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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
56/198

56.パノマイトとの夜番

よろしくお願いします。



オセアニア評議国ベニートまでの旅路は現在2日目夜。


今のところ何も危険はなく、護衛依頼を失敗するようなことはなく旅ができている。

この世界での旅路は街道を抜けると一気に危険になる。

街道はぎりぎりだがタイルなどで舗装されており荷車の揺れもさほど大きくなかった。

しかし街を離れれば離れるほど道の険しさは増していく。

整備されていない道に街灯はもちろん存在しない。

暗くなってきたらすぐに野営の支度をする。

ベムとペスは多少夜目が効くようで馬車で進むよりは長時間移動できるが、ベムとペスがパノマイトとリオの親子の言うこと以外をほとんど聞かないため街に入ることが難しい。

そのため野宿をしなくてはならないので、得したような、損したようななんとも言えない思いでレイは夜番に勤めていた。


特にすることのない夜。


警戒をして『テイル』を使用しているが特になにもこちらに来る様子はない。

マーナの設置した簡易魔法器のチューリチーノも反応はない。

目の前で燃えている火が弱まるたびに焚き木を追加して、交代の時間が来るのを座ってじっと待つ。


「すみません、レイさん。私たちのせいで日程全てが野営になってしまって。」


焚き火をぼんやり眺めているレイに話しかけたのは、共に夜番をしていたパノマイトだった。

依頼主であり、戦闘力もない彼が冒険者の仕事である夜番をすることになったのには冒険者の中での夜番の決まりがあったからに他ならない。

冒険者どうしでパーティを組んだ場合、野宿をすることも間々ある。

夜番の時、寝込みを魔物、場所によっては山賊に襲われる可能性もあるため、夜通しローテーションさせながら見張りを行う。

その際の見張りは2人、もしくは3人が理想とされている。

夜番が寝てしまったり、一人でいる所を襲われ、全体を危険に晒すことを防ぐためである。

そしてこういった野営は本来、迷宮中層から深層に潜るときに行うことが多い。

普通護衛対象がいる中でこうした野営を行うことはほとんどない。

なぜなら事前に旅程を決め、近くの街あるいは村に宿泊すればいいからだ。

野営は金銭的理由、もしくは旅程の大幅なズレなどによってしょうがなく行うものだという認識である。


しかし今回は街に泊まることはできなかった。

依頼主であるパノマイト側に原因があったのだ。

パノマイトは商人として一角の人物であり、性格も温厚、旅商人として顔も広い。

しかし彼の馬車獣に問題があった。

ベムとペスだ。

前述したように彼らはパノマイトとリオにしか懐いておらず、他のものには警戒心を全開に威嚇する。

それが理由で、街や村の宿にある従魔や馬の小屋はおろか、門すら通ることは難しい。

仮にパノマイトの顔を立てて入ることができても街中で手当たり次第に威嚇されてしまっては元も子もない。

そのため、オセアニア評議国ベニートに到着するまでの道中は全て野営することになった。

そして野営する一行の人数は5人。パノマイトの娘であるリオはまだ10歳前後。

そのため夜番できるのはレイ、マーナ、リダイオ、それに依頼主のパノマイトだった。

1人で夜番を行うことは安全の面から良いと思えない。そのため夜番は依頼主とはいえ野営する原因を作ったパノマイト自身が名乗りを挙げたのだ。


「依頼書にも事前に書かれていたことですし、気にしないでください。

でも街に入れないって大丈夫なんですか?

無事ベニートに着けても入れないなら荷物を売れないのでは?」

燃える焚き木から目を離し、火を挟んで向かい側に腰掛けているパノマイトに目を向ける。


「それは問題ありません。

ベムとペス専用に小屋を用意してくれる方がベニートにいらっしゃるんです。」


「なるほど。

そうなると、ウキトスにもそうした場所を確保していたんですか?」


「いえ、ウキトスの場合は冒険者ギルド長と門兵長に許可をもらって、門を出て西側の出発地点にいました。ベムとペスを待たせている間に私は馬を借りて、荷車を引いてウキトスで商売して、また出発といった感じです。」


「それなら最初から馬を買った方が楽なのでは?」


「確かに、旅商人として街に入れないなんて詰んでいますからね。

ベムとペスじゃなくて普通の馬にしたほうがいいんだと思います。

実際、二匹のような獣を飼い慣らしている人はそういないらしくて、結構な値段で引き取らせて欲しいともよく言われるんです。

ただベムとペスはそうそう人に懐かないので売るのも気が引けますし、何より長い付き合いなので手放す気にはなれないんです。リオのことも守ってくれてますし。」

自分の商人としてダメな所を自嘲し、それでもベムとペスは大切だとパノマイトは微笑む。


「ベムとペスはどうしていろんな人に敵意全開なんですかね。」


「ベムとペスも元々捨てられていたんです。

個人的にそれが理由であまり他の人に懐かないのかなと思っています。

ただ、あの二匹と同じ種類の獣を私はこれまで一度も見たことがないんです。

レイさんはベムとペスに似た獣を見たことはありませんか?」


レイは不意にきたその問いに心臓がドキリとする。

パノマイトからすれば何気ない会話の中で生じたただの疑問。

しかし思い当たる節のあるレイからすればなんと答えるべきな悩む質問だった。

その沈黙の間がパノマイトには何かしらの心当たりがあるのではないかということを示してしまっていた。


「まさか、何かご存じなのですか?」

パチパチと焚き木が燃える音だけが響く空間に、パノマイトの息を飲む音が加わる。


自分の疑問を口に出していいのか分からない。

レイは相変わらずの対人会話能力の低さに辟易しながら口を開く。

「確証の持てないことですけど。」


「教えていただけませんか?」


だからレイは相手が興味をなくす方向に話を持っていきたかった。

しかしレイが何かしら情報を持っているということで逆にパノマイトの関心を引いてしまった。


「ウキトスによく訪れるなら当然だと思いますが、ミャスト迷宮は知っていますよね。

俺はまだDランクなんですけど、一度その迷宮に潜る機会があったんです。

その時に殺した魔物が、あの二匹に似ていました。

体はその魔物の方が大きかったですけど、二匹と同じ特徴的な鋭い左右上下の牙を持っていました。

どうにも似ているなと数日前、初めて見た時から感じていました。」


「魔物・・・?」

パノマイトは焚き火から視線を外し、驚いた表情でレイを見ていた。


「ベムとペスがそうなのかはわかりません。

でも似ているとは思いました。」


「そんな、それはおかしいですよ。魔物ならどうして私ら親子は襲われないですか?」


「それは分からないです。

魔物だからって人を必ず襲うことはないのでは?」


「それはあり得ません!」

パノマイトがやや声を荒げてレイに訴える。

今の言葉のどこにパノマイトの琴線に触れる部分があったのか分からず、ポカンとしてしまう。

パノマイトは声を荒げたことで、逆に自分が冷静さを欠いていることを客観的に理解できたのか、一息ついてレイに謝罪する。

「すみません。少し驚いてしまって。」


「大丈夫なんですけど、俺何かパノマイトさんの気を悪くすることを言いましたか?」


本当に何がパノマイトの感情に作用したのだろうか。

家族を魔物だと仄めかしたことだろうか。

しかしそれなら魔物と似ていると言った時に声を荒げるのではないか。

そう思ったレイは素直にパノマイトに尋ねる。


「レイさんはご存じないのですか?魔物について。」


「魔物について、ですか?

確か、ギルドで見たFランク資料には魔物は迷宮から生み出されるもので、ある日を境に迷宮外にも出現するようになったとか。」

たった数週間前にギルドの資料室で得た情報だが、レイの濃い日々はその情報を頭の奥底に追いやっていた。

レイはその情報を頭の中を探るようにやや上を向き、眉間に皺を寄せながら答える。


「Fランク資料?レイさんはDランク冒険者では?

いや、それ以前にもっと大事なことがあるじゃないですか。

魔物は無差別に“種”を襲う習性があるんです。ご存じありませんでしたか?」


「え?はい。聞いたことありません。」

レイがその習性について知らないと答えるとパノマイトは信じられないと言った様子でレイを見る。

レイはこの世界の常識を全く知らないため、あまり多くのことは話せない。

しかし冒険者として身近な存在である魔物でさえ、レイの知らない常識がある。

レイは声の調子を少し落とし、神妙な様子でパノマイトに魔物についての常識を訊ねた。

「パノマイトさんが知っている魔物についてを教えてもらえませんか?」


「ええ、それは構いませんが、私は商人です。きっと一般教養くらいの知識しかないと思いますけど。」


「はい、問題ありません。」


「そうですか?

私の知る魔物は、必ず人を襲います。

理由は諸説あるらしいですけど、私が教わったのは、自衛説です。

元々迷宮にいた魔物は無差別に人を襲わなかったと聞きます。

腹が減っている時、ムカついている時などに人間が対象になることはあっても、特に何も人間がしなのならそのまま無害な存在であったそうです。

しかし人間の方は迷宮に魔物の素材やアイテムを求めてやってきているので、当然魔物を殺します。時間が経つにつれて魔物は人間を敵と認識するようになり、迷宮内外問わず魔物は人間を見かけたら襲うようになったそうです。」


レイはこの世界のことを知るなら資料に書かれていることを見ればいいと思っていた。

しかし、この世界で当たり前の共通認識になるようなことは人伝で聞くしかないと考えを改め直す。

「ちなみに、どうして魔物が迷宮の外に出るようになったのかって知っていますか?」


レイが尋ねるとパノマイトは誰もいないはずの周囲を、信号を渡る前みたいに右左右と確認したのち、小声で話し始める。

「私も詳しいことはわかりませんが、魔王が原因だと言われています。」


「魔王・・ですか?」

また異世界っぽい要素のある言葉だなと思いつつパノマイトの先の言葉をまつ。


「はい。」


しかしパノマイトから言葉は続けられなかった。

なんでも魔王はこの世界では禁句に等しい言葉のようで、詳しく語られることはないという。

魔物について学ぶときに軽く原因として示唆される程度らしい。

ベニートに到着したら詳しく調べてみようと思いながら、話を戻す。


「だからベムとペスが魔物なはずがないってことなんですね」


「はい、私はそう思います。

魔物だとしたら、この世界の魔物の考えが大きく変わってしまいます。

それこそ魔物を操ることができるなんて魔王だけですよ。

私たちがそんな恐ろしいものに見えますか?」


「い、いえ。」


話がややずれてきたことで、パノマイトは二匹の正体について話を戻す。


「二匹は魔物ではないと思います。

ただ、何の獣かも分からないので、売るに売れません。それに売る気もないです。ただ街に自由に出入りできないのは旅商人として致命的なのではそろそろ潮時なのかとは思っています。」


「商人を辞めるんですか?」


「いえ、旅を外そうかと。

ベニートにベムとペスに興味を持った貴族の方がいて、私ら親子ともにベニートに住まないかと提案していただいたんです。旅を続けるにも娘はまだ10ですし、私もどんどん歳をとっていきます。それなら早いこと腰据えるのもいいかなと。

それに商人として店を構えられるなんてこれ以上に嬉しいことはそうそうありませんから。」


「なるほど。だから人種のパノマイトさんがわざわざ竜人種の国に?」


「はい。元々何度か訪れたことはあるんですけど。

定住となると少し怖いですね。

オセアニア評議国、竜は武を尊ぶ種だからベニートにうまく馴染めるかという不安もあります。

でもそれ以上に自分の店を持てるという甘言には勝てませんでした。」


「俺は商人でないのでわからないんですけど、店を持つことはそれほどのことなんですか。他種族の国だとしても?」


「そうですね。その辺は人それぞれだと思います。

でも私にしてみたら自分の店を持つことは昔からの夢です。

元々しがない商家の三男として生まれた私は、家を継げる可能性はほぼゼロだったので、旅商人になりました。それなのに諦めていた夢、自分の店を持つことが目の前でちらつかされてしまったんです。飛びつきたくもなってしまいます。」


「それは、確かに飛びつきたくなるかもしれません。

うまく生活できることを願っています。

ただ、リオちゃんの意見も聞いてあげてくださいね。家族なんですから。」


レイも幼い頃は父と二人で暮らしていた。

父に抱きしめられ安心した記憶が強く残っているとともに、それ以外の記憶がほとんどなかった。だからリオにはそんな寂しい思いを持って欲しくなくてなんとなく言った言葉だった。


「家族、ですか。」

しかしパノマイトにとっては違ったようでなんだか、感慨に耽っているような、罪悪感を感じているような表情になっていた。

自然と会話はなくなり、焚き火の音を聞き夜風を浴びていると夜番の交代の時間となり、レイとパノマイトは眠りについた。


翌日もちょっとしたゴブリンの襲撃などはあったが、特筆すべき問題は発生せず旅路は順調だった。

今日、レイの夜番はリダイオと同じ予定のため、前回聞き損ねたウキトスで過去に起きた事件について聞こうと思っていた。


それなのに。


それなのにレイは今一人、いや、一人と二匹で暗い森の中にいる。


「え?なんで?」


レイの呟きは草木の中にしっとりと消えていった。




ありがとうございました。

次回更新は3/31予定です。

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