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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
48/199

48.イーリの憤怒(閑話2)

よろしくお願いします。

時系列的には10話後の『ハーモニー』の話です。



「イーリはまだ部屋から出てこないのか?」


「はい。イーリ様はまだお部屋に籠られております。」


「あいつらもあいつらだが、全く、、、イーリもしっかりして欲しいものだ。

ミャスト迷宮に潜る予定日はとっくに過ぎているのだぞ?」


「確かに予定日は過ぎていますね。

しかし私はイーリ様のご判断に追従するだけですので。

むしろあの温和なイーリ様をあそこまで怒らせたあの3人に、私は思うことがたくさんありますが。」


そう会話しているのはあの時この拠点にいなかったハーモニーのパーティメンバーである兜蟲人のアクティオンと人種のノログだ。イーリはあの日、レイの勧誘を失敗してから部屋に籠りっぱなしなのである。


「それにしてもイーリがパーティメンバーを勧誘するなんて珍しいこともあるものだ。」


「そうですね。ここにいるのはアクティオンさんを除いて皆、ハーモニーに加わりたくて自ら志願したものたちですからね。」


「ああ。だから一度見てみたかった。イーリがあそこまで落胆するほどの人材を。」


「そうですか?それなら冒険者ギルド張り込んでいればそのうち会えるのではないですか。

むしろ僕は、そのレイという人を弾き出したかった3人の気持ちの方が理解できますけどね。自分から声をかけてパーティに参加させてもらうまで全く興味を持たれなかったのに、冒険者ランクFの男が突然イーリ様からスカウトされたとなったら僕なら嫉妬心全開になる自信しかありません。

無論イーリ様を怒らせたりするつもりはありませんが。」


「確かに、あまり本心を表に出さないイーリがあれほどに怒りを露わにしたのは驚いた。

フィールはまだマシだが、シィリーとレグリナは片腕か。

ポーションで治るとはいえ、仲間相手にここまでしたのは初めて見たな。」


「ほんとやってらんねぇよ。あの男のどこにそこまでの価値があんだよ。」

そう言いながら扉を開け、共用スペースのリビングに入ってきたのはその仕打ちを受けた当人である獣人種のシィリーだった。


「ようやく回復したか。」


「まぁ全快ってわけにはいかねぇけどな。

それなりに戦えるまでには回復したぜ。」


「それで?あのクソビッチはまだですか?」


「あいつはとっくに回復してるよ。

今は自分の部屋に篭って何かぶつぶつ言ってやがる。

隣の俺の部屋まで聞こえてくるから碌に休めやしねぇ。」


「レグリナも相当深手を負わされていたからな。

まぁ仕方ない。しばらく放っておいてやれ。」


「何テメェが指示してんだよ。アクティオン。

というかいるなら何か話せよな、フィールも。」


「・・・・・・・・怖かった。」


シィリーに話しかけられたことでようやく口を開く、エルフのフィール。

彼女は最初からソファーの端に体育座りをして皆の会話を黙って聞いていた。


「あ?ああ。イーリな。確かにあそこまでキレたイーリは初めてみた気がするな。」


「・・・・・・・・違う。」


「は?違うって何が違うんだよ。」


フィールの言動に皆の注目が集まる。


「・・・・・・あのレイとかいう冒険者の殺意。あれが怖かった。」


仕打ちを受けたイーリに対してではなく、あの時ただ黙って突っ立ていたレイに恐怖を感じたという。

フィールの様子はあの時を思い出したのか小刻みに震えている。

その姿を見てシィリーは冗談ではないのかと思い、再度尋ねる。


「はぁ?あいつから殺意?イーリじゃなくてか?」


頷くフィール。そして驚く一同。


「ならなんだ?イーリはそいつの殺気を感じて俺らがこれ以上何かしでかさないようにキレたふりでもしてるっていうのか?」


「・・・・・わからない。」


「いや、イーリは本気で怒っているぞ。

お前らはわからないかもしれないが、長い付き合いの我には感じられる。

イーリの部屋に近づくほど感じる怒気をな。

それがわかるからフィールも自分の部屋でなくここにいるのだろう?」


「・・・・・・・・・・そう。」


「あ?てことは俺ら怒らせるとまずい奴二人を怒らせてちまったのか?

つってもそのレイって男はどうでもいいけどよ。」


「そうですね、これに懲りたらイーリ様のお心をこれ以上乱さないでください。」


「わーったよ。てかお前はあの日どこに行ってたんだよ。」


「そんなこと今関係あります?

それよりもアクティオンの話を聞く限り、イーリ様の部屋の近くはあまり安全ではないのですよね?今、というよりイーリ様がお部屋に籠られてからずっとシェリーリが今イーリ様のお部屋の前にいるんですけど、大丈夫なのでしょうか?」


固まる一同。

そして皆の視線を受けたアクティオンが外皮に覆われた顔を器用に顰めながらも腰をあげた。



「おい、イーリ。いい加減機嫌を直せ。」


場所は変わりイーリの部屋の前。

先ほどの話でシェリーリが危ないかもしれないと思った四人は、パーティ内で一番古参のアクティオンにイーリの説得を任せた。そしてイーリの部屋の前でアクティオンは扉の向こう側にいるイーリに話しかけるが反応はない。


「その溢れんばかりの怒りを外に放出するのは止めろ。

そのまま垂れ流しにしていたらここにいるシェリーリが持たないぞ。

我は、お前にとってシェリーリが一番大切な存在だと思っていたんだがな。」


シェリーリの名前を聞いた途端、あたりに溢れていたイーリの怒りは霧散する。

その瞬間、扉の前で祈るような格好で座っていたシェリーリは体から魂が抜けたように崩れ落ちてしまう。

アクティオンはそんなシェリーリ抱えて扉を開く。

中に入るとイーリがものすごい形相でアクティオンを睨む。

付き合いの長いアクティオンですらイーリがここまで怒っている姿を見るのは数回ほどしかないため思わずたじろいでしまう。


「ふぅ・・・。そこまでか。

とりあえずシェリーリを寝かせてやってくれないか。」


ベッドの上に座っているイーリのシェリーリを手渡す。

イーリはシェリーリを受け取ると先ほどまでとは全く違った表情で、壊物を扱うかのようにシェリーリを抱き抱える。


アクティオンはシェリーリを渡すとそのまま立った状態で話を続ける。

というのもイーリの部屋には大きなキングサイズのベッド以外何もものがないためだ。


「ようやく話せる状態になったか。

シェリーリ以外、この部屋に入れないようにするの、いい加減にやめてくれないか?

まだヨシノのことを気にしているのか?」


「今関係あるのか?その話は?」


アクティオンが”ヨシノ”の名前を出した途端先ほどより濃い殺意が向けられる。


「そうだな。聞かなかったことにしてくれ。

我が今聞きたいのは、レイという冒険者についてだ。

お前がそこまで執着する存在なのか?」


「もちろん。」

迷いなくイーリは答える。


「そうか。」

あまりの即答っぷりに何も返す言葉が思いつかない。


「レイはお前より圧倒的に強いぞ。」


「ほう・・・。」


先ほどたじろいで返答できなかったのとは異なり、アクティオンは唯一外皮に覆われていない唇を吊り上げて笑みを浮かべる。


「レイは魔術師だった。40階層までは仲間と一緒だったらしいが、25層で私が会った時は1人だった。途中で仲間を全員失ったとか。それなのに単身で25階層まで戻ったそうだ。ミャスト迷宮は魔獣が多く出現する。そんな迷宮で魔術師がマナを枯渇させることもなく1人で元の階層まで戻ってきたんだ。それがどれだけのことかわかるだろ。」


「確かにそれはお前が求めるわけだ。

でもそれはおかしくないか?あの迷宮の40層のボスはそんな規格外の魔術師がいて倒せないほどだったか?」


「それは分からない。

レイに目立った傷は見当たらなかった。」


「それなら元々ソロの冒険者とか。

ミャスト迷宮にいると言われている犯罪組織のやつだったりしないのか?」


「最初は私もそのどちらかだと思ったんだ。

でもレイは、仲間のことを聞くと、私でもそう易々と話しかけることのできない圧力が発される。

あれは仲間を失ったものが発する特有の空気だと思う。

仲間がいなかったとは思えない。」


「犯罪者の可能性は?」


「それこそあり得ないな。」


「なぜ?」


「私の勘だな。

それに上層に一緒に戻ろうかと提案した時に、私の目的だった25階層〜29階層の探索を彼が申し出てくれたんだ。40層から戻ってきたばかりの彼が。」


「犯罪者であるならウキトスにいる私のことは知っているはず。

それなら彼はいち早く私と離れたいはずだ。

犯罪者だったら、私と迷宮に潜るなんていうはずないだろ?」


「確かにな。でもその時にお前1人でいるのを理由に殺そうと考えたのでは?」


「その可能性も低いと思うぞ。

私がここにいるのがその証拠だし、レイは支援魔法を使っていた。」


「支援魔法か。」


「それも効果は私が今まで受けてきた支援魔法の中で比べ物にならないくらい高かった。

索敵の範囲も私より圧倒的に広い。魔法も当たり前のように無詠唱だ。

そんな魔術師が犯罪組織になんか身を置くか?」


「確かにそうなるとその線も薄くなるか。

でも支援魔法を主体に使うのなら、ソロで安全地帯にまで戻ってこれた理由が説明出来なくないか?」


「レイは支援魔法、索敵魔法を中心に使っていたが、別に戦えないわけじゃなかった。

魔物が多く出現して私ひとりで捌くのが大変になった時も魔物を倒していたし。

あの感じだと単身でミャスト迷宮なら攻略できる実力だと私は思っている。」


「そうなると話は最初に戻るぞ?

どうしてそれほどの実力がありながら仲間を失ったのか。」


「そうだな。

仲間割れの線は薄いと思う。

レイの様子から話を聞くのが躊躇われたから分からないけど、レイは“仲間”の言葉に強く反応を示していた。

だから40層で何かイレギュラーが発生したのではと私は思っている。」


「イレギュラーか。」


「ああ。そのことを聞くためにもレイとはゆっくりと親睦を深めていきたかったんだがな。」


「そのために誘ったのか?」


「レイが欲しかったのは私の本心だ。

ただ、そのイレギュラーがわかればシェリーリの身の安全が確保できると思ったのも確かだな。」


「相変わらず過保護だな。

そういえばあの時もミャスト迷宮の40層だったな。」


「あの時?」


「20年ほど前の11Rの事故だ。」


「そんなこともあったな。

というか私の前であの偽善者どもの話はしないでくれ。」


11Rと聞いた途端、少しは和らいだイーリの表情が再び曇る。


「すまないな。

それで、あいつらにそのことは説明したのか。」


「いいや、レイを紹介した途端に一悶着起きた。

それで何も話していない。

しばらくみんなと顔を合わせたくない。本気で殺したくなる。」


「そこが気になるな。なぜそれほどレイという男にこだわる?

確かに聞く限り手元に置いておきたい人材だが、仲間に殺意を向けるほどか?

まさかレイの方が大切なんてわけじゃないよな?」


「はぁ・・・そういう問題じゃない。

レイを気に入ったのも、欲しいと思ったのも本心だ。

それでレイがパーティに参加してくれなくて、子供のように癇癪を起こしているわけじゃない。

あいつらの初対面の相手に対する態度が気に入らなかった。

礼を失する態度で、冒険者ランクを理由に彼を嘲笑したのが許せない。

アクティオン、お前には話したよな。私がこのパーティを作った理由を・・・。

だから私はパーティ内に実力を理由、相手を“差別”する奴がいたことが許せない。

私はあいつらがパーティに加わる理由も聞いたし、私の思いも伝えた。

互いに納得し、より良い関係が築けると思ってパーティに参加してもらった。

あいつらがいてくれたことで助かったこともたくさんある。

それでも流石にこれは許せない。

あいつらがとった行動はこのパーティの存在に大きく関わることだからな。」


「納得した。

我はそんなに崇高な思いでこのパーティにいるわけではないから失念していた。

イーリの考えは理解したが共感をしてはいない。

だから我からも改めて伝えておく。

我は我よりも強いやつと戦いたい。

我がこのパーティにいるのはそれだけの理由だ。」


元々同族の少ないアクティオンは他者との違いを当然のものとしている。“差別”など普段から全く意識しない。そのためイーリがこれほど怒っている理由がわからなかった。

しかし話してみて納得し、理解した。

これはそう簡単に済む問題ではないと。


「わかっている。お前は昔から何も変わらないからな。」


二人の背丈を見るとイーリから発される言葉に違和感を感じるが、アクティオンは全く気にせず部屋を出て行こうとする。そんなアクティオンをイーリが呼び止める。


「そうだ。アクティオン。

ミャスト迷宮に潜るのはやめる。」


「どういうことだ・・・?」


「イレギュラーが発生しているかもしれないんだ。

そんな危険な場所にシェリーリを連れて行きたくない。

それにレイにあいつらと顔を合わせたりするのも申し訳ないからな。

だから鋳造国家にあるイスネル迷宮に向かうぞ。」


「イスネル・・・そうか同じ難易度なら文句はない。

そんなことよりも早くその怒りをどうにかしてくれ。」


そう言いながら部屋を出たアクティオンの様子はどこか楽しげに見えた。


ありがとうございました。

3/9に閑話3を載せる予定です。

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