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失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
33/198

33.アケロペ迷宮

よろしくお願いします。


翌朝カグ村の門前に集まり、そのまま歩いてアケロペまで向かう。

道中も馬車内同様にナナンがひたすらレイに話しかけ、それを3人が各々見守るといった形で進む。本来であれば村から迷宮までの道も野良魔物や盗賊に出くわす危険がないわけではない。警戒するべきなのだが今のナナンには何を言っても無駄であることを皆理解していた。それにアケロペに冒険者がよく来るようになり、そうした危険があるものたちはあらかた片付けられている。そのために3人もレイに憐憫の眼差しを向けるだけで特に何も言うことはなかった。


結局昨日の馬車で聞いた話以上、ナナンから『恩恵(ギフト)』に関して詳しいことは聞けなかった。

というよりもこの世界の人種にとって『恩恵(ギフト)』は持っている人にとっては当たり前の存在であり、また持ってない人からすればそれもまた当然で、深く考えることはないという。


アケロペ迷宮はS〜Gまである区分の中でFランクに位置する迷宮であり、攻略難度が低いため駆け出しの冒険者が日々の稼ぎを求めて潜っている。

出てくる魔物の内容は猫系統の魔獣と植物系の魔物のようで、ここでよく取れる薬草の採取などの依頼も多い。

特に罠などもなく、地図も事前にマッピングされているものを購入すれば問題なく攻略できる。最近は金羊樹、銀羊樹が出現し、一攫千金を求める中堅冒険者などもちらほらと見かけるため、アケロペ迷宮に潜る冒険者はここ数ヶ月で1.5~2倍近く増えたそうだ。


昨日疑問視されていたレイの実力も、イーリと迷宮に潜った時同様に無属性魔法の『ヘイスト』と『スケイプ』を味方の4人にかけ、猫魔物との戦闘を行なったところ、簡単に払拭された。

その代わりにレイが彼らに不安を覚えた。

実力的な差があり、自分が補佐する立場だということは分かっていたため問題はなかった。ただこの先これで大丈夫なのかという不安を、彼らを見ていて感じた。

不安というのは彼らのパーティ構成の話で斥候系や神官系が誰1人としていなかったのだ。

近接3、遠距離1のかなりの脳筋パーティで、迷宮を進んでいくに連れて不安は大きくなる。

バランスが悪いことを理解しているのか、コリウスがどうにか斥候の役回りを引き受けカバーしようとしてはいた。しかしコリウスも長剣を扱う戦士タイプの冒険者であるために、斥候本職には当然に劣るようで結局レイの索敵魔法に助けられていた。



パーティ構成を今後の課題として棚上げするならば、レイにとって今現在の大きな問題といえばやはりこの魔物たちだろう。


「おい、黒狐。お前も補助魔法かけるだけじゃなくて戦えよ!

攻撃魔法だってどうせ使えんだろ!!!

ナナンも黒狐のやろうと一緒に隅に寄ってんじゃねぇよ!!戦え!!!」


コリウスが戦線から離れているレイとナナンに罵声を飛ばす。

コリウスが罵声を浴びせている間も前衛のキセラとレナードは迫り来る魔物たちを処理している。今レイたちはアケロペ迷宮8層にある魔物部屋(モンスターハウス)に来ていた。

そしてその中で大量に沸いた魔物に苦戦を強いられてしまっている。

この8層に元々モンスター部屋は確認されておらず、購入していたマップにも記載されていなかった。そのためこの部屋を見つけたときは、キセラとナナンは未探索区域を発見したと喜び、意気揚々とそこに足を踏み入れていった。そしてすぐさま後悔した。


未探索区域はその名の通り、迷宮内でまだ誰も手をつけていない場所のことを指している。そこで発見されたアイテムなどは見つけた者が独占できるため非常に人気がある。

さらに未探索区域を見つけたことを報告することで、ギルドから報奨してもらえる。

アイテムも貰え、報酬も追加される。そのため二人は意気込んで行ったのだが、入った瞬間に魔物が大量に沸き、3人は悲鳴とも絶叫とも取れる大声をあげて魔物に対処している。


魔物部屋(モンスターハウス)に出現する魔物はその迷宮の階層レベルより若干劣る。その代わりに数が多いため、一般的に広範囲魔法で一気に仕留めるのが定石とされている。そしてこのパーティにはそれが出来る魔術師が2人もいる。

それなのになぜこれほどに苦戦をしているのか。

この魔物部屋に出現した猫魔物の数は50にも上る数だ。

そんな数の魔物が味方を襲っているにも関わらず、レイが参戦出来ない理由はただ一つ。


猫好きのレイには、魔物可愛すぎて攻撃が出来ない。


猫魔物は全長100cmほどの大きさで、二足歩行をしている。

気持ちばかりのぼろ切れや冒険者から奪い取ったであろう装備をし、果敢に戦っている。

その可愛い姿にレイは胸が締め付けられ、内心では仲間ではなく魔物を応援してしまっている。


そしてそんなレイに感化されたのか知らないが、ナナンも今はレイと部屋の隅にいる。


「師匠はああいった魔物が好きなんですか?」


「魔物が好きな訳ではないですけど、ああ言った見た目は好きです。」


「確かに攻撃を受けるまでは魔物って感じしませんもんね。」


「でも大丈夫なんですか?この迷宮に出てくる魔物って全部あんな感じですよ?」


「それって金華猫もそうだったりします?」


「似た系統ですね。あ、『フレア』」


「・・・。こっちにいる割には普通に攻撃するんですね。」


「それは当然しますよ。しないとこっちが殺されてしまいますもん。

いくら可愛くても魔物なんですから。」


「それはそうなんですけど、ね。」


「そんなことより、どうでした?私の魔法?」


猫魔物をそんなことと流されたことに文句を言いたい気持ちになりながら、レイはナナンの使った魔法を思い返す。


「火属性が得意なんですか?それともこの魔物は火属性が弱点なんですか?」


「どっちもです。私は火属性と風属性に適正があるんですけど、特に火属性の方が得意なんです。今のも初級レベルの魔法ですけど、師匠の無詠唱の考え方参考にやってみたんです。

威力はやっぱり落ちちゃいますけど、便利ですね!」


「昨日の今日でモノにしていることがすごいと思います。

確かにフレアにしたら少し威力が弱いかなと思いましたけど、それが原因なんですね。」


「はい、、、。そこは繰り返し練習するしかないんですかね。

まぁ詠唱する手間を考えれば楽なんですけど、気が重いです。」


「おい、本当に最後までそこにいたのかよ。」

「ナナンまで何してるのよ!」

「レイさん、流石にしんどいです。」


そんな魔法談義をしていると息を切らせ、若干キレ気味の3人がこちらにやってくる。

辺りを見渡すと、泣きたくなるほどに痛ましい光景が広がっていた。

そんな感傷的な感情を抱くのも猫を知っているレイだからこそのものであり、この世界の人からすれば大量に魔物が死んでいるというだけ。その考え方の差にレイは悲しいものを感じながら、淡々と自分の役割を果たす。


「あれ?すみません。補助魔法の効果切れてましたか?」


「いえ、そういうわけでは。」

「むしろ気持ち悪いくらいちょうどいいタイミングでかけられて気味悪いわ。」

「今体重い・・・。」


「それならよかったです。あのあまりこの光景を見ていたくないので場所移しませんか?」


「いっそ清々しいくらいに身勝手な意見だな。

まぁいいわ。少ししたら9層に上がるつもりだ。

ここにいても意味ないからな。

それと、レナード。」


「どうした?コーリ。」


「この場所のこと後であのブスに伝えといてくれ。」


「ブス?あぁ、ゼウシさんのことか。

ほんとコーリ、あの人のこと嫌いだよな。」


「互いにな。

てか、お前らの前だと何故か猫被ってんだよ。

だからこの迷宮の担当にされたりしてな。」


コリウスは自分の言ったことにツボったのか汗を拭いながら、笑みを浮かべる。

目つきがあまり良くないために笑っているのかいまいち判別がつきにくいが付き合いの長いレナードにはコリウスが機嫌よく笑っていると即座に判断する。

そんな機嫌のいいコリウスを軽く無視し、話を続ける。


「はいはい。わかったよ。戻ったら僕が報告しておくから。

魔物部屋(モンスターハウス)があったってだけでいいよね?特に注意する魔物がいるわけでもなかったし。」


「それでいいんじゃねぇか。

キセラ、ガントレットは問題ないか?」


「んー大丈夫!」


「ナナン、、、お前のMPは・・・問題ないか。

それじゃあ行くぞ。」


迷宮に入ってから思ったことだが、コリウスが全体の様子を見ながら行動をしている。

そうした役割はこのパーティのリーダー的立ち位置のレナードがしていると思っていただけにレイにはかなり意外だった。

ただ昨日のコリウスのサーポートぶりを見ているとこれも妥当なのではと思える。

前衛と後衛が戦闘に集中できるように、索敵や経路指示など率先して行なっている。

粗野な口調をしている割に細かい作業の方が得意なようだった。

8層の魔物部屋(モンスターハウス)を抜けてから特に何事もなく10層のボス部屋まで辿り着けた。

ボス部屋である10層は階段を上がると大きな扉が構えられており、その手前には魔物は出現しない。

どうやらどの迷宮のボス部屋でも作りは同じようで、部屋に入るまではボスに対して念入りに準備がようだ。

その扉の前で、5人は改めて『金華猫』の特徴や弱点を話し合い、体力、装備などに問題がないことを確認する。

準備が整ったことで、前衛のレナードが両開きの大きな扉を押し開けた。


ありがとうございました。

次回更新予定は明日です。

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