54.護衛依頼
よろしくお願いします。
今回レイは最短でCランク昇格試験が行われるオセアニア評議国ベニートに向かうことになった。
朝、レイは護衛依頼を兼ねてベニートに向かうため、集合場所である西側広場にいた。
ウキトスは北と南にしか門がないため、南門から出て集合地を目指す。
出発地である西側の広場に近づくにつれてと大きな荷車が2台目に入る。
この荷車以外には何も見えないため、依頼主はその荷車周辺にいるとあたりをつけて近づく。
近づくと荷車の前方には見たことのない獣が二匹、繋がれていた。
てっきり馬車だと思っていたレイはその獣に瞠目する。
見た目は犬や狼に似た4速歩行の獣だった。
目つきが鋭いため狼と言われた方がピンとくるかもしれない。
体温調整のためなのか舌を出し、開けている口からは鋭く長い牙が左右上下の八重歯の位置に4本見られる。
見た目は狼などに見えるが、サイズがとても狼だとは言えない。
一般的な犬が体高40~50cm、狼が80cmなのに対し、今は足を折り曲げ船を漕いでいるため正確にはわからないが、優に3mはありそうだ。
二匹とも首輪が繋がれておりこの荷車の持ち主所有だということがわかる
レイにはこの獣に既視感を覚え、荷車の前方に出て観察する。
二匹とも目を開け後ろから近付いてくる足音に気がついたようで、小さな唸り声を出し警戒を表す。
大きな体躯を起こし、レイを睨みつける。
しかし二匹の獣はレイを視認した途端にものすごい大きな遠吠えを発した。
レイはそれを戦闘の合図と判断し、獣から距離をとった。
一方二匹の獣は遠吠えをあげた後はすぐ静かになり、再び足を曲げ楽な姿勢に戻る。
レイを全く警戒しないその様子を不思議に思いながらもレイは獣に近づく。
獣は鼻をすんすんと動かし、レイの匂いを嗅いでいる。
しばらくして満足したのか、獣は匂いを嗅ぐことをやめ、レイに頬擦りし始めた。
そんな獣の様子を見ながら、レイはミャスト迷宮での出来事を思い返していた。
この世界に来て初めて出会った魔物であり、イクタノーラを殺した魔物であり、レイが殺した魔物。
それに似ていると感じた。
そんな奇妙な感覚でいると、声をかけられる。
「あー!!お兄さん危ないよ!!」
一体どうしたのだと獣に頬擦りされていながら声のする方向に目を向けると一人の女の子がこちらに向かって走ってきていた。
女の子はレイの元まで来ると息を切らせつつも何かを言おうとしていた。
二匹の獣はレイから離れ、女の子に頬擦りしたり、舐めたり、甘噛みしていた。
若干最後の噛みには肝を冷やしたが女の子は痛がる素振りはない。
息が落ち着いたところで何があったのかと尋ねる。
「お兄さん、ベムとペスは慣れている人以外が近づくと危ないの!だから早く離れて!」
「でも俺は何もされていないよ?」
レイがそう告げると、女の子はハッとした表情になる。
レイに危険であることを告げようとするあまり、レイの状態、それに今自分が甘噛みされていることを失念しているようだった。
レイに言われたことでようやく何も危険がなかったと知り、安堵し、驚く。
レイは感情の振れ幅が大きい子だなと思いながら、どこの誰なのか問いかける。
「お兄さんすごいね!でもなんでだろう?
ベムとペスは私かお父さんにしか懐いていないのに。
あ、私?私、この獣車の持ち主の娘です!」
自己紹介されたことで今回の依頼主と関係があることを知ったレイは女の子に名前と依頼を受けに来たことを告げる。
「冒険者の人だったんだね!だからベムとペスは何もしなかったのかな?
でもリダイオさんたちは噛まれてたし・・・
あ、今、中にいるお父さん呼んできます!」
敬語と平常語の混ざった口調で話す女の子は再び走り去ってしまった。
「そういえば名前聞き忘れた。」
勢いがすごく、去った後にレイはそう独りごちる。
そんなレイに二匹の獣は「クゥ?」とあやふやな鳴き声を返すのだった。
しばらくして荷車の中から先ほどの女の子と、男が出てきた。
レイは荷車の後方から出てきた男に近づいていく。
男の見た目は30代前半。綺麗なブロンド色の髪は所々ハネ、乱れているが服装からは清潔感を感じる。商人というだけあって第一印象は良かった。
「すみません、お待たせしてしまって。
今回馬車の護衛依頼を出した者で、パノマイトと申します。」
パノマイトはレイに握手を求め、右手を差し出してくる。
レイも自己紹介をし、その手を握り返す。
「何か慌ただしそうですが何かあったんですか?」
レイがパノマイトの乱れた髪に視線を向け、そう尋ねると彼は髪が乱れていたことに気がついたのか苦笑しながら手櫛で髪を整える。
「いえ、娘にぐしゃぐしゃにされてしまいまして。」
「娘さんに?」
「はい。荷車を引いてくれているペスとベムなんですけど、私と娘以外が近づくと威嚇行動をとってしまうんです。ただレイさんにはどうもそうした行動を取らなかったようですね?それを大騒ぎしながら伝えに荷車の中に来られてこの有様です。」
「そんなに珍しいことだったんですね。
二匹ともかなり大人しかったですけど。」
二人がそんな会話をしていると後方から獣の唸り声が聞こえてくる。
パノマイトの娘は再び慌ててその唸り声がした方向に走っていってしまう。
レイがパノマイトに視線を向けると
「私か娘以外が近づくと今みたいな声を出すんです。
多分、依頼を受けてくださった他の冒険者の方だと思うので行ってみましょう。」
ペスとベムの元に行くと、二匹は二人の冒険者を威嚇し、パノマイトの娘がそれを必死に宥めていた。冒険者二人はパノマイトを見つけると、彼の方に歩み寄ってくる。
「おはようございます、パノマイトさん。
朝からお騒がせしてしまって申し訳ない。
マーナが今度こそは大丈夫だといって聞かなくて。」
パノマイトに近づいたのは20,30代くらいの男女だった。
一人はウキトスに来てからよく見るようになった茶オレンジ色の髪を短髪にした男性で、片手剣を腰に下げている。
女性の方の髪色は男性よりも濃いオレンジでどちらかと言うと茶色に近い。髪も長く、邪魔にならにように後ろで結んでいる。
格好から軽装に見えるが、ローブを羽織っているため戦士なのか魔術師なのか判断できない。
パノマイトに話しかけたのは男性の方で、話し方や口調も冒険者にありがちな荒々しい者ではない落ち着いたものだった。
「むしろうちのベムとペスがすみません。
お怪我ありませんでしたか?」
「俺たちは問題ありません。」
「しかしマーナさんの方は・・・?」
後ろで項垂れている女性、マーナを見て何か問題があったのではないかと心配するパノマイト。
男性冒険者は後ろを振り返り、女性の様子を見るとバツの悪そうに苦笑する。
「すみません。マーナはどうもベムとペスと打ち解けられなくて気落ちしているようです。」
「それなら良いのですが、、、。」
「ところでそちらの狐人の方は?」
男性冒険者の視線はレイを捉える。
パノマイトは左後ろに半歩下がり、レイの腰を軽く手で押し、前に出るように促される。
レイが一歩前に出たことで、パノマイトは紹介を始めた。
「今回ベニートまでの護衛依頼を受けてくださった冒険者の方です。」
そう一言男女の冒険者に伝えたパノマイトはレイに視線を送る。
あとは自分で話してくれと言われている気がしたため、レイは名乗りを上げる。
「初めまして。
Dランク冒険者のレイと言います。
よろしくお願いします。」
レイが名乗ると女性の方は項垂れたままだったが、男性が何か引っかかった表情になる。
「俺はリダイオ。
で、こっちの俯いているのは俺の妻でマーナだ。
お互いCランク冒険者、よろしく。」
リダイオと名乗る男性はパノマイトに対する丁寧な口調から、粗野な話し方になった。
一瞬ランクが下だから軽く見られているのかとも考えたが、相手は中堅上位の冒険者。
依頼主に対して敬語を使うのは当たり前かと思い、その思考を引っ込める。
「それじゃあ、私は荷車の確認をしてきます。
出発は30分後でお願いします。
では。」
互いに自己紹介し終えるとパノマイトは荷車の中に戻っていってしまった。
「さてと、俺らは仕事の確認をするか。
まず確認だけどレイはパノマイトさんの依頼を受けるのは初めてか?」
「はい。初めてです。
というよりも獣車の護衛依頼がほとんど初めてのようなものです。
一度別の村に行くときに乗車賃代わりに護衛をすることは聞きましたが、その時は他の冒険者の方が護衛でしたし、何も問題は起きなかったので、護衛の勝手が分かりません。」
「Dランクなのに一度もないのか。珍しいな。それなら道中は俺らの指示に従ってくれ。
ランクも俺らの方が上だし、パノマイトさんの依頼も今日が初めてじゃない。」
「わかりました。」
「いやに素直だな。まぁ話が通りやすくて楽だからありがたいけどよ。
とりあえず、今回みたいな商人護衛依頼は依頼主の命はもちろんだが、可能な限り荷台の中身も守らなきゃならない。
ウキトスからしばらく街道を進むのには何も問題はないが、街道を越えると警備状況も治安もどんどん悪くなっていく。最近は不作な村はあまりないようだから山賊落した村人には襲われないはずだ。ただ本職にしている奴らは普通に出るし、そっちの方が危険だから気をつけろよ。」
リダイオの説明を受けているとパノマイトの娘から声をかけられる。
「そろそろ準備できるってお父さんが言ってたよー」
「リオちゃんありがとねー。」
先ほどまでリダイオとレイの話には全く入ってこなかったマーナが返事をする。
先ほどまで項垂れていたのに満面の笑みだった。
「うちのはいつもこうなんだよ。
動物と子供が大好きでな。」
「そうなんですね。
でもどうして落ち込んでいたんですか?」
「動物が好きだからペスとベムとも触れ合いたいそうなんだが、あいつらには嫌われているみたいで、近づくとすぐ警戒されちまうんだよ。依頼の度に吠えられているんだ。まぁペスとベムに限っちゃパノマイトさんとリオしか懐かないんだけどな。だからお前も気をつけろよ。ちょっと近づいただけですぐ噛み付かれるぞ。」
「さっきもリオちゃんからそう言われたんですけど、俺は別に何もされませんでしたよ?」
レイが伝えるとリダイオは目を丸くして驚き、マーナはリオに浮かべていた笑みを消してなかなかの剣幕でレイの胸ぐらを掴みかかる。
「何それ!ずるいじゃない!私の方がずっとベムとペスとの付き合いが長いのに!」
リダイオは必死にマーナを離そうとしているが、レイはそこまで怒る理由が見当つかずただ呆然としてしまう。
「おい、マーナ。落ち着け!とりあえず、レイを離せ!」
「だってあなた、ずるいじゃない。私だってただお礼を、」
「レイが獣人だからかもしれないだろ?」
「でも他の獣人でもダメだったじゃない。」
「狐人とか何か関係するんじゃないか?
とにかく落ち着けって。」
何度かの押し問答の末、レイは解放される。
気持ちを落ち着けたのか、マーナはレイに謝罪する。
「すみませんでした。」
「いえ、大丈夫ですけど・・・」
レイは驚きのあまりまだ言葉がすんなりと出てこない。
「悪かったな、レイ。マーナのこれは発作みたいなものだから流してくれると助かる。」
リダイオにも申しわけなさそうに謝られる。
レイとしては驚いただけで、ダメージを受けたわけではない。
しっかり謝ってもらいもしたので特に許さない理由が見つからず、謝罪を受け入れた。
「まぁ、ベムとペスは人に懐かない代わりに、馬車よりも早く、見た目も厳ついから山賊にも襲われにくいんだ。たいてい魔物なんかも逃げ出しちまう。だから今回の依頼はだいぶ他の馬車護衛の依頼と比べると楽なんだ。」
新しい出会いを経てレイは住み慣れてきた街、どころか国を出てオセアニア評議国ベニートに向かうのだった。
ありがとうございました。
次回更新は今週の金曜日、25日を予定しております。




