55.冒険者夫妻
よろしくお願いします。
パノマイトの支度が済んだことで獣車はオセアニア評議国ベニートに向けて発車した。
ウキトス近くの街道は整理され、比較的安全だ。
パノマイトとリオは御者として荷車の前方にある御者台に座り、護衛のレイ、リダイオ、マーナは荷車の空きスペースにいた。
「レイ、聞きたいことあったんだがいいか?」
「なんですか?」
荷車でボケっとしているとリダイオから話しかけられる。
人との距離の詰め方が分からないレイにとって話しかけてくれる相手は非常に貴重なため出来るだけ温和な声で返事をする。
「最近話題になっている、黒狐人ってお前のことか?」
「話題・・・ですか?」
しかしレイは全く身に覚えのない問いに困惑する。
「ああ。FランクでありながらAランク冒険者パーティに勧誘されて、しかもその誘いを蹴ったとかって。」
今度は身に覚えがありすぎて困惑する。
確かにレイはFランクだったし、パーティには直接イーリから誘われた。
それに断りもした。
ただそれが話題になるほどのことだと思っていなかった。
「えぇと多分俺です。」
「でもお前Dランクって言ってなかったか?」
「はい。最近昇級したんです。」
その言葉に話していたリダイオだけでなく隣で静かに聞いていたマーナも驚く。
「この街で噂になり始めたのって、最近だよな。
それまでFランクだったのにもうDランクに上がってんのか。すげーな。
俺らなんて10年以上かかってようやくCランクだってのにな。」
「そうね。まだ若そうだし。それにベムとペスも懐いているらしいし。才能豊かで羨ましいわね。」
マーナが羨ましそうに会話に加わってくる。
「でもどうしてAランクパーティの勧誘断っちまったんだ?」
「確かにイーリからは誘って貰ったんですけど、他のパーティメンバーに反対されてしまったんです。
蹴ったというより蹴られた感じです。」
「シィリーの奴らならそうするかもな」
レイが追い出されたことを伝えるとリダイオが納得顔で頷く。
イクタノーラの殺意が発露する様な相手のため、当然レイ自身もシィリーがいい人だとは思っていない。しかし相手はAランク冒険者パーティだ。
Cランク冒険者のリダイオがどうしてそこまで断言できるのかがわからず、レイは怪訝な表情を浮かべる。
「どういうことですか?」
「不思議に思わなかったか?ここウキトスが冒険者の街って言われて、最高難度の迷宮があるにも関わらずSランク、Aランクの冒険者がハーモニー奴らしかいなかったのを。」
レイはそう言われて、ギルドに向かうたびに退屈そうにしていたメルラを思い出す。
確かに、高難度迷宮があるのに高位の冒険者がイーリたちしかいなかった。
この世界に来たばかりで、それが当たり前だと思っていたが、それだと高難易度迷宮の数と高ランク冒険者の割合が不釣り合いすぎる。
街を見る限りそんなクソゲーな世界には見えない。
「た、確かに。何か理由があるんですか?」
「まぁな。昔にちょっとな。そのせいでシィリーは外のやつに当たりがきついんだ。
俺も直接シィリーと面識があるわけじゃないから詳しい理由は分からないんだけどな。」
眉間に皺を寄せて過去を回想しているリダイオ。
何があったのか気になり、黙ってリダイオの言葉を待っていると御者席の方から声をかけられる。
「マーナさん、レイさん少し大丈夫ですかー?」
リダイオさんとの話は中断となり、呼ばれた二人は御者席に移動する。
「そろそろ街道から外れるので、マーナさん周囲の警戒お願いします。
それと、レイさん。少しの間でいいので、ベムとペスの手綱握っていてくれませんか。
先ほど荷車の中身を確認したんですけど、ちゃんと入っていたか不安になってきてしまって再度確認したいんです。」
パノマイトが説明するとマーナは軽く了承し、何か準備を始めた。
レイもリダイオの話が気になりはしたが、今は仕事中だと割り切り返事をする。
その後、荷物確認に行ったパノマイトにリアがついて行ったため、レイは二匹の手綱を握る。
隣で何か作業をしているマーナは本当にベムとペスが大人しく何も言わないことに驚きながらレイに不満を並べる。
マーナが子供と動物好きだと事前に聞いていなければ先輩冒険者のいびりだと思うくらいに不満をぶつけられる。
泰斗の頃に言われ続けた悪意ある言葉のはずなのに、マーナから発される言葉に悪意は含まれていないように感じたため苦笑で済んだ。
あれこれ不満を垂れるマーナも口だけではなく手を動かし仕事はきちんとしている。
ローブの中から何かを取り出し御者スペースで作業をし始めたためレイの興味もそちらに移った。
「何をしているんですか?」
マーナは話しかけてきたレイを一瞥したのち、作業をしながら。
「私は盗賊なの。だからこうやって簡易魔法器を使って、誰かこの先に潜んでいないかを調べているの。」
「へぇ便利なんですね。でも魔法器って高価なんじゃないですか?」
この間収納の魔法器を持っていることをコリウスたちに伝えたところものすごい驚かれてしまったが、Cランク冒険者くらいになれば普通に手の届く値段なのかと思い聞いてみる。
「それは収納や対話の魔法器でしょ?
これは一度きりの使い捨て魔法器なの。
だから簡易魔法器って言ったでしょ?」
「簡易魔法器ですか?」
「知らない?」
「はい。俺は魔法で似たようなことするので、そうしたアイテムに関してはあまり詳しくないです。」
「そう。やっぱり魔術師って便利なのね。
私もそっちの職業適性があればよかったのに。」
「職業適正ですか?」
「ええ。私は盗賊と弓使い関連のものが多かったから。
せめて僧侶系統の職があれば回復技能が使えたのに残念ね。」
マーナの話に自分のレベルに関する認識とは違う気がしてさらにレイは訊ねた。
するとこの世界では、職業は適正のある職に就くのが当たり前らしい。
別に適正のない職に就くこともできるのだが、適正職に比べて圧倒的にレベルが上がりにくいそうだ。
またこの世界では100レベルにカンストさせてから転職するダイイングフィールドのようなシステムはないみたいで、レベル20が一つの職の最大レベルでそこに到達した時点で転職できる場所にいき、お金を払って転職するらしい。
またダイイングフィールドと違い、レベルは戦うことでしか上がらず、商人としていくら経験を積もうとそれでレベルが上がることはないそうだ。
これだけ仕組みが違うのに、今までレベルによる認識のずれがそこまで大きくなかったのは根本ではダイイングフィールドのレベルシステムと似ていたからかもしれない。
ダイイングフィールドの面倒な手順を全て取っ払ったレベルシステムに羨ましいと思う反面、好きな職に就くことは大変だというのはどうにも現実世界感が強くて嫌になる。
職の話に逸れてしまったが、聞きたかった元のアイテムの話に戻る。
「それで、その簡易魔法器はなんていう名前なんですか?」
「これは、チューリチーノっていう低級の魔法器。
作動させるとここにいる人間以外がこの魔法器の索敵範囲内に入ると赤く反応するの。
期間は発動させてから2、3日くらいだったと思うわ。
こういう魔法器の発動も、物によるけど戦士系や一般職よりも魔術系や盗賊系、僧侶関係とかの方がマナ消費が少ないの。これも私が盗賊を選んだ理由よ。」
マーナは意外と丁寧に説明してくれる。
先ほどまでリダイオと会話している時は全く無関心そうでさっきまで文句を言われていために、パノマイトとリオが荷車のなかに消えてしまってから気まずい思いをするかと思ったがそうでもなかった。
意外と聞けば教えてくれる人だと思い、先ほど気になっていた高位冒険者がウキトスにいない理由についての話を聞いてみることにした。
「そういえばさっき、リダイオさんが話していたウキトスに高ランク冒険者が少ない理由ってマーナさんはご存知なんですか?」
「知っているけど、答えたくないわ。」
違った。
全然教えてくれない。
普通に一蹴されてしまった。
先ほどまで普通に会話して、聞いたことに丁寧に教えてくれていたマーナだったが、レイがウキトス過去のことを聞くとまるで自分の思いだしたくない過去を聞かれた時のように強く拒絶されてしまった。
レイとマーナの間に気まずい沈黙が流れ、結局想像通りになってしまったと自分の口を呪う。
マーナがさっき会話に加わらなかったのは無関心とか、レイを嫌ってではなかった。
ただその話題に触れたくなかったのだった。
そのことに気がつけない自分の対人関係能力の低さに辟易しているとマーナが沈黙を破る。
「パノマイトさんにまだ時間かかるか聞いてくるわ。
チューリチーノの反応がないかだけ見ておいてくれる?」
「わかりました。」
そう答えることしか、気まずさ全開のレイには出来なかった。
ありがとうございました。
PV9000超えました。
次回更新予定は3/27or29です。




