表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失われていく自分の世界  作者: 糸守 朱知。
都市国家連合国編
32/199

32.3人とコリウス

よろしくお願いします。


コリウスと2人、特に話し合っておかなければならないこと、その他話題が思いつかないレイは馬車内の会話を思い起こしていた。

恩恵(ギフト)』というダイイングフィールドにはなかった新しいこの世界特有のシステム。

ナナンの話によると、『恩恵(ギフト)』は生まれた瞬間に世界から授けられたかどうかが分かるらしい。しかし『恩恵(ギフト)』の有無や能力が分かるのは生まれたばかりの赤ん坊のみで、周りはその子が言葉を理解するまで待たないといけない。

ただごく稀に幼い頃から『恩恵(ギフト)』を使う子供もいるにはいるらしい。

そして理由は分からないが『恩恵(ギフト)』は人種にのみ与えられる。

恩恵(ギフト)』の種類は千差万別で、戦闘が有利になるようなものから商人として大成できるようなものまであり、系統も多種多様のようだ。


ここでレイが疑問に思ったことがある。

レイと記憶を共有するイクタノーラは『恩恵(ギフト)』を持っていたのか。

仮に持っていたならば今のレイに使用することはできるのか。

使用できた場合、イクタノーラの記憶を保持しているということが『恩恵(ギフト)』を使用する必要条件であるのか。それともこの体がイクタノーラのものであり、自分の存在がイクタノーラの魂亡き場所に収まっただけなのか。

恩恵(ギフト)』というものが人格形成に伴い形作られていくならば、イクタノーラ亡き今、彼の『恩恵(ギフト)』を使うことはできないだろう。

しかしナナンはこんなことも言っていた。

生まれた時、すでに『恩恵(ギフト)』は授かっている。

その『恩恵(ギフト)』が人という種に植え付けられる力であるならば、イクタノーラが死んでしまった後でも使える可能性はあるのではないか。

問題はこの体がダイイングフィールドのレイの体だった場合、イクタノーラの記憶がレイの中に入り込んできた形になるため話は変わってくるのかもしれない。

そうなると『恩恵(ギフト)』を使える可能性は限りなくゼロに近い。

しかし、転移直後の感じるはずのない体の痛み。

それにこの体に刻まれた夥しい数の魔法陣のようなものを見る限りレイの体ということは考えにくい。

この体がイクタノーラのものであり、『恩恵(ギフト)』が人という種に寄与されるものであるのなら使える可能性は高いとレイは考えた。


まぁそれも全てイクタノーラが『恩恵(ギフト)』を持っていればの話だが。


そんな事を思いつつも、レイの中に流れ込んできた多くの記憶を整理する。

記憶はどれもバラバラなのに思い返すだけで気分が悪くなるという点では全てが一致している。


いくつか気になる光景も存在した。

脳裏にイクタノーラの姿が浮かぶ。

記憶に映し出されるイクタノーラ。


イクタノーラはいつも独りだった。

イクタノーラは家族や仲間がいなかった。

イクタノーラは子供の頃の記憶がなかった。

イクタノーラは世間、世界に受け入れられなかった。

イクタノーラは飼われていた。

イクタノーラは冒険者として自分を世界から認めさせようとした。

イクタノーラは世界を憎んでいた。


何もないイクタノーラだったが、自分の名前だけは覚えていた。


泰斗には家族や恋人、友人がいなかった。

レイの記憶は欠落だらけ。

泰斗は社会から必要とされていない。

レイは戦って、配下を作ることで孤独感を紛らわせていた。

泰斗は世界から取り残されている気がした。


それでも亡き両親からつけてもらった“泰斗”という自分の名前は大切だった。


泰斗とレイがイクタノーラと共感する部分があり、流れ込んでくる記憶が頭から離れない。

初めて意識が覚醒した時の自分という存在が分からないことへの恐怖。

自分とは似て非なる存在に首輪を嵌められていた。

そして気がつくと怒鳴られ、殴りつけられた。

どうして自分がこんな目にあっているのか分からなかった。

想造で首輪を外し、気がつけば自分を痛めつけてきた奴らを皆殺していた。

力を使うことで自分を守り、存在を主張し続けてきた。

ずっとそうしてきた。

そしてこれからもそうするつもりだった。

下手に善人ぶらなければ、即席の仲間に裏切られて無駄死にする事なんてなかったのかもしれない。


少し記憶を整理しようと覗き込んだだけなのに、どんどん引き込まれていく不思議な感覚に陥る。

心のどこかでこれ以上記憶を覗くことは危険だと訴えているけれど、自分たちと彼が溶け合う感覚から抜け出せない。


「おい、黒狐。何無視してんだ?おい、聞こえてんのか?」


突然、胸倉を掴まれたことで意識が浮上する。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


力任せに掴んでいた腕を振り払う。

戦士としての動きなど全く感じられない子供の癇癪。

それでもレベル差がありすぎたためコリウスが簡単に吹き飛ばされ、壁に直撃する。

しかしレイはそんなことに気を配る余裕もないほどに混乱していた。

頭の中にあの時の光景がフラッシュバックする。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

言うこと聞きます言うこと聞きます言うこと聞きます言うこと聞きます

逆らいません逆らいません逆らいません・・・・・・・・・・・

なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?

許さない殺す外せ殺す外せ外せ許さない外せ外せ・・・・・」


「お、おい。大丈夫かよ・・・・」


意識が声をかけられた方向に向く。

眼前の人物は翼を生やした竜人や全身体毛で覆われた獣人などではなかった。

自分と同じ人種、それも痛みに顔を歪めている彼がこちらを気遣わしげな様子でこちらを伺っている。

彼が誰なのか一瞬分からなかった。

そして自分が誰であるのかも。

冷静さを取り戻したことで、今自分は牢屋ではなく人の家にいることを理解する。

そして目の前にいるのがここの家の主である、コリウスであることも。

自分がイクタノーラでなくレイであることも。


「す、すみません。少し気が動転していたみたいで。」


「お、おう。大丈夫なら別にいいけどよ。

今から飯だから準備な。具合悪いなら寝とけ。明日も早いんだから。」


「いえ、大丈夫です。心配かけてすみません。

むしろコリウスさんの方こそ体大丈夫ですか?」


「けっ。お前の心配じゃねぇよ。

それに他人を心配している余裕なんかお前にあんのかよ。

明日足引っ張られたら困るから言ってんだよ。

食うなら手伝え。食わねぇならあっちでさっさと寝ろ。」


2択を迫られ、食事を摂ることにしたレイはコリウスと共にご飯の支度をした。

ウキトスの酒場で食べたような食事は当然男2人では準備できず、簡易スープと硬いパンが今日の晩御飯になった。

食事もなぜか2人対面になってとっており、互いに無言で食べていた。

しかしパンを口にしたところあまりの硬さに思わず声が出てしまう。

その声にコリウスが反応してしばらくの間、会話が途切れることはなくなる。


「なんだお前、軍食も食ったこともないの?

どこの金持ちだよ。」


「軍食?」


「このパンのことだよ。

冒険者には必須の食料だろ?

こうやってスープに浸して、柔らかくしてから食べんだよ。

軍食は昔、この国が貴族を追い払って周辺国から貿易制裁されて食べるものがない時に生み出された救世食品だぞ?この国にいる奴はみんな知ってる。

知らないのは他国の金持ち貴族どもだけだと思うぞ?

ほんとに黒狐。お前何もんだよ。」


「何者と言われましても。」


「その口調もだよ。

綺麗な口調が自然に出ちまうならそいつは貴族だってことバカでもわかる。

でもお前は少し違う気がする。無理して綺麗な言葉使いを意識しているって感じだな。

貴族でもなければ、平民なら誰でも知っているような軍食も知らないときた。

・・・・・・・まさか、奴隷か?」


コリウスの鋭い質問に、先ほどまでイクタノーラと同調していたレイの体がビクッ反応する。

その様子を見てコリウスは嘆息したのち話を続けた。


「その様子だとそうみてぇだな。

俺の両親は2人とも教師をやっていてな、結婚を機にオルロイからこのカグ村に移住したんだ。もう死んじまったけど、俺は小さい頃からずっと言葉使いや計算なんかを叩き込まれたん。だからお前の話し方にずっと違和感を感じてたんだ。」


「・・・・」


「さっきだってナナンはお前の実力を認めていた。

だから正直、お前の実力に関しては何も疑いはない。

ただ、いきなりFランク冒険者として登録した奴が、ランクを度外視した、Aランク並みの強者だった場合は話が少し違うだろ?今更なんのために冒険者として登録して、なんのために俺らの誘いに乗ったんだ?」


「それは・・・俺も金羊樹を狙っていたからで、」


「その話をしたのはここに来てからだろ?

それに金羊樹のことを何も知らなかった。狙うならその魔物のことくらい調べるだろ。

それに捕獲成功の確率を上げるために仲間選びは慎重になるはずだ。

俺らのパーティの名前やランクすら聞かなかったお前に金羊樹を捕獲する気が本当にあったのか?

ナナンは直感で判断しがちだし、レナードとキセラはお互いを意識しているからかあまり周りが見えてない。それにあいつらみんなお人好しな部分があるから、こうしたことには気が回らないんだよ。

だからその分、俺がしっかり聞かないといけない。

わざわざ待ったんだ。聞かせてもらうぞ?」


レイはため息をつく。

敬語は学も教養のない鈴屋泰斗が世の中を生き抜くために必要なものだった。

しかし相手を不快にさせないために身につけたその場凌ぎのスキルであるために、尊敬、献上、丁寧の使い分けは甘い。そのため少しでも教養のあるものには見破られてしまうみたいだ。どうにかして言葉使いを改めないといけない。

コリウスの引っかかる実力とランクの齟齬はこの世界に来たばかりだからとしか言えない。

そしてそのことについて、彼には言えない。

彼らの誘いに乗った理由は、俺の尾行を続けられた理由を知りたかったから。


それに


「仲間がいるあなたたちを羨ましいと思ったんですかね。」


「・・・は?」


言葉にした回答が予想外の答えだったのか、先ほどまで剣呑な眼差しでレイを見ていたコリウス表情が間抜けなものへと変わる。


「確かに、コリウスさんが言うように奴隷だった時期はあります。

ずっと独りでした。

だから純粋に仲間同士で何かすることを羨ましく思っていたのかもしれません。それにこの話に乗った理由ならはっきりしています。俺に声をかけた理由を知りたかったから。本当にただそれだけです。」


「奴隷だったからか。ならその口調と、どうして今になって冒険者登録をした?」


「俺はクラーヴ王国にいました。向こうで登録していたんですけど、逃げるために記録を消して新しく作りました。」


「再登録なんて一番厳しく罰せられるって聞くけどよくそんなことできたな?」


「まぁ見た目は今とだいぶ違いますし、名前も何もかも新しくしたので。

クラーヴ王国にいた頃の俺は死にました。」


「・・・・そうか。

それなら口調はどうなってんだ?

奴隷だったのにどうして、いや、奴隷だったからか?」


「コリウスさんは教養がありそうなのに、どうして口調を気にせずに話すんです?

丁寧に話すことで相手の警戒心を多少は和らげたり、第一印象を良くすることはできると思うんですけど。」


「こっちの方が性に合っているからだろそんなん。

そうじゃなきゃ冒険者なんかやってねぇよ。

それにこの口調が俺の素だから、取り繕っても付き合いが長くなればどうせバレる。」


「そう、ですか。

俺が下手でも、敬語を使おうとするのは、相手の悪意に恐れているからです。」


これはレイ、イクタノーラのどちらでもない鈴屋泰斗としての偽らざる本心だった。

どうして知り合ったばかりの年下の少年に話す気になったのかはわからない。

ただ誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない。

色々と言い訳をしようと思えばすることができた。

それなのにレイは素直に敬語を使う理由、本心を吐露する。


「人の悪意?そんなん魔物の怖さに比べたら大したもんじゃねぇだろ。」


「コリウスさんはそうなのかもしれません。

でも俺は違います。

そうした環境にいたからとしか説明できませんが、俺は仲間以外の人の視線が苦手です。

自分に興味のない、無感情な視線が怖いです。

自分を嫌っている、怒りや憎しみのこもった視線が怖いです。

例え自分に良い感情を持ってくれていたとしても、その視線がいつ変化するのかわからなくて怖いです。」


「そんなに大事なことか?

他人からの視線なんて。

仲間から思われていりゃどうでもいいだろ。

仲間ならそんな簡単にお前を嫌いにならない。

そんな知らないやつの視線気にしてなんになるんだ?」


「仲間から・・・」


「あぁそうか。お前は、だからか。

いや何でもねえよ。」


コリウスは1人で自分の言葉を咀嚼してから撤回した。

その意味が今のレイにはわからなかった。


「とりあえず、事情はなんとなくわかった。

仮にお前の話が本当だったなら、変に疑って悪かったな。

でも、それが嘘だったら・・・・許さねぇからな。」


「ええ、まぁそれは、心配しないでください。

本当のことなので。」


「けっ。話を聞いた後でもやっぱりお前は好きになれねぇな。

寝るのは隣の部屋を勝手に使え。

明日はさっき話したように6時に村の門前に集まるから。

それじゃあな。」


コリウスとの尋問兼食事を終えた後、隣の空き部屋を与えられたためそちらに移動した。

部屋に置いてあった布団を借りて、横になる。

レイはコリウスについて思い違いをしていた。

レナードの方が礼儀正しい。キセラの方が元気がある。

そして冒険者としてみた時にナナンの方が圧倒的に才能がある。

コリウスはただの柄の悪い年下にしか思っていなかった。

しかし、実際はパーティ内で一番教養があった。洞察力が優れていた。仲間のために素性のわからない相手とサシで話し合う度胸もある。

彼らのパーティはコリウスの支えがあって成り立っているのかもしれない。

コリウスに話した説明は泰斗とレイ、イクタノーラについて内混ぜにしたことだし、本当のことを全ては話してはいないと言う感じになってしまった。


それにさっきはコリウスに胸ぐらを掴まれなければどうなっていたかわからない。

自分が自分でありながら消えていく感覚。

どう表現するのが適切なのかわからない。

危険だと思いつつも抜け出せなかった。

あれは一体何だったのだろう。

それにあの感覚に陥ったあと、体に違和感を感じる。

何かなかったものが帰ってきたような、そんな不思議な感覚。

もう少し深く思考を回らせば気づけそうだが、これ以上深く物事に没頭するのは少し怖い。

明日に備えて今日はもう寝よう。


ありがとうございました。

次回更新予定は明日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ