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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
38/198

38.強さの違い

よろしくお願いします。


隣の部屋に移る。

コリウスはレイを逃さないため、そして外から覗かれないようにするため扉を閉じる。

コリウスの怒りはかなり強いようで、2人になったことで、レイは先程以上の怒声を浴びせられると思っていた。

しかしコリウスは部屋に入るなり、大きく深呼吸をしたのちに一言、「ありがとう」と礼を告げた。

怒鳴られると身構えたレイは呆けた表情を仮面の内側に浮かべる。

レイの困惑を感じ取ったのかコリウスは話し始める。


「あいつらには前々から言ってたんだ。

パーティ構成を考え直せって。

近接2に遠距離1。俺もどちらかといえば近接が得意だ。というか他にできることがねぇ。

これで近接3の遠距離1。全員攻撃特化のパーティの完成だ。

全然、笑えねぇよな。

俺が斥候紛いのことをしたり、遠近の間を取り持つために動き回って今までなんとかやって来れたけど、これからはそうはいかない。

仮にFランク迷宮で通用してもE、Dと上を目指すなら絶対に問題にぶつかる。

だから、今回のはいい経験になった。

失敗を五体満足の状態で実感できた。

だから感謝はしている。」


「みんなにそのことは話したんですか?」


「あ?当たり前だろ。

俺がどれだけ苦労してると思ってんだよ。

レナードはいいやつだ。

ただリーダーとしての自覚はないし、このパーティのアンバランスさを理解してない。

キセラもレナードにぞっこんだから特に俺の話は聞きやしねぇ。

ナナンもそうだ。あいつは魔法と飯にしか興味がねぇ。それに関しちゃ、お前だって理解してるだろ。」


「まぁそれは。」


「だから感謝してんだよ。

これで少しはパーティ構成について考えるようになるはずだからな。

ただそれは、それだ。

どうして『血啜サースエグマ』が現れたことをギルドに報告したがらない?」


レイは口ごもり何かコリウスを納得させられるような言い訳を考える。

しかしコリウスはレイに考える隙を与えない。


「もう討伐した。

余計な混乱を招きたくない。

なんて建前はイラねえぞ。

サースエグマがあの一体だけだって断言はできないんだからな。」


レイは諦めて自分が感じた不安をコリウスに伝える。

ギルドが「いない」と断言した魔物が出現したこと。

そんな強い魔物をFランク冒険者1人で殺したという違和感。

ギルドは面目を潰されたために、レイの来歴を詳しく調べるかもしれない。

多くの冒険者から名前を知られ、好悪さまざまな視線に晒されるかもしれないこと。

そんなレイの不安をコリウスは嘲笑う。


「矛盾してるぞ。

まず、目立ちたくないのにどうして冒険者なんかになった?

冒険者になるしか生きる道がなかったからか?

違うな。

それだけ力があれば大抵のことはどうにでも出来る。

Bランククラスの魔物を何の損傷一つもなしに倒せるやつなんてそうはいない。」


「俺が魔法で回復したのかもしれないじゃないですか?」


「お前の格好を見ればそれもないだろ。

俺は魔法について全く詳しくないから、断言はできねぇよ。

でも魔物につけられた肉体以外の傷を治せるのか?

服のどこにも綻びひとつ見られねぇ。

そもそもその服もおかしいだろ。

奴隷から解放されたばかりのやつが着れる代物じゃない。

俺はお前が奴隷だったことは聞いたが、それが何年前の話でどれくらいの期間、奴隷だったのかすら聞いてねぇ。でも服装から昨日今日の話じゃないことは分かる。

それなのに口調は奴隷時代を引きずっている。

登録し直したって聞いたけど、冒険者になる必要だって今更ないだろ?」


言葉に詰まる。

レイが一言反論すると、2倍3倍量の反論するための根拠を提示してくる。

それほどまで自分の行動はわかりやすいのか。

それともコリウスの洞察力が鋭いのか。

鈴屋泰斗の口調がイクタノーラが奴隷であったことの証左となり、レイの身なりがイクタノーラの奴隷時代が古い過去の話だと示している。

身なりが綺麗なことを見破るのは百歩譲ったとしても、泰斗の口調とレイの実力のことなどコリウスがいくら観察眼に優れていても、そこまで分かるはずがない。

それなのに言っていることは大方間違っていない。


「・・・・。」


「お前なんでそんなにチグハグなんだ?

そんなに強いのに、心が弱すぎる。

その力で奴隷から解放されて、今まで生きてきたんじゃないのか?

そんな力があるのに、少し人目に晒されたくらいでどうして心が揺らぐんだ?」


「・・・・。どうしてですか?教えてください。」


そんなことレイだって知りたい。

どうして自分は体が強くなっても心が弱いままなのか。

泰斗という存在など消し去り、レイという綺麗な存在になりたい。

レイは思わずコリウスに問い返していた。


「あ?」

レイの質問の意図が分からず、コリウスは険のある表情を浮かべる。


「コリウスさんは昨日、仲間以外からの視線なんてどうでもいいって言っていました。

でも今日のあなたの話し方だとその仲間からも嫌われてしまいませんか?

あなたの心の強さの中心に、仲間がいるのにどうして嫌われることを恐れずにあんなふうに言えるんですか?」


レイにとって周囲の視線が恐れるものだとするならば、コリウスの最も怖いものは仲間から嫌われることだとレイは思った。

コリウスは自分の中の最優先事項を“仲間”だと言った。

彼らと一緒にいるから心が強いのだと理解した。

しかしコリウスの話ぶりは仲間から嫌われることすら恐れない話し方だった。

どうして恐れないのかレイには理解できなかった。


「そんなの死んで欲しくないからに決まってんだろ。

大事な仲間だ。嫌われるのは辛えよ。

でもそれ以上に、俺が気づいていることを言わないがためにレナード、キセラ、ナナンのうち誰か一人でも死んじまったら俺は自分を恨んでも憎んでも足りない。そうなるくらいなら、たとえ嫌われても生きていて欲しいに決まってんだろ。」


レイがいくら悩んでも分からない問いをコリウスはあっさりと答える。

仲間の命が大事。どう思われるかは二の次。


「俺もそんな仲間がいたら、俺は自分の力を認められるかもしれません。

でも、あなたたちは仲間になってくれなかった。」


「・・・・は?」


心の弱さの一端がコリウスたちにあると突然告げるレイ。

言いがかりも甚だしいためコリウスは眉間に皺を寄せる。


「迷宮攻略が進めば進むほど強く思ったんです。

どんどん距離が遠くなっていく、どんどん皆さんとの間に溝が生まれている。

そんな気がしたんです。」


「当たり前だろ。

俺らとお前にどれだけの戦力差があると思ってんだ?

俺らとお前にどれだけの付き合いがあるんだ?

迷宮に一回潜るだけの関係のやつとどうして親しくなるんだ?」


「でも、」

コリウスはレイに反論の余地を与えぬまま話を続ける。


「これまではそうだったのかもしれねぇ。

でもそれは表面上親しいふりをしてお前の力を利用しただけかもしれない。

俺らはそんな怖いことできないけど、そういう怖いもの知らずのやつだっている。

お前は俺ら4人がかりでも傷ひとつつけられないだろうに、俺らの方針に異を唱えない。

それどころか魔物の素材だってタダで渡してくれる。

それを幸運だ、利用しようって思う前に俺らはあのサースエグマを倒したお前の姿が浮かぶ。実際にサースエグマを殺す瞬間を目にしていなくてもだ。

まぁ、要するに、俺らはお前を知らないから怖い。

それこそお前が怖がる周囲の目なんかよりもよっぽどな。

どうしてこんなことをしてくれるのかって疑っちまう。

まさか、相手に施すことで信頼関係を築けるとでも思ってんのか?」


レイの子供のような言い分に対し、コリウスは懇切丁寧に説明してくれる。

レイは何も言い返せなかった。

実際その通りだ。

相手の役に立つための何かをすれば必要とされると思っていた。


イーリは素性もわからないレイを助けてくれた。

イーリのことをレイは無条件で信頼していた。

何か思惑があって近づいてきていたとしてもいいと思えた。

でも実際、イーリはレイのことなど信頼など全くしていなかったかもしれない。

利用されてもいいと思っていたけど、全く信用されていなかったと考えると心が痛む。


コリウスに言われるまで全く思いつかなかった。


与えられたから与え返す。

自分が何かを与えることで、相手も自然と何かを返してくれるものだと思っていた。

レイがコリウスたちを助けることで、コリウスたちもレイを信頼してくれると勝手に考えていた。

結果はレイという存在に恐怖したという全く真逆の心象を与えただけ。

与える(助ける)ことでレイは必要とされているのだと思っていた。


レイという存在の根本が覆りかねない考えを突きつけられた。

レイは何をどうして生きていけばいいのだろう。

何を信じればいいのだろう。

全身から力が抜ける脱力感に襲われる。


「いい加減覚悟決めろ。

他の冒険者のためにも報告はするからな。

お前は強いんだよ。だから周りの視線なんて気にすんな。」


レイにこれ以上言葉をかけても無駄だと悟ったコリウスは最後にそう言って部屋を出ていってしまった。


ありがとうございました。

次回更新予定は明日もしくは明後日です。

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