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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
43/199

43.ギルドの対応

よろしくお願いします。


後ろ向きで歩きながら、レイに日頃の鬱憤を語るメルラの後ろから誰かが来ていることは分かっていた。しかし、その人から殺気などといった危ない気配は感じられないため、このままぶつかりそうになったら声をかけようと思っていた。

しかしレイがそうする前に、こちらに向かってきた小柄な老人はメルラを怒鳴りつけた。


「おい、メルラ!またここで仕事サボっとんのか。」


「うわぁ!!!!!って驚かせないでくださいよ、グンバさん。それにサボってないですよ。」


後ろから声をかけられたメルラは声の大きさに一瞬本気で体をびくりとさせるが、近づいてきた存在には気がついていたようで、驚きの声がわざとらしい。そして驚かされたことに対し文句を口にする。

文句を言われた小柄な老人、グンバはそんなメルラの抗議を完全に無視してメルラの後ろにいるレイに視線を向ける。


「あ?おまえさんがここに来るのは決まって暇を持て余してる時以外なかろう。

たまにあの白狐が素材を持って来る時もあるにはあるが。

それで?今度は黒狐を連れてきたのか?」


「イーリさんですよ。いい加減名前覚えてください?うちのお得意さんじゃないですか。」


「ワシは顔を見ないと名前は覚えられん。

あんな仮面つけているのが悪かろう。

それでそこの黒狐は何しにきた?」


「はい、はい。黒狐じゃなくてレイさんですよ。

素材を売りにきてくれたんです。

それとグンバさん、鑑定をお願いします。」


その言葉にレイはこの老人の判定で血啜りサースエグマの討伐をギルドから認められるかどうか決まるのだと理解する。しかしグンバの方はレイのことを珍しいアイテムを持ってきただけの新入りだと考え、気軽な口調で話かける。


「鑑定?何かいいアイテムでも手に入れたのか?」


「いえ、そっちの鑑定ではなくて、真偽の方で。」


メルラがそう伝えると、グンバの視線はレイを値踏みするようなものに変化する。


「ほぉ、そこのがランク以上の魔物を狩ったのか。

それで、こいつのランクは?」


「冒険者ランクはFです。」


即座に値踏みするようなねっとりとした視線は緩まる。


「は。なんじゃつまらん。どうせ運よくオーガでも倒せたとかじゃろ?」


「いや、Fランクでオーガも十分すごいですからね?」


「だからメルラが連れてきたんじゃろ?」


「違いますよ。私がレイさんを案内しにきたのは、レイさんの担当が私だったからです。」


「なんじゃ?仕事サボりすぎてFランクの担当まで落とされたのか?」


「だから違いますって!いちいち話の腰を折らないでください。私じゃないんですから。

今回見て欲しいのは『血啜サースエグマ』です。」


メルラがそう言った途端、グンバの揶揄うような表情は一変し、再び、いや先ほど以上に厳しい視線をレイに向ける。


「ほぉ。この黒狐がBランク相当の魔物を。

それなら面白い。わしが見てやる。こっちきい。」


「いや、面白さで仕事選ばないでくださいよ。」


そんなメルラのツッコミも無視し、グンバはどんどん先に歩を進める。

二人はその後について行く。

しばらくすると広く開けた空間に出た。

その空けた場所には多くの台が等間隔に並べられており、多くの人間が魔物の死体に何か手を加えていた。


「加工場を見るのは初めてか?」


あたりを見回すレイの様子に気がついたのかグンバが話しかけてくる。


「加工場?」


「そうじゃよ。

ここは冒険者の奴らが狩った魔物を素材として使えるように手を加える場所じゃよ。

ここで素材に変えた魔物を、新しく武具にしたり、魔法具屋や武具屋に卸すんじゃよ。

あの台がちょうど空いとる。あそこで見せてもらおうか。」


グンバが歩き出して台に向かう中、突然メルラに呼びかけられた。


「あ、待ってください。そういえばレイさん!何も荷物ないじゃないですか?!」


「大丈夫です。収納の魔法器があるので。」


「あ、そうなんですね?」


「ほれ、何食っちゃべっておる。早く来い。」


レイとメルラのやりとりなど気にする様子のないグンバは、早足で空いている作業台に向かう。


「すみません、それでこの台にサースエグマを乗せればいいんですか?」


「なんじゃ?足りんか?」


「いえ。そんなことはないと思います。」


レイはそう答えてからアイテムボックスにしまっていた、サースエグマを部位ごとに取り出していく。

頭部、右鎌、左鎌、腹部、それと首から下の残り部分。

5つの部位を取り出し終わり、グンバを見る。

グンバは真剣な面持ちでレイの取り出したサースエグマの死体を検分し始める。

周りが仕事をしているのに、グンバの使う台の周りだけ、無属性の遮音魔法の『ブロック』を使用したかのように空間が孤立していた。

軽口を振ってくるかと思ったメルラですら、グンバの真剣な様子に、邪魔をしないように気配を殺している。


10分ほどが経過しただろうか。

グンバはまだ黙ってサースエグマの死体を、特に切断部分や体の傷を確認している。

レイにはグンバが心なしか汗をかいているように見えた。

気がつけば、魔物を解体する金属音が鳴り止み、加工場の視線がこの台に向けられる。

『ブロック』の範囲が広がったのか、それとも孤立した空間が一つになったのか。

レイは、注目されていることに落ち着かなさを感じながらグンバの鑑定を待つ。

メルラは軽口を叩くどころか、この死骸を見ても何一つ騒がなかった。

流石はS、Aランク専用窓口の受付嬢ということなのだろうか。

いつもの口数の多さから何かしらの感情を表に出すと思っていただけに驚いた。


サースエグマの死体を見て黙りこくっていたグンバが突然レイに疑問を投げかける。


「おまえさん、戦闘方法は?」


「戦闘方法、ですか?

主に魔法を使いますけど、近接戦もできます。」


魔法を使うといった後にすぐ、サースエグマとの戦闘では剣を使ったことを思い出し訂正する。


「・・・そうか。」


「こいつの死体はうちで引き取らせてくれるのか?」


「ええ、まぁ。相場で買い取ってくれるなら問題ないです。」


「そうか、うちだと金貨20枚が限界だな。」


相場と聞いてグンバが渋い顔をする。

その様子を見て、レイはもっと高値で売れることに気がつく。

しかしここで鑑定員の心象を悪くし、偽達成の罰則をかけられるのも嫌だと思い了承する。

そもそも討伐金は金貨2枚だった。素材の買収学が討伐金の10倍、金貨20枚ということでだいぶ満足しているためこれ以上欲するのもどうなのだろうという思いもあった。


「それで問題ありません。」


「メルラ、金貨22枚準備してこい。」


唐突に話を振られたメルラは、特に何も文句をいうこともなく、受付のほうに戻って行った。そこで話し合いが一区切りついたと思ったのか、あたりの喧騒が戻ってくる。


「ところで、グンバさんから見て、その魔物を討伐したのは俺って思ってもらえましたか?」


グンバは一呼吸置いた後、先ほどよりもより渋い顔になる。


「それは間違いなく黒狐のお前さんだろうよ。

ウキトスの冒険者でこんな殺し方をできるやつを白狐以外にわしは知らん。」


「・・・そうですか。とりあえず罰則がなくて安心しました。

あと、もう一体見てもらいたい魔物がいるんですけど大丈夫ですか?」


「今度はなんじゃ?」


イーリにも同じことが出来ると断言したグンバからもう少し話を聞いてみたいと思ったが、それより先に確認してもらいたいことがあった。


「金羊樹です。捕獲依頼があったので捕まえたんですけど、捕まえ方が適切なのかわからないので、状態を見て欲しいんです。」


グンバの返答が一呼吸遅れる。


「また珍しいものを。

おい、誰かここのサースエグマをワシの加工場に持ってけ!

ほれ、ここに見せてみい。」


大声をあげ、サースエグマの死体を他の場所に動かす。

レイはその開いたスペースに骨つき肉みたいな状態のツーメンチを取り出す。

グンバは再び黙り、ツーメンチを観察し始める。


「状態としてはかなりいい。

ただ捕獲の仕方が雑じゃな。

あれは、根も葉もいい素材になる。

切り離すことで活動は停止するから、捕獲の仕方としては問題ないが、専門家から言わせれば粗が目立つな。

ただ、金羊樹の捕獲依頼に何も条件が加えられていないのならこれで問題なかろう。」


「そうですか。次見かけたらそうします。

ありがとうございます。」


レイはお礼を告げ、金羊樹をアイテムボックスにしまう。

そしてグンバが金羊樹の鑑定結果をレイに告げ終わったちょうどのタイミングでメルラが戻ってくる。


「レイさん、お待たせしました。金貨22枚です。確認お願いします。」


「ありがとうございます。」


サッと金貨の枚数を確認し、アイテムボックスにしまう。


「レイさん、他に何かご質問はございますか?」


「一応、俺が討伐したってことで問題ないんですよね?」


グンバにも聞いたが、念の確認のためメルラにも尋ねる。


「はい。グンバさんがそう判定されたのなら問題ありません。

ランクについては後日また報告させていただく形になりますが、よろしいですか?」


「はい。それでは、俺はこれで失礼します。」


メルラもグンバもまだ仕事があるだろうと思い、レイは1人元来た道を戻る。

戻っている時のレイは依頼達成に加え、思いがけず大金を得ることができたため仮面の内側では頬が緩んでいた。



そんな内心ほくほくのレイが元来た道を戻り、加工場から姿が見えなくなった後、ギルドお抱えの鑑定員グンバは呼吸荒くその場にへたり込む。

その様子にぎょっとしたメルラはしゃがみ込み、様子を伺う。


「グンバさん?!大丈夫ですか?」


「なんだあの黒狐。やばいだろ。どうしてFランクなんぞにいる?」


「・・・え?どうしたんですか急に?そんなに息切らして。本当に大丈夫ですか?」


メルラの中でグンバの体調不良と今の質問、レイについてが結び付かず困惑する。


「ワシみたいな小童にあんな怪物と話させおって。

黒狐、魔法が得意と言っておったな。」


「はい。それがどうかしたんですか?」


「問題だらけじゃよ、あのサースエグマの死体。

綺麗に部位ごとに切り取られておったが、その傷がどれも魔法で傷付けたようにはワシは見えん。」


「え?それならレイさん以外の誰かが?」


「わかりきったことをいちいち聞くな。話がそれるじゃろ。」


わざとらしい驚きを見せたメルラだったが、グンバに冷たく突っ込まれたことで笑みを深める。

グンバはその笑顔にも薄寒いものを感じながら話を進める。


「あの黒狐は接近戦もできると言っておった。

言い方から察するに、主に魔法メインじゃが、自衛のために近接も出来ると言った感じじゃろ。ただ自衛の手段にしてはBランク相当の魔物に余計な傷ひとつ与えず、これほどまで綺麗に切断し、殺している。これがどれだけ異常なことかわからんのか?」


「確かに驚きましたけど。

あれ魔法じゃなくて剣か何かでつけた痕だったんですね。

でもレイさんはイーリさんのお気に入りっぽいですしそれくらいできるんじゃないんですか?」


「なんじゃ?あの白と黒は関係があるのか。

白も白で怪物じゃが、あの黒は黒で何かあるぞ?

のらりくらり誤魔化さず、どうしてあの黒狐がFランクなのか教えんか。」


「・・・はぁ。実は。」


そうしてメルラは不祥不承、上に聞かれたから仕方なくといった態度でレイの二重登録の事をグンバに伝える。

そしてグンバは今日何度目になるか分からない渋面を浮かべ、考え込む。


「クラーヴ王国の冒険者ギルドに問い合わせて調べてみろ。

あれだけの実力者があのクラーヴ王国で目立たないはずがないわい。」


「えー。クラーヴ王国にですか。

面倒くさいです。それにどうしてそこまで気にするんですか?」


「あの白いのと同じでワシの『鑑定眼(ミトオスメ)』でも見れんかったからじゃよ。」


気だるげで気の進まなそうなメルラが今のグンバの言葉にピクリと眉を動かす。


「グンバさんのでも分からなかったんですか。

それは確かに怖いですね。

はぁ・・・。わかりました。調べてみますね。

でもイーリさんにもレイさんに嫌われたくないんでコソコソ調べますね。

結果は聞きますか?」


「勝手にせい。

ギルド長に報告に行く時、わしにも声をかけろ。その時一緒に聞かせてもらうわ。」


「はーい。」


そう言ってメルラも受付に通じる道をフラフラとした適当な足取りで戻っていく。

その後ろ姿を見ながらグンバはメルラもメルラでスタンスの分からないやつだと内心でため息をついた。


PV5000を超えました。

いつもありがとうございます。


次回更新は明日を予定しております。

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