53.ベニートに向けて
よろしくお願いします。
レイは目先の目的になっていた“ラールを助けること”を達成出来、ひと段落ついたと安堵した。しかしその安堵感から抜け出せず、自分はまだラールたちのために何か出来ることがあるはずだと考えた。レイ自身もその考えは自分の今後のことを考えたくない、ラールたちと一緒にいたいという思いから咄嗟に浮かんだ甘えでしかないと理解していた。
そんな甘えた気持ちもラールに背中を押しもらうことでようやく、これから自分が何をすればいいのか漠然ではあるが考えられるようになった。
レイには目的が二つある。
まず一つ目が泰斗の願いであったダイイングフィールド内のメギドに帰還する、もしくは何かしらの方法で、NPC配下たちを取り戻すこと。ラールという本当の人に自分の存在を肯定され、失いたくないと思った。最悪NPC配下たちを失うことになってもラールを助けられるのなら・・・・と考えるようにもなっていた。
しかし最悪そうするというだけで、今まで自分を支えてくれたNPC配下たちのことを蔑ろにする気は起きなかった。
本音を言えばラールも配下たちも自分の側にいて欲しかった。
我儘だと思いながらもどちらの存在も手放すことは考えられなかった。
そして二つ目がイクタノーラの殺意に関することだった。
転移直後から日常生活においてイクタノーラの殺意は日々薄らいできている。
しかし、イーリのパーティーメンバーに出会った時同様に、何かきっかけがあると突然自分の体から無意識のうちに殺気を発してしまいそうになることがある。
人以外に反応しているのかと思いきや、山羊人であるラールやサーシャには反応しなかった。
ハーフには反応しないのかとも考えた。だが迷宮に潜った際にも他種族はたくさん目にしたが、その時も殺気は現れなかった。
何かしらの発動条件の様なものがあると考えてはいるが今はまだはっきりとわからない。
しかし今後も他人と関わっていかなければいけない以上、殺気を消し去る、もしくは抑え込む術を学ばないといけないと感じていた。
どちらも達成が難しい目的だが、それ以上に問題なことがどちらもラールには非常に相談しにくいことだった。
NPC配下の件は異世界やゲームの知識などそうした概念のない相手に話しを伝えることは難しい。例外なのか分からないがゾンバは異世界という言葉を知っていた。確かに知る者もいるのだろうが宿娘であるラールが知っているとも思えない。そして何より、ラールの言っていた“俺の居場所”はこの世界ではない。元の居場所に行ったが最後、この世界に戻って来られる可能性がないことだって考えられる。
そして自分は今、向こうに戻る手段を得ることができてもラールやサーシャを置いて向こうに戻れるかと問われると即断できない。
当然、イクタノーラの殺意の件はもっと話しにくい。
この体や意志がどこまで自分のものなのかということも未だに分かっていない。
今の自分の状態を整理すると、鈴屋泰斗という人格、記憶が、ゲームで使用していたアバターに似た姿をした肉体に宿り、そこにアバターであるレイと容貌のよく似た正体不明の人間、イクタノーラという男の記憶が流入している状態だ。もしかしたらこの体はイクタノーラのものなのかもしれない。しかしそうなるとイクタノーラの人格はどこに消えたのか謎が謎を呼ぶ。
知恵の輪を解こうとしてより絡まる。そんな感覚で、自分でもちょっと何を言っているのか分からない。
何よりイクタノーラの殺意を鎮める最短の手段がおそらく復讐であることもラールに話しにくくさせている。ラールには散々情けない面を見せてしまったが、さすがに憎しみを持って人を殺す姿は見せたくない。
結局部屋で1人、考え込んでもどうしようもないという結論に辿り着いたレイは宿を出て冒険者ギルドに向かった。
現在はお昼時を少し過ぎたところで、冒険者よりも行商人や普通の買い物客ばかり目に付く。ギルド内も人は少なく、比較的緩やかな時間が流れている。
ギルドにはこの間、『金華猫』と『血啜』の依頼達成の報告をしに行って以来行っていないためおよそ1週間ぶりである。
いつもは長蛇の列を作っている受付も今は空いている。本来ならば規則通りFランクの列に向かうべきだと分かりつつ、話し慣れたメルラを求めて一番左側の高ランク冒険者の受付に向かってしまう。
受付に行くとメルラは今日も暇そうに読書をしていた。
「こんにちは、メルラさん。今日もイーリは来てないんですか?」
「あ!レイさん。お久しぶりです。なんか毎回会うたびにお久しぶりって言っている気がするので、もう少し来る頻度上げてほしいです。」
話しかけるとメルラは読書をやめ、レイだとわかるや否や文句を言い始める。
出会った当初と性格が変わったような気がすると思いつつ、レイは要件を告げる。
「すみません。この間の素材でかなり儲かったのでサボってました。
ところでその時の話なんですけど、俺のランクアップの件どうなりましたか?」
「あ、そうでした。そうでした。レイさん全然来てくれないんで伝え忘れちゃうんですよね。」
メルラはギルドに顔を出さないことを思ったより不満に思っていたようで、文句を言う。
レイは仮面の中で頬を引き攣らせながらももう少ししっかりギルドに来るようにしなければと考える。
「すみません、これからは依頼中でなければ3日に1回は行きますね。」
「いや、それも普通の冒険者の方からすると少ないと思いますよ?
まぁレイさんだいぶ儲かってますもんね。いいなぁ余裕のある人って。ご飯連れて行ってくださいよぉ」
いつも以上に話が進まないと思いながらも、その砕けた態度がメルラとも多少打ち解けた証なのかと思うことができて内心やや嬉しいレイ。
「別にいいですけど、なんか随分お疲れなんですね?」
「ええ!ほんとですか?連れて行ってくださいねー!
そうなんですよ。ほんと誰かさんのせいで仕事が増えてしまって。」
メルラがわかってもらえて嬉しいと喜ぶ一方で、レイはその誰かさんとは誰のことなのだろうと思った。しかしなんとなくそこを突くのはメルラのテンションを余計な方向に上げてしまう藪蛇な気がしてスルーする。
「あの、それで俺の冒険者ランクって・・・?」
「あ、すみません。
えっと、そうでした。
レイさんの冒険者ランクは、討伐対象の内容を考慮した結果飛び級扱いになり、Dランクまで昇格いたしました。
ただいまDランクの冒険者カードを作成しているのでもうしばらくお待ちください。」
急に口調を正すことに意味があるのかと思いながらも、レイの思考は閲覧許可が降りたEとDの冒険者ギルドの資料に悩みの種を解消してくれるものがあることを願っていた。
受付机の向かい側に座ってぼんやりとカードができるのを待つ。
「それと、レイさんは一応Cランクまで上げるかどうかの話も出たんですけど、そこは規則通り試験をしないとダメだってことになったんです。」
カード作りの空白の間を埋めるように話すメルラ。
「そうなんですね?
と言うことは俺はもう試験さえ合格できればCランク冒険者として認められるってことですか?」
「はい。一応Dランク冒険者としての貢献度は満たしているのでそう言うことになります。
試験は3ヶ月に一度行われていいて、当ギルドでは1週間前に実施してしまったため当分先になってしまいます。」
他に試験を行なっているギルドについてレイが尋ねるとメルラは受付机の下から何やらノートを取り出し、特定のページを指でなぞりながら目的の情報を探す。
ノートの下方で指が止まると、顔をあげ、レイにノートを見せる。
「冒険者の昇級試験はCランクからなので、規模が大きいギルドでしか行なっていないんです。都市国家連合国では、ここ、ウキトスと中心都市オルロイ、それと後二ヶ所ほどで行うんですけど、不正防止のため試験開始時期がほとんど同じなんです。Cランクはまだ3ヶ月に一度行なってますけど、それ以上になると試験の実施も少なくなります。
だから、レイさんがすぐにランクを上げるとなると、そうですね。
クラーヴ王国か、オセアニア評議国あたりになりそうですね。
クラーヴ王国は今から10日後、オセアニア評議国は15日後にC級昇格試験を行う予定です。」
確かに見せてもらったノートには試験の実施日が記載されていた。
メルラからどうするかと言う視線で見つめられる。
レイが取れる選択肢は2つ。
このまま3ヶ月を待つか、オセアニア評議国に向かうか。
クラーヴ王国は正直選択肢に入らない。
イクタノーラからもいくつか記憶が流れ込んできたため、分かるがお世辞でも良い国だとは思ない。何より高位冒険者を国の財産と考えているらしく、一度国に入ったら出るのが大変そうだった。
ウキトスで次の試験が行われる3ヶ月先を待つのも悪くはないと思う。しかしこれからのことを考え、前向きになれた時に3ヶ月も足踏みをするのはどうかとも思う。ランクを上げること以外にも出来ることはあるだろう。しかし期待はしていてもEとDのランクで閲覧できる資料に求めている情報があるとは思ない。
今後、B、A、Sとランクを上げるにあたり、この試験の実施時期は結構重要な問題になると思う。
そうなると消去法ではあるがオセアニア評議国一択に思える。
それにオセアニア評議国は、竜人の国。
イクタノーラが唯一、あの忌々しいパーティーの中で親切にしてくれた男、ドラコ出身の国だ。いつかは彼に会って、イクタノーラとして生きていることを報告したいと思っていたが、その機会としてもこの試験は絶好のタイミングだとも言えた。
「クラーヴ王国はないですね。それに3ヶ月待つのもどうかと思うのでオセアニア評議国に行ってみます。ここからオセアニア評議国に向かううとどれくらいの日数がかかりそうですか?」
メルラはグンバにレイについて調べろと言われたからクラーヴ王国の冒険者ギルドに連絡をとりレイについて調べた。しかしレイについての情報はひとつも出てこなかった。そのためてっきりレイがクラーヴ王国の関係者だと睨んでいたメルラはレイが迷いもなく試験場をオセアニア評議国と選択したことに軽く目を見張る。
だがその驚きを表に出すのは最小限に、レイの質問に答えるべくにいつもの受付嬢の態度を崩さない。
そして何が最善の言葉になるかを考えながらレイにオセアニア評議国の説明を行う。
「オセアニア評議国の場所にもよります。
首都である『ギルトル』は試験者の人数も多くて試験の質も良いと聞きますけど、ウキトスからだと少し時間かかってしまいます。私的にはCランク試験が実施されるギルドがある場所で、馬車でおよそ5日から6日の距離にある『ベニート』の方がおすすめしますよ。」
コホンと一息付き、メルラは距離的なことを理由にベニートをレイに進める。
レイとしては断る理由もなかったため、そのまま了承する。
そしてレイがベニートに向かうことを決めるとメルラは喜び、流れるように一枚の依頼書を見せる。
「レイさん、この依頼とかどうですか?
獣車の護衛依頼なんですけど、Cランク、Dランクから募集していてあと一人足りないんです。
因みに目的地はオセアニア評議国のベニートなんです。
あ!偶然ですね。レイさんがこれから向かう先じゃないですか。
せっかくなのでどうですか?」
一人芝居を終えたメルラは片腕で汗を拭う振りを行う。
レイはだからベニートを積極的に提案していたのかと納得し、断っても食い下がってきそうだと感じ、ある程度依頼内容を聞いたのち了承した。
帰り際、メルラが少し寂しそうにつぶやく。
「あ〜あ。レイさんも他国にいっちゃうとなると私もう仕事なくなっちゃいますよ。」
レイはこの言葉を訝しみ、来た時にイーリのことを訪ねていながらその答えを聞くことを失念していたことを思い出す。
「俺もって、イーリはどうしたんですか?」
「イーリさん、数日前にこの街を出て行ってしまったんですよ。
聞いていませんでしたか?」
「はい、イーリはどこに行ったんですか?」
会おうと思えばすぐ会えると思って様子を見にいかなかったことを今更ながらに後悔するレイ。メルラはその問いに僅かに逡巡したものの教えてくれる。
「鋳造国家とかの方に行くって言ってましたよ。
レイさんに伝えなかったってことは何か理由があるんだと思いますけど、口止めされてないので言っちゃいますね。
でも目的とかまでは聞いていないです。」
「鋳造国家、、、。それはイーリ一人で?」
「いえ、ハーモニーのパーティー全員で向かったそうです。」
最後の別れ方が何とも言えないものだっただけにイーリのことが気になってしまう。そのため自分に何が出来るかわからないがCランク試験が終わり次第、イーリの元に向かおうと決心する。
レイはメルラに礼を述べギルドを後にした。
ランクが上がり閲覧可能資料が増えたため、資料室に行こうかと階段に足を向けた。
しかし、先日のゾンバとのやりとりを思い出し足が止まる。
ゾンバはレイがこの世界を知らなさそうな点に、異世界人ではないかと疑いをかけていた。
だから闇雲に情報を漁るのは避けたい。それにゾンバはレイがFランク冒険者だと思っている。たった十数日で駆け出しのFランクから中堅のDランクに上がったと知れたら、それこそゾンバの疑惑を深めてしまうかも知れない。
どうして異世界のことをゾンバに知られてはいけないのか分からないため、今考えたことが全て杞憂に終わる可能性だってある。
しかしレイにはどうしても自分が異世界の存在であることを知らせるのはまずいと、前回ゾンバが異世界のことを話した時の様子から感じていた。
ベニートの冒険者ギルドで資料を読もうとウキトスで資料を探すのは諦めることにした。
それからレイは白山羊亭に戻る前にやらなければいけないことを済ます。
メルラから依頼について話を聞き、出発が明日だと知った。
大急ぎで表通りから裏路地まで多くの店を探し回り旅支度を始める。
前回の反省を活かし、適度な大きさのバックパックを購入し旅に必要だと思われるもの、水や食料、衣類をそれぞれの商店で購入し仕舞っていく。
そしてその荷物を最終的にアイテムボックスに放り込む。
冒険者ギルド後にして白山羊亭に帰宅したのは夕方6時になる手前くらいだった。
帰宅して早速、ラールとサーシャに冒険者ランクの昇格試験があるためオセアニア評議国に向かうことを告げる。
ラールからは立ち直りが早すぎると不満を漏らされ、サーシャからは早く帰ってきて欲しい、いつ帰ってくる?と、もう既に帰りを期待されている。
そんな今が最高に幸せをだと思いながら、その幸せを手放してレイは翌日ウキトスを出発した。
PV8000超えましたありがとうございます。
次回の更新は3/23or24を予定しております。




