39.七冥王 猖佯
よろしくお願いします。
猖佯→「ショウヨウ」と読みます。
コリウスが去った後もレイは1人、部屋の中で言葉の意味を考えていた。
コリウスは言った。
力があるから他のことなんて気にする必要がないと。
でもどうして力があれば何も気にせずにいられるのだろう。
確かにレイはこの世界に来た時、この力があったからこそミャスト迷宮で一人でも生き残れたし、イーリと面識を持つこともできた。ラールからも頼りにされた。
ここに来てからはレイの力を頼りに生きている。
レイの力を使うことで、自分の存在価値を見出し、自分がここにいてもいい、みんなから必要とされていると思うことができた。
しかし実際に必要だったのは力で、鈴屋泰斗でもなければレイでもなかった。
イーリは目的を果たすために戦力が必要で、ラールは自分の大切な物を守るために力が欲しい。
そこに互いを思う信頼関係は、無かったのかもしれない。
「必要だったのは俺の力だけだったのかな。」
レイの寂しげな声が誰もいない部屋に溶けていく。
力しかない自分に力以外を必要とされることはあるのだろうか。
イーリとラールが好意的に接してくれていたのは、自分という存在を好ましく思ってくれたというよりもただレイの力を利用したかっただけかもしれない。
泰斗もイクタノーラもそんなことは考えなかった。
なぜなら2人には一度もそうした失うことが怖いと思う存在と出会えなかったから。
レイもダイイングフィールドでそんなことは考えなかった。
自分という存在全てを認め、受け入れてくれるかけがえのない配下NPCがいたからだ。
だから泰斗もあの世界を生き抜くことができた。
この世界では配下NPC的立ち位置にイーリとラールがなってくれると期待した。
しかしそれは自分の身勝手な考えだった。
信頼関係なんてなかった。
勝手に2人に期待し、2人はレイの力を利用しようとしただけのこと。
でもそれがレイには耐えられなかった。
仲間が欲しい。
配下が欲しい。
自分の全て肯定して欲しい。
自分の全てを否定し、受け止めて欲しい。
心の穴を埋めていた配下、そしてこの世界に来てからレイの心を埋めてくれると期待した存在。
それら全てが消え、伽藍堂になった心に隙間風が流れる。
しかし突然その空間を埋めるために何かが動く感覚を感じる。
胸中に熱いものが込み上げてくる。
気づけば、体は動いていた。
立ち上がり、左手は右胸に当てる。
イクタノーラの記憶に何度か出てきたこの仕草。
何かを呟きながら黙祷するこの動作。
気づけば体が、口が勝手に動いていた。
『天にまします我らが神よ
我信ずるは我が信念 猶し願ひつ神の御業
神ならば罪人なる我に見せ給ふ 我 “想造” 形作り給へ』
言葉が勝手に口から飛び出て、手を当てている胸の部分が淡く光りだす。
光は体から離れ、目の前で形を変えていく。
体からは何かがごっそり抜けた感覚を覚えたが、今起きている事象に対してそれは瑣末なことでしかない。
思わず黙祷すら止めて、その光景を眺めていた。
光が収束し、人の形を作り始める。
人型になったこと以上に、その人物を見てさらにレイは息を飲む。
2mを優に超える長身。
背中には左肩からは右足にかけて錆びれた大剣を装備している。
身に纏った鎧は汚れひとつなく体格が普通なら新兵だと言われても納得がいく。
そんな鎧を装備しているにも関わらず、立ち居振る舞いは貫禄を感じさせる。
その佇まいは敵には圧迫感を、そして仲間には安心感を与える存在。
ダイイングフィールド内、レイが作り上げた国『メギド慰霊国』
その国の中心地『ヴィアインフェルヌス』の幹部。
『猖佯』がその場に顕現していた。
「・・・・猖佯?」
レイが信じられないといった思いで、恐る恐る尋ねると目の前の大男は鎧の接合部から発される金属音を鳴らしながら首肯する。
「はい。」
「本当の本当に猖佯なの?」
自然とダイイングフィールド内で配下NPCたちに対した、砕けた口調になっていた。
「はい、そうです。レイ様。」
2度目の頷きを確認したレイは硬い鎧などお構いなしに猖佯に突進し、抱きつく。
ひたすらに安堵感を覚えていた。
ずっと求めていたNPC配下の一人。
どうやって召喚したのか、なぜ召喚できたのかもわからない。
それでも今の落ち込んだ気持ちをどうにかしてくれるものは、この世界では猖佯以外には存在しなかった。
レイは鎧の分厚さで後ろまで回り切らないものの精一杯腕を伸ばし、猖佯を抱擁する。
固くて冷たい鎧に顔を埋めながら、話をする。
「どこまで猖佯は覚えているんだ?」
「どこまでと言いますと?」
「ダイイングフィールドのことだったり、逆にこの世界のことだったりを知ってたりする?」
「すみません、レイ様の仰ることがよくわからないのですが。」
「そっか。」
多少残念ではあるものの猖佯は元々ゲーム内のN P C。
知っていることがないのは当然といえば当然である。
それ以上にゲーム内でプログラム通りにしか動かなかったはずのキャラクターが意志を持って動き、話していることに興奮する。
「みんなはどうしたかわかる?」
「みんなと言いますと?」
「ダイイングフィールドの。ほら、『慚愧』とか『ローチェ』だったり。
君とペアだった『ナルエイン』のことだよ。」
「私とペアだった?
すみません、ナルエインとは誰のことでしょうか?
慚愧とローチェという名も聞いたことがありません。
申し訳ありません。」
安堵感が一気に消えた。
レイの顔からは表情が抜け落ちた。
鎧を覆っていた腕をそっと手放す。
二、三歩下がって距離をとり、じっくり猖佯を観察する。
見た目はダイイングフィールドで共に過ごした猖佯そのもの。
それなのに決定的に何かが違う。
猖佯の話し方はダイイングフィールドのことを忘れているというより、そもそも知らないような受け答えをしている。それに冷静になって考えてみると猖佯はこんなまともに受け答えのできるキャラではなかったはずだ。
彼は狂戦士、狂人、二重人格者など様々な職を有しているためここまで普通の会話が出来るはずがない。
この世界に来て変化した?
「猖佯、君の覚えていることは?」
「はい。私の覚えていることは、七冥王が一人。亜暴の間を担当しています。
性格は温厚ですが一定以上のダメージを受けると・・・」
「黙って。」
再び自分の体から熱が抜けていくような感じがする。
仮面の内側で今、自分はどんな顔をしているのだろうか。
自分の口からこんなにも冷たい声が出せるのかと自分を俯瞰して考えられるのに、言葉は止まらなかった。
猖佯はレイの指示には素直に従い、レイのことも主人だと覚えている。
けれど、それ以外のことは覚えていない。
自分のいた世界のことは愚か、仲間のことまで覚えていないという。
そして猖佯は自分の性格を、まるで設定を説明するようにレイに伝えてきた。
自分の覚えていることと言われて、自分の性格をわざわざ上げるのだろうか。
それに彼は仲間のことを“覚えていない”ではなく、“知らない”と言った。
この世界に彼らを呼ぶことで、ダイイングフィールドの記憶、今までの思い出はすべて消えてしまうということだろうか。
それともこの猖佯は姿が同じだけの偽物なのだろうか?
答えの出ない謎が次々浮かぶ。
ここにいる猖佯が本物か、偽物かを確かめる方法を思いつき、自分のステタースを開く。
召喚された当初、迷宮内でNPC配下の名前が黒く塗りつぶされていた。
ダイイングフィールドでは配下の名前は普通に表示されていた。
黒く塗りつぶされているのは、この世界に彼らが存在しないためだとレイは考える。
だからもしここに現れたのが本物の猖佯ならば、文字はダイイングフィールドの時と同じようになるはずだ。
結果は黒のままだった。
これはここにいる猖佯が偽物だということを意味するはずだ。
しかし自分の心の中心にいる彼らをレイは見間違えるだろうか。
真偽を確かめるために開いたステタース画面でレイはさらに困惑を深める。
本当にこの猖佯は偽物なのか。
それとも記憶が消えてしまったために、ステタースというシステムは猖佯を認識していないのか。
でもそれにしてはレイのこと、そして猖佯自身のことは普通に覚えているようだった。
分からない。
ただもしこちらに呼んだ場合に記憶がなくなる等のペナルティが発生するのならばNPC配下を呼ぶことは躊躇われる。ダイイングフィールドでの思い出が自分の中にしか残らないなんて寂しすぎる。
そして考えられるもう一つの可能性はこの猖佯が似ているだけの別者だということ。
それならば文字が黒のままであることも納得がいく。
しかしそうなると猖佯を顕現させた能力は、そしてこの猖佯は一体何なのかという謎も残る。
結局考えは堂々巡りに陥る。
落ち込んだ状態から、一度大喜びさせて、再びどん底に突き落とされる。
「なんだよ、コレ。」
レイからは自重気味な乾いた笑いがこぼれる。
今レイは冒険者の街ウキトスに帰ってきていた。
コリウスと話し、猖佯に期待を裏切られた後のことはぼんやりとしか記憶に残っていない。
項垂れていたレイはひとまず猖佯を黒魔法『黒沼』を発動し、その中に押し込んだ。
配下に見た目はそっくりなのに何かはまるっきり違う存在に対して理不尽な憤怒と寂寥感を覚え、壊したくも配下を手にかけたくないという思いから自分の前から隠すことにした。
その後、ナナンに呼ばれてカグ村にできたという簡易ギルドまで向かい、事の経緯を説明。
態度の悪い受付嬢に疑いの眼差しを向けられるがそれを無視。
説明した後、4人と今後について話した。
4人はもう少しカグ村に残り、アケロペ迷宮の様子を見守るという。
そして次に挑む迷宮の準備のために個人の能力を伸ばしたり、戦力補充を考えたりするそうだ。次に彼らは都市国家連合内にあるEランクのウビモリ迷宮に挑むことまで教えてくれた。しかしそこにレイが誘われることはなかった。
レイは朧げな記憶の中で、遠回しにウビモリ迷宮には来ないで欲しいと言われている気がしたことだけははっきりと覚えている。
コリウスの言葉から疑惑を持ったレイだったが、向かう場所がないことと、利用されているだけかもしれないと思っても、結局ラールとサーシャが心配でウキトスに戻ることにした。
ウキトスに戻る選択をしたレイは4人と別れた。
最後に一人一人と話したが、何を話したのか記憶に残っていない。
自分はうまく話せていたのだろうか。
結局、彼らとは気まずいままで終わってしまったと帰りの馬車内で独り、空虚な思いになっていた。
気落ちした様を見たからなのか帰りの馬車で同乗者から話しかけられることはなかった。
パーティメンバーを誰も死なせず、自分のランク以上の魔物を倒し、希少な魔物も捕獲した。
しかしパーティメンバーとの心の距離は一生かかっても詰められないほどに広がった。
成功しかしていないのに、圧倒的な失敗を以てレイの初めてのパーティ参加は幕を閉じた。
ありがとうございました。
PV4000超えました。嬉しいです。
次回更新は明日の昼頃を予定しております。




