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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
36/198

36.血啜りサースエグマ

よろしくお願いします。


レイは焦りの帯びた声で呼びかける。

しかし4人は反応を示さない。

4人の視線はある一点に固定されて動く気配がない。

4人の視線を辿るとそこには先ほど同様、銀羊樹ローエイツがいる。

冒険者の頭を齧り、血を啜る羊はどんどん元の姿に戻ろうと膨らんでいた。

その様子に驚いて4人が固まったのかとレイは思った。


しかし目を向けると、ローエイツは再び萎んでいた。

ローエイツの同一線上に佇む魔物によって、冒険者を捕食していたローエイツが今度は捕食される側になっていた。

その魔物の全長は2mほどで今日戦った金華猫の1/3ほどのサイズしかない。けれど溢れだす威圧感は金華猫などとは比べ物にならない。それこそミャスト迷宮にいるような魔物と遜色がないほどの圧をレイは感じた。


魔物の見た目は言ってしまえばカマキリを巨大化した感じだった。

胸部から生えている2本の腕は鎌状で、その鎌の内側に返しのような細かい棘がある。

一度その鎌に捕まれば逃げるのは困難だろう。

胸部と腹部の間あたりにある進化過程で使わなくなったような左右4本の腕先からは何か毒々しい色の液体が垂れ流れている。腹部は竜の尾のように長く、地面と接触しておりバランスをとっている。

頭、胸、腹で体は構成されており、地面まで伸びている長い腹部分から足も2本生えている。

さらに、外皮は後付けか!とツッコみたくなる甲冑のような硬い皮膚が全身を覆っており、生半可な刃物では傷ひとつつけることは難しそうだ。

この魔物を見て真っ先に昨日聞いた名前が思い出される。


『血啜サースエグマ』


昨日その名前を聞いた時は、まさかこんなにも早く遭遇するなんて思いもしなかった。

サースエグマは銀羊樹ローエイツの血を啜り終えると泰然とした様子でこちらに振り向く。

過度に刺激を与えて餌に逃げられないための行動にしか見えなかった。

レイが目が合ったと感じた瞬時、咆哮があがる。


「キェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


けたたましい叫び声だ。レイは縄張りに侵入したものを威嚇するためのものだと考える。

4人が逃げるために近接戦を行おうかと考えていると、隣からドサリと言う何かが地面に当たる音が聞こる。

確認してみると4人全員が意識を失い倒れていた。

サースエグマに注意しつつすぐ隣にいたコリウスを確認するが全く意識を取り戻す気配がない。

ローエイツの前に倒れ伏していた冒険者たちのことを思い出す。

おそらく他の冒険者たちもこの咆哮にやられて意識を失ったのだろう。

そう考えたレイは黒魔法『黒沼』を発動し、即座に4人を保護する。

そしてそのままアイテムボックスから『童子絶切(ワラベノタチキリ)』を取り出す。


4人の意識がなくなったことに焦るよりもレイは謎の苛立ちを感じていた。


「なんだかよくわからない気分なんだ、今。

だからストレスの発散に付き合ってくれよ。」


レイは人語を理解しているはずのない魔物に宣言して切りかかる。


感情を整理するための戦いが始まった。


昨日コリウスと話し、自分の、イクタノーラの過去を知られてしまった。

けれどそれがきっかけで疑いが晴れ初対面の頃よりは関係は良くなったはずだ。

ナナンとも教え教えられの関係ではあるがそれなりにいい関係を築けているはずだ。

ただそれを言うなら出会った時から礼儀正しいレナードと元気で親しげに接してくれたキセラとはあまり関係が良くなってないように思う。

交わした言葉が事務的なことばかりだったからだろうか?


“わからない”


サースエグマの右鎌が根本から切られ、銀羊樹が張り巡らす根の上に落ちる。

本能でサースエグマは外皮の内側から翅を広げ、レイとの距離をとる。


今日の金華猫との戦いもそうだ。

攻撃魔法を使い戦いに参加するようなことはなかったけれど、補助魔法に回復魔法を使い4人のために、4人と共に戦いに参加していたと自分では思っている。

それなのに、戦いの直後、レイはなんとも言えない孤独感に苛まれた。

一緒に行動し、相手のために行動していたのにコリウスの無事を喜ぶ3人との空気の違いを感じた。個々人とはそれなりに話すことができるようになったのに、どうして集団内で温度差が生まれるのだろう。

どうしてこれほどまでに4人との距離を感じてしまうのだろうか。


“わからない”


距離を取ったサースエグマは地面に着地した瞬間にバランスを崩して倒れる。

その時になってようやく自分の腹部がないことに気が付く。


イーリとは出会ってすぐに意気投合した。

イーリはとても頼りになる存在で、何かの目的のために仲間を集めていると言っていた。

自分がそのパーティに誘われた時、自分の存在を求められていると実感できた。

そしてイーリの目的がなんであれ、レイはその助けになりたかった。

理由なんてない。ただイーリに頼られたこと自体が嬉しかった。

一緒にいる空間が居心地よかった。

イーリと同じような接し方をしたはずなのに、どうして4人は自分と距離をとりたがっているように見えるのだろう?


“わからない”



サースエグマの腹部からは大量に青緑色の血が流れ出しており、立つこともままならない。

それでも容赦などされるわけもなく、気がつけば残りの左腕の鎌が切り落とされていた。

これでサースエグマの両腕は無くなった。



サーシャとはたくさん会話して仲良くなれた。

自分を兄と呼んでくれるサーシャが愛おしかった。

ラールも初めは全然、仲良くなれるなんて思っていなかった。

けれど、会話していくうちに、彼女の人となり、自分との共通点を知って助けたいと思った。

そんな気持ちに応えてくれた訳ではないと思うけど、彼女もこんな自分を、元の世界では誰からも必要とされていなかった自分を好きだと言ってくれた。

だからそんなラールの気持ちに自分は真摯に向き合いたいと思った。

レイは隠し事はあっても、自分なりに4人に対して誠心誠意向き合ったつもりでいる。

けれど結果4人からはどこか、出会う前以上のよそよそしさを感じるようになった。

なぜだろう。


“わからない”


サースエグマは両手、腹を失っても魔物の本能に忠実に従い生き足掻いていた。

そんなサースエグマのことなど意識していない空虚な目をしたレイが眼前に迫った時、血啜りサースエグマは咆哮ではない“声”を上げた。


「邵コ?ィ邵コ?竊堤クコ??イ?エ隶貞?・?帝囎荵昶命邵コ莉」笳?クコ」


魔物の断末魔だと思ったレイは気に留めることなく、人間関係の難しさに懊悩しながら、サースエグマの頭を切断した。頭が切られてもしばらく体は動き続けたものの、手もなければ体を支える腹もない。地面に這いつくばった頭のない体が数分ジタバタともがき、そして動きを止めた。



戦闘は終わったが、思考の答えには辿り着けないでいた。

いくら考えてもわからないレイは悩みを先送りにする。

今は他にもやらなければならないことがあったためだ。

足元に転がるサースエグマの死体を見て、切断部位ごとにアイテムボックスにしまう。


この件を報告するか否か。


調査の結果ここには血啜サースエグマがいないと結論付けられたとレナードは言っていた。

それを間違いだと糾弾し、サースエグマの死体をカグ村の即席ギルドに持っていった場合どうなるかは火を見るより明らかだ。

ギルドは威信にかけて少しでもレイの落ち度を探そうとするはずだ。

自分のランクの説明。最悪これまでのことなどを根掘り葉掘り聞かれるかもしれない。

駆け出しの冒険者であるコリウスにすら通用しない言い訳がギルドのお偉いさんになど通用するとも思えない。


その点、ウキトスで報告するなら、メルラに話をすればどうにかなりそうな気もする。

だから正直言うとこの死体はウキトスまで持ち帰りたい。

しかしこのアケロペ迷宮にいる血啜サースエグマがこの一体だけとは限らない。

索敵魔法の『テイル』も生物の位置が分かるだけでその個体までは分からないため、魔物がたくさん出現する迷宮内では調べようもない。他にもいるのなら早くギルドに報告をして対処してもらわなければより被害が出る可能性だってある。


そんなことを考えている中、銀羊樹ローエイツの捕食は行われておりどんどん根に絡まれている冒険者が命を落としていた。

レイは再び考えを先送りにし、ローエイツの捕食を止めるために銀羊樹ローエイツを捕獲する。

銀羊樹ローエイツの生態は詳しくは分からない。どこを貴族たちは食べているのかなんて人間の捕食シーンを見た後では考えたくもない。しかしサースエグマが羊の部分を啜っていたのだから、食用になる部位は羊部分なのだろうと言う根拠の弱いあたりをつけて、木の根と葉っぱの部分を、まだ若干の血が付着している『童子絶切』(ワラベノタチキリ)で切り落とす。

羊は目をガンと見開き、けたたましい絶叫をあげ、再び目を閉じた。

死んだのかよく分からないが、上下を木の幹に挟まれ、骨つき肉のようになっている銀羊樹ローエイツをアイテムボックスにしまう。


レイがローエイツを仕舞い終えると今の絶叫が効いたのか、根に絡まれていた冒険者たちは身じろぎしている。おそらく覚醒する前兆なのだろう。一人一人の木の根を取っ払っていては時間がないため、そのままレイは魔物部屋(モンスターハウス)に向かった。


存在する筈のない魔物が2体。それにある筈のない空間。


それがどちらとも8層に集中しているのなら、金羊樹もこの8層のどこかにいるのではないかと言う浅い考えのもと魔物部屋(モンスターハウス)に向かう。


そしてその浅い考えは的中した。


魔物部屋(モンスターハウス)に出現した中型、小型の猫系魔物は先ほどの冒険者たちのように根に絡め取られていた。

魔物部屋(モンスターハウス)の中心、そこには金羊樹ツーメンチが随所地面に根を張り巡らせていた。

銀羊樹ローエイツと違い人間を捕らえ血を啜るのではなく、根に絡まる魔物を丸ごとバリバリと食べており正直引いた。

先ほど絶叫を聞いて冒険者たちが目覚めそうになったことから、黒魔法『黒沼』を解除し、4人を根のない場所に寝かす。

そして先ほどと同じ容量で、骨つき羊を作る。

想定通りにけたたましい断末魔が魔物部屋(モンスターハウス)に響く。

金羊樹ツーメンチをアイテムボックスに放り込み、4人を起こす。


その後4人は順々に意識を戻した。

しかし絡まっていた魔物も共に目を覚ましてしまったために5人は全力で迷宮を後にした。


PV3000を超えました。

皆様、ありがとうございます。


次回更新予定は明日です。

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