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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
40/198

40.惚れた弱み

よろしくお願いします。


ウキトスに到着し、自分の借りていた宿に戻った。

白山羊亭は出発した頃と何ら変わりなくて安心した。

仮にゴンゾが怒りに身を任せ、死すら恐れず白山羊亭を破壊する可能性だって僅かにはあった。正面の扉を開け、宿内に入るとちょうどラールとサーシャがいた。

出発したばかりの時、宿とはいえ帰る場所に待ってくれている人がいることを嬉しく思ったが、今はとにかく会いたくなかった。

そんなレイの思いとは裏腹に二人は満面の笑みで出迎えてくれる。

レイは一瞬、二人の笑顔を見て無事なことに安堵した。

しかし即座にコリウスの言葉が頭に浮かぶ。

二人は自分のことなど実際どうでもよく、ただ身を守るための力が欲しくて利用しているのではないかと。

そんなはずはない。二人の笑顔にはただレイが戻ってきたことを喜んでいる様子だ。

そうレイが戻ってきたことを喜んでいる。

無事であることを喜んでいるかは分からない。

そんな汚い考えを抱いたせいか、二人の笑顔が歪んで見えた。

思わずレイは二人から視線を逸らしてしまう。サーシャは駆け寄って、何か話しかけていたが、レイは目を合わせないように頭を下げ、疲労を理由に部屋に篭った。



あれから2、3日経っただろうか。

レイは結局部屋に篭りっぱなしで、その期間誰とも言葉を交わしていない。

サーシャは何度か部屋の前まで来ていたが、レイはそれすらも気がついていない。

部屋から一歩も出ないでアケロペ迷宮から帰った時と同じ格好のままベッドに倒れ、一人では答えの出ない問答を繰り返していた。


今日も答えの見つからない問いを考えることで1日が終わるかに思われたその時、扉は開かれた。


扉側の通路からラールの声が聞こえる。


「レイさん!入りますよ!」


足音は寝室のベッドの方にどんどん近づいてくる。

それだけ音を立てているのにレイはラールの存在に気がつかない。

ベッドに仰向けになり、仮面で隠れている顔をさらに自分の右腕を乗せ、隠していた。

レイを殺す機会があるとしたら今この瞬間だけだったのかもしれない。

無論同レベル帯という条件が課されるが。


勝手に部屋に入ったにも関わらず何も反応を見せないレイ。

ベッドに倒れ込んでいる姿を見てラールは不安に駆られる。


「レイさん!?大丈夫ですか?」


レイに元に駆け寄り、寝ているベッドに腰掛け、体を軽くゆする。

体に触れられたことで、レイの意識は海の中から浮上し、そこでようやくラールの存在に気が付く。


「ラール・・・さん?」


「あぁよかった。生きてる・・・。」


心から安堵が漏れ出た様子だった。

こんなに心配してくれる人を疑う自分の汚さにレイの心は再び締め付けられる。


「・・・どうしたんですか?」


ずっと部屋に篭り言葉を発していないために声がうまく出ない。

その一方で、安心したラールはいつもよりも大きな声でレイに、自分がどれだけ不安だったかを伝える。


「どうしたんですかじゃないですよ!

何日も部屋に籠りっぱなしで心配したんですよ。

サーシャが呼びかけても全く返事がないって泣きそうになってて、何度も部屋に入ろうかと思ったんです!でもお客さんの部屋に勝手に入るのは流石に躊躇われて。

今の今まで迷ってたんですけど、もう我慢できなくて入っちゃいました!すみません!!!」


「大丈夫です。それより心配かけてすみません。俺ならもう大丈夫なので。」


起き上がり、ベッドの背もたれに腰掛けながらレイはラールに謝罪する。


「本当ですか?」

ラールは気遣わしげな視線でレイを見ている。

その真っ直ぐレイを見つめる視線に耐えられず視線を逸らす。


「はい大丈夫ですよ。」


「嘘つかないでください。

そんな目を逸らされたら誰だって嘘だって分かるんですからね!」


「なんで仮面つけているのに分かるんですか・・・?」


「直感です!」


「・・・え?」


これまでと違うラールの様子にレイはたじたじになり、言葉が出ない。


「私の直感です。

レイさんの声がいつもと違う気がして。

もし嘘じゃないならもう一度私の目を見て言ってください。

そうしてくれたら納得しますから」


ラールはレイの黒狐の仮面に手をかける。

ゆっくり丁寧に仮面を外し、互いの息が当たる距離まで顔を近づける。

そしてレイが顔を背けないように、ラールは両手でレイの頬を掴んで固定する。


しばらく二人は見つめ合う。


そうしてしばらくし、レイが根負けする形で目線を逸らす。


「どうして・・・ですか?」


つい最近コリウスにこの質問をした。

自分が問われた内容に答えたくなくて、曖昧な問いでその前の問いを有耶無耶にする。

卑怯な問い。


「どうしてわかったか、なら本当に直感ですよ。」


そんなレイの汚さを全く気にすることなく、ラールはこれまでの会話の内容からレイの問わんとしていることに当たりをつけ、断言する。


「どうして・・・そんなに気にかけてくれるんですか?」


ラールの思い切りのいい答えにレイは訊ねてしまう。

聞いたら後悔する。

自分は必要とされていなかったという一番聞きたくない人の口からその言葉が紡がれてしまったら、いやでも理解せざるを得なくなるのにも関わらず。

そう思ってウキトスに戻ってから誰にも会わず避けてきたのに、問いが口から出てしまう。


「私が、レイさんをですか?」


「はい。」


「好きだからです。」


その率直すぎるラールの言葉に、答えに窮してしまう。


「好きだからレイさんのこと知りたいですし、レイさんが何かに悩んでいるなら微力でも支えになりたいです。」


「・・・それも不思議に思ってたんです。

何で俺なんかを好きになってくれたんですか?

・・・・ゴンゾから身を守るために・・・ですか。」


我ながら最悪の質問だと思う。

ラールの善性を疑っているにも関わらず、ラールが善人であることを期待している。

心のどこかで醜く浅ましくもその答えが否であって欲しい、仮にそうであっても否定してくれるのではないかと思って言葉が発される。

こんな質問をしておきながら、どこまでも自分の心を守りたいと思う自分が嫌いになる。


「はい。正直、初めはそうでした。」


ラールは否定してくれなかった。

一番否定して欲しかった言葉、コリウスの疑問をラール本人から肯定されてしまう。


「でも今は違います。私は本気でレイさんに惚れたんです。」


心が砕け散る中、ラール言葉が耳に入り、脳に染み渡る。

レイの目が大きく見開かれ、信じられないと口に出そうとしても声が震えて言葉が出ない。

そんなレイの様子を見てもなお、ラールは言葉を続ける。


「あのゴンゾを倒した時は、レイさんがいれば怖いものはないって思ったんです。

でもレイさんはお客さんで、冒険者。すぐにここを離れてしまう。

そう思ったら怖くなって、私とサーシャの安全を第一にレイさんが欲しいって思いました。

いつ振り返ってもこの時の私の行動や言動は最低だと思います。

でも、レイさんは私のそんな考えを分かっていながら受け止めてくれました。

ずっと独りだと思っていた私にも助けになってくれる人はいるって教えてくれました。

私はそんなレイさんの言葉が信じられなかったけど、レイさんは行動で私に教えてくれました。激安なのに依頼は受けてくましたし、サーシャとも仲良くしてくれる。レイさんが居ない間も、レイさんが言ったようにゴンゾは来ませんでした。何をしてくれたのかは分からないですけどレイさんのおかげなんだって分かりました。

ゴンゾなんか関係ないです。あんなに堕ちた私を見捨てず、利用することもなく、ただただ優しく受け止めてくれたレイさんに惚れたんです。」


ラールの真摯な訴え。

言葉数は多いのに、その一言一言がレイの中にしっかり入り込んで、砕かれていた心の隙間を埋めてくれる。


「・・・レイ・・さん?」


気がつけば自分の目から涙が流れていた。

ラールにまた心配をかけてしまったと申し訳なく思うが、それ以上に心は温かい何かで溢れていた。


「大丈夫です。」


「私じゃ、力になれませんか?」


レイの“大丈夫”が先ほどと同じで自分から距離を置こうとしている言葉だと思った彼女は自分の力不足を嘆くようにレイに尋ねる。


「いいえ。もう十分助けてもらえました。」


「でも私は何もレイさんに出来てなくて、挙句、困らせて涙まで流させて、、、」


「ラールさん。」


「は、はい。」


レイの声が真剣な声音に変わったことで、ラールは居住まいを正す。


「俺の悩み、聞いてもらってもいいですか?」


レイがそう話を切り出すとラールは一呼吸置いてから、両手を握り締め鼻息荒く頷く。


「・・・もちろんです!」


レイはアケロペ迷宮に行ってからの、否、これまで抱えていたレイの、泰斗の悩みを打ち明けた。ずっと独りだった泰斗にとって初めて誰かに自分の悩みを打ち明けた瞬間だった。


「俺、ずっと独りでした。誰からも必要とされずに生きてきました。

でもそんな俺なんかを求めてくれる、俺でも居てもいいんだって思える場所があったんです。

今はその場所に帰る手段を探して、冒険者になりました。

冒険者になってランクをあげれば何かわかることがあるかも知れないと思って。

今回一時的なパーティ勧誘があって、4人の冒険者と組む事になりました。

彼らは同じ村出身の幼馴染でずっと仲良さそうでした。

そんな4人を羨ましいと思って、俺も早く輪に馴染めるようになれたらいいなと頑張ったんです。

でもそのやり方が間違っていたみたいで、4人から距離を作られてしまいました。

いや、4人との距離ができたというよりは4人の結束が強まったのかも知れないですけど、とにかく俺は怪しまれて、パーティの一人の少年と話をしたんです。

その時、自分の取った行動が自分の存在を認めて欲しいっていう自分本位で打算的な考えだって気付かされたんです。

そう思うと、今までの行動だってそうかも知れない。

相手も俺を認めてくれたんじゃなくて、俺を利用しやすいからしているだけなんじゃなかって言われてそうかも知れないと思ったんです。それでずっと悩んでいました。」


思考がごちゃごちゃし、まとまりのない話をラールは最後まで黙って聞いていた。

今まで抱えていたものを打ち明けると彼女は無言でレイを抱きしめていた。


レイは結局自分を認めてもらいたいがために人を助けていた。

これがレイが存在を認めてもらうため、無意識に出した答えだった。

人と打ち解けるために何かを与える。

そのリターンを期待するというのは言って仕舞えば打算的な考えに基づく行動だった。

それなのに相手の裏のある行動を恐れる。

自分の体を捧げるというラールの打算的な行動を咎めたのは、レイ自身だった。


そんなレイがラールと同じことを行なっていたと聞いても彼女はレイを見離さず、軽蔑せず、ただ無言で抱きしめた。レイが以前にラールに行ったように。


「この間レイさんにしてもらって、私とっても落ち着いたんです。

レイさんも落ち着きましたか?」


しばらくして、そっと抱擁を解いたラールはレイに尋ねる。


「はい。でもやっぱり俺は、自分では打算的な行動なんていらないなんて言っておきながら、結局相手に求めてしまってたんです。

ラールさんが今こうして話を親身になって聞いてくれるのだってきっと、」


「関係ないです。そんなこと。

レイさんがあの時に何を考えていて、それがどれだけ打算的な行動だったとしても私の思いは変わりません。

私はそのレイさんの行動、言葉で救われたんですから。

そこにどういった意味合いが含まれていようと関係ないです。

私はレイさんが好きです。

今も私はレイさんから好かれたくて話を聞いている。

そう考えたらそれはとっても打算的な行動じゃないですか?」


「でも・・・」


「それにその、レイさんの話を聞いて思ったんですけど、言われたことを真正面から受け止めすぎじゃないですか?たまたま思い付かなかったことを言われたってだけでその人の言っていること全てが正しいわけじゃないと思います。

誰かから必要とされたくて、頑張ることの何が悪いんですか?

誰かから必要とされるための行動は打算的なんですか?

私はレイさんの行動は何も悪くないと思いますし、命助けてもらっておいてその4人図々しすぎませんか?

私が文句言ってきますよ!

どこの、誰が、どれだけ、レイさんのことを否定して、存在を認めなくても私が全部、肯定します。認めます。

レイさんを受け入れます。たとえ世界がレイさんを認めなくてもです。

だからレイさん、そんな暗い顔しないでください。」


レイにはラールがどうしてそこまで自分を認めてくれるのか分からなかった。

あれほど、自分を全肯定してくれるNPC配下のような存在を求めておきながら、そうした人が現れたら疑いの眼差しを向ける。

そんなレイの表情に気がついたのか、ラールは言葉を重ねる。


「何回でも言いますよ。私はレイさんが好きなんです。

そして私はレイさんに好かれたいです、愛されたいです。

ずっとレイさんのことばかり考えちゃうんです。

好きな人のことなら何でも知りたいんです。

だからレイさんが悩んでいることを教えてくれたのも、変な言い方になっちゃうんですけどすっごく嬉しいんです。

レイさんのことを知れたし、レイさんの力になりたいから。」


思いが決壊した。

ラールの表情は本気だった。

これで嘘をついていたらそれはもう、レイにはどうしようもない。

気がつけばレイは堪えきれずラールを抱きしめていた。

今はとにかく、ラールが欲しかった。

どこにも逃さないという強い意志を以てラールの背中に腕を回す。

そんな突然のレイの行動を咎めることもなく、されるがままのラールは抱きしめられた状態で


「いいですよ。どんどん私を頼ってください。」


ぼそりと呟く。

レイにその声が届いたのかは分からない。

しばらくの間、二人は互いの温もりを確かめ合うように抱き合っていた。


ありがとうございました。


次回更新は明日の夜を予定しております。

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