31.印象の変化
よろしくお願いします。
野営地に到着し、翌日カグ村に着くまでも結局ナナンの猛攻なんて言葉では生易しい質問は止まる気配を見せなかった。最終的にレナード、コリウス、キセラは全てをレイに押しつけて他の同乗者たちと今後の日程について話始めてしまう。カグ村に着いた頃にはレイとナナンは何度も無音の引っ付き引っ剥しを目撃され、破局寸前の恋人という噂が馬車内で繰り広げられていたが、無属性魔法『ブロック』を使用していたレイとその範囲内にいたナナンは知る由もなかった。
「はぁ・・・・長かった・・・・ようやく着いた・・・・。」
馬車を降りたレイの第一声は既に疲れ果てていた。
馬車の荷台に手をつき、車酔いしたみたいに突っ伏していた。
「すみませんでした。ナナンのこと丸投げにしちゃって。」
「ほっとけほっとけ。話し始めたこいつが悪いんだから。」
「いやでも流石にこの様子見たら申し訳ないというか。可哀想というか。
反対にナナンはめちゃくちゃ元気だし。ご飯食べている時ですらひたすら質問攻めにあっていたの私、見てられなかったわよ。」
「師匠。今日はうちに来てくださいよ!まだまだ教えてもらいたいことがあるので。」
そんな同情めいた視線をレイに送る3人をよそに、出発前よりも顔に張り艶のあるナナンがレイに話しかける。
道中話題に上がった師弟関係の件は無くなった。それなのにナナンのレイに対する呼び方が変わることはなかった。一方でレイはナナンに対する印象がほんわか不思議な子から魔術狂いに変わっていた。
基本的にナナンは魔法と食べ物しか興味がないため、初対面の時に抱く印象がそのまま変化することはない。
しかしレイという自分を遥かに凌駕する魔術師を前に感情が暴走してしまった。
そのためのあの質問量であり、レイは魔術狂いというイメージを持った。
「ちょっと待ってくれ、ナナン。その話は後でにしてほしい。
今は馬車でできなかった話の続きをしたい。
迷宮に潜るときのこととか。目的とか。」
さらっとレイを人身御供としてナナンに差し出す宣言をした後に、レナードは今後の話をしようと提案を出す。渋々だが、自分の行動でパーティに迷惑をかけていると自覚しているナナンは渋々とではあるがレナードの意見に賛同する。
「それならいつも通りコーリの家に行きましょ。」
到着がお昼を過ぎていたことと攻略の話し合いが出来なかったために、実際にアケロペ迷宮に潜るのは明日の朝からになった。今は話し合いをするために、カグ村のコリウスの家に集まっていた。コリウスの家はカグ村内では大きい方で、5人が同時に集まって話し合いするほどに余裕がありそうで、コリウス以外の4人が、コリウスの家に集まっていた。
「あのコリウスさんは?」
「コーリならちょっと用事があるんです。
ここはコーリの家なんですけどよく私たちが話し合う場所なので。
それに私たちはほとんど毎日迷宮に潜っているので、最近はここに泊まってましたし。」
「ここに?素材とかの売買はどうしているんですか?」
「数ヶ月前に簡易ギルドが設置されたんです。
なんでも、金羊樹と銀羊樹が目撃されるようになってからアケロペ迷宮に訪れる人が増えたので急いで作ったらしいんです。
それまでは私たちは一日探索して、一日で素材をギルドのあるイヌギ迷宮の近くにある街まで卸しに行ってたんですけどね。最近は毎日が迷宮探索なのでお金が倍速で集まってウハウハです。」
「レイさん。その金羊樹と銀羊樹のことで少し相談があるんですけど、いいですか?」
コリウスの件についてはうまく話を変えられたが、自分も金羊樹のことで話があったために首肯する。レナードたちは馬車内でレイとナナンが話している間に、金華猫を討伐することはもちろんだが、せっかくだから余裕があれば金羊樹と銀羊樹も探してみようという話が出たらしい。そのことについてレイとナナンの意見を聞かせて欲しいとのことだった。
「俺は元から金華猫討伐後にアケロペに残って金羊樹を探すつもりでした。
その依頼も受けてきてしまったので。
だから皆さんと一緒に探せるのならむしろ助かります。」
「そうだったんですね。それならこういうのはどうですか?
僕らは金羊樹と銀羊樹の目撃が多い場所を紹介します。
金羊樹ならレイさん、銀羊樹なら僕らが受け取るのを条件に協力しませんか?」
「いいんですか?情報をもらえる上に、金羊樹の方をもらってしまっても。」
「ええ。元々金羊樹と銀羊樹はCランク以上の迷宮でしか出現しないんです。
それがだから名前は知っていてもどんな能力があってどれくらい強いのかはわからないんです。だから多少損はあるとしても協力して安全策を取った方がいいと思ったので。
それに僕たちは依頼を受けているわけではないので、そこは依頼を受けているレイさんにお譲りしますよ。どうですか?」
「俺としてはありがたいです。ただその金羊樹と銀羊樹について詳しく知らないんですけど、Cランク以上の迷宮でしか現れないってどういうことなんですか?」
「おいおいそんなことも知らねぇのかよ。」
背後からいつの間にか戻ってきていたコリウスから声をかけられる。
「コーリ、そんな言い方するなよ。」
「でもよ、割と有名だろ?金羊樹と銀羊樹は貴族どもが欲しがるわで、結構な高値で取引されてる。貴族は当然のこと冒険者なら割と知っていて当たり前の知識だ。
それなのにこの黒狐はしらねぇと来た。
そんな情報も知らないなんて、お前どこで活動していたんだ?」
戻ってきたばかりのコリウスが鋭い視線でレイを捉える。
「すみません。そんなに当たり前のことだとは思っていませんでした。
俺は最近冒険者になったものでして、そうした事情に疎い面があるのは否定できません。」
「最近?ならお前、冒険者ランクは?」
「Fランクです。」
「俺らより下じゃねぇか。おい、レナード。本当にこいつと迷宮に潜るのか?」
レイのランクがFランクだと知り、困惑するレナードはコリウスの問いに答えられないでいる。
レナードが沈黙していると隣から待ったがかかる。
「コーリ、それは関係ないわよ。師匠の冒険者ランクが低かろうと私たち4人よりも圧倒的に強いことには変わりないもの。」
「はぁ??!何言ってんだよ、ナナン。こいつは駆け出し冒険者だぞ?
それでどうして俺らよりも強いってことになるんだよ。」
「そんなの決まっているじゃない。私は見えるんだもの。
師匠の魔力が見えるの。それに道中ずっと師匠の魔法を見てきたの。
そんな私が断言するんだからそうに決まっているじゃない。」
「なんだよそれ。ナナンしかわからない理屈じゃねぇか。
ナナンの直感と、冒険者ランクどっちの方が情報としての確度が高いかなんて考えたらすぐわかるだろ。
今回はいつもの攻略し慣れた階層じゃなくて、ボス層の、それも初見のボスに挑もうとしてんだ。それなら情報として確かな方を選ぶに決まってんだろ。」
「でも冒険者を初めて10年経っているわけじゃないのよ?
仮に今Fランクでもすぐに上がることだってあるでしょ?」
「それならその時お前の直感が正しかったって納得できるってだけだ。
今その言を信じて、死んじまったら正解かすらわからねぇだろ。」
粗野な口調な割に論理的な説明をするコリウス。
それに対して、魔術師なのに直感を頼りなナナン。
なんとも立場が逆な説明な割に口論内容はしっかりしているため誰も口出しができない。
「なら明日、ボス部屋前まで攻略してみて判断してもらえませんか?」
誰も口出しができないかと思いきや、話題の中心であるレイは普通に2人の口論に割って入る。
「途中まで?」
胡乱げな眼差しでレイを見つめるコリウス。
「はい、今、俺の実力を信じてくれているのはナナンさんだけだと思います。
だから、」
「あー師匠。呼び捨てにしてくださいって何回も言っているじゃないですか!」
「・・・・今コリウスさんと話しているのでちょっと黙っててくれますか。
だから、明日ボス階層に行く前に陣形の確認も含めて俺が10層のボス戦で足手纏いにならないか判断してください。いつも攻略している層ならそこまで問題ないんですよね?」
「いけ好かねぇ野郎だな。
もちろん口だけ達者なわけじゃないんだよな。」
「口も別に達者なわけではないんですけど。
足手まといになるつもりはありません。」
「けっ。わーったよ。それでいいよ。」
「ところで話は戻るんですけど、どうして金羊樹と銀羊樹はCランク以上の迷宮にしか出現しないんですか?」
「あ、その説明なら僕がします。
『金羊樹ツーメンチ』と『銀羊樹ローエイツ』は元々貴族御用達の高級食品として人気の植物系魔物なんです。
それだけ人気があるにも関わらず未だに、金羊樹と銀羊樹については謎が多くて出現場所も育成方法もわからないんです。そのために高額賞金依頼としてギルドの依頼板によく張り出されています。
特定の迷宮でしか目撃されてないのでアケロペ迷宮で2体が目撃されたときはもう大騒ぎでした。
ただしっかり問題もあって、金羊樹と銀羊樹が生えている場所にはそれらが好物の魔物、『血啜サースエグマ』って魔物がいるんです。
これのレベルが70~80はあるって言われていて、ここFランク迷宮のアケロペで目撃されたときは一時封鎖まで起きて大変だったんです。
ただ結局サースエグマは発見されず、金になる金羊樹と銀羊樹だけ出現するってなって冒険者がたくさん集まるようになったんです。
こんなところでいいですかね?」
レベル70~80が教えてもらったCランク迷宮の適正ランクから外れている気がしたが、レイはまずアケロペ迷宮の危険性についてレナードに尋ねる。
「アケロペに金羊樹と銀羊樹が現れて半年くらい経つんですけど、今の所目撃情報は入ってないですね。」
「分かりました。では、あとは明日の攻略手順と皆さんの役割を聞いてもいいですか?」
話し合いがひと段落付き、キセラ、ナナン、レナードはそれぞれの家に帰っていった。
帰宅の際に、ナナンがレイを連れて行こうとする一場面があったりしたが、明日の攻略に支障をきたすとして皆に却下され、不承不承ながらナナンは帰っていった。
そして残ったのはここの家主のコリウスとこの村に家がないレイだけ。
もともとレイにいい印象を持っていないコリウス。
互いに特に話すこともなく、時間が流れる。
互いに口を聞きはしないが、それでもなぜか同じ空間にいることにレイは若干、肩身の狭い思いをしていた。
ありがとうございました。
次回更新予定は明日です。




