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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
49/198

49.新しいミギウデ(閑話3)

よろしくお願いします。

俺は昔から欲しいものをなんでも力ずくで奪い取ってきた。

俺には恵まれた体格がある。

俺は世界から祝福された。

俺のパワーと恩恵があれば怖いものなんてない。

今まで手に入らなかったものなんてない。

今はロク商議会スレーブンのイルゾドの右腕として仕事をしている。

あの男は少し神経質で、俺の仕事にケチをつけてくるが、好き勝手させてもらっていることを考えればそのくらいどうってことはない。

今回の白山羊亭の姉妹を奴隷に落とす任務も、イルゾドは俺のパワーを期待して命令してきた。たまにはあいつの言うことも素直に聞いてやるかと思って白山羊亭にむかった。

どうせそこそこの女、少し珍しい種族だから適当に痛めつけて売り飛ばせばいいか、そんなふうに考えていた。

スライド扉を勢いよく開け、第一声、第一印象で相手にどちらが上なのかを徹底的に叩き込む。今回もそのつもりだった。

だけど、働くあの女を見て気が変わった。

あんな健気に、笑顔を振りまいて働く女。

力で、暴力で潰してしまうのは勿体無いと思った。

あまり得意ではないが、心から徹底的に叩き潰して、絶望させてやりたい。

その絶望した顔で俺だけに媚びさせてやりたくなった。

下半身に血が溜まる感覚があった。

すぐにでも殴って、着ている服を破って、犯してやりたかった。

でもそれだと最高に唆る顔をしないと俺の本能が言っていた。

だから俺はその女を堕とすために考えた。

それなのに、それなのに、どう言うことだ。

どうして堕ちない。徹底的に借金を払えと言い、食堂に行ったら好き勝手騒いで散らかして帰る。そんな絶望的な状況でどうして堕ちない。

意味がわからない。

おかげで俺の下半身はずっと疼きっぱなしで、もう辛抱ならない。

もう、最高の表情は見なくてもいい。今日こそ犯す。そう思った。

そのはずなのに、どうしてだ。どうして俺は負けた?

あのクソ黒狐野郎、次にあったら絶対に殺す。

俺の前で魔法なんて使いやがって。

絶対に殺す。

ついでにあのふざけた口調の野郎も絶対に殺す。

この14日の期限が切れた時がお前らどこの誰だか知らないけど、とにかく最後だ。



「だってさ。救い難いね、あなたの元右腕。仕事そっちのけで性欲優先してるわね。きっも。」


高そうな座卓に上半身からうつ伏せで突っ伏した死体を見て楽しそうに、しかし気持ち悪そうに話す女性がいた。


「俺もこいつがここまで馬鹿だとは思ってなかったぜ。

商品として大切にしてるのかと思ったが、自分が気持ちよく犯すためにあんな回りくどいことしてやがったのか。イラつくなぁ・・・。」


座卓を挟んで向かい側のソファに腰掛けていたイルゾドが死体になったゴンゾを見て渋面を浮かべる。

向かい側のソファに腰掛けていた女性はゴンゾの頭に突き刺していた自分の左手を抜く。

その手から滴り落ちる血をこぼさないように顔を上にむけ、行儀悪く、意地汚く自分の手を舐め啜る。

イルゾドはそんな彼女の様子を嫌そうに見ているが口出しはしない。

この部屋には2人、死体を合わせても3人しかいない。

そのためイルゾドは自動的にこの女性が血を舐めとるのを待たなければならない。

数十秒の汚いリップ音ののち、女性は嫣然とした笑みを浮かべイルゾドに話しかける。


「どお?興奮した?」


イルゾドはまたしても嫌そうな表情を浮かべ否定する。


「今の行動のどこにそんな興奮する要素があったんだよ。

正直ゴンゾとお前、どっちが俺の右腕でも萎えてくるぜ。」


「えぇ〜せっかくの高給の雇い主様だからサービスしてあげたのに。

それがこんなデブと比べられるなんてショック〜

殺したくなっちゃうじゃない?」


女性の笑みが深まり、イルゾドは寒気に震える。

その依頼主の様子に気をよくしたのか女性は楽しそうに笑う。


「こっちは依頼主だ。別に口調は気にしないが、他のことには気―つけろ。」


「あれ?強がっている?意外と可愛いところあるのね?どう?今夜。

私、あなたなら一晩くらいはいいわよ。」


「こんな物騒な女、金払われても願い下げだぜ。」


「そんな女にお金払うのはあなたじゃない?」


「なんだお前、殺し屋から娼婦に職替えでもしたのか?

それならもうちょい自分の顔見てから出直してきな。」


その瞬間、イルゾドの頬から血が垂れる。

じんわりと滲み出る血を見てイルゾドは体を硬直させる。

耳元を何かが掠める音がして、首が軋む音をたてながらもゆっくり顔を音のした方向に向ける。

座っているソファにはナイフにはゴンゾのものではない血が飛び散っていた。

背後の壁に何かあるのかと目を向けるが何もない。

肝心のイルゾドを傷つけたナイフ本体はどういうわけか既に女性の手元に戻り、その血が付着したナイフを女性は舐めていた。


「ごめんなさいね。あなたと口で喧嘩するのは私には分が悪いみたい。

早く依頼について話してしまいましょう。でないと私、あなたから貰っている依頼料に加えて命まで貰ってしまうかもしれないわ。」


心臓の鼓動がありえないくらいに早くなり、呼吸が荒くなる。

それでもイルゾドはロク商議会スレーブンの長。

数々の修羅場をくぐり抜けてきたという自負がある。

イルゾドはソファから立ち上がり一息吐いたあと、後方の壁に向かう。

女性は不思議その様子を眺める。

壁と正面向いて相対すると両手を壁に突き、ふっと息を吐いたのち勢いよく頭を振りかぶって壁にぶつける。

そしてイルゾドは何事もなかったかのように座っていたソファに再び腰掛ける。


「悪いな。始めるか。」


頭から、頬から血を流しながらも話をしようとするイルゾドに女性は腹を抱えて笑う。


「待って、待って、待って。なに今の?」


「喝を入れただけだ。気にすんな。」


「今回の依頼主は金払いはいいし、面白いし最高ね。」


女性の笑いが止まるのをまち、イルゾドは今回の依頼について大まかに説明を始める。

今回の依頼は座卓に突っ伏すデブが失敗した仕事をそのまま引き継ぎ、都市国家連合国ウキトスで宿を営む、山羊人の姉妹を奴隷に落とすこと。

そして奴隷に落とした後には既に買い手が決まっているため、できるだけ傷をつけないで欲しいことも伝える。


「奴隷の形態は?」


女性は先ほどのふざけた態度から一変し、真面目に仕事の内容を確認し始める。


「一応、一般奴隷だ。

ゴンゾの野郎は奴隷=物みたいに考えてやがったからな。

それができるかが一番の懸念点だったが、そんなこと関係なく死んじまった。

ほんとつかえねぇ。」


奴隷にも一応の権利は存在し、種類も存在する。

まず犯罪者が罪を減刑させるためや死刑を免れるために落ちる奴隷。

しかし犯罪奴隷は死刑になる方がマシなくらい過酷な労働を行なわされる。

彼らに権利はほぼなく、食事も1日に一度。碌に栄養を得れなかったり、戦闘用として無理やり戦わされて死んでしまうことが多い。

次に一般奴隷。

彼らは借金を返すことができず、形としてその借金分を返すまで奴隷として働く。

当然契約以外のことをすることはできず、食事もしっかり与えなくてはならない。

仮に規則を破った場合、その奴隷の主人が奴隷の借金を払わなければならない。

そして最後に、性奴隷や戦闘奴隷。

一般奴隷よりも高額だが、その分主張できる権利が少ない。

性奴隷は主人に求められれば断ることはできなく、戦闘奴隷は主人の命令に従い戦わなくてはならない。この奴隷になる者は借金を返す目処が立たない場合や、貴族に無礼を働いたことで取り返しのつかないためなどが多い。


そしてラールとサーシャは一般奴隷として買い手が決まっていた。


「一応というのは?」


女性はイルゾドのゴンゾに対する文句を完全に聞き流し、仕事の内容を詰めることを優先する。先ほどと全く異なる様子にイルゾドは少したじろぎながら説明をする。

買い手はとある国の貴族であり、かなりの歪んだ性癖を持っているという。

その性癖というのが一般奴隷として購入した奴隷を自ら進んで性奴隷や戦闘奴隷、または犯罪奴隷にして欲しいと懇願させるのが好きな変態らしい。


「だから一応だ。」


「いい趣味しているのね。」

誉めているのか皮肉っているのかわからない表情のまま、女性は何事かを思案する。

考えがまとまったのか女性はイルゾドにいくつかの問題点をあげる。


まず債権者が借金を放っておき過ぎたこと。

これにより、債務者が自ら一般奴隷になることを認めなければ奴隷に落とすことは難しくなる。返済されていないのに、その期間なにもせずしていたことは、奴隷商からすると債権者は債務者の返済能力を認めていることになってしまう。

そのため債務者側から奴隷になってもらわないと難しいということを告げる。

すると今度はイルゾドが楽しげに喉を鳴らす。


「意外と頭の回る女だな。てっきり力でゴリ押すようなゴンゾと同じタイプだと思ってたぜ。でもな、ひとつ大事なことを忘れてるぜ。さっきから奴隷商のことばっか気にしているけどよ、この国でその奴隷商の長は俺だぜ?そんなことどうにでもなる。」


そこを指摘された女性はバツの悪い表情を浮かべる。

「でもそれならここに連れて来ればいいだけだからとっくに奴隷にできているはずよね?

本当にゴンゾって男、無能すぎない?」


そう切り返されたイルゾドも渋い面持ちになる。

「本当それに関しちゃなにも言えねぇ。

そこらの雑魚を集めて命令したほうがまだ上手くいくぜ。

だけどな、ここからが問題だ。

俺があんたを、『親族殺し』の異名を持つ殺し屋、トアエさんをわざわざ呼んだのにはしっかり理由があんだよ。」


2人は改めて今回の障害を確認し合う。

「俺があんたに連絡する2、3日前くらいにゴンゾから対面鏡で連絡が入った。

元から頭の悪りぃやつだからなに言ってんのかわからねぇんだけどよ。

連絡してきたあいつはかなりやばくてな、とりあえずこっちに戻したんだ。

日を空けて落ち着けば良し、そうでなくても、」


「私がいるって話ね。」


「ああ。おまえさんの恩恵(ギフト)『メモリストア』は裏社会じゃ割と有名だからな。」


「そうね。隠すよりもむしろこれを武器に雇ってもらっているもの。」


「それで?なにが見えた?」


「黒狐と白髪の男ね。」

トアエがつぶやく。

なにを言っているのかわからず首を傾げているイルゾドに対してトアエは説明を続ける。


「今の2人がゴンゾを倒した連中よ。

それもそいつらは別々の目的で動いていそう。

1人目の黒狐だけど、実力はよく分からない。

ただ、ゴンゾの攻撃を避けられていたし、そのゴンゾを一撃で昏倒させていたわね。

2人目は白髪の男。

背は高くて細身。ウキトスのあんたらの拠点に1人で乗り込んで、ゴンゾ以外には気づかれずに帰っているわ。ゴンゾに用があったみたいで、魔法の腕はかなり高い。それにゴンゾの攻撃を避けずに受け止めていた。

確実にこの男の方が強そうね。背丈は二人とも似ていたけど種族が違うから別人であることは間違いないと思うわ。」


その説明を聞いてイルゾドは愕然とした。

ゴンゾは粗暴で手のつけられないやつではあるが、実力はかなりのもの。

そんなゴンゾがこの短期間のうちに、素性のわからない2人にあっさりのされたことが信じられなかった。

唇を震わせながらもイルゾドはトアエに問いかける。


「目的・・・?」


「ええ。まだ直接調べたわけじゃないからはっきりしないのだけどね。

1人目の黒狐。こいつは殺さないと、姉妹を手に入れられないわね。

白山羊亭に宿泊しているみたい。なにがあったかは知らないけど、その姉妹とも仲良くしているわね。

2人目の白髪の男。こいつの方が調べても情報は出て来なそうだし、相手にしたくないわ。正直言って勝てる気がしない。ただ幸いこいつはロク商議会と敵対しないように立ち回っている。ゴンゾを殺さなかったのもあなたたちに目をつけられるのが嫌だったみたい。

ゴンゾには14日間危害を加えることを禁止する意味のわからない魔法を行使したみたいだから、その14日を過ぎれば安全だと思うわ。14日の間にゴンゾに動かれるのを嫌って使ったみたいだから。」


強敵を1人相手にしなくて済む可能性にホッと息をつくイルゾド。


「それなら、あの姉妹を手に入れるのは最低でも14日後になるわけか。

それで、その黒狐と戦って勝てるのか?」


殺し屋に対してその問いはまずかったと発言した後に後悔するイルゾドだったが、トアエは気にした様子もなく、ただわからないとだけ答えた。

トアエからは自信も不安も感じられず、イルゾドから見るとただ不気味な笑みを浮かべていた。


「そろそろ今日のことをまとめましょうか。

まず姉妹を一般奴隷とするためにオルロイに連れてくる。

最も障害になりそうな黒狐は殺さなきゃいけない。

次に障害になりそうな白髪の男は14日空ければ敵対する可能性は低くなる。

これらを踏まえた上で期間は2ヶ月で、報酬は白金貨1枚といったところかしらね。」


途中まで難しい顔をしながらも話に頷いていたイルゾドが最後の一文を聞いて顔色を青くする。


「ちょっと待て。期間が2ヶ月で、報酬が白金貨1枚だと?ふざけているのか?」


そんなイルゾドの様子を見てもトアエは全く動じることなく答える。

「本気よ。成功率を上げるには黒狐について調べないといけないわ。絶対に殺すために。そのためには時間がかるもの。それに白髪の男についても調べたいわ。懸念事項は残したくないの。仕事の成否にも、私の命にも関わるもの。

それに白金貨1枚はだいぶ値下げしてあげたのよ。

あなたの頭突きが面白かったから。

それでも文句があるならここで死んでいる豚にでも言ってちょうだい。」


その後も何度か交渉は行われるがトアエが折れることはなかった。


「それじゃ私は明日にはもうウキトスに出発するから。」


「ああ、さっさと終わらせてこい。」


「それと私今すごく上がっているんだけど、本当に相手してくれない?」


その問いをイルゾドは顔を歪め断る。

トアエは残念そうにするもまたすぐ笑みを浮かべる。


「それならこの屋敷にいる男1人借りていくわね。

返せるかわからないけど。」


最後にそう言ってトアエは部屋を後にした。


ありがとうございました。

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