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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
オセアニア評議国編
52/198

52.主人公とヒロイン

ギリギリなんとかなりそうなので予定通り2章開始します。

よろしくお願いします!


ラールとサーシャと一緒に食事をしてから数日が経過した。


問題がひと段落し安心だとレイが思っている一方、まだ問題は片付いていないとラールは思っていた。


ラールは確かにこれまでと違い、1人で悩まず相談できる相手ができた。

白山羊亭の借金もどうにかなり、怖い人が宿に寄り付かなくなった。

しかしそれで全て問題が解決した訳ではない。

レイという信頼出来、頼りになる相手がいてくれる。

でもそれは一時的なもので、冒険者であるレイがずっとここに、ラールの側にいてくれる保証はない。

独りだった時には感じなかった、レイがいなくなったらどうしようと失うことに対する怖さをここ最近は感じるようになった。


それに借金がなくなりゴンゾたちが店に寄り付かなくなったことで生じた問題もある。

圧倒的な人手不足。

両親が亡くなってすぐにゴンゾが現れ、客はどんどん減っていった。

しかし今は徐々に客足が以前の白山羊亭に戻りつつある。

以前は父と母、そしてラール3人で切り盛りしていた宿。

しかし今はラール自身と、多少のことができるようになった妹のサーシャだけ。


レイも善意から時々手伝うのだが、それは逆に客人であり想い人であるレイにそんなことをさせてしまうラールの能力不足を恨んでしまう結果になっていた。


人手不足に対しては後々にどうにかしなければならないと思いながら、ラールは他の問題に頭を悩ませていた。

なぜか最近レイはラールとサーシャの部屋にいることが多くなった。


問題が落ち着き、レイがこれからどうするのか気になっていたある夜。

扉をノックする音が聞こえた。

サーシャは既に眠っており、ラールは薄手のパーカーを羽織りベッド脇においてあるランタンをつけて、扉の前まで向かった。

扉の前まで行くが誰かいる気配は感じられない。

自分の聞き間違いかと思い、戻ろうとすると再びコンコンと扉がノックされた。

ラールこんな時間に一体誰だろうと思いながら返事をした。


「・・・・はい?」


「夜遅くにごめんなさい。レイです。ラールさんですか?」


扉の向こうからは夜だからか抑えめなレイの声が聞こえた。

ラールは先ほど考えていた相手が現れたことに驚きにランタンを落としそうになりながらも扉を開ける。

扉を少し開けると目の前に黒い服が目に入る。

そのまま視線を上にずらしていくとどこか申し訳なさそうな顔をしているレイと目があった。

なぜか反射的に目が合うのを避けてしまったラールは要件を聞く。


「どうしたんですか?」


「あの。一緒にいてもいいですか?」


脳内にレイの言葉が反響し、ラールの鼓膜を何度も震わせる感覚に陥る。

恥ずかしそうに顔を少し逸らしながら言ってくるそんなところも可愛いなどと思いつつ、気がつけば体はレイを部屋の中に招き入れていた。

ラールはベッドに腰掛け、レイはベッド横にある机に備え付けられている椅子に腰掛ける。

隣でまだ幼い妹、サーシャが寝ているのにレイが少しでも動くたびに、妄りな想像が脳裏をよぎる。


今日の自分の行動を振り返る。

しっかりお風呂に入ったか?

しっかり歯を磨いたか?

いつも当然していることが、今になってしっかりできていたか不安になる。

今日はどんな下着をしていたのかが思い出せない。

パジャマもあの時のネグリジェのように可愛くない。

もう少し準備して、少しでもいい自分を見せたかった。


初めにレイさんが来た時には焦ってそんなことを考えていました。


ラールは内心で自重気味に独白する。


あの夜レイはラールに手を出さなかった。


それどころかレイはラールと30分ばかり話したのち部屋を出ていった。

会話の内容はいつ触られるのかという期待と緊張でよく覚えていない。

ラールは突然の出来事だったためにホッとしたが、同時に少しガッカリもしていた。


それからレイは毎晩ラールのもとを訪れるようになった。

ラールは次の日は気合を入れた格好でレイを出迎え、いつかいつかと待ったのだが、レイは襲っては来なかった。

しかしレイが互いの関係をはっきりさせないまま無し崩し的にそうした関係を望まない人だと思い出したために納得もした。

日が経つにつれてラールの期待は薄れていき、それに反比例するようにレイの滞在時間は伸びていった。

ついには一晩会話して夜を明かしてしまうこともあった。

朝、起きたサーシャが寝ぼけながらレイに抱きついたりしたこともあった。


ラールはレイに後ろからハグされながらここ数日を振り返っていた。



今、私は隣で妹が寝ている中、好きな男性からバックハグをされています。

しかもベッドの上で。

これで情欲を掻き立てられないのかと問われれば、当然そうした思いにもなります。

でもそんな私の邪な気持ちはレイさんの無垢な笑顔を見ることで簡単に打ち消されてしまいます。

レイさんはあの日以降毎晩、私たちの部屋に来てくれるようになりました。

最初は私も気合を入れて可愛いパジャマでレイさんを待ってました。

でもレイさんは私の体を求めてなかった。そのことに少しがっかりはしましたが、レイさんは毎晩来てくれます。

それが体じゃなくて私との時間を求めてくれているんだって分かった時は初日以上の喜びを感じました。

レイさんと共有できる時間が幸せで、心地よかったです。

しかし、レイさんはどうして私を襲ってくれないのでしょうか。

レイさんは私を見て、興奮していたとあの時は言ってくれました。

だから私に女としての魅力がない訳じゃないと思います。・・・多分。

でもあの時からレイさんは私の体を見るのではなく、私の目を見て話して幸せそうな表情を浮かべます。

それが私にとっても幸せで、考えを逸らされてしまいがちなのですが、レイさんは私のことをどう思っているのでしょうか?

あの日の言葉を素直に受け取ってもいいのでしょうか?


「レイさん、レイさんのこと聞いてもいいですか?」


ここ数日2人は好きな食べ物やそれこそ好きな色なんていう他愛もなさすぎる話をしていた。2人にはその時間が心地よく、幸せだった。

だが、ラールはレイとの関係を深めたいとも思っている。だからいつもの他愛無い話から少しレイに踏み込んだことを聞こうとする。


レイの表情は僅かに曇るが、レイは了承する。

思い切ってラールは質問をする。


「レイさんのお父さん、お母さんはどんな方だったんですか?」


「・・・わかりません。」


レイが一言そう言ったのち沈黙が流れる。

しかし2人は密着しており、互いの心臓の音は聞こえる。

レイはラールの心臓の音がいつも通りであることに安心したのか話を続けた。


「母親は俺が物心つく前からいませんでした。

それで父が1人で俺を育ててくれていたんですけど、俺がサーシャぐらいの歳に急に死んじゃいました。」


それからレイは親戚間を厄介者を押し付けるようにたらい回された話を包み隠さずに話した。

ラールはその話を聞いて愕然とした。

ラールも両親を既に亡くしており、最近まで孤独だと思い込んでいた。

しかしレイはラールなんかよりもずっと独りで生きていた。

そんなレイに何て声をかけるべきか悩み、ラールは言葉を発せずにいた。


レイはそんなラールの内心は読めなかったが、黙るラールを不思議に思い顔を覗き込んだ。ラールはすごく痛ましげな表情をしており、罪悪感が滲み出ていた。レイは聞いて欲しくて自分からした話のためラールがそこまで思い詰めることはないと思った。しかしそこまで親身になってくれているとも考えられ、ふっと微笑みが浮かぶ。


「そういえば、あの時俺がラールさんにして、ラールさんからしてもらったハグは父からしてもらったことなんです。」



「お父さんに?」

背中にレイの温もりを感じながら、ラールは左後ろを向き、レイの顔を覗き込む。


「はい。状況とか全く覚えていないんですけど、大泣きしていたんです。

そんな俺の様子を見て、父は何を聞くわけでもなく、慰めるわけでもない。

かといって無視することもなく、黙って抱きしめてくれたんです。

その時俺は抱きしめられているのに全身に衝撃を覚えたんです。痛みのない暴力的な優しさというか。」


当時のことを回想するレイの表情が幸せそうで、ラールの頬も緩む。

そしてあることに気づく。


「だから私の時も抱きしめてくれたんですね。」


「はい。なんて声かけたらいいんだろうって思った時にふと自分が子供だった時にしてもらって安心できた記憶が頭に浮かんだんです。気がついたら体が動いていました。」

少し照れくさそうにするレイ。

そんなレイにあの時の感謝を改めて告げる。


「私もあの時、レイさんから抱きしめられてとても安心しました。

独りじゃないってレイさんが体で訴えかけてくれているようで。」


あぁ。だからレイさんは今もきっと。


ラールは気が付く。

レイは今まで独りだったと語った。

その孤独を恐れていた。

そして彼は“愛”を知らないという。

だが彼は気づかぬ間に親から“愛”を受けていた。

それが“愛”であることを認識できていないだけ。

そしてレイはその“愛”を無意識であったとしても、ラールに行動で示している。

ラールの胸は過去最高に高鳴り、レイへの思いが溢れてくる。

レイを独り占めしたいと思うと共に、彼が誰からも愛されない、必要とされないという呪いから解放されてほしいと思う。

そしてそれは自分一人では難しいということ。

ラールは自分の最大限の“愛”を彼に向けて表したいと思っている。

しかし彼を蝕む孤独という呪いを消し去るには、彼を縛り付ける過去が大きすぎてラールだけでは足りない。

レイはこれからたくさんの経験をして、自分が世界から拒絶されていないことに自分から気づかないといけない。それはいくらラールがレイを想ってもどうしようもない問題だった。

聞きたくないと思っても、それがきっと彼のためになると思ってラールは口を開く。


「レイさんはこれからどうするんですか?」


「俺ですか?」


「はい。レイさんは何か目的があって冒険者になったって言っていました。

そのためにこれから何をするのかなって気になったんです。」


「正直今はラールさんと一緒に居たいというのが一番です。」


「レイさん、その言っている意味わかっていますか?」

本当に幸せそうに呟くレイの声にラールは自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


「え?そのままの意味ですよ?」



「ですよね。ええわかってました。・・わかってましたとも。

でもレイさん、何か目的があって冒険者になったんじゃないですか?

それに元いた、居場所を探しているって。」


若干呆れ気味になりながらもラールはレイの思いの根幹を探る。


「確かにそうでした。でも・・・」


「いいんですか?元の居場所が私にはよくわかりません。

でもそこにいた人たちはレイさんを待っているんじゃないですか?」


「待ってくれている、そう思っていました。でも今は・・・・わかりません。」


「どうしてですか?

みんな私くらいレイさんのこと大好きかもしれませんよ?」


「そうだと、嬉しいです。」


「確かめに行かないんですか?」


「確かめる方法がわからないんです。

その場所への行き方がわかりません。」


「・・そのために、冒険者になったんじゃないんですか?」


「・・・。」

レイは痛いところをつかれて押し黙る。


「レイさん、その場所に戻って確かめるのが怖いんですか?」


その質問はレイの心の中心に突き刺さった。

まさに今レイが悩んでいたを当てられた。

レイは鈴屋泰斗のころは一度も受けたことのない感情を向けてくれる相手に出会えた。

レイは心の穴を埋めるために、自分が世界から存在を認められていると思うために自分の世界を作り上げた。その中でならNPC配下もいて、自分は認められているのだと思うことができた。

だからこの世界に飛ばされた時は必死にその世界に戻る方法を探していた。

しかし今はどうなのだろうか?

本当に自分を求めてくれる存在を捨てて、自分を求めるようにシステムされた空間に戻る方法を探すことが正解なのか。

仮に戻ってNPC配下たちにいつもと同じ対応をされることが、ラールという本物を知ってしまった今のレイには恐怖でしかなかった。


「・・・はい。」


「それなら心配しないでください。

もしそんな人がいたら私が怒ってあげます。

それでもダメなら私がたくさんレイさんを慰めて、ドロドロに甘やかしてあげます。

だからレイさん怖くて足が竦んだとしても進んでください。」


しかしラールはレイが止まることを許さない。


厳しくも、優しく前を向かせる。


「・・・どう、してですか?」


「何度でも言いますよ。

私はレイさんが好きで、レイさんがずっとここにいてくれたら嬉しいです。

でもレイさんは私だけの思いじゃこれまで受けてきた自分を否定する言葉からは救われないってなんとなく思うんです。でもレイさんを好きだって言ってくれる人が私以外にもたくさんいたらレイさんはきっと自分のことを好きになれると思うんです。私はレイさんに好かれたいですけど、レイさんには自分自身も好きになって欲しいんです。

私の勝手な願いですけどね。」


戯けて笑うラール。


「元々その場所に戻るための方法を求めて冒険者になったってのもありますし、俺はもう一度一からその方法を探してみようと思います。ラールさんの言うことも一理ありますし。」


ラールに鼓舞されたレイは決心を固める。

それが答えの分かりきったことだったとはいえ、自分で決めた目的を果たすために。



ラールはレイの寝顔を見、彼の長い白髪を撫でながら微笑む。


最初に会った時少し変な人って印象だったのに、どんどんレイさんに対しての感情が変わっていきます。とても強い人だってわかった時はどうにかして味方にしなきゃって焦って、でも失敗しちゃって。そんな私を見捨てないでくれたレイさんに、それからはどんどん惹かれていって、今はもう首ったけです。レイさんはなんでもできて完璧な人って思っていたから、カグ村から帰ってきた時の変わり様には本当に驚いて、でも今度は私がレイさんを助けたいって思えました。それからレイさんが心に抱えているものがあるってわかった時には悪いとは思っても少し浮かれちゃいました。

レイさんに何かあった時、私が助けられるって思っちゃいました。

レイさんが自分を認められる様になって欲しいと思いながらも、心までも強くなってしまったらきっと私はレイさんに何もできることはなくなってしまいます。

それが辛いです。

レイさんがいろいろな人から認められ、愛されてほしい反面、レイさんの良いところを知っているのは私だけでありたいと思ってしまいました。

だから遠ざけようとしてごめなさい。でもきっとこれ以上好きになったら私が離れられなくなってしまうから。


ラールは再びレイの長い白髪を撫で眠りについた。


ありがとうございました。

次回更新は3/19or20を予定しております。

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