しく聞くことはしなかった。


その結果。


カラサゴ近くの森に、二匹の獣と複数台の荷車、そしてレイが1人ぽつんと、いや、二匹の獣に挟まれていた。


「まさか本当に1人で見張りをさせられるなんて・・・。

パノマイトさんは俺が荷物を持って逃げるとか考えなかったのか?」


焚き火で温まりながらそう独言る。

しかしその考えはすぐに消え去った。

パノマイトはカラサゴに入る時にいくつか馬を借りて荷車を街に入れていた。

おそらくそれが最も大切な荷物で、ここにあるのは最悪なくなっても仕方のないものなのだろう。

それにレイが荷車を持って逃げるのは割に合わないと考えたのかもしれない。

依頼料はまだ依頼完遂前のため渡されていない。

それにここには荷車を守るために二匹の獣が鎮座している。

そして盗んでも中身は大して価値のないもの。

獣二匹を敵に回してまで奪う旨みがない。

きっとそう思っているのだろう。

でもベムとペスがレイに従って逃げるとは・・・・


「考えないか。

長い付き合いらしいし。」


二匹に頬ずりされ甘えられながらも、きっとレイが何かパノマイトたちに不利益をもたらそうとした瞬間、頬のすぐそばにある牙で殺ろうとしてきそうだと思いながら、退屈な時間を過ごす。

ここ数日は夜番で誰かしらと一緒だったし、その前はラールとサーシャと一緒だった。

久しぶりに1人で迎える夜は寂しいものだなと思う。

それでもベムとペスがいてくれるおかげで体温的な意味では暖かい。

だが話し相手、時間を潰す何かが欲しい。


二匹の間から抜け出し、荷車に潜る。


「本でも読むか。本と言っても絵本だけど。」


パノマイトから流石に夜通し1人で起きているのは辛いだろうから、荷車にある本なら好きに読んでもいいと許可をもらった。

この世界に来てから、ギルドカード作成時や資料を見たことで文字で伝えられるし、文字を理解もできる。

だからこの世界について知るには文字が一番早いと思っていた。

そのためパノマイトの気遣いは非常に嬉しかった。

何を見ようかと荷車の中にある本を物色し始める。


いくら夜目が効くと言ってもやはり文字は明かりのある空間で読みたい。

無属性魔法『定燈』を使い、視界を確保する。

あたりが突然明るくなったことで、明順応的反応が起き、思わず目をぎゅっと瞑ってしまう。基本的に明暗の差をそこまで気にならない体になったのだが、どうにも泰斗だった頃の体の反応が出てしまう。

目を開けて荷車を確認すると、荷車の一スペース丸々絵本が並んでいた。

パノマイトが何系の商人なのか全く知らないが、もしかしたら彼は子供用絵本専門商人なのではないかと思うほどたくさん“絵”本があった。

元の世界にあるような子供を寝かしつけるために読む5分くらいで完結する薄めの絵本ではなく、それなりに分厚い絵本ばかりだった。

分厚い絵本に興味を惹かれ、タイトルを流し見していく。

『あおいろきのみ』や『タタとララ』のように幼児向けと思われる絵本も当然あった。

しかしそれ以上に奇妙な、というより子供に見せるような物とは思えない本も何冊かあった。


『血を吸うお姫様』

『地中に潜る竜人』

『2人はブレイバー』

『観測者の日常』

『耳の長い色違いたち』

『ちっさい王様』

『人類滅亡5回の危機』

『三匹の人間』


絵本らしくないタイトルをt見なかったことにして、ただ黙って元の場所に戻す。

自分は何も見ていないと3回ほど口にだし、適当な絵本探しを再開する。


それからしばらく荷車内の絵本を物色して、気になった本を一冊持って、ベムとペスの元まで戻る。

パノマイトに毒を吐きつつもなんだかんだで二匹の間に挟まっているのが、暖かくて気に入ってしまったみたいだ。


しかし席はすでに埋まっていた。

初めは誰がいるのかと少し焦ったものの流石にこんな街の近くで山賊がいるはずない。


簡易魔法器であるチューリチーノをマーナから借りて、持っているけど特に反応はなかった。そもそも家族以外の人をベムとペスが近づけるとは考えにくい。


ただ人一倍警戒心の強いベムとペスがいるから大丈夫だと安心し、『テイル』の魔法を発動していなかったのは完全に自分の責任だ。


相手に気づかれないように気配を消して近づく。

二匹の間に埋もれている人の顔は二匹の毛量に埋もれており見えない。

しかし着ている服に見覚えがあった。


「リオちゃん・・・?」


確証が持てないため恐る恐る声をかけると、幸いこちらの声は届いたようで、二匹の間を割って彼女は出てきた。


「あ、お兄さん。こんばんは。」


「うん、こんばんは。

えっと、こんな時間にどうしたの?」


「ベムとペスが寂しいんじゃないかと思って。」

そう話すリオの顔は僅かに赤い。

意識も朧げな様子だ。


「でも体調は大丈夫なの?」


「んーはい。」

言葉短く答えるリオは初日から感じられた元気は全くなく、話すことすら辛そうだった。


「風邪ひいたなら戻ってしっかり寝ないと。

宿まで送るから場所教えて?」


「大丈夫です、私ここで寝ます。」


「でもしっかり寝ないと体調良くならないよ」

そう言って説得するもののリオは納得してくれない。

ベムとペスもリオを心配しているのか、頑として自分達の側から離そうとしない。

仕方ないと思い、レイはアイテムボックスから治癒薬(ポーション)を取り出す。


「リオちゃん、これ飲んで。」


「なんですかこれ?」

意識が朦朧とし始めてきたのか、言葉は辿々しい。


治癒薬(ポーション)だよ。」


頭が回っていないのか、リオはレイから渡された治癒薬(ポーション)を疑うことなく飲み干した。

ダイングフィールドのアイテムが自分の体に効果があることは事前に確かめているために知っていた。しかしこの世界の人に効果があるのか分からなかったレイは逆に病状が悪化するのでがないかと少し不安だった。

しかしそんな不安をよそに治癒薬を飲んだ瞬間からリオの顔色は良くなる。

リオの体調が良くなったこと、それにこの世界外のアイテムがこの世界の人にも効果があることに安心した。


「あれ?体楽になってる?」


「大丈夫そう?」

不思議なのか自分の体をキョロキョロと観察するリオにレイは体調を確認する。


「はい。なんでか分からないですけどよくなりました!

あ!その絵本!」


急に元気を取り戻したリオはレイが手に持っていた本に気がつき声を上げる。

元々パノマイトの荷車にあったものを借りていたため、取られたと勘違いされたら嫌だなと思い慌てて弁解しようと口を開ける。

しかし言葉を発したのはリオの方が先で、ことはレイの予想とは全く違った方に進む。


「私もその絵本見たいです!」


「え?あ、いいよ。」


思っていた反応と違って安心し、絵本をリオに差し出す。


「でもその絵本、文字が多くて難しいんです。

お兄さん読んでくれませんか?」


「いいよ。」


レイが快く了承すると、リオは喜び、ベムとペスの間から飛び出てくる。

そのまま、レイの手を引いて二匹の間に座らせる。

そしてリオはそのレイの上に陣取った。

あっという間にあぐら抱っこの体勢になり、レイの腕を自分に回し込み、絵本をセットする。


「お兄さん早くー!」


リオは顔を上にあげ、レイの仮面に向かって急かす。

レイは脹脛あたりに本を置き、『定燈』の位置を動かしてリオが見やすいようにする。


「俺は読んだことないから最初から読んでもいい?」


「うん!いいよ!」


リオから許可を貰えたことで、レイは表紙を一瞥し、本を開く。


『我友、永遠に』


相変わらず子供用向けではないタイトルだなと思いながら、レイは音読を始めた。


『昔々のその昔。本当に大昔に1人の小さな男がいた。

男は背が小さいことをよく嗤われていた。

しかし男には珍しい才能があった。

その才能を活かしながら、男は自分を嗤う者たちから離れ、仲間を求めに旅に出た。


そんなある日、何もない道端で1人の少年と出会った。

少年はすごく汚い格好をしていた。

道の端にある大きな石に座り、手に持った木の棒で地面を削っていた。

あうあうと意味を持たない音を発している少年を見て、男は関わりたくなと思った。

しかし少年がいる道は男がこれから向かう街に行くためには通らなければならない場所だった。

男は少年を避けるように道、目一杯に距離をとり先に進もうとした。

男は少年を無視したが、少年は男が少年の通り過ぎようとすると、立ち上がり地面を削るのをやめて男に近づいた。

男は何をされるのかと身構える。

少年は男の手をひき、先に進むのを許さなかった。

男は困惑した。

少年は言葉すら理解していない様子だった。

話すことは無理だった。

しかし、男が道を進もうとすると必ず止めた。

それは男だけではなかった。

その道を通ったもの全てを止めていた。

誰もが男のように少年を気味悪がり、さらには暴言を吐いたり、触られたことに激怒し少年を殴る者もいた。

男の困惑は次第に興味に変化した。

少年は言葉を理解していない。

それなのに、何か意味のある行動をとっているように見えた。

だから男は少年に引き止められたまま、少年の様子を観察した。

少年はそれから数日間、同じ行動をした。

しかしある日、突然、男は解放された。

道を進んでも少年に引き止められなくなったのだ。

男は結局訳もわからず、少年を放置し、道を進み街に向かった。


街は崩壊していた。

愕然とした男は人を探し、何があったのかを聞いた。

するとこの街が数日前に魔物によって襲われていたことを知る。

男は慌てて元来た道を戻り、少年を探す。

少年は相変わらず石に座り棒切れで地面を抉っていた。

何が楽しいのかわからないが少年は楽しそうに声を上げていた。

男はそんな少年に詰め寄り何があったのか聞く。

しかし少年はケタケタと笑い、あうあうと意味のない声を発する。

それでも男は少年に助けられたと思った。

もし進むことを止められていなかったら自分はきっと魔物によって殺されていた。

だから男は少年に恩を返すために少年を連れて街に向かった。

少年は相変わらず棒切れを持って変な動きをしていた。

それでも少年は男についてきた。

男はそのまま少年の服を変え、ご飯を食べさせ、なぜかそのまま一緒に旅をした。

求めていた仲間とは違う少年をどう言い表したらいいかわからないまま

男と少年の奇妙な旅は続いた。


そんな旅に終わりを告げたのは、少年の方からだった。

少年は旅先で時々、男の進みたい方向を通せんぼすることがあった。

男は何か意味があるのだと思い、その都度道を変えた。

男が通ろうとした道、もしくはその先の街では何かしらの災いが起きていた。

男はどうして少年がそれに気が付くのか、そしてどうして男を守ろうと動くのかがわからなかった。なぜなら少年とは言葉を交わすことは愚か、少年の考えが全くわからないからだ。しかしそんな少年との時間を男は気に入っていた。

そんな時街で少年がある国から追われていることを知った。

どうして追われていたのか分からない。

少年の出自すら知らない男は国に少年を渡すことだってできた。

だが男は少年を庇い、一緒に逃げた。


しかし最終的には男と少年は国の騎士たちから追われ、断崖絶壁の崖先まで追い込まれてしまった。どうしようもなくなった時、男は少年に顔を向けた。

少年は今まで見たこともないような顔をしていた。

知性の感じられない表情は消え、真剣な眼差しで男を見つめる。

少年は男に向き直って


『ありがとう、アル』


初めて言葉を発した少年は笑顔を浮かべて、男を崖から突き落とした。

その笑顔は今まで男を嗤ってきた奴らの笑顔とは全く違うものだった。


意識を取り戻した男は少年を探す。

自分を助けるために犠牲になった少年を。

しかし少年を見つけることはできなかった。

少年がいなくなってしばらくして男はまた仲間を探して旅に出た。

そしてついに自分と似た人間を見つけることができた。

それから男は仲間と暮らしていた。

男はずっと求めてきた仲間と一緒なのに、何かが足りない思いに駆られていた。

男は自分の内側に生じた言葉にできない思いを感じるたびに少年を思い出していた。

そしてようやく気づくことができた。


同族は仲間であっても友達ではない。

どうして男は少年と一緒に行動していたのか。

それは単純だった。

男は少年を友だと思っていた。

言葉は通じなくとも少年もまた同じ気持ちだったのだろう。

そのことに気づいた男の目から、涙は止まらなかった。』


パタンと最後のページがめくられ、裏表示が見えたことで物語が終わったと理解する。


「んーわかんなーい。難しい!」


絵本を読み終えるとリオは口を膨らませてややご機嫌斜めだった。

しかしレイからの反応がなかったことで、リオは体を左に捻り、首を上げレイの顔を覗き込む。


「お兄さん・・・・?

・・・・わぁ!」

レイの顔を覗きこむリオの頬に水が当たる。


「雨?」


慌てて顔についた水滴を拭うが、別に雨が降り始めた訳ではない。

レイが泣いているのではないかと心配しするリオだったが、すぐにその心配は疑惑に変わる。


「お兄さん、泣いているの?」


「え?」


「あれ?でもお兄さんの目から涙出てない。

わ!また垂れてきた。

え?まさか、お兄さんよだれ垂らしてる?」


「ち、違うよ!」


「でもお兄さんの目から涙出てないよ?

むしろ顎の方から・・・・」


「仮面をつけているとそう見えるのか・・・。」


レイが黒狐の仮面をつけていたことで、リオにはレイが狐人だと見えている。

しかし幻術の効果はそこまでのようで、仮面の内側ででた涙は再現してくれないらしい。

そのため、仮面の内側をスーっと垂れていった涙がリオにはよだれにしか見えなようだ。

慌てて仮面を外し、弁解する。


「え?お兄さん人種だったの?」


「ええっとそうだよ。」


隠してたことのためバレると子供が相手とはいえ、どこかばつの悪さを感じてしまう。


「本当だ、泣いてる。大丈夫?」


そう言ってリオはレイの涙を拭ってくれる。


「俺もリオちゃんに言われるまで気が付かなかったんだ。」


レイとしてもどうして泣いているのかわからなかった。

正直、子供向けの絵本の内容として難しい言葉が多いし、ハッピーエンドな結末でもなければ、何かの教訓を暗示するものでもない。作者は同族よりも友の方が大切だったと言いたかったのか?解釈もいまいちピンとこない。

いい話だとは思う。しかし自分がなぜ涙を流しているのかわからない。


「いいよ、お兄さん強がらなくても。

私、お兄さんが泣いたこと秘密にしてあげるから。」


どうして泣いたのか悩んでいる間にリオは、レイが強がっていると思ったようだ。

ここで否定するのもなんだか本当に強がっているようにも思えたので、ついでにもうひとつお願いをしておく。


「ありがとう。

できれば仮面をつけていることも秘密にしてくれないかな?」


「んー。いいよ!

でも私もお願い!部屋抜け出したことがバレたらお父さんに怒られちゃうから朝になったらお部屋まで連れていってほしいの」


そうしてレイとリオの交換条件の約束は結ばれた。


ありがとうございました。

次回更新は4/3を予定しております。

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