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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
45/198

45.平和的な話し合い2

1のすぐ続きです。


「それでいかがされましたか?

報酬が不足のようでしたら相談させていただきますが。」


「いえ、報酬は十分です。

ただ気になったことがありまして、」


「気になったことでございますか?」


「はい。

ギルドの依頼版には、同じ金羊樹捕獲の依頼なのに報酬が全く違う依頼書があったんですよ。その違いが気になって、依頼者の一人であるナンティスさんにお話を聴きたいと思って。」


「ああ、その件でしたら、気にされないでください。

くだらない娘の悪あがきなので。」


「くだらない悪あがき?」


自分の感情が波立つのを感じる。

よほど、金羊樹の依頼達成が嬉しかったのか、ナンティスはレイの感情の変化に気が付かず楽しそうに語る。


「はい、私どもの商会で緊急で金羊樹が必要になったのです。

その際に、たまたま私たちから借金をしていた娘がいたので、金羊樹を持ってこれたなら借金を帳消しにすることを約束したんです。

そしたらその娘、ギルドに依頼を出しましてね。

その前にロク商議会、ウチが金貨10枚の破格報酬で出しているのに、銀貨50枚ですよ?

無意味すぎて流石に笑ってしまいましたよ。だから悪あがきなんです。人間、内容が同じなら報酬が多い方を取るに決まっているじゃないですか?ね。レイさん。」


「俺ですか?

ちなみにその人の借金はどれくらいだったんですか?」


「金貨20枚ほどですね。

だから正直金羊樹を持ってきても浮いた分の金貨10枚しか返済したことにならないので、10枚残りますけどね。」


「帳消しにするのでは?」

怒りを耐えたレイの一言すらナンティスは一笑に付す。


「そんな勿体無いことするわけないですよ。

最近は見かけませんがゴンゾの脳筋野郎も気に入ってますからね。」


この男が話せば話すほどラールの視線が下がっていくのが横目で見える。

レイは奇妙な感覚に陥っていた。

自分が何かを言われているわけではないし、直接攻撃を仕掛けられて負傷しているわけでもない。それでも胸の奥が痛む。ラールがこの男の言葉で傷つき、絶望することでなぜだかわからないが妙にむしゃくしゃする。

少しでも安心してもらいたくて、ラールの手を強く握る。


「・・・そうですか。」

相手はレイの声音が下がっていることにも気が付かずに楽しそうに話を続ける。


「そういえば、依頼の品はいつ頃納品されそうですかね?

どうにもかなり急ぎで必要らしくて、」


「納品ですか?」


「はい。明日ごろにはウチに運ばれてきますかね?

オルロイに持っていくことを考えると明日明後日には欲しいのですが。」


「納品はもう済みましたよ?」


「・・・・ん?

いえ、ウチにはまだ届いていないのですが。」


「そうですね。だって俺、あなたの依頼を受けてないので。」


「・・・は?それはどういう・・・」


先ほどまで、無駄な悪あがきをしていると言って少女を嘲笑い、目的の品が手に入っていたことで最高潮の笑みを浮かべていた顔が陰りを帯び始めた。


「だから、俺はあなたの依頼ではなく、俺の隣にいるラールさんの依頼を受けたんですよ。

あなたの元にギルドから納品完了の報告が来ることはありませんよ?」


「は?隣のって・・・・いつの間に!?」


やや涙を浮かべたラールがフードを脱ぎ、ナンティスと顔を合わせる。

ナンティスはラールがこの場に居たことに驚くが、それ以上にレイを不審がる。


「お前は…!!!ラール!!というか、レイさん。

今この小娘の依頼を受けたって言いました?」


「はい。」


「いやいやいや、どうしてですか?

なんでうちの依頼を蹴って、格安の依頼を受けたんですか?

え?計算できますか?」


「そこはご心配なく。数日前に出来るようになったので。」


「何を言ってるんです?

まさか抱き込まれましたか?

そんな娘に?私ならもっといい女紹介、、、グエッ」


「黙れ。」


レイの琴線に触れる言葉を発したナンティスは無意識のうちに発動された暗属性魔術『闇触』で喉を鷲掴みにされていた。


「レイさん・・・?」


突然の魔法を見て怖がるラール。

その姿を見てやや冷静さを取り戻したレイはラールを軽く抱きしめる。


「ラールさん、俺がいいって言うまで目を閉じて耳を塞いでいてもらえますか?」


「・・・はい。」

ラールがレイの指示通りに耳を塞いだことで、ナンティスに再び話しかける。


「あまり、俺の大事な人を貶さないでもらいたいんですけど。」


ナンティスはレイの『闇触』に喉を掴まれたままのため言葉が発せない。

そのために必死に頷いて了承を示している。


「あ、すみません。それだと話せませんよね。

それでどうしますか?

あなたは明日までには金羊樹が欲しいんですよね?」


「はあはぁはぁ・・・・はい。ど、どうすれば譲っていただけますか?

お金ならいくらでもお支払いいたします。」


レイに恐怖を感じた彼は急にシオらしい態度になり、冷や汗を浮かべながら作り笑顔を顔に貼り付ける。ナンティスは自分の部屋の周囲に優秀な護衛を潜ませていた。

そのはずなのにその護衛が一向に姿を見せる気配がない。

これだけ異常な現状に気がつかないわけがないと思いながらも、一縷の希望をかけてやや大きな声で懇願してみたり、護衛が潜んでいる場所に視線を向けるがなんの反応もない。

自分の手下がこの謎の触手に殺されたのではないかと冷や汗が止まらない。


「お金が欲しいわけじゃないってわかってますよね?」


「それはもう、、、、はい。」


「それなら俺が欲しいものも、わかりますよね?」


「・・・・借用書・・・でしょうか?」


その答えにレイは笑みを深める。

黒狐の満面の笑みにナンティスは小さく悲鳴を漏らしながらも、レイの言葉を聞き逃さないように全力で集中する。


「話が早くて助かります。今この場に借用書を準備し、彼女に関係する借金を全て帳消しにするのなら今すぐに金羊樹をお渡しします。

どうでしょうか?」


長い沈黙。

静寂の中、中肉中背のおっさんの生唾を飲みこむ音だけが聞こえた。

その後、彼はその条件を飲み、レイに借用書を渡した。


「これで全てですね?」


「はい・・。」


「あ、そうだ。今後もし彼女たちに危害を加えた場合、ロク商議会が相手になったとしても俺は報復するつもりなのでその点はしっかりボスに伝えておいてください。

忠告をしたにもかかわらずこちらが被害を受けた場合、まずはあなたから殺しに行きます。

互いに受けなくていい傷は増やさないように気をつけましょうね。」


レイの迫力に押されたのかナンティスは言葉が出ず、ただコクコクと頷いている。


「それとこの後追ってきたりしても、みんなこの『闇触』で殺します。

他の部屋にいる人たちは会話の邪魔になると思ったので、拘束だけさせてもらいました。

殺してはいないので安心してください。

金羊樹はそこのテーブルに置きますね。何も包装できていないのは勘弁してくださいね。」


レイはそう告げると耳を塞いでいるラールの手をとる。

借用書とその他の書類に返済を完了した宗のサインをラールにしてもらう。

書き終わったラールの手をとり、レイはロク商議会の支店を後にする。



ナンティスはレイが去った後、自分にこんな態度をとったガキに対して怒り狂うと思っていた。しかしナンティスが持った感情は怒りではなく途轍もない恐怖。

当然あんな舐めた態度をとったやつを放っておけば、組織として他の相手からも舐められる。そう思って何度も後をつけることを考えた。けれど何度呼んでも現れない護衛たち探し、それぞれの持ち場で痙攣して意識を飛ばしている姿を見てそんな気が一気に失せた。

絶対に敵に回してはいけないやつだと強く実感した。

だからナンティスはレイを追うよりも先に、ロク商議会に報告することにした。

ゴンゾが所属するスレーブンはあの姉妹を奴隷に落とすことが目的であるためなかなか手を引くことは難しいかもしれない。

しかし、せめて自分の所属するビューションだけは手を引くべきだとボスに報告するべきだと考えた。

もし、自分達が手を引かずゴンゾが問題を起こした場合自分がまず殺される。

しかし自分達が手をひき、ゴンゾが手を出した場合あいつらだけが殺される、もしくは損を受けることになる。

それならばスレーブンの仕事を多少は奪えるかもしれない。

ナンティスはレイへの恐れの感情から、今後の展開を予想し、スレーブンが被害を被ることでむしろ自分達のビューションが得をすると考え、笑みを浮かべていた。


しかし数ヶ月後、ナンティスはその対応では甘すぎたと身を持って実感することになる。



表通りに出たところで、ラールはようやく落ち着くことができたのかレイに説明を求める。

借金はチャラになったこと、今後ロク商議会が白山羊亭に手を出さないことを約束したと話した。ラールは何をどうしたらさっきの会話からそこまで持って行けたのかがわからないが、レイの言うことなので一通り安心していた。


時間はもうすでに10時を過ぎており、表通りですら人はあまり見かけない。

二人は手を繋いだままの状態で昼とは異なる表通りを歩く。


借金を返せたのにラールの表情は行きと同様に沈んでいた。

証言や署名が必要になるかと思いレイはラールについてきてもらった。

それによってナンティスの心無い言葉を聞かせてしまった。

結局署名が必要だったのは最後だけで、わざわざラールが来る必要はなかったのかもしれない。


「ラールさん、明日の夜一緒にご飯食べに行きませんか?」


どうにか元気付けられないかとレイは思考を巡らせる。


「あ、明日、ですか?」


「はい。俺がカグ村に出発する前に行きたがっていたじゃないですか?

問題もひと段落つきましたし、どうですか?」


「そ、それって、あの、デー」


「あ、もちろんサーシャも一緒に。

今日みたいに一人残していくのは心配ですよね。」


ラールが何か言おうとしていたが、レイの方が先に言葉を発する。

そして上がりかけていた顔が再び俯きそうになり、何か失敗したかとレイは焦る。


「そ、そうですね。サーシャも一緒に。。。

はい、もちろんです。

でも仕事が終わってからになっちゃうんですけど大丈夫ですか?」


「もちろんです。出来ることがあれば手伝いますよ。」


「そこはダメです。レイさんはお客さまなんですから。

・・・まぁそう言いながらずるずる巻き込んでしまったんですけどね。」


「わかりました。それなら俺はどこか美味しいお店探しておきますね。」


「はい!期待してます!」


ほんの僅かにだがラールの表情は明るくなり、レイは明日の食事は絶対に失敗できないと強く感じた。


ありがとうございました。

次回更新は明日の夜を予定しております。


1章次でラストです。

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