35.銀羊樹ローエイツ
よろしくお願いします。
キセラが金華猫を解体している間にレイはコリウスに回復魔法をかける。
相手から反撃などはもらってなく、命に別状はない。
ただ帰りも中型、小型の魔物たちから襲われることもあるため出来る限り万全な状態の方が好ましい。
「悪い。」
レイと似たようなことを考えていたのか、コリウスは罰の悪そうな表情を浮かべながらも回復魔法をしっかり受ける。
「それにしてもコーリ、いつ攻撃されてたんだ?」
「この部屋に入った時だよ。声出したろ?急所を守れって。
その声に金華猫が反応したのか、いきなり攻撃されたんだよ。
自分の掛け声で急所は守ったからなんとかなったけど、そもそもあの声かけしてなきゃ攻撃されなかったかもしれないからなんとも言えないわ。」
「んーそうかな?コーリが声出してなかったら誰か他の人が狙われてたんじゃない?
それも急所を守ってない、棒立ちの状態で。
そう考えたらナイス犠牲?」
「なんだよナイス犠牲って。さっきまであんなに泣いてたくせによ。」
「わーそういうこと言っちゃうんだ。へー。そー。」
心配していたナナンを軽くおちょくるとジトっとした視線を送られる。
「な、なんだよ。」
「別にー。ふんっ。
師匠もありがとうございました!
金華猫、銀華猫よりも全然強くて、多分私たちだけだったら絶対全滅してました。
それにサポートに徹してくれたのもありがとうございます。」
回復魔法をかけながら3人のやり取りを眺めていたレイ。
死という苦難を4人で乗り越えた故なのだろうか、3人の関係は戦闘前よりも深まっているように思えた。
そのためレイは話しかけられても咄嗟に声が出なかった。
自分はその中に加わる資格がないような気がして。
「助かりました。レイさん。
それとさっきはカッとなってほんとすみませんでした。
コーリが助かったのも、みんなが無事なのもレイさんがいたおかげなのに。」
「俺はたいしたこと、していませんよ。
金華猫に勝ったのも皆さんの実力、連携があったからだと思いますし。」
「うるせーよ。
謙遜しすぎても結局嫌われんぞ。」
「そーですよ。金華猫は師匠の魔力に反応していました。多分。
だから私たちは金華猫の攻撃を気にせず攻撃できたんです。
私たちが勝てたのはほとんど師匠のおかげですよ!」
ナナンがそう伝えるとコリウスは得心顔で頷き、レナードは申し訳なさそうな表情を浮かべている。
そのレナードの表情を見ていることができず、ナナンの言葉をスルーする。
そして回復魔法をかけ終わったとコリウスの背中を叩く。
「・・・・・はい。これで終了です。」
「痛ってぇな。何すんだよ」
「いえ、ムカついたので。
それにコリウスさんは気にしなそうだと思ったので。」
「・・あ?その敬語聞いててムカつくって昨日も言ったろ。
いい加減やめろよ。」
「そんなことよりキセラさんの解体が終わったみたいですよ。
そろそろ行きますか?」
「あ?勝手に仕切ってんじゃ・・・・」
「キセラー!お疲れさま!
運ぶの手伝うよー!」
レイとコリウスの小さな言い合いはナナンの声によって強制的に中断させられた。
4人は生まれ育ったカグ村を出て他の迷宮に行こうと考えているため、金華猫の素材はナナンを強化するための杖を作る材料にする予定だった。
そのため金華猫の素材自体は4人に渡す約束になっている。
その代わりにレイは『恩恵』についての情報と依頼達成の報酬、それに金華猫の必要ない素材をもらうことになっていた。
みんな万全というわけではないが、少し長めに休憩をとり、キセラとレナードはHP回復の薬草を、ナナンはMP回復のポーションを使用し中型程度の魔物なら難なく討伐できるくらいに体調は回復させた。
だから8層に降りた時感じた異変にも、その対応の正否は別としてすぐに反応できた。
「ねぇ、さっき私たちが8層に来た時は結構冒険者の人いたよね?
私たちよりも全然強い、中堅くらいの人たち。」
キセラが8層全体をキョロキョロと見回しながらみんなに同意を求める。
「確かに。9層もそれなりに人いたよな。
急にこの階層だけ人がいないなんて変だな?」
「いや、人がいないってわけじゃなさそうだぞ。
あれ、見ろよ。」
コリウスの指差す方向には一本の樹が生えていた。
「あ!あれってまさか銀羊樹ローエイツ?!」
「いや、それじゃなくて・・・」
「ねぇでもなんかあれ変じゃない?
師匠もそう思いません?」
ナナンに聞かれて銀羊樹を見る。
『銀羊樹ローエイツ』
ギルドでFランク冒険者が見ることの出来る魔物の資料には載っていなかったため、習性はおろか姿すら知らない。名前通りの魔物だとしても、羊と樹が組み合わさっているものなど全く想像できない。
しかしその姿を見て簡単に納得できた。
銀羊樹。
名前のままだが非常に的を射たネーミングだと感心すらした。
銀羊樹ローエイツは樹と呼ばれるだけあって結構大きい。
下手したら先ほど戦った金華猫よりも大きそうだ。
樹は地面にしっかりと根を張り、枝先には綺麗な葉が生え茂り、存在感に満ちている。
しかしそんな立派な樹よりも視線を集めるのが、根っこと葉っぱのちょうど中心部分。
2mはありそうな巨大な羊のようなものが上下の木の幹に挟まれている。
腹を下から貫かれ、背中を上から圧迫さている。
4足の足は宙にぶら下がり、普段使用しないためか、非常に痩せ細っている。
足は使用しないがために衰えた感じだが、体は全く違う。
羊はまるで体内に流れる血液を全て搾り出されたかのように萎んでいるのだ。
キセラの悲鳴が上がる。
彼女は木の根付近を指差し、顔を青ざめさせていた。
指差す先には銀羊樹ローエイツが地面に伸ばした根っこが四方八方に伸びており、その一本一本が何かを求めて蠢いている。
そして今更ながら、地面に多くの人が倒れていることに気が付く。
銀羊樹の本体の方に気を取られていて気が付かなかったが、多くの人は銀羊樹が伸ばしている根に絡みとられていた。
どこか出血しているなど目立った外傷は見られない。
けれど目覚める様子もない。
4人が助けに動くか、撤退するか悩んでいると、銀羊樹の一本の根が一人の冒険者を持ち上げ、シワシワになった羊の眼前に運ぶ。
次の瞬間、萎んで生気の感じられなかった羊は目と口をこれ以上ないほどに開き、その冒険者の頭部にかじりつく。
バキッボキと骨が折れる音が聞こえる。
捕食されている冒険者はそれでも目覚める様子はない。
冒険者の頭部をしゃぶりながらジュルジュルと何かを吸い出す音が聞こえる。
その音の生々しさが5人にローエイツの口内を想像させる。
ローエイツの食事はそのまま進む。
それと共に頭部だけ見えなくなった冒険者の体はどんどん萎んでいき、最終的に骨と皮膚がぴたりと張り付き枯れ枝みたいになってしまう。
そしてその枯れ枝を自身の樹の先に枝木として同化させる。
その行為を根に包まれている人数分、ローエイツはゆっくり行っていく。
人の血を啜り、体は自分の一部とする。
あまりの無駄のなさに頭の中に「環境保全」と益体もない言葉が浮かぶ。
4人は呆然とし、ローエイツの食事から目を離せなくなっている。
初めてみる魔物だったため興味津々に観察していたレイは4人の意識がここにないことに気が付く。
そして自分の気が逸れている間に攻撃されなかったことを安堵する。
最初にみた銀羊樹ローエイツ。
状況がごちゃごちゃついており、失念していたが銀羊樹ローエイツは今食べられた冒険者たちのように干からびていた。
銀羊樹ローエイツが冒険者を食べて冒険者が乾涸びた。
それならば銀羊樹ローエイツが萎んでいたのは、銀羊樹ローエイツが何者かに捕食されていたことを意味するのではないか。
一体何が銀羊樹ローエイツを捕食するのか。
銀よりも価値が高い金羊樹ツーメンチなのか。
しかし銀羊樹も金羊樹も危険度が低い、高級食材の魔物だったはず。
なら銀と金が捕食関係にあるとは考えにくい。
つまりこの二体を好物としている魔物が近くにいる・・・・。
そしておそらくこの冒険者たちの昏倒にも関係している。
その考えに至ったレイは慌てて4人に声をかけた。
ありがとうございました。
次回更新予定は明日です。




