27.告白
よろしくお願いします。
“私、レイさんに好きになって貰えるように頑張ります!”
レイとラールは南門に向けて表通りを一緒に歩く。
「レイさんはしばらくその村に滞在する予定なんですか?」
「はい。」
「レイさん、今回受ける依頼はソロなんですか?」
「いつもはソロなんですけど、今回は4人組パーティに一時的に参加する形です。」
「その人たちとは冒険者仲間なんですか?」
「いえ、この間たまたま声をかけてもらっただけです。」
「そうなんですね?レイさん強いですけど、相手は魔物で、迷宮内は何があるか分からないですから気をつけてくださいね。」
「はい、ありがとうございます。」
「帰ってきたらどこかご飯も食べに行きたいですね。
サーシャばっかりで、私内心ずっと羨ましいと思ってたんです。
羨ましいと言ってもあの時はレイさんと一緒ってことより、好きにご飯を食べに行く時間があるサーシャを羨んでましたけど、今はレイさんとずっと一緒にいたサーシャが・・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
止まらないラールの会話に、レイは慌てて待ったをかける。
現状が把握できない。
脳裏に部屋を出る直前に言われた言葉が繰り返し蘇る。
今は一体、どういう状態なのだろうか。
先ほど白山羊亭の自室でラールから直接依頼を受けた。
ギルドに依頼書が提示されているものの、ギルドを通さない個人的な願い。
ギルドに所属したばかりで、こうしたことが規約違反にならないのかなんて分からない。
けれどレイは今回向かう迷宮での依頼だったこと、それに加えラールからの願いということもあってその依頼を引き受けた。
今はアケロペで共に活動する4人との待ち合わせ場所である南門の広場に向かっているところだ。
ではなぜ隣にラールがいて、こんなにも楽しそうにレイに話しかけているのだろうか。
今のラールの笑顔を見ると、立ち直れたかどうかは置いておくとして、作ってない純粋な元気さを見ることができて嬉しい。
ただ部屋を出る前になんて言われたのか。
幻聴だったのではないか。
いや、黒狐の仮面の効果で幻惑は効かないはず。
では単純に聞き間違えたのか。
一体どんな言葉を、冒頭の言葉に聞き間違えるのだろうか。
そんなことを歩きながら考えているために思考がはっきりしない。
「レイさん?大丈夫ですか?急に黙っちゃって」
「えっと。大丈夫です。
ラールさんこそ、宿の方は大丈夫なんですか?」
「はい、南門までは往復でも15分くらいなので、それくらいなら問題ないです。
レイさんがアケロペに行ってしまうなら短くても1週間は会えないかなと思って。
それは寂しいのでお見送りです。嫌でしたか?」
「いえ、嬉しいんですけど。
その、さっき言ったことって冗談か何かですか?」
泰斗は心の根幹で自分は愛されない存在だと認識していた。
それは彼の育った環境、人間関係が原因であり、決してラールの言葉や想いを疑っている訳ではない。
ただ純粋に信じられないのだ。自分が誰かに好意を寄せられるということを。
親戚間をたらい回しされるたびに、今度こそは自分を受け入れてくれるのではないか。
今度の学校では友達ができるのではないか。
幾度も期待して、そしてその思いは裏切られてきた。
だからレイは先ほどのラールの言葉が自分の聞き間違いだったのではないかと思う。
何か別の意味が込められた言葉だったのではないかと思う。
しかしもしラールの言葉が本当だったとしたら?
泰斗は過去に捨てたはずの希望に胸が締め付けられる。
期待と不安からレイの心臓はバクバクと荒い音を鳴らしている。
ゴンゾの攻撃を遅く感じるレイであるのに、自分が問いかけてからラールの返答が来るまでの間がありえないほど長く感じた。
レイの期待と不安の綯い交ぜになった疑問。
ラールはっきりとレイの目を見て、一言本気だと告げる。
「え、あ、」
言葉に詰まる。
この世界に来てから人から好意を寄せられることが増えた。
元の世界を基準にして0から1程度ではあるが。
無が有になった。
その喜びは計り知れなかった。
けれどその好意は友愛だったり、敬愛だったりの感情で直接的な愛情を向けられたわけではない。人から関心を持たれなかった前の世界と異なりこれだけ多くの人から好悪の感情を向けられるのはむず痒い感じがしたが、それでも自分を認識してもらえていることが肌で感じられて嬉しかった。
ラールから向けられている感情はそんな生半可なものではない。
純粋に1人の女性が1人の男性を愛する想い。
自分には何度、生を受けようと縁のないものだと思っていた。
だから実際にそうした視線を向けられると、どうしていいか分からなくなる。
胸の奥底にしまっていた感情の蓋が壊れ、様々な感情が暴走しそうになる。
「レイさん。私の好意は・・・・邪魔ですか?」
「そんなことありません・・・!
ただ、そうした情を抱かれたことがないのでどうしていいか分からなくて。すみません。」
泰斗は独りだった。
家族はおろか、恋人、友人すら1人もいなかった。
だから相手から好意的な感情を向けられたことなんて、それも愛と言うものを向けられた覚えは本当に昔、父から受けたような受けてないようなあやふやなものしかなかった。だからラールの想いにどう答えればいいのか分からない。
「ふふ。なんだ。そうだったんですね。部屋を出てからずっとレイさん上の空な感じだったので、ものすごく嫌だったんじゃないかって、私内心ドキドキでした。
でもそれなら安心です。
むしろこれだけ素敵な人、みんなが放っていたなんて信じられないです。
私はレイさんに好きになってもらいたいです。
私だけの思いじゃなくて、レイさんにしっかり好きになってもらった上で、しっかりレイさんと愛し合いたいです。だからレイさん早く帰ってきてくださいね。私、好きになって貰えるように頑張るので。
もう南門前ついちゃいましたね。
依頼お願いします、行ってらっしゃい!」
ものすごく早口で説明されてしまい、口を挟む余地がなかった。
今の見送りされて、ラールはそのまま元来た道を歩いて戻ってしまった。
表通りの真ん中を歩いて戻っていた。
彼女の足取りは軽いが、視線は下を向いており、目の前の獣車にも気がついていない。
「危ないっ!」
慌ててレイは駆け寄り、ラールの手を引く。
ラールは軽く声を漏らし、体勢を崩してしまう。
そんなラールを抱きとめると目が合う。
ラールの顔は真っ赤になっており、今も固まってしまっている。
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・・」
「ラールさん?」
「・・・・・はい。」
「1人で帰れます?」
今の事故を起こしそうなラールを見たレイからすれば本気で心配しての言葉だったのだが、子供扱いされたと思ったラールはいつもの様子に戻って抗議し始める。
「戻れますよ!子供扱いしないでください!
もう、せっかく大人っぽく?見送れたと思ったのに。
でも、心配ありがとうございます!
私は1人で戻れるので、レイさんも気をつけて行ってきてください!」
先ほど抱き止めたラールの顔は真っ赤になっていた。
困惑していたのは自分だけでないとわかり、なんだかほっこりした気持ちになる。
赤面しながらも手を振り続けてくれるラールに「いってきます」と声をかけて、レイは南門をくぐった。
ありがとうございました。
次回更新予定は明日です。




